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第7章:置き去りにされた代表者


バイク便の事業は、始まった時点ですでに無理があった。


ライダー四人、営業二人。

全員に月十八万円の固定給を約束したが、一日の依頼は五、六件ほどだった。

数字を並べるまでもなく、赤字は避けられなかった。


私は再び、自分の名義で国民金融公庫から融資を受けた。

借金を増やすことへの迷いはあったが、事業を止めるという選択肢は浮かばなかった。


やがて、自分たちの給料が出なくなった。


派遣業で現場に出てくれていた友人への支払いだけは続けた。

だが、私とA、もう一人の友人は無給だった。

家を担保に差し出してくれた会長への配当も、支払えなかった。


家に帰る足が、重くなった。


妻は店を守りながら、二人の子どもを育てている。

私が持ち帰るべき生活費は、なかった。


ある日の夕食。

食卓に並んだ皿を見て、私は箸を止めた。

子どもたちのものと、私のものとで、中身が違っていた。


何も言われなかった。

だが、その差ははっきりしていた。


給料をもらえていないという意識が、家に居場所をなくしていった。

私は事務所に泊まることが増えた。

電話を取り、無線で配車をし、仕事に縛られる毎日だった。


その一方で、Aたちはソファでテレビを見て過ごしていた。

私は何も言わず、事務処理を続けた。


依頼は少しずつ増えたが、六人分の給料には届かない。

営業二人には辞めてもらった。

その後は、ライダーと一緒にチラシを配るしかなかった。

無言でポストに紙を入れ続けた。


数か月後、Aが言った。


「このままじゃ共倒れだ。東京で別の商売を始める」


私は、その言葉をすぐに理解できなかった。

借金は、私の名義だった。


抗議すると、Aはこう言った。


「実家には土地がある。何とかなる」


その言葉に、現実味はなかった。

二人の気持ちは、すでにこの事務所にはなかった。


私は、残った。


有限会社を廃業し、個人事業主として続けることにした。

自己破産という選択肢もあったはずだが、その時は考えられなかった。


家賃三十万円の事務所を引き払い、月十万円のマンションの一室に移った。

銀行の枠は使い切り、足りない分は消費者金融で補った。


元金と利息で、毎月六十万円。

返済は続いたが、借金はなかなか減らなかった。


妻から電話がかかってきた。


「そろそろ帰ってきたら?」


時には、子どもを連れて事務所まで来た。

子どもの顔を見ると、何も言えなくなった。


給料が足りなくなるたび、私は妻に金を借りた。

頭を下げることにも、感情はなくなっていた。


生き残るため、事業を削った。

派遣業をやめ、バイク便は完全歩合制に切り替えた。

ライダーにはバイクを持ち込んでもらい、固定費を減らした。


それでようやく、人件費の赤字は止まった。


Aたちから送金が来ることは、一度もなかった。


ある日、書類が届いた。

離婚届だった。


私は署名し、返送した。


その後、妻は一人で子どもたちを育て上げた。

長男は高校へ、次男は大学へ進んだ。

再婚したと聞いた時、私はほっとした。


しばらくして、両親が事務所を訪ねてきた。

子どもたちも呼び、花火をした。

夜は、机の隙間で五人並んで寝た。


その夜、母の様子が少しおかしかった。


風呂に入ったばかりなのに、また風呂の話をする。

電気のスイッチの場所を、何度も聞いた。


私は、その時は深く考えなかった。

母は、まだ還暦前だった。

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