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第4章:剃刀(かみそり)と意地・ノンフィクション


理容学校の入学式。講堂に集まった四十名ほどの顔ぶれは、実に多様だった。中学を出たばかりの私のような少年もいれば、大学を卒業した者、一度社会に出た者もいる。ここが、床屋として生きていくための最初の関門だった。


当時の制度では、一年間の通学と、その後の実地訓練インターンを経て、初めて国家試験の受験資格が得られる。私の生活は、一分一秒を削り取るような過酷なものとなった。


朝六時に起床し、まずは店の掃除。急いで電車に飛び乗り、一時間かけて学校へ。夕方五時に帰宅すれば、息つく暇もなく制服に着替えて店に立つ。夜九時の閉店後、夕食をかき込んでからが本当の勝負だった。深夜零時まで、先輩の指導のもとで基礎練習に没頭する。


見習いとしての月給は八千円。私はその中から五千円を、将来のために店に預けて貯金した。父は学費として毎月一万円だけを出してくれたが、それ以外、親からの援助は一切なかった。


父は私が島を出た後、また元の集落で漁を再開したという。気がかりなのは、残してきた母と二人の妹だった。父の酒乱は治まるはずもなく、三人が耐え忍ぶ日々を想像すると、胸が締め付けられる思いだった。


貯金通帳と母の退院


そんな折、母に癌の疑いがかかり、福岡のがんセンターに入院した。

一ヶ月に及ぶ検査の結果、幸いにも異常は見つからなかった。だが、大きな壁が立ちはだかった。退院費用の支払いだ。


その頃、父は出稼ぎで新潟にいたが、そこでも酒を飲んで暴れ、給料すらもらえずに手ぶらで病院に現れた。呆れて言葉も出なかった。この男に頼っていたら、母は一生退院できない。

私は、毎月コツコツと貯めていた五千円の貯金を取り崩した。溜まった七万数千円の全額を、私は迷わず支払いの窓口へ差し出した。

(母さんが無事なら、お金なんてどうだっていい)

それが、当時の私の偽らざる本音だった。


努力の証明


修行は厳しさを増した。インターン期間中、座ったままの客を洗う「スタンドシャンプー」で少しでも手順を間違えれば、マスターから背後を激しく蹴り上げられた。休日は、親のいない養護施設へ足を運び、子供たちの髪を借りてカットの練習を繰り返した。


努力は実を結び、国家試験は一発で合格。合格率五割という狭き門を突破し、私はついに「理容師」という肩書きを手にした。


だが、安堵は焦りへと変わる。同期の友人がすでに客の髪を切り始めていると聞いたのだ。私はまだ、髭剃りすら満足にさせてもらえない。

「一刻も早く、一流になりたい」

その飢餓感に突き動かされ、私は恩義のあった最初の店を飛び出した。変わった店で私は貪欲に技術を吸収した。女性のカットまで習得し、一年も経つ頃には、ほとんどの仕事をこなせるようになっていた。


インベーダーゲームと準優勝


三軒目の店で働いていた二十一歳の頃、福岡県大会に出場する事にした。挑むのは「レディースカット」部門。

本店の店長はプロのモデルを雇ったが、当時の私にはそんな金はない。給料は七万円ほど。私は街頭に立ち、見知らぬ女性たちに声をかけ続けた。


街にはインベーダーゲームの電子音が鳴り響いていた。不審者を見るような目に晒され、幾度も断られた末、私は奇跡的に理想の髪質を持つモデルさんに出会うことができた。


それから大会当日まで、営業後の深夜練習を何度も重ねた。

当日、六十名もの精鋭が集まった部門で、私は準優勝に輝いた。全国大会への切符を掴んだのだ。だが、共に戦った店長は三位。祝勝会はどこか冷え冷えとした気まずさに包まれていた。


それでも、結果は私に「支店の主任」という地位をもたらしてくれた。

仕事に自信がつき始めたその頃、私は系列の美容室で働く女性と出会う。

過酷な修行の日々に、ようやく淡い恋の彩りが加わろうとしていた。


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