大切にして欲しいもの
週が明けた月曜日。
俺はいつもより少し早く登校し、昇降口で靴を履き替えていた。
昨日、佐々木さんと話したことが頭に浮かんで、顔が自然に緩んでしまう。
「……あ、やば」
ふと我に返ると、周囲に人が増え始めていた。
慌てて顔を引き締め、教室へと向かう。
教室の扉を開けると、すでに春樹が席に座って窓の外を見ていた。
「よっ、裕貴。お前、今朝はやけに機嫌良さそうじゃね?」
「え?」
「ニヤけてたぞ、さっき」
「……まじで?」
俺は自分の頬をさわってみる。どうやら無意識に表情が緩んでいたらしい。
「何かあったか? 週末に佐々木と会ったって言ってたけど……まさか」
「ま、まさかって、な、なんだよ」
「へぇ、焦るってことは、やっぱり何かあったな?」
「ち、違う! なんにも……!」
春樹はニヤニヤしながら俺を見つめてくる。
「ま、そういうことにしといてやるよ」
「……からかうなって」
そんなくだらないやり取りをしていると、今度は後ろから神木さんが現れた。
「おはよう、裕貴。春樹も」
「おはよう」
「おっす」
彼女は俺の隣に立つと、ふと俺の手首に目を留めた。
「それ……アクセサリー?」
「え? あ、あぁ、これ?」
「やば丸くんじゃん。最近すごく流行ってるよね、それ」
「あぁ、佐々木さんがくれて……」
「……ふーん」
神木さんはほんの一瞬だけ、複雑そうな顔をしたように見えた。
「いいじゃん。似合ってるよ」
「そ、そう? ありがとな」
「でもさー……こういうの、私にもいつかくれても良いんじゃない?」
「え?」
「なんでもなーい!」
茶化すように笑う神木さん。けれど、冗談交じりのその言葉に少しドキッとする自分がいた。
※
放課後。
佐々木さんはまだ体調が万全じゃないのか、今日は学校を休んでいると連絡があった。
「じゃあ、今日はどうする?」
春樹が教室の窓から外を眺めながら俺に聞く。
「今日は……家に帰って、佐々木さんの様子を見に行こうと思ってる」
「そっか、じゃあ今日は邪魔しないでおくわ」
「ありがとな」
「いや、気にすんな」
そう言って、春樹は荷物をまとめて、先に帰っていった。
「……」
教室に1人残った俺は、ペアのブレスレットを見つめる。
その時、ふと佐々木さんからメッセージが届いた。
『今、家にいるよ。無理しないでね。もし良かったら、夜にでも少しだけ来てくれない?』
『分かった、夜に行くよ』
すぐに返事を返す。
今までなら、誰かの家に夜に行くなんて考えもしなかった。
けれど、今は自然と「行きたい」と思っている自分がいる。
※
その夜、佐々木さんの家。
「おじゃまします」
「……お帰り、裕貴くん」
迎えに出てきた佐々木さんは、少し顔色が良くなっていた。
けれど、まだ本調子ではないのか、彼女は俺の目の前でほっとしたように息をつく。
「ごめんね、忙しいのに」
「いや、大丈夫だよ。今日はもう、暇だからさ」
「そっか……なら、良かった」
彼女は俺を自室に案内する。
「……ねぇ、今日も少しだけ、そばにいてくれない?」
「もちろん」
俺が頷くと、佐々木さんは安心したようにベッドに腰掛ける。
「最近、いろいろあって……私、ちょっと弱くなってたのかも」
「弱くなんかないよ。佐々木さんは、俺から見たら十分すごい」
「……ふふ、ありがとう」
彼女は俺の隣に体を寄せ、少しだけ俺の肩に頭を乗せる。
「……私ね、昔は友達も少なかったし、こんなふうに誰かに頼るのって、怖かったんだ」
「今は、怖くない?」
「裕貴くんなら、平気」
その一言に、心臓が跳ね上がる。
彼女の吐息が微かに肩をくすぐり、心がざわつく。
「……私、ちゃんと強くなるから」
「うん……でも、無理はするなよ」
「……約束する」
彼女はそう言って、今度はブレスレットを指でそっと撫でた。
「これ、ずっと大事にするね」
「俺も、大事にするよ」
そして、俺たちはしばらくの間、そのまま寄り添ったまま無言の時間を過ごした。
その静けさが、どこか心地よく感じられた。
※
帰り道。
佐々木さんと約束を交わした余韻が残ったまま、夜の街を歩く。
(……これ以上、俺の気持ちは誤魔化せないかもしれない)
その日は、俺が初めて「彼女」をひとりの女の子として強く意識した夜だった。
──この気持ち、どうするべきなんだろう。
そんなことを考えながら、俺は夜風に吹かれながら、自宅へと向かった。




