第6話
やっぱり、まともに死を悼むことができない。
どうしても人の不幸がオレの笑いを誘う。
オレは最低の人間だ。
これまで自分が最低だなんて、これぽっちも思わなかった。
けれども呪いに縛られたオレの心は罪に悩まされて、一旦、自覚した罪は自分のさもしさをずっと意識させる。
そして自分がゲスであることを突き付けるのだった。
オイ、そこのオマエら。
墓の前に立つオレを怪しげに見てるオマエら。
オマエらだって同じだろう?
場が許せば、オレと同じく、人の不幸を、腹をかかえて笑うんだろ?
やがて人影はなくなり、辺りは静まりかえった。
オレは形式的に、墓に眠る兄に対して、手を合わせた。
この世で、オレは唯一の人間ではなかった。
全く、瓜二つの人間が、かつていたのだ。
ソイツはオレの兄ということになっていた。
双子の片割れを失ったおふくろは、オレを憎んだ。
オレが初めて笑った人の不幸とは、兄の死についてだった。
命のあまりのもろさを前に、おかしくて、おかしくて、どうしようもなく、オレは葬儀中、ずっとゲラゲラ笑っていた。
それまで兄と等分に、オレへ愛を注いでいたおふくろは、それを境に、オレとまともに口をきかなくなった。
オレは人の不幸を見ては、当たり構わず笑う子供になっていった。
両親は、そんなオレを半ば諦めて、放置した。
オレはネットにこもり、その膨大な情報を統制する、絶対的権力に魅せられていった。
そうした権力の倫理観が、オレを補完し、今日のオレを形作ってきた。
オレには自分に絶対的自信があった。
でも今は……
どこで道を誤ったんだ?
兄は一言もしゃべらない。
当たり前だ、死んでいるのだから。
でも最初の罪に赦されれば、これまでの全てをやり直せる、そんな期待を抱いていた。
そして兄に、これまで犯した罪の贖罪、その成就を願った。
しばらくは死者との交信を試みたが、バカバカしくなって、墓の前から去った。
どうにかして自責の念から逃れたいオレは、北口公園でスマホに映し出される晒しものを見て、笑いで誤魔化した。
晒しものを、匿名の多勢が一斉に笑う。
———そうだ、これだ、この世界だ、オレに必要なのは!
———どうか、この浅ましい世界を、オレから奪わないでくれ!
———どうか、オレの居場所を奪わないでくれ!
「オイ! ゲス野郎!」
声に振り向くと、『大うすどん』とその仲間がオレを取り囲んでいた。
「いいや、違うな、この人殺し!」
「人殺し?」
「ああ、あの娘を晒しものにしたのも、殺したのもオマエだ。」
「何か証拠はあるのか?」
『大うすどん』はカバみてえなゴツイ顔を真っ赤にして、さらにオレに歩み寄った。
「ああ、何もねえよ。俺は専門知識もなけりゃ、特殊技能もない。
だからオマエだって証拠は一つも掴めちゃいない。
けどな、誰が見たって犯人はオマエしかいないって分かるんだよ!」
コイツらのバカな正義感が、滑稽でしょうがない。
「イヒッ! イヒッ! イーヒッヒッ! イヒャッ! イヒャッ! ハーヒャッヒャッ!」
大笑いするオレを『大うすどん』が殴りつけた。
でも笑いは止められない。
「ヒャヒャッ! ヒャヒャヒャッ! イヒッ! イヒッ!」
ひたすらバカげた正義感を、オレは笑っていたが、次第に笑いの対象がズレていった。
リンチを受けるオレは死を覚悟した。
そして、あまりにもろい自分の命、その命が意図も簡単に台無しになることに、興がそそられた。
———なぜだ、とても、とても、滑稽だ!
オレは笑った、自分の命を。
オレは軽蔑した、自分の命を。
殴られながら、笑いは大きくなっていった。
「ヒャーハッハッ! ヒャーハッハッ! イヒッ! イヒッ! ハーヒャッヒャッ! イヒッ! イヒッ! ハーヒャッヒャッ!」
「なんだコイツ、狂ってやがる。」
「子供たちが見てる。もういい、ズラかるぞ。」
ぼやけた視界に夕暮れの空が紅く染まっている。
地面にあおむけになったオレは、もはや身動きが取れなかった。
「イヒッ! イヒッ! イヒヒヒ……」
自分自身を笑いものとすると、自分の実体がカサカサに干からびて、消滅してゆくのを感じた。
———誰だ?
誰かがオレの両手を握っている。
視界に3人の幼い男児が顔をのぞかせた。
この子達が手を握っている?
「大丈夫?」
「死んじゃうの?」
オレは子供らに笑って見せようとしたが、笑い声が喉に詰まって出てこない。
「死なないで。」
「死んじゃイヤだ。」
「お願い、死なないで。」
男児らは、めいめい泣き始め、オレの顔面に涙を滴らせた。
子供の熱い涙がオレの頬をつたう。
心の中で、雨が降り、乾ききった土に水が染み込んでゆく。
水気を含んだ土は重くなる。
あれだけ重さを恐れていたが、暖かい雨水に満たされている心は、落ち着きを取り戻し、静けさに包まれる。
———この暖かい涙に溺れたい
嘲笑が消え、静寂が訪れた時、自分の鼓動を聞いた。
トクントクンと、意志とは無関係であるかのごとく、生きている音が伝わる。
「生きている」、その証しに戻りたかった。
「生きている」だけでは、何ら立派とは言えない。
確かにその通りだ。
けれども、その証しから離れれば離れるほど、オレは浅ましくなっていた。
そうか、人は命の尊厳を軽んじ、軽くなれば軽くなるほど、生の重心から離れて、死の引力に引かれるのか。
命の尊厳、その重さに耐えかねて、オレは目を背けていた。
そうした状況下での心は、ひたすら軽薄でしかなく、尊厳の重さを推し測ることは、決して叶わない。
自分自身も尊重し、その重さに向き合わなかったために、自身の重さと他人の重さを対比させられず、ただただ滑稽にしか写らなかったのだ。
暖かい血液が、固くて、軽い心に満ちてゆく心地がした。
オレの心と身体は、次第に重くなり、静かな深海へと沈んでゆく。
———オレは死ぬのだろうか?
死ぬなら死ぬでいい。
この手に負えない、愚かな自分を、一旦、終わりにしたい。
オレは瞼を閉じた。
そのまま、生の重力に引かれ、ゆっくりと命の中心へ沈んでいった。




