これからも俺と佐々木さんは
修学旅行も終わり、秋も終わりかけの日々。
「お坊ちゃん、朝ですよ〜」
甘く優しい囁きが耳元で響く。
俺はその声に思わず飛び起きた。
「さ、佐々木さん! その起こし方は勘弁してくださいって!」
「でも、こうでもしないと裕貴くん起きないから」
ぐ……ぐうの音も出ない。完全論破だ。
「朝食はもうできています。お早めにお召し上がりくださいね」
慣れた動作でお辞儀をすると、佐々木さんは静かに部屋を後にした。
その背中を見送る間、昨日までの修学旅行の記憶が脳裏に濃くよみがえる。
春樹の告白。
佐々木さんが向けている想い。
そして、俺自身の揺れる気持ち。
そんなことをぼんやり考えながら、俺はゆっくりと食卓へ向かった。
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食卓には母さんの姿があると思っていたけど、そこに彼女の姿はなかった。
「あの、母さんは……?」
近くにいたメイドさんに尋ねると、丁寧に返事が返ってくる。
「由紀子様でしたら、お仕事に向かわれましたよ」
「……そうですか」
最近、まともに母さんと会話をしていない。
そう思った瞬間、胸の奥にぽっかりと小さな虚しさが浮かび上がった。
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朝食を終えると、いつものように佐々木さんから手作りの弁当を受け取り、一緒に学校へ向かった。
教室の扉を開けると、そこには変わらない、日常の風景が広がっていた。
「おはよう、裕貴」
いつも通りのトーンで、神木さんが挨拶してくる。
「悠里も、おはよう」
「おはよう、神木ちゃん」
ふたりの間に流れる、どこか穏やかだけど複雑な空気に、俺はどう反応すべきか少しだけ迷ってしまう。
その時、背後から肩を叩かれた。
「よっす! 裕貴!」
振り向くと、そこには笑顔の春樹がいた。
「春樹……」
その顔を見た瞬間、修学旅行での出来事が脳裏に蘇る。
あの告白。そして、振られたという結果。
「何しけた顔してんだよ、裕貴! ……てか、お前ら聞いたか?」
いきなりテンション高めに春樹が話題を振ってきた。
神木さんが、何か思い出したように口を開く。
「あー、1年生に転校生が来るって話?」
「それそれ!」
春樹は嬉しそうに頷く。
「なぁ、裕貴。今から見に行かね? 可愛い子らしいぜ!」
「へ、へぇ……そうなんだ。じゃあ、ちょっと見てみようかな」
俺がそう答えて、春樹のあとを追おうとしたそのとき――
誰かが、俺の袖を掴んだ。
振り返ると、そこには佐々木さんが立っていた。
「佐々木さん?」
「あ……ごめん」
はっとしたように手を離す彼女。その表情は、どこか寂しげにも見えた。
その場にいた神木さんが気配を察して口を開く。
「……私、春樹のところ行ってくるから」
そう言い残して、神木さんは春樹のあとを追っていった。
教室には、俺と佐々木さんのふたりだけが残された。
「他の女の子より、もっと……私に構ってほしいな」
「――ッ!?」
突然の一言に、俺は思わず目を見開き、顔が熱くなる。
「な、なんてね……!」
照れ隠しのように笑う彼女。
「でも、私も気になるな、その転校生……。一緒に、見に行く?」
佐々木さんは、静かにそう問いかけてきた。
その声には、ほんの少しだけ不安が混じっていた。
俺は机の上の教科書を整えながら、ゆっくりと答える。
「……いや、俺はいいかな。人が集まりすぎると迷惑になるかもしれないし」
「そっか。……裕貴くんらしいね」
「そうかな」
佐々木さんはくすっと笑って、視線を外す。
こんなふうに、また変わらない日常が戻ってきた。
騒がしいけど、どこか落ち着くこの空気。
俺はその中で、胸の奥に小さな安堵を抱いていた。
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