2 求む協力の届かない要請
司令室の扉は開きっぱなしだった。部屋の奥にあるデスクにギルド長――來坂礼の姿を確認すると中に入り、彼の名を呼ぶ。紫色の大きな瞳がこちらを見た。独特な色合いの綺麗な青髪が窓から差し込む日の光に照らされ、白く輝いている。礼は勇來を見ると開口一番にこう言った。
「とくに任務もないし、どこか出かけるって話も聞いていないなあ。いつからいないのかすら知らないよ」
空來を知らないか――と勇來が問いかける前に礼は答えた。どうやら彼をアテにしても無駄らしい。ならばせめて探偵に声をかけてもらえないものか。
「じゃあ」
「連絡とろうと思えばとれるかもしれないけど、事件性のない内部の問題に探偵が手を貸してくれたことってないからなあ」
またしても問う前に答えが返ってくる。まるでこちらの考えが見透かされているかのようであるが、事実そのとおり見透かされているのだ。礼はエスパー系の能力者で、他人の思考、感情、過去などの一切をその目に視ることができる。
つまり礼は勇來の姿をひと目見ただけで、勇來が今どんな気持ちで、礼になにを言おうとしているのか、なにをしにここに来て、ここに来る前はなにをしていたのか。あらゆるすべてがわかってしまったのだ。勇來がギルドに来たのは何年も前のことなので、この一段飛ばしなやりとりにもすっかり慣れてしまっているが、初めて彼と話す人は彼の言葉に驚き、時に不快感を覚え、時に怯えることだろう。勇來も最初はおどろいた。
「礼が最後に空來を見たのはいつぐらいだ?」
「そうだなあ……たしか一週間くらい前に、女の子はむずかしいとかなんとか言ってほっぺたさすってるのを見かけたのが最後だと思う」
「イヤな思い出だな」
「仲よくしてた女の子に言い寄られたのを断ったら、思わせぶりな態度で女を弄んだって激怒されて……っていういつものやつだよ。空來って誰にでも優しいから、思い込みの激しい子とかに好かれやすいじゃん」
「まさか今までにフった誰かにめちゃくちゃ恨まれてて、それでなんかあったとか……」
「そんなに心配しなくてもさ、案外すぐ戻ってくるかもしれないぜ? 気持ちはわかるけど、手をつないでないといけないほどの子どもじゃないんだからさ」
「そうだけど、三日だぞ? 俺だって一日二日くらいだったらそこまで気にしねえけどさ。急にいなくなって、三日も帰ってこなくて、一回も連絡とれてないんだぞ。そりゃもちろん、俺たちはもう子どもじゃないし、あいつだって男だ。一応だけど自分の身を守れるくらいには鍛えてる。でも戦えるわけじゃない。女絡みじゃなくても、もし外でなにかあったんだとしたら――」
「わかったよ。なにか思い出したり、気になる情報があったらすぐ知らせる。それと、ダメ元で探偵にも声をかけてみるから。意味ないだろうけど」
「ひと言多いぞ」
「ごめんごめん」
*
「じゃあ、その件については今話したとおりに進めてくれ。ああ、署名はこれでいいかい?」
「ばっちりだね」
ロワリアギルド第二棟の一階にある応接室。ロワリア国の化身、ロア・ヴェスヘリーはダウナ国の化身、ダウナ・リーリアとの会合をたった今終わらせたところだった。ロアから受け取った書類を大事そうにしまった青髪の男は、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出し、にこにこ笑顔になる。
彼はいつも仕事の用事が終わったあとも二時間は帰らない。お互い住む場所が遠いので、共同で取り組む仕事でもない限りそこまで頻繁に会う機会がないのだ。ロア自身もダウナとは個人的な会話も楽しみたいし、彼が話したいと思うのであれば当然応じるのだが、ひととおり喋り終えたあとも彼は帰らない。一分一秒でも居座ろうとする。しかしダウナはロアを見ているだけでも楽しそうな顔をするので、追い出すのも気が引けてしまう。
要するに、ロアはダウナにえらく気に入られているので、一度会ったらなかなか解放してもらえないのだ。
なにもダウナが嫌いなわけではないし、沈黙が気まずいわけでも、煩わしいわけでもない。むしろ両者の仲は非常に良好であると言えるだろう。ロアがまだ幼かったころからなにかと世話になってきた――つまり人間でいうところの、幼馴染のお兄さんのような存在だろう。ダウナとのお喋りもロアには楽しいし、帰り際にいつも言っている「またいつでも好きなときに来るといい」という言葉は社交辞令などではなく本心からの言葉だ。
しかし。
それでさ、このあいだはこんなことが――そのときのあいつの表情といったら――あの光景はロアさんにも見せたかった――上機嫌に言葉を連ねるダウナの背後、彼の背中を睨みつけている少年を取り巻くまがまがしい空気にロアは苦笑する。
翡翠のような緑色の瞳。この世界では珍しい部類に入る黒色の髪。長い前髪が右目を覆っている。ロアの部下であり護衛を務める少年――ジオ・ベルヴラッド。部下といってもロアからすれば弟のような存在だ。
「ジオ、なんて顔してんのよ」
ダウナの隣に座っていた、リワン亡国の化身――リン・ヴェスワテルがジオの頭を軽く叩いた。青髪に紫色の瞳を持つロアとは反対に、紫の髪に青い瞳を持った少女。リンは仏頂面のジオの頬を指でぐりぐりと押し上げるが、仕返しに側頭部でひとつにまとめた髪の束を引っ張られて悲鳴をあげた。ジオの頬をつまむ指にぎゅっと力がこもる。ジオもリンの髪を離さない。
「なにすんのよ」
「こっちのセリフだ」
「二人とも仲がいいねえ」
国の化身であるロアたちの体は、人間でいうところの十歳から三十歳の間で成長が止まってしまう。ロアは十三歳、リンは十二歳程度で定まった。見た目どおりの年齢ではないのだ。細かくは数えていないが、ロアは千年ほど、リンは八百年ほど生きている。ジオは国ではないが領主という、国の化身とは異なるがまあ似たような存在で、十四歳の体で五百年ほど生きている。
つまりリンがロアの妹なら、ジオは弟だ。ならばジオにとってはリンも姉であるはずなのだが、しかしリンには国家としての威厳がなければ姉としての威厳もない。見た目のせいもあってジオと並んでも常に妹であるように見える。が、ジオもジオでリンに対してはロアには見せないような子どもらしい態度をとるため、やはり弟に見える。ロアにはこの弟妹たちがよくわからない。兄弟姉妹の認識でいるのがそもそもの間違いなのか。当事者も第三者も全員その認識なのだから間違いではないはずだが。
ちなみにダウナの外見年齢は二十歳で、見かけも内面もロアたちよりずっと年上である。第三者から見れば今のこの状況は「仕事仲間との談笑」というよりも「子守を任せられたお兄さん」に見えるだろう。
リンから離れたジオがロアの隣に腰掛けると、リンは座りなおしながら、そういえば――と切り出した。
「今日はやけに勇來がうろちょろしてるわね」
勇來とは風音勇來というギルド員のことだ。
「勇來が?」
「よく知らないけど、空來が帰ってきてないらしいわ」
「また女の子の友達と遊んでるんじゃないのかい」
「私もそう思ったけど、なんか結構深刻そうな顔してたのよね」
「へえ、珍しい」
ロアはコーヒーの入ったカップを手に相槌をうつ。ダウナはじっとリンを見つめながら彼女の話を聞いていた。ジオは興味なさげな顔をしている。それでいて話自体はきちんと聞いているのだから素直じゃない。
「空來くんが行方不明なのか。そりゃ大変だ!」
ダウナが眉を八の字にしながら言った。空來やその兄姉である勇來や静來は今でこそロワリア国民としてこの国で暮らしているが、元はダウナ国で生まれ育ったダウナ国民なのだ。国の化身からすれば、国民は皆自分の子どものようなものである。それが行方知れずとなったと聞けば、心配になるのも無理はない。
「とはいえ、なにか知っている子だって一人くらいはいるだろう。行き先を聞いたわけじゃなくても、直前になにをしていたとか、どんな話をしたとか、そういう情報から所在を割り出せる場合もある」
「けど、なにかの事件に巻き込まれた可能性だってあるよ。捜すなら急いだほうが――」
「落ち着きなよダウナ。私たちが動くまでもなく解決することだ。放っておいても問題ない。なるようになるさ」
空になったカップをテーブルに置く。ダウナは怪訝な顔でロアを見ている。
「ロアさん、どうして断言できるの? さてはなにか知ってる?」
ロアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「なあに、ただの勘さ」
次回は五月八日に更新します。




