第五話 タワマン最上階にて
茉莉ちゃんの熱はその後、落ち着いていき何日かしたら元気に回復していた。
だが、その間にいのり君が風邪を引いてしまった。
最近はカレンから始まって順番に風邪を引いているようだった。
まだ引いていない俺と楓ちゃんはマスク、手洗いを励行して極力休息を取れるようにしていた。
もちろん病み上がりのカレン、ベッドで休んでいる茉莉ちゃんも同じようにしていた。
二人ともひどい思いをしたし、まだ完全に体力が回復したとは言えないからなおさらだ。
そう言うわけで俺は今、車でいのり君の家に向かっている。
風邪を引いて熱が出たのはジャンさんのお店で修行をした時のようで、家に帰って熱を測ってみるとかなり高く自分の部屋で休んでいるとのことだ。しかし、着替えなどは俺の家の部屋に多くあるのでそれを持って来てもらいたいといのり君から連絡が来た。
カレンと楓ちゃんが何が必要かを聞いて準備してくれたバッグを渡された。
「はい、これをいのりに渡してちょうだい。」
「和にーちゃんがお見舞いがてら渡してあげるといのりんも喜ぶ。」
「そうだよ。和にいがいると元気になるからね。いのりちゃんにもいっぱい甘えさせてあげて。」
そう言われ見送られて俺は出発して今に至る。
いのり君の実家は比較的俺の家からであれば車なら一時間も掛からないくらいの街にあるタワーマンションの最上階まるまるワンフロアだ。
一応ジャンさんのお店と俺の家の中間地点くらいになるだろうかといったところだ。
俺はいのり君から聞いていた駐車スペースに車を駐車してタワマンのドアマンに取り次いでもらう。
普通のタワマンでもコンシェルジュが居てもドアマン付きなのはなかなかないのではないだろうか。
いのり君もはじめは驚いていたが、ジャンさん曰く海外では当たり前だし、このマンションには富裕層や海外の富裕層の人間が多いのでそういうものだと言っていた。
それに高千穂家の事件のこともあるので防犯がしっかりとしていた方がいいというのもあったらしい。
事件としては終結し、時を同じく金子が捕まった組織は藤堂刑事達が一斉検挙を行うなどして今や風前の灯だそうだ。しかし油断はならないとも、様子を聞きに連絡してくれた藤堂刑事が言っていた。
そんなことを思いながら最上階の高千穂家のフロアにエレベーターが付くと玄関が開きみのりさんが出迎えてくれる。
「お待ちしていました。大木さん。」
「こんにちは、みのりさん。」
「今日はいのりのために荷物を持って来てもらってすいませんね。」
「いえいえ、俺はただのおつかい役とお見舞いですよ。お気になさらないでください。
それに荷物を用意したのは他のみんなですし。」
「ふふ、そうですね。でも、あの子にしたらそうじゃないんですよ。
さ、おあがりください。いのりの体調も今ちょうど落ち着いたところですから。」
そうして俺は中に招き入れられる。俺の家なんて目でもない豪邸だ。和モダンな雰囲気の作りでところどころに旅館のようなラグジュアリーさを感じる。
いのり君もそんなこと言っていたっけ。両親はまた旅館を再興したいし、家はその時のイメージづくりを兼ねてデザインしたから旅館にいるみたいだって。
「ああ、旅館みたいだって思われました?」
「あ、はい。」
「そうですよね。
いのりから聞いていると思いますけど、今お話しさせていただいている旅館の内装をイメージしてデザインをやりくりしているんです。大木さんのお家のように一般の豪邸のようにしても良かったんですけど、旅館の方が出来るまでここで実験的にデザインを試しているんです。」
「いやいや、俺の家なんてここと比べれば一般住宅ですよ。」
「そう思っているのは大木さんくらいですよ。この間、いのりの部屋にもお邪魔させてもらっていますけど置いてあるもので大木さんが指定されたものはそうそう手が出るようなものじゃないですもの。」
そんな話をしながらいのり君の部屋の前に着く。
「いのり、丈夫かしら? 大木さんが来てくださったわ。」
「・・・うん。」
返事があって俺とみのりさんはいのり君の部屋に入る。
こちらの部屋も俺の家と同じくらいの広さがあり、包丁などの調理道具やコック服、調理に関する本や資料が多く置かれていた。
「大木さん、ありがとう。
てへへ、わたしも風邪を引いちゃった。」
「大丈夫かい?」
「うん、茉莉ちゃんのような高熱でも、カレンのように咳が酷いわけではないヨ。
何日か休んでいたら治ると思う。」
「そうか、良かった。ホント最近、家で風邪が大流行しているから気が気じゃなかったよ。」
「だね。わたしはこっちであたふたするお母さんとお父さんを見ていて気が気じゃなかったヨ。」
そういってみのりさんの方を見やると、みのりさんは恥ずかしそうに苦笑していた。
「お恥ずかしい話、いのりの熱は赤ちゃんの時しか経験がなかったの。
ですから、その時の事を思い出して取り乱してしまったんですよ。」
「まあ、仕方がないよ。その時はお母さんとわたし二人で追われていて、病院にも掛かることが出来なかったんだから。」
「そうですよ。お気になさらないでください。」
「ええ、まあジャンの方が酷かったですから。私はまだいい方だと思うようにします。」
「そうだよ。お父さんなんて取り乱して病院に急いで連れて行ってくれたんだけどさ。
お医者さんを睨みながら、あたふたしてわたしに縋りついて大変だったし。
次の日なんて海外出張があるのに行かないと駄々をこねてお母さんと迎えに来たスタッフの人に引きずり出されていったからね・・・。」
ジャンさん・・・。親バカが過ぎる・・・。
「親って言うのはそんなもんだろ?
それに今まで会えなかったんだから何でもしてあげたい。ちょっとしたことが心配になるのは当たり前だと思うぞ?」
「うん。そう思うヨ。
それにわたしのせいで大木さんが風邪を半年くらい前に引いた時、わたしも気が気じゃなかったからその気持ちよくわかるよ。」
「そっか。」
「ほんとその節から、いのりが大変お世話になり感謝のしようがありません。
しかも、風邪をおして娘の買い物まで連れ出していただいて・・・。」
「いやそんな。俺は当たり前のことをしただけですよ。
それに風邪を引いた時いのり君が帰りの車を運転してくれましたし、カレンが来るまでは年長者としてみんなをまとめていてくれましたから本当に助かりました。」
「大木さん・・・。」
「ふふ・・・。まったくいのりったら。
それじゃあ、若いお二人の時間のお邪魔でしょうからお茶でも入れてきますね。
大木さん、どうかいのりに付き合っていてあげてください。
それがこの子には一番のお薬のようですから。」
「お母さん!」
そう言ってみのりさんは部屋を出て行った。
「もう、お母さんもお茶目さんなんだから。」
「いいじゃないか、ご両親にとっても愛されていて。
今までの分も、それ以上にいっぱい愛したいんだよ。
いのり君はいのり君でいっぱい愛し返してあげたらいいんだと思うよ。
俺や茉莉ちゃんたちはそれがもうできないから、その気持ちがいかに大切かっていうの後になってよくわかったから。」
「そっか。ごめんね。なんだか嫌なこと思い出させたみたいで。」
「違うよ。愛されていたからこそ、そう思えるんだ。
そして、だからこそいのり君に今を、これからを大事にして後悔しないように、いや、絶対に後悔はするけれども、後になってこんなにいいことがあったて思ってもらえるようにしてほしんだよ。」
「うん! ありがとう、大木さん。やっぱり大木さんのいう事は違うね。
人生の先輩はかく語りき、みたいな。」
「はは、そんなもんじゃないさ。それに俺達にだって甘えてくれてもいいんだよ?」
「わかってる。だから今日はいっぱい大木さんに甘えさせてもらうよ。」
「おう。何をいたしましょうかお嬢様?」
「ははっ! じゃあ、みんなと同じく手をぎゅっと握ってもらおうではないか。それも両手で。」
「お安いごようです。お嬢様。」
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