33:撹乱、画策
やれやれと、林枯は呟きたくなった。
声には出していない。
しかし、心の中ではげんなりしていた。
夕暮れになって、外の空は青暗い。
窓から入ってくる、しんなりした寒色の夕日だけではペンション内はとてつもなく薄暗い。
シーリングライトをつけるとホールは段違いに明るくなった。
あのガラクタだらけの物置部屋の前で、林枯達一行は立ち尽くしていた。
そして、その物置部屋には今、アリみたいにわらわらと刑事達が押し寄せている。
いずれも強張った顔つきをして、班ごとに固まっては説明や指示を受けていた。
ふと、制服を着た一人の警官が、バリケードテープを手に「どいてくださーい」と声を上げた。
林枯はひょいと一歩下がり、自然にテープの外へ閉め出される。
そしてちらりと、背後を振り返った。
そこには、ハンカチを持っておいおいと泣いている火流と、それを「落ち着いてください」となだめる瀬古。
(こいつは……)
そう思いながら、じっと火流を睨む。
「可哀想ですね、火流さん。私も犬が苦手で、ハチ公すら怖いからわかります」
(犬と血じゃ、ホラー度が違うだろ)
霧里が眉を下げてしょぼんと言い、林枯が内心つっこんだ時。
それと同時に、突然、霧里のスマホがピリリっと着信を鳴らした。
霧里は表示された名前を見るなり、
「わ……。班長!」
と驚き、電話向かいの相手にもたもたと嫌そうに電話に出た。
「もしもし、こちら霧さ……。……い、今はペンションの中で……え?今から警視庁本部に?」
霧里は目を丸くした。
しかし、すぐにむっと苛立ち気に眉をひそめる。
そして、「お、お、お言葉ですが……!私は今……」と言いかける。
だが。
『何言っとるんだ馬鹿者!さっさと帰ってこい!』
電話が一方的に切られるなり、霧里はぱちぱちと数回瞬いた。
そして、少しスマホを見つめて、ひどく沈んだ顔で林枯たちに向き合う。
「……。ごめんなさい、私、班長に召集されて行かなくちゃいけなくなりました……」
林枯は同情するように「そうなんですね」と返す。
白蛇伝説の広場にいた時と違い、元の猫かぶりモードに切り替えていた。
「あっ。また、連絡しますから。そこは安心してください」
霧里はもどかしそうにそう言って、体の向きを変えるとすぐに駆け出そうとした。
「あ、その前に」
「えっ?」霧里が驚く。
林枯は素早く、霧里に向けて一歩踏み出すと、「これを、調べてきていただきたいんです」と言って片腕を伸ばした。
受け渡されたそれは、長方形の薄水色のメモだった。
霧里は少しの間メモと林枯を交互に見ていたが、「わ、わかりました」と言って、駆け足で去って行った。
「何渡したんだ?」やり取りを聞いていた瀬古が訊く。
「犯人の身元などを調査をして欲しい、と頼んだんです。"人に頼み事をするなら、別れ際にさらっと"。人から教えてもらった事ですが」
林枯がまたモードを切り替え、すんとしてそう言った途端。
「えっ。ちょっ、ちょっと待ってよ!」
と目を丸くした火流が、突然林枯の言葉を遮った。
「き、君たち、誰が犯人なのかわかってるの?じゃあ、俺にも教えてよ!」
火流は鼻息を荒くしている。
彼から目を逸らして、林枯と瀬古は、どちらからともなく顔を見合わせる。
口を弓の形に引き結び、しかもお互い素で目つきが悪いため、はたから見たら睨み合っているようにしか見えない。
フッと、林枯は笑った。
いつもの、画策するような貼り付けた笑みで。
「……」
裏に何か隠した二つの瞳に見上げられ、瀬古は少し、何か言いかける。
しかし、両目を瞑ってやれやれとでも言いたげにかぶりを振った。
林枯は火流の方を向き、言った。一言だけ。
「警視庁にいる人間が、どうすれば山奥で弓矢を射てるでしょうね」
「へっ?」
火流が頭に浮かべたのは、ハテナ。
____まだ、林枯たちが襲われた事を知らない。
だからハテナ。
そして林枯は、「それで?」と尋ねた。
貼り付けた笑みは瞬時に消え失せ、冷徹な表情にもう戻っている。
くるくるくるくる顔を変える、風みたいな男だなぁと瀬古は内心思った。
「改めて、説明をしてほしいのですが」
少し戸惑う間があって、火流ははっきりしないまま
「わ、分かったけど……。どこから説明したもんかな」
と素直に頷いた。
「えっと、俺は瀬古ちゃんたちが部屋を出てってから、ずっと一人で物置部屋にいたよ。もちろん、ガラクタを一つ一つ外に出したりしてたんだけど……」
火流は喉仏を揺らし、唾を呑んだ。
「そしたら、出てきたんだよ。ガラクタの山の下から……。真っ赤な血だまりが……」
瀬古は少し訝し気なまま、火流の肩に片手を置いて黙っている。
沈黙の中、「なるほど」とだけ林枯は視線を下ろし頷いた。
「で?言われた通り、撮ったんでしょうね。……撮ってなかったら愚か者と呼びますが」
「あ!そうだった!」
火流は自身のスマホを取り出し、林枯と瀬古に見せた。
画面を覗き込んで、林枯は一層眼差しを冷たくした。
それは、一枚の写真だった。
画面いっぱいに、茶色く錆びたガラクタたちが散乱している。
正真正銘、物置部屋の光景だった。
しかし注目すべきは、床にまんべんなく重なったそれらの真ん中。
ガラクタたちはその一部分を外に運び出され片付けられた影響で、部屋の中央にぽっかり穴が空いたような、ドーナツの形状になっていた。
そしてその、何もなくなった真ん中部分に____木の床に赤黒い血痕が点々とした模様をつくっていた。
「これは……」
林枯はその一点を見つめる。
「ごほん」
急に鳴ったその音に、振り返る。
すると、瀬古が立ったままじとっと林枯を睨んでいた。
「……悪いけど、私は協力しないから」
「……」
林枯は目を細めてふす、と鼻を鳴らす。
今まで捜査もどきに付き合っていたのは、あくまで霧里がいたから。
相変わらず開けっぴろげな言外のメッセージに、こういうやつだったなと林枯は思った。
「別に。今はあなたの力などなくてもいいのでね」
つーんとした、重くも軽くもない中くらいの空気感。
火流がぱちくりする。
林枯が話を再開させる。
「さて。この血痕は被害者のものでしょうけれど。今まで発見されなかったのは、ガラクタの錆びた臭いが血の臭いをかき消していたから。犯人の画策なのでしょう」
「う、うん。なんか冷静だね……」
「犯人が籠島さんを撲殺した後、物置小屋へ来たと考えると、その理由を考えなければなりませんね」
林枯は視線を上げた。「まともに考えれば、証拠隠滅でしょう」
「証拠?……。きょうき!」
「凶器のハンマーは発見されてるから除外して、その時着てた服などですね。あの部屋を掃除していた時、ボクの主観では、ガラクタの中に布のようなものはありませんでした。火流さんは?」
「うーん。な、なかったと思うよ」
「こういう時くらい、はっきりどうぞ」
林枯が冷たく火流を見上げる。
「う"。あ、ありませんでした。ガラクタはミルフィーユみたいに層になってたけど、大きいものから外に出す過程で、本当に見当たらなかったもん。あったとすれば、電子レンジ?」
火流が目線を左上に向けて言った。
「電子レンジ?」
「うん。ガラクタの中には、電子レンジとかプロジェクターとか壊れた家電もあったでしょ?あ、でも。俺、中に何か入ってないかなって電子レンジ開けた気が……あ、開けました。ほんでも、中には何もなかったなぁ」
火流のぽんやりとした口調が終わるなり、三人はまた静かに悩まされた。
「……。これは?」
改めてスマホの写真を見ていた林枯が、ふと声を上げた。
「これ」と指差したのは、写真の奥に映った血痕だった。
血の色は同じだ。しかし、模様がそこだけ周りと違っていた。
水彩絵の具を筆でまっすぐ引いたように、掠れた細い線が縦にまっすぐ伸びていた。
「……」
林枯の、瞑った瞼の裏を一瞬だけ走るものがあった。
ガラスの赤い眼をした、あの。
「火流さん」
「ん?」首を傾ける。
「あなたはここに着いた時、見たと言ったでしょう、大蛇を。実は、その答え合わせは半分終わっているのです」
「えっ、ほんと!?」
火流が叫ぶと、隣の瀬古がぎくっと目を丸くしかけた。しかしすぐ白々しく目を逸らす。
「ね、ねっ、焦らしてないで教えてよ」
「……まだ、半分だと言ったでしょう。残りの謎を解くために、あなたにはひとつ答えてもらいましょう」
「なぁに?」
「どこで、あなたは大蛇とやらを見たのですか?」
きょとんとしかけて火流は目線を上げる。「えっと……ついてきてくれる?」
「えぇ」
三人は玄関から外に出た。
そして、火流の背中についていく。
「えっと、ここだよ」
三人は立ち止まる。
「……」
林枯は真顔で腕を組む。
立ち止まったそこは、ちょうど物置部屋の裏側だった。




