浮気はダメだよ?
後輩の五十嵐さんの件があってから、彼女は頻繁に俺のクラスに来るようになった。
「裕貴先輩いますか!」
俺が1人で教科書を整理していると、五十嵐さんの声がクラス中に響いた。
俺は急いで彼女の元へ向かう。
「どうしたの? 五十嵐さん」
俺が彼女の元へ向かうと、五十嵐さんはニヤリとした表情で俺に聞いてくる。
「先輩、今日のお昼空いてますか? 時間があるなら私と一緒にお昼どうですか?!」
「あ、いやその悪いけどちょっと先約が――」
俺がそう言って断ると、五十嵐さんはニコニコとした顔で言った。
「じゃあ、私もその先約に同席していいですか?」
笑顔を崩さず、ぐいっと一歩距離を詰めてくる五十嵐さん。その目は冗談めいていながら、どこか本気の色を宿していた。
「え、いや、それは……」
俺が返答に詰まっていると、クラスの隅からひそひそとした声が上がる。
「また来たぞ、あの子……」「あれってアプローチじゃね?」
クラスメイトたちの視線が刺さる中、五十嵐さんはそんなの気にしないとばかりに言葉を重ねてくる。
「先輩が困ってる顔、けっこうレアで好きです」
「……からかってるだろ、それ」
思わず眉をひそめて言うと、五十嵐さんは「えへへ」と笑って、首をすくめた。
「ちょっとだけ、です。でも本気もちょっとだけ混ざってますよ?」
「なんだその曖昧な……」
「じゃあ、こうしましょう。今日のお昼、先輩の先約がOKしてくれるなら、私もご一緒します。ダメって言われたら、素直に引き下がりますから」
そう言って、彼女は小さくウィンクをする。
逃げ場は、ない――。
俺はため息をひとつ吐くと、意を決して言った。
「……分かったよ。聞いてみる。でも、本当にダメだったら諦めてくれるかな」
「はいはーい、じゃあお昼に期待してますね、裕貴先輩♪」
ひらひらと手を振りながら教室を後にする五十嵐さん。その後ろ姿を見つめながら、俺は頭を抱えた。
(……さて、どうやって佐々木さんに話を切り出すか)
修羅場の足音が、確かにすぐそこまで来ていた――。
※
「あ、あの……佐々木さん。ちょっといい?」
俺は心臓の鼓動を押さえながら、隣にいる佐々木さんに声をかけた。
彼女は、いつもの柔らかな笑みでこちらを見てくる。
「うん、なに?」
「えっと……その、お昼なんだけどさ。一緒にご飯食べたいって言ってきた子がいて……。でも、もし佐々木さんさえよければ、やっぱり――一緒に食べたいっていうか……」
言葉を選びながら、俺は頭を掻いてごまかす。自分でも情けないくらいにテンパっていた。
佐々木さんは一瞬、きょとんとした顔をしたあと――ふわりと笑った。
「え、ダメだよ?」
「で、ですよね~……」
「だって、私が先に裕貴くんの時間をもらってたもん」
そのまっすぐすぎる言葉に、俺は何も言い返せず黙り込んだ。
すると、佐々木さんの表情が少しだけ真剣なものに変わる。
「ねぇ、その“一緒に食べたい子”って……五十嵐ちゃんのこと、だよね?」
――心臓が跳ねた。
図星だった。何も言えずにいる俺に、佐々木さんは少しだけ視線を落とし、ぽつりと呟く。
「やっぱり……」
その小さな声に、責めるような色はなかった。ただ、少しだけ寂しさを含んでいた。
「ねぇ、裕貴くん。私ね、これからは自分の気持ちに、もっと素直でいたいんだ。だから……浮気はダメ、だよ?」
最後の一言は、冗談のような微笑みと一緒に届けられた。でも、その奥にある本心は、ちゃんと伝わってきた。
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