第七話 不安
駐車場のガレージに明かりがついていたので降りてみると、そこにはセダンのボンネットに寝転びながらワインを煽り泣いているカレンがいた。
「どうしたんだ?」
「!!」
カレンに声を掛ける。
彼女はボンネットからハッとなって身を起こす。
「・・・。みっともないところ見せてしまったわね。
ごめんなさい。ちょうどここが実家のガレージに似ていたのでつい。
子供の頃からね、辛いことや悲しいことがあったらガレージのパパの車のボンネットに仰向けになって泣いていたの。」
「そうだったのか。何か不安や辛いことがあったら相談に乗るよ。ただ聞くだけの人間でもいい。
カレンが話してくれるのならね。
こう見えて、いろいろ人生経験はいい方向、悪い方向と豊富だからね。」
「ふふっ、そうね。和樹は両方経験しているものね。
なら一つ、聞いてもらっていいかしら。」
カレンは俺にセダンの運転席に来るように促す。
彼女はボンネットに仰向けになったままで、俺は運転席で話を聞く。
「やっぱり、手術のことが不安なのが一番かしら。
私、これまで一度も大きなけがや病気もしたことなかったから手術なんてしたことがなかったわ。
このケガを治すためにはしなければならないことはわかっている。
ドクターから治らない可能性もあるって言われたでしょ。やっぱり改めて聞いてしまうと怖くなってきたの。
あの時、心の中で私、泣き叫んでいたわ。」
そうだったのか。表情に出さなかっただけで本当は不安で仕方がなかったんだな。
「このまま手術をしなくても日常生活には支障をきたさない。
ポールダンスを諦めて、大学も辞めてしまえばいい。そうすれば何のことはないわ。
そんなことをして私が私らしく生きていけるかって言うと、ノーよ。
だって、今までの自分を捨てるってことは簡単には出来ないわ。
私はもっと高みを目指したい。前以上にやりたいことがあるの!
だから、辛いリハビリにだって耐えて見せる。
でもね、万が一ってことが起きたらどうしようっていうことがずっと頭の中から離れないのよ!!
たった数日ここで過ごして、いろんな人の好意を受けている自分がいて、その人たちを裏切るようなことになってしまったらどうしよう・・・。
ジョーとのビジネスだって失敗したらってのもあるわ。
不安で不安で仕方がないのよ!!
プレッシャーに押しつぶされそうなの!」
そう言ってワインを煽り、涙を流すカレン。
アメリカでケガで苦しんで藻掻いてきたカレンがやっとつかんだチャンスだ。彼女は死に物狂いでしがみついている。だけど期待値が大きいからこそ反対の不安も大きいのだろう。
「そっか。そうだよね。不安だよね。確証なんてどこにもないもんな。」
「・・・ええ。」
「いいじゃん、それで。
不安のない人間の方が俺は信用できないよ。後はそれをどう乗り越えていくかだけだ。」
カレンが上体を起こして俺の顔を睨んでくる。
「俺は君のプランに乗ったし、やるといった以上はきちんとするよ。
常見や明美ちゃん、親父さんも君に期待しているし、成功できると思っている。
だからビジネスの失敗は自分一人の失敗なんかじゃない、みんなの責任だよ。
それに失敗したら悪かったところを修正してやり直せばいい、それくらいの余裕はあるよ。
だからこっちは思うようにやればいい。きちんと不安や恐れをコントロールして、ね。
無知無謀や、やけっぱちで動くよりまともだよ。」
「ええ。」
カレンは俺の方を向いて膝を抱えて座る。
「でね、ケガの手術の不安はそうだと思う。俺は亜咲を、妻を傍で見てきていたし、俺と妻も期待と不安、成功と失敗を経験してきたよ。
期待通りうまくいくときもあったし、期待通りに行かない結果で徒労に終わったなんてざらだったよ。
亜咲は内臓の多く損傷していてね。何かを良くしたら、次は違うところに影響が出る繰り返しだったんだ。いつもこれの繰り返し。
本当は一つ良くなれば良くなっていくと思うでしょ。
でもそうじゃなかったんだ。
なにせいくつもの内臓が損傷して機能が低下していたからね。
人間の体は様々な臓器が連動して動いている。
亜咲の場合は正常じゃない臓器がバランスを取ってギリギリのところで動かしていたんだ。だから崩れてしまう時はあっさりと崩れるし、そこで治しすぎると次は別の臓器に悪影響が出る。
こんなの普通、死にたいって思うよ。
亜咲は耐えた。いつも不安に押しつぶされそうな自分を保って必死に耐えたんだ。」
「どうやって?」
「それはね。思いっきり不安を声に出して泣いて泣いて泣きまくって、これ以上不安が出てこないってくらいに全部吐き出していたんだよ。
だから、カレン。思いっきり不安なことを泣いて叫んで吐き出してしまえばいいと思うよ。
最期には不安すら言えない自分が残っている。そんな自分がいるんだよ。
不安を吐き出して空っぽになった自分がね。
覚悟さえあれば、言うだけ言ったら後はやるだけだから意外にすんなりと受け入れることが出来たりするもんだよ。」
カレンは目を丸くして聞いている。
「あなたの奥さん、結構図太い神経してるわね・・・。」
「はは、俺もそう思うよ。
でも、やっぱりそれが本当だと思う。
真に願うことは最後の最後になっても流れ落ちないからね。
カレンも気が向いたらそうしてみたらいい。
絶対に成し遂げたい夢や希望があるんだから、ちゃんと吐き出したら不安になんて負けないよ。」
そう言って俺は車から降りてガレージから出ていこうとすると、後ろから抱きつかれた。
「今だけ・・・。今日だけは泣かせて。そうしたら明日からは大丈夫だから・・・。」
「いいよ。
それに今日だけじゃない。これからもリハビリやビジネスで上手くいかないことなんてたくさんあるさ。
そんな時には吐き出してしまえばいい。そして最後に残った自分を見つめてみてくれ。」
抱きとめる腕に力が籠められ、カレンは声をあげて泣き始めた。
「ーーーーっ!!」
俺はカレンが泣き止むまでそうさせてあげた。
ひとしきり泣き終えたカレンは、泣きはらした顔で俺を見てくる。
「ありがとう、和樹。
ホントね。なんだか心の中が軽くなった気がするわ。
不安で仕方なかった自分がバカみたい。
やるって決めた私がいるんだから、やらないなんてありえないのにウジウジ悩んでいたなんて。」
「でも、忘れないでくれよ。無知無謀と、恐れや不安は違うってことを。正しくコントロールしていけるってことを。」
「ええ。また不安になったら、話を聞いてちょうだい。」
「いつでも。」
「そうさせてもらうわ。
おやすみなさい、和樹。
あなたが皆に好かれる理由が分かった気がするわ。そして私もその一人になったみたいね。」
そう言ってカレンは俺にハグをしてガレージから上がっていった。
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