第六話 安心して甘えられる
いのり君の手を握ってしばらくし他愛のない話をしていたらいのり君は眠ってしまったので、そっと部屋を出てリビングにいるみのりさんのところに顔を出す。
「みのりさん、いのり君は眠りましたよ。」
「あら、そうなの。大木さんありがとうございます。
さ、こちらに座ってください。お茶でも入れますね。」
促され、俺はリビングのテーブルに座る。みのりさんは緑茶を淹れて茶菓子と一緒に出してくれる。
「ありがとうございます。」
「いいのいいの。いのりも大木さんが来てくれてとっても安心していたみたいでよかったわ。
あの子、いつもここでお話をするときには大木さんや大木さんの家にいる他の女の子とのお話ばかりするんですよ?」
「そうなんですか。」
「ええ、お料理以外の事、そうあの子にとっての世界はそれまでは大木さんが、大木さんの家の生活がすべてだったんです。
施設からこっちに出て来て滝川さんにお世話になってはいましたが、やっぱり心から自由にのびのびと過ごすことが出来るたのは大木さんの所でお世話になったからだって、あの子は常々話していました。」
「俺はそんな大仰なことをしたつもりはないんですけどね。」
「大木さんにとってはそうかもしれません。
しかし、私達が見てあげられなかった、与えてあげられなかった分の家族の温もりをたくさん与えていただいて、本当に感謝しています。」
「それをいうなら、俺も、他の女の子たちも同じだと思います。」
「そうね。でも、他の女の子たちもいのりも大木さんのとは少し違うと思うの。
そう、愛の、温もりの形がきっとあなたが思っているものとは違うの。
だからこそ、いのりを含めたみんなあなたに向ける視線が一緒なんだと思うわ。もちろんあなたが彼女たちに向ける視線が同じなのと一緒でね。」
「?」
「ふふ、ごめんなさい。いのりたちが言っていた通りの人柄ね。
だから、みんなあなたのことを心の底から信頼できるのよ。
これからも娘のことをよろしくお願いします。
あの子は大木さんがどんな選択をしようとも受け入れると思うし、出来れば親としてはあの子が一番幸せになれるのが一番です。
でも、あの子は、あの子たちはみんなで幸せになりたいって思っているからみんなを幸せにしてあげてください。」
「・・・はい。
俺はみんなを幸せにします。
誰かを一人だけ悲しませたりなんてしたくはありません。」
「そう。私はあなたならそれが出来ると思っているわ。」
そんな話をしながら、お茶を飲んでいるとジャンさんからの言付けがあるということでみのりさんが資料を持って来てくれた。
「この間、旅館のお話を立花さんを交えてさせてもらったと思うんだけど、九州に丁度知り合いの人で温泉宿を畳むって人がいるんです。
私も小さい時から知っている人が経営されていたんですけど、後継者がいなくて畳もうかって話になり、丁度物件を探していた私達のことを聞きつけて、良ければ譲ってくださるというお話をいただいたんです。」
「そうなんですか。どうされるおつもりで。」
「私とジャンは問題ないと思っています。
歴史も、温泉も十分ですし、高千穂にいた従業員の方も何人も雇っていただいていて、私達が入るなら昔の人たちに声を掛けておいてくれるという事なのでスタッフにも問題ないと思います。
ですので、一度立花さんご一家と大木さん達をご招待して最終的に判断いただければと思います。」
「それはいいことじゃないですか。是非お願いします。」
「ええ、それで今年の年末前の十一月の連休にどうかと思いますが立花さんと大木さんの所の皆さんのご予定をお聞きいただけませんか?」
「わかりました。帰り次第確認させていただきます。」
「お願いします。
それと、金子からいのりを助けていただいた時にダメになってしまったお車の件なんですが・・・。」
「ああ、お気になさらず。また新しいのを買いますし。」
「いえ、いのりから奥様との大切な思い出のお車だったとお聞きしまして、ジャンと私としては申し訳ないのでせめて新しいお車をご用意されるのでしたら、私達でご用意させていただければと思いまして。」
「そこまでしていただかなくとも。」
「あの時、私達はただ状況に流されるままで何もできませんでした。
しかし、いろいろなご縁が、大木さんとのご縁があってこそ私達は結婚でき、いのりとも再会して今こうして家族三人で暮らすこともできるようになりました。
ですからせめてものお礼と言いますか、罪滅ぼしに新しいお車をご用意させてください。
前お乗りになられていた車よりも上のグレードの車でもなんでも構わないとジャンも言っていましたし、今ヨーロッパの方にいますのであちらのメーカーで欲しいものがあればパンフレットももらってくると言っていました。」
「・・・。
解りました。お言葉に甘えさせていただきます。
ですが、何にするかは少し考えさせてください。」
「ええ、ゆっくりと考えてください。
私達の我儘を聞いてくださり、ありがとうございます。」
そうしているといのり君が起きてきたようで、こちらにやって来た。
「ふぁ~あ。お母さん、大木さん、少し眠ったら熱が下がっていたヨ。」
そう言って俺達に体温計を見せてくれる。
確かに体温計の数字は平熱を示している。
「ほんとね。よかったわ。
やっぱり、大木さんのお見舞いが一番のお薬だったかしら?」
「もう、お母さんったら!」
「でも、まだ体調は本調子じゃないんだろ? 起きていて大丈夫かい?」
「そりゃあもう、ここ数日ずっとベットの中でお母さんとお父さんに手厚く看病してもらっているもん。
そろそろ体も元気になって、起きたくなってくるよ。
お母さん、何か冷たい物ないかな? 甘いものが欲しい。」
「ゼリーがあるからみんなで食べましょう。
いのりはきちんと寝ぐせのついた髪を直しておきなさい。
大木さんの前でずっとこの格好でいいの?」
「! むう・・・。着替えてくるネ!」
走って部屋に戻って、簡単な服に着替えて髪を整えてくるいのり君だった。
みのりさんがいのり君が戻ってくるのを見計らって冷えたゼリーを持って来てくれる。
「お母さんと住むようになって、いっぱい甘えているんだね。
ウチでのいのり君とは大違いだ。」
「ーーー! もうっ、大木さん。
うぅ、恥ずかしいよぉ・・・。」
「いいって、それが普通なんだよ。恥ずかしがることなんてないよ。
ですよね、みのりさん。」
「ええ、そうよ。いままで甘えさせてあげられなかった分、いっぱい甘えてくれていいのよ。
いのりはしっかりとしようとして今まで頑張ってきたんだからそのくらい甘えても罰は当たらないわ。
まあ、気持ちはわかるわ。ふふ。」
「う~!」
いのり君はテーブルの下で足をじたばたさせる。
そんな光景が俺とみのりさんには可愛らしく見えにこやかに微笑んでいた。
まあ、いのり君はそこからまた恥ずかしがって拗ねていたが、それもまたかわいいと思ったことは内緒にしていた。
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