girls side いのり①
これで完全に第一章完結です。
火事で焼け出され、親類のいないわたし、綾瀬 いのりは大木 和樹さんのお家にお世話になることになった。
彼はわたしのアルバイト先のオーナーと店長夫婦の友人で、出資者の一人だ。
なんでも、いろいろあってお金持ちになったのでお店に出資してくれたそうだ。
彼を最初に紹介された時のイメージは物凄くこの世の不幸を一身に背負っている、生きることにあまり価値を見出せない人のように思えた。
それもそのはずだ、彼は数年前の豪雨災害で目の前で家族を、そして最近には奥さんを亡くされたらしい。
わたしの出自も人よりずっと重たいものだけど、彼はそれ以上のわたしの想像が及ばない不幸な目にあってきていると店長でわたしの尊敬する里奈さんが教えてくれた。
だから、親近感を覚えたわたしは明るく彼に接してみようと思った。
最初はつれない感じだったけど、大木さんも少しづつ前を向いてきてくれたのか、返事や合いの手を入れてくれるようになってきた。
で、数週間前に大木さんは二人のかわいい女の子を連れてきた。
茉莉ちゃんと楓ちゃんだ。
災害で離れ離れになった幼馴染姉妹で、最近両親を事故で無くし、行く当てがないところを彼が引き取ったとのことだった。
あの大木さんがやる気のある顔つきになってお店にやって来たんだ。
わたしも似たような境遇だったので彼女たちと仲良くなろうと思って話しかけた。
そして、仲良しになってもらえた。
最初はいろんな同情の気持ちが大きかったけどそんなこと関係なく友達になれた気がする。
だからか、みんなでお買い物に行った時にわたしの親しい人にしか言わない生まれのことまでも話してしまった。
ちょっとその時は浮かれていたんだと思う。口が滑ってしまった。
明るい話題が必要な時に暗い話をしてしまった。
わたしなんかよりもずっと辛いはずだ、なのにわたしのために涙を流してくれた。
大木さんもウルってきているのを我慢していたようだ。
少しカワイイと思ったことは秘密にしておこう。
茉莉ちゃんと楓ちゃんをお色直しのためにパウダールームに行っている間、初めて大木さんと二人っきりになった。
里奈さん、啓介さんから大木さんの話を聞いていたことを話した。
わたしが自分の秘密を話したのに、わたしが大木さんの秘密を知っているのは許せなかったんだと思う。
彼と一緒にいると、話をしているとなぜかついつい、また口を滑らせてしまった。
この気持ちは本当に人に話したことのないようなものだ。
自分自身でもどうしてだかわからない。
それに「好き」なんて言葉が、出てきた。
その時にハッと気が付いた、わたしはこの人に惹かれているんだって。
その日はそう思い至った自分が信じられない気持ちでいっぱいだった。
次に会ったときは、茉莉ちゃんたちの入学式のお祝いの時だった。
その日をわたしも楽しみにしていた。
学校でも里奈さんのお店で卒業したら働かないかってスカウトがあったので先生に呼び出された。
今をときめく若手料理人、滝川 啓介直々のスカウトだったのでちょっとした話題になった。
多くの人はわたしがリストランテ ルイジでアルバイトをしていることを知っている。
だから、わたしが体を使って誘惑したとか、バイトだから贔屓されたんだって陰口をたたかれた。
違う!そんなんじゃない!!
聞こえないふりをしていたけど心の中でわたしは叫んでいた。
わたしだって心が弱い人間だ、図太いだけだ。
あの二人のことでそういう思いはしたくなかった。
せっかくの茉莉ちゃんと楓ちゃんの入学祝いの日なのに気分が少し憂鬱になった。
彼女達のお祝いの席で、大木さんは珍しくソムリエでもある里奈さんが用意したヴィンテージワインを飲んでいる。
シフトが上がったわたしは席をご一緒させてもらい楓ちゃんのお友達の立花さんを交えてたのしくお話をした。
お話がひと段落ついた後、大木さんに私は聞いていた。
「ねえ、大木さん。お酒っておいしいの?
里奈さんはソムリエで、これがこうだ―ってよく教えてくれているけど、わたしはまだよくわかんないし。」
なにを言っているんだろう。
お酒を飲める年齢には法律上はなっていたけど、飲酒に対する罪悪感がまだあったわたしなのにそんなことを口にしていた。
多分、お酒を飲んだら辛いことを忘れるとかいう話を聞いたことがあって、今日の最悪な気分を消したかったんだと思う。せっかくのお祝いの席なんだから。
一口、彼が注いでくれる。
「うへっ。なんか果実の味がするけど、独特な感じがするね。」
そう、わたしには馴染みのない味。料理する時には必要なので味を見たりすることはあっても、飲んでみるのは初めてだ。
一口飲んだだけでは、何も変わらなかったからグラスになみなみと注いで、今日の気分と一緒に流し込めればと思って一気に呷った。
そこからの記憶はあやふやだ。
気分がハイになり、体が温かくフワフワした感じになった。
確かに気持ちいい、嫌なことも忘れそうだ。
とにかく頭の嫌なことを追い出すように、楽しいことしか考えられなくなっていたんだと思う。
記憶は曖昧だったけどね!
そうしているうちに気が付いたら大木さんのお家にお泊りすることになったみたいだった。
こんな豪邸に入ったことがなかったので、鮮烈にここは記憶に残っていた。
施設育ちのわたしでは想像もできないような家だ。キッチンも遠目に見たらアイランド式の四点コンロに浄水器付きの物だ。
こんなとキッチンでお料理することが出来たらきっとすごく楽しいんだろうな。
多分、このキッチンを選んだであろう大木さんの奥さん、亜咲さんもきっとそうだったのだろう。
そういう人じゃないと多分置かないようなキッチンだ。
そして、大きなバリスタ用のコーヒーマシンもあった。
こっちはいい物なのに、使いまくられてお手入れが行き届いていない。
多分大木さんの趣味なんだろう。いつも食後にコーヒーを飲んでいるし。
機会があったら彼の飲んでいるコーヒーの味を見てみよう。
それまでは覚えているけど、残りの記憶は曖昧だった。
そうしているうちに茉莉ちゃんたちにお風呂に入れてもらって、ソファで眠っていたようだ。
夢現なわたしはまさかの大木さんにお姫様抱っこされてお布団に入れられた。
心臓がバクバクして、今にも顔から火を噴きそうなくらい真っ赤になっているんじゃないかって思った。
そうして掛け布団を掛けてくれた大木さんの手をつい、つかんでしまった。
そして、いろいろなことを話をした。
彼と二人っきりになるとわたしの心は堰を切ったようになんでも話してしまう。
彼にわたしの内面も共有してほしいんだろう。
我慢が出来なくなってしまう。
ダメだとわかっていてもこの人には甘えてしまう。
やっぱり「好き」が大きくなってきているんだ。
翌朝、目が覚めて少し気分が悪い。
これが二日酔いだなって思い、キッチンへ向かう。
茉莉ちゃんがいたので、せめてものお礼に朝ご飯を作らせてとお願いする。
そして、腕を振るいながらコーヒーを淹れてみる。
あまりおいしくない。設定もグチャグチャ、清掃も行き届いていない。
大木さんの舌は悪くはない方だ。だから単純に手入れをしていない味をこんなもんだと思って飲んでいるのだろう。幸いに使ったことのあるマシンだったので、私好みの味に設定しておいた。
後で、彼がおいしいといって何杯も飲んでくれているのを知った時は天にも昇る気持ちだった。
その後、大木さん達に送ってもらいアパートに帰って、里奈さん達を待っていると何やら騒がしい。
スマホを持ってとりあえず外に出てみると一面火の海の火事だった。
じいちゃんばあちゃんのことが頭をよぎり、血の気が引いて倒れそうになった。
そして、逃げなきゃって。
でも、部屋の中に親との唯一の繋がりの品々が入ったバッグが置きっぱなしだ。
これを失くしたら、わたしと親のつながりは一切失われてしまう。
そんなのは絶対に嫌!
生きて会いたい!!
見つけたい!見つけてもらいたい!!
そう思ったら勝手に体は火の海になったわたしの部屋に飛び込んでいた。
何とかバッグだけを持ち出すことが出来、駆けつけた里奈さん、啓介さん、救急隊の人に怒られた。
そして、あの人も来てくれた。
わたしを引き取ってくれると言って連れ帰ってくれた。
もう限界だった。
この想いに嘘はつけない、彼には素直になろう。
叶わない想いなのはわかっている。だけど、許される間はすべてを打ち明けよう。彼についていこう。
こうして、大木さん、茉莉ちゃん、楓ちゃんとの生活が始まった。
ようやくここまでこれたのも
毎日読んでいただけているからだと思います。
ありがとうございます。
また、頑張ります。
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さらにやる気が出てきます。