第6章:仕組まれた代表取締役・ノンフィクション
【会社を設立したことが、私の人生を狂わせる終わりの始まりだった】
コツコツと店を切り盛りし、二人の子供を育てながら貯めた二百万円。それは私にとって、血と汗の結晶そのものだった。
その大金を投じ、小さな事務所を借りて登記を済ませた。共同経営者のAは、私より五歳年上で頭の切れる男だ。当然彼が社長になるものと思っていたが、彼は頑なに拒み、私を代表に据えた。
「君の方が人当たりがいい。社長には向いているんだ」
その言葉を真に受けた私が愚かだった。後になって知ったことだが、Aはブラックリストに載っており、自分では一円の融資も受けられない体だったのだ。私は、銀行から金を引っ張るための「名ばかりの社長」として据えられたに過ぎなかった。
さらにAの狡猾さは、人事にも及んだ。
お互いに友人を一人ずつ誘って四人体制にしたが、Aが連れてきた男は、実はAが以前から百万円の借金をしていた相手だった。Aは彼を役員に迎えることで、どさくさに紛れて自分の個人的な借金を帳消しにしていたのだ。
何も決まらぬまま、四人が事務所で顔を突き合わせる日々。
資本金の四百万円は、敷金や雑費、そして四人の給料であっという間に底をついた。
「運転資金が必要だ」
Aに急かされ、銀行から二百万円を借りることになった。保証人になれるはずもないAに代わり、ハンコを突いたのは私の妻だった。
「このままでは潰れる……」
危機感を抱いた私は、以前アルバイトで経験のあった「運転手派遣」の仕事を提案した。Aは食いつき、Aの友人がすぐに営業をかけて仕事を取ってきた。
私と私の友人は、慣れない作業着に身を包み、派遣先の工場でパンやケーキを運んだ。自分がその派遣会社の社長であることは、現場の誰にも明かさなかった。
泥のように疲れて事務所に帰ると、そこには目を疑う光景があった。
ネクタイを締め、スーツを着こなしたAとその友人がソファにふんぞり返って寝そべっているのだ。
汚れにまみれた作業着姿の私を見て、彼らは薄笑いを浮かべている。
いくら名ばかりの社長とは言え腹立たしさに拳を握りしめたが、代表としての責任感が私を思いとどまらせた。
事業は拡大し、派遣社員は三十人を超えた。だが、配送の仕事は1人で一つの配送しか出来ず効率が悪い上、低料金で請け負った仕事ゆえ、社員の給料・経費を払えば手元には、ほぼお金は残らない。
それどころか、誰かが休めば請け負っている会社の配送に穴を開ける事が出来ず、色々な業種のコースを覚え穴埋めに走る。
23時頃に眠りにつき深夜二時に叩き起こされ、現場に向かい、そのまま配送車に飛び乗る日々。何故なら定期コースの為時間が遅れる事は許されず、私は必死にハンドルを握って配達する。そんな時あの二人は喫茶店で油を売っていた。
ある日、疲れ果てた私にAが言った。
「これからはバイク便の時代だ。喫茶店のママが言ってたぞ、儲かるってな」
私は猛反対した。ライダーの確保、無線機、バイクの購入。何より命の危険が伴う。莫大な借金を背負う恐怖を、私は身を持って知っている。
「やるなら二人で勝手にやってくれ。私は一切関わらない!」
そう断言した。
だが数日後、事務所へ行くと玄関に三台のバイクと五台の無線機が並んでいた。
「もう契約しちゃったよ。ローンを通すには、君の名前が必要なんだ」
目の前の現物を前に、私は膝から崩れ落ちそうになった。Aも、その友人もブラック。代表者である私の名前を出さなければ、この山のような支払いは滞り、会社は即座に倒産する。
結局、私はまたしても屈してしまった。
そこからは坂道を転げ落ちるようだった。
今の事務所では手狭な為バイク便の拠点として、一階がガレージ、二階が事務所になった家賃三十万円の物件への移転が決まる。
敷金三百万、増車費用、運転資金……。必要なのは一千万円。
Aは「家を持っている年配の知り合いを会長に迎え、その家を担保に金を借りよう」という悪魔のような知恵を出してきた。
毒を食らわば皿まで。私は引くに引けなくなり、その人に頭を下げた。
信用保証協会を窓口に、その人の家を担保に入れ、代表者である私が金を借りる。
Aは一切表に出ず、何の責任も負わず、影で糸を引いている。
しかし、下された審査結果は、申し込み金に届かずわずか六百万円だった。
六百万円――。
これから始まる狂乱のバイク便事業を支えるには、あまりにも心もとない、絶望的な金額だった。




