【一週間まとめ読み用-2】
僕:平凡なサラリーマン。『センター』に秘密で子猫を飼うことになった。
鳴子さん :何かと頼れる開拓団の占い師。
一週間まとめ読み用その2です。
『子猫』を拾うってことはどういうことか。
それは僕にとってまったく想像を超えたことだった。だって、そもそもセンターに選ばれるような人間ではなかったし、拾うこととセンターから割り当てられることの意味も全く違う。
それに、『子猫』がどういうものか、僕はまだ何も知らなかった。
医者に覚悟を聞かれたって、僕は正直に何も答えられなかった。ただ、ジーナになんとか元気になってほしい、それだけは理解していた。
そんな僕を見かねて、医者は僕の肩をとんとんとなぐさめるように叩いた。僕は『シャデルナ』の女主人に、
「助けてくれてありがとう」
と言った。『シャデルナ』の女主人は、僕を黒いコートのままハグした。
「なんの、占いにくるやつらっていうのは、みんなそれなりの事情を抱えているのさ。この灰色の街で、誰にも気づかれもしない、それぞれの悩みだ。どんな悩みだろうと、それに耳を傾けるのが占い師の誇りだからね」
「お礼は……」
『シャデルナ』の女主人は笑って言った。
「一回の占いは3マーズだよ。……ありがとう、それで十分さ。ついでに未来を占うかい?」
そういいながら、女主人は医者に青い小瓶を差し出した。医者は無言で受け取るとそれを戸棚の中にしまった。
僕が自分の未来に恐れおののいていると、それを見透かしたように女主人はこういった。
「易をするまでもないさ。これからは隠さなくちゃいけないことも増える。苦労はするだろうさ。でもみておくれ……この『子猫』! ちっちゃいねえ……! わたしも本物をみるのは何年ぶりだろう。どこから来たのかもわからない、危ないにおいもする。けれど、運命ってのはなるようになるもんさ」
それまでの僕はといえば、まったく平凡なサラリーマンだった。まいにち起きて、会社へ行き、帰ってきて寝る。けれど、それがある日とつぜんに変わってしまったんだ。
ジーナが僕のところにやってきた時から。
それで、ジーナが元気になったかって?
なったよ。点滴を受けて30分もすると、ジーナはパッチリと目を開けた。まだ毛並みはベタベタだったけど、その瞳はとても大きくてきれいだった。
火星では、青い瞳は「地球のよう」、黒い瞳は「宇宙のよう」、茶色い瞳は「枯葉のよう」、というんだけど(ちなみに、火星では植物は貴重なものだから、枯葉はとても美しいイメージなんだ)、ジーナの瞳は金色だった。
いつまでたっても火星が手に入れられないものといえば、真ん丸な金色の月だよね。火星の月のフォボスとダイモスは、デコボコでいびつで、そして小さい。
僕を見上げるジーナの瞳は、真ん丸で、とてつもなく金色だった。
これが月か、と思ったよね。そのときから僕はジーナに夢中なのさ。
あれからよく食べて遊んで甘えて、すっかりデブ猫になったけど、僕の中ではいつまでジーナはあのときのイメージのままなのさ。
それで……そうだ、ごめんよ、僕はこれを書きながら、いますっかり情けないほど泣いてしまった。
ジーナは僕のところに今いないんだ。
だから、君に世界を救ってほしいとお願いしている。
僕は、ジーナと自分の家に帰った。その時にはジーナは少し元気になって、ミイミイ鳴き始めていたよ。
自動タクシーにその音を録音されないかひやひやしていたから、家までの道はひどく長く感じた。
家にたどり着くと、今度はジーナのための買い物に大急ぎで出た。
医者の指示通り、ペットショップでイタチ用のご飯を仕入れ、小さめの衣類かごを買った。それに「シリカゲル」というのを入れれば、ジーナのトイレになるんだそうだ。
僕はそのイタチのごはんをお湯でふやかすと、医者からもらった栄養剤のカプセルを少し混ぜた。
それを皿に少し入れてジーナの前に持って行ったけれど、ジーナは少し舐めただけで興味を失ってしまった。
後から知ったんだけど、子猫は鼻が利かないとごはんを食べないんだそうだね。
ジーナは目はパッチリしていたけど、鼻はまだ良くなかったんだろう。結局、その日はまったく食欲がないようだった。
翌日、僕は会社を休んだ。だって、ごはんも食べないジーナをほっておけないじゃないか。僕はまたあの占い師を頼った。僕が顔を見せると、とたんに占い師は表情を曇らせた。
僕はまた厄介ごとを持ち込んで申し訳なく思ったけれど、そういうことじゃなかった。『シャデルナ』の女主人は、ジーナのことを心配していたんだ。僕が現れて、ジーナに何かあったんじゃないかと思ったらしい。
僕がジーナがごはんを食べないことを伝えると、女主人は僕の家の住所を聞いて、今日の夜まで待つように言った。
今回も彼女が受け取ったのはたったの3マーズだった。
……その夜、何が家に届いたと思う?
それはもうぼろぼろの紙の本さ。
表紙には『かわいいこねこの育て方』って書かれていた。500年も前にすたれた紙の本を、どうやって彼女が手に入れたのかは想像もできなかった。
だけど、それが長いあいだ使われてきたというのは、そのボロボロさからわかった。
僕はその本に書かれていたとおり、ふやかしたご飯を温めて、少しミルクを混ぜてスプーンでジーナの鼻先に持って行った。ジーナはそれでも食べようとしなかったので、少しだけ鼻の上にのせてやった。
ジーナは嫌がるように顔をしかめると、小さな舌で鼻をぺろりと舐めた。それで、ジーナはそれがご飯だとようやくわかったんだ。ジーナはちょっとスプーンに興味を持って、その日は二さじぐらい食べたかな。
そして、翌日はお皿の中に顔を突っ込んっでいたよ。顔じゅう、ご飯だらけにしてね。
そしてその翌日、僕は『子猫』を『ジーナ』と名付けた。なぜジーナかって? あらためて説明すると恥ずかしいな……。
3020年には、みんな知っている童話があるんだよ。『こねこのジーナ』って話がね。人間のことばを初めて話すようになった猫の話さ。まあ、とりあえず、それが僕とジーナが家族になったいきさつさ。
そして、僕は予想もできないことに巻き込まれていった。いま、僕はセンターから逃げ回っている。それが僕がネコカインを支給されないわけさ。
いまの僕の状況を君にわかってもらうためには、火星の歴史の話からはじめなきゃならない。
ええと……君はいつの人なんだっけ……そうだ、21世紀だ。
21世紀……そう、そうだ。アメリカという国がまだあったね? 前後、100年ほど地球を支配していた国だ。アメリカがどうなったかって……?
アメリカはもうないよ。アメリカどころか、地球上のすべての国がもう無くなっている。そして、もう戦争がなくなってから300年は経つ。
何が起きたかって?……ネコカインがすべての人間にいきわたったのさ。センターのいう、『平和の象徴』がね。
僕たちは、宇宙猫同盟によって【人類の醜悪】というのを教育されている。猫たちが人類を支配するようになるまで、人間たちは戦争をやめることができなかった。けれど、ネコカインを摂取するようになってから、人間は猫のために尽くすことだけを考えるようになった。
人間は争うことを忘れ、猫のために勤勉にはたらき、寸暇を惜しんで猫と寝るようになった。最後の戦争は月の自治を求める戦争だったけれど、結局はネコカインを受け入れて自治派はセンターに降参した。
人間は猫によって戦争から救われた。
これがセンターによって人間に最初に教え込まれることさ。
そう……で、火星の話だ。
火星も月ほどではないけれど、センターとはいろいろと問題があった。
21世紀にはたしかもう、探査船は出ているんだよね? 有人ではなかったと思うけれど、とにかくそれが人類が火星に住むための最初の一歩だった。
ところで、マーズローバー(NASAの火星無人探査機)はまだ火星のミュージアムに飾ってあるよ。火星の子はみんなそこに見学に行くんだ。
23世紀には、はじめて大規模な開拓団が火星に到着する。
実はその前にも開拓団を乗せた船が火星に向かったんだけどね……。
まあ、その話はしないようにしよう。ちょっとだけ関係があるとすれば、最初の船には犬たちがたくさん乗せられていた。
しかしそれは火星には到着しなかった。
そして、23世紀の最初の開拓団の船には、猫がたくさん乗っていた。
開拓団はどんな人たちだったかって……?
犯罪者? 弾圧された人々……?
いいや、まったく違うよ。その正反対だ。
『はじめの人たち』について。火星の歴史を語るときには三つの段階がある。
『はじめの人たち』と、『初期開拓団』と、『火星世代』だ。
火星最初の開拓団は、一握りのお金持ちと、本当に選ばれたエリートと、大量の機材と、動植物だった。
そのころ、地球は温暖化で環境がひどく悪化していて、戦争が各地で起こっていた。(まだ猫が最初の言葉をしゃべる前のことさ)
そんななか、地球で生き延びることができないと思った10人ほどの金持ちは、各界のエリートを自分の箱舟につんで、火星に逃れることを決心したのさ。
僕たちは彼らを『はじめの人たち』と呼ぶんだけどね。まあ『はじめの人たち』は自分のもてるすべてを使って宇宙船をつくり、優秀な人を集め、火星に出発した。
地球がどうなったかって……?
それがとても皮肉な結果になった。『はじめの人たち』が地球を脱出して、すべての経済活動をやめたことで、地球は短いあいだ、大混乱になった。
だってそれまでは、本当にひと握りの人たちが、半分以上の農地や工場を独占していたんだ。
あたりまえのことだけど、彼らが地球を出て行って、大きな工場や農地のほとんどが廃墟や荒れ地になった。
そして、とり残された人間たちは、効率のわるい農業や工業をほそぼそと営んだ。そしたら、地球は少しずつ環境を回復した。新しくできた森がぐんぐん成長して、海では魚たちがプランクトンをモリモリ食べて増え、人間に水揚げされることもなく海の底に沈んで温暖化ガスを封じ込めた。
それでまあ、かろうじて人間は地球上で生き延びた。
それを支えていたのが猫たちなのさ。猫たちは、人間が忘れかけた豊かさの象徴だった。
それで……なぜ地球と火星が戦争寸前になったかはわかるだろう……? 地球にしてみれば、『はじめの人たち』は自分たちを捨てた人間たちだ。
一方で、最初の開拓団は、文字通り自分の財産も命もなげうって、火星に住み始めた人たちだ。やがて他の開拓団が到着するころには、火星と地球の関係は一触即発になっていた。
初期開拓団は『はじめの人たち』と火星の土地をあらそって、人数の多い開拓団が勝った。
(このときできたのが、あの医者のいた開拓団の街とよばれるゴミゴミした地域だ)
『はじめの人たち』がは辺境に追いやられ、やがてどこに行ったのかわからなくなった。
そして、火星生まれの『火星世代』だ。彼らは地球との争いが終わってから生まれたので、地球やセンターに対していいイメージしかない。だから、『初期開拓団』とはちょっと距離がある。
いわゆる、現代っ子さ。
……僕かい?
僕は典型的な『火星世代』で、平凡なサラリーマンだったよ。ジーナと出会うまでは。
長々と火星の歴史について話したのには理由がある。
ジーナが7歳になったとき、センターにジーナのことがばれた。
それで、追われることになった僕をかくまってくれたのが『初期開拓団』なのさ。
僕をなぜ開拓団が助けてくれたのか……。
その話には、またあの『シャデルナ』の話に戻らなくてはならない。
『シャデルナ』の女主人はあのファッションだからみんな誤解するけれど、とてもやさしい人だった。でも、言葉遣いは荒いし、僕に対しても言いたい放題だったけどね。
ジーナと一緒に暮らし始めて4か月くらいになったころかな。
僕はジーナの『教育』をどうしようか考え始めていた。だって、3020年にはもう猫たちは人間と同じ言葉を話しているのだからね。
そもそも、猫たちはとうの昔に人間の言葉は理解していたんだ。
けれど、それを発音することができなかった。
猫たちはそれを特別な首輪で解決した。
……鈴が付いてる? いや違うよ。鈴じゃなくて、翻訳機がついているのさ。
21世紀の猫は鈴がついているかい? あんまり感心しないなあ。
猫たちは高い音がほんとうは苦手なんだよ。狩りをしたり、母猫を呼んだりするときにだけ使う音だからさ。
まあそれはともかく、猫たちは人間の言葉をはなすために、翻訳機を発明した。それはこんなメカニズムだ。
猫たちは喉をゴロゴロ言わせるけれど、その音の長さや高さをアルファベットに変換する。そして、人間語に機械が翻訳するのさ。
……『こねこのジーナ』は実在したかって? 最初に人間の言葉をしゃべった猫だね。初代ジーナは確かにむかし存在していた猫さ。でも、発明された翻訳機を使った猫じゃない。
教科書には古い初代ジーナを撮影したホログラムが入っているんだけど、初代ジーナは単語カードを使っていた。すごく単純なことさ。
「わたし」「ねむい」「おなかすいた」「おみず」「うれしい」「だっこ」
なんて書かれたカードを、初代ジーナは的確に選ぶことができた。子猫のころから訓練をはじめて、十歳をすぎるころには
「わたし」「たべたい」「オマールエビ」「ゼリー仕立て」
ぐらいまでは選んだそうだよ。
うちのジーナ二世はどうかって? うちのサバトラの真ん丸お月さんは、翻訳機をつかってそりゃあ面倒なグルメな要求をしたけれどね。
それでまあ、とにかく僕はジーナの『教育』のために翻訳機を手に入れようと決心した。けれど、例によってすべてを管理しているセンターがこの社会に存在しないはずの『野良』の『子猫』用の翻訳機を製造しているはずがない。
で、また僕は『シャデルナ』を頼るしかなかった。
こんなに話に『シャデルナ』の女主人が出てくるのに、服装以外はたいして話していなかったよね。
『シャデルナ』の女主人は、まあ、服装がヒョウ柄だから、それ以外があんまり目に入らないんだよね。
彼女の名前は鳴無 鳴子さんと言った。
よく見ると昔は美人だったんだと思うんだけど、笑い方が豪快だし、あのファッションだしでどちらかというと威圧感というか、こちらを黙らせる迫力のある人だ。
※アメリカの地球支配は第二次世界大戦の武器貸与法から100年と計算。
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