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第78話 仲間

 こんなはずではなかった、とカナリアはまとまらない頭を必死に働かせる。


 彼女の予定では悲しい過去を打ち明けたイオをみんなで慰め再びパーティーに入ってもらうという、たったそれだけのことだった。

 イオにどんな過去があっても関係ないというのは3人の共通した見解であったし、正直毒のことなどほとんどどうでもよかったのだ。



 ただ、心を開いてほしかった。


 実力のなさから自分の価値を低く見積もるイオに、そんな彼を必要としていると告げたかった。


 ここに、彼の身を心から案じている仲間がいることを知ってもらいたかった。



 だが、その願いは通じない。いや、伝えることさえ許してもらえなかった。


 なぜならイオは彼らにほとんど自分の過去について話さなかったからだ。

 分かったことと言えば出身地と旅の理由、母親が亡くなっているということだけだ。過去に起きた「嫌なこと」については欠片も話してくれなかった。


(そんなに私たちのことを信用していないの……!?)


 カナリアは苛立ちと共に悲しみを募らせる。

 イオは慰められることはおろか、同情を受けることさえ良しとしない。決して内側には踏み込ませないという強い拒絶が感じられた。


 代わりにと詳細なまでに語られたのは、ただ話を聞く口実に過ぎない毒についてである。


 曰く、毒を利用してランクを上げた。

 曰く、素材を勝手に着服していた。

 曰く、毒ナイフを腰に携帯し、常に抜ける状態に保っていた。


 言葉だけを見ると、これを話した人物はかなり悪辣な人間である。

 仮にこれらのことが公に知られれば、カナリアたちでさえイオを弁護することはできない。


 だがそんな驚きに追い打ちをかけるようにイオは3人の前に毒が入った容器やそれを塗ったナイフを並べていく。


「今も俺はこれだけの毒物を持っている。どれも人に使えば死ぬ類のものだ」


 それを聞いてカナリアはゾッとせずにはいられない。

 毒についての知識など皆無に等しい彼女にしてみれば触れることすら忌避感を感じてしまう。もし不注意で……などと考えると近くに置いておきたいとは思えない。


「俺はお前たちが思っているほどできた人間じゃない。むしろ真逆に位置すると言っていい。散々パーティーメンバーをだまし続けた俺に「不死鳥(フェニックス)の翼」にいる資格はないんだ」


 しかしその言葉で目の前にある毒のことなどどうでもよくなってしまう。

 この流れでイオが言わんとしていることを先んじて察してしまったからだ。


(また……またあんたは、自分から独りに……!)


 その先を言わせてはならない。それを許してしまえば、今度こそ埋まらない溝ができてしまうことが感じられた。


 だがイオを引き留めるのに適切な理由が存在しない。

 イオがしてきたことは通常ならパーティーを追い出されるようなものだ。カナリアたちはイオを追い出す側であって、残留を請う立場ではない。

 これがパーティーを組んだ最初の頃ならカナリアは情け容赦なくイオを追い出していたことだろう。


 特に毒に頼ったランク上げは下手をすれば冒険者ギルドから罰則が科せられることもある。

 冒険者のランクはあくまで素の実力を表す指標なので、知られれば最低でも降格処分は受けることになるだろう。


(何か、何かないの……!?)


 カナリアはイオを引き留められるだけの理由を欲した。グレーなことをやってきたイオを許すための、本人が納得するほどに強い理由を。


 だがこの時間でそんなものは見つかるはずもなく。


「俺はパーティーには戻ら……」

「言わないで!」


 結局は時間稼ぎにしかならない方法をとったのだった。



 ♢ ♢ ♢



 ここまでくるとイオは感心すらしていた。


 あえて多くを語らなかったためにイオの言葉はかなり過激に聞こえたはずだ。

 それなのに目の前の3人がイオを見る目に嫌悪や失望の色は見られない。

 語るにつれて自分で自分に嫌悪感が湧いていただけに、なぜ彼らが自分のことをそこまで引き留めようとするのかイオには理解不能だった。


「なぜだ? こんな奴はパーティーにいない方がいいはずだ」


 イオは自分の言葉を遮ったカナリアに尋ねた。


 普通の(・・・)冒険者ならこの問いに肯定する。毒を持ち歩く人間の近くには誰もいたがらない。


「私は、私たちは気にしないわ」


 明確な答えを返せないのだろう。それはイオを納得させるには程遠い言葉だった。


「ばれれば連帯責任でお前たちも罰則を受けるぞ?」


 普通の(・・・)冒険者ならこの言葉で引き下がる。他人の罪で罰を受けるなど、許容する者はいない。


「今更ね。貴族でもなんでも来ればいいわ」


 これにはイオもなるほど、と思ってしまった。

 アルバートのために2人がエイデン男爵に逆らったのは記憶に新しい。


「俺は実質Dランク以下だ。これ以上強くなれる見込みもない」


 普通の(・・・)冒険者ならこの瞬間に興味を失われる。足手まといを欲する者などどこにもいない。


「……私たちはイオほど広い範囲を警戒できない。イオがいてくれるとそれだけで助かるのよ」


 それは確かに事実なのだろう。だからこそ、イオが一緒にいるわけにはいかない。

 警戒という最も基本の技術をイオに頼っていては、彼らはいつまで経っても大成することはできないのだから。


 だがイオはあえてそれを口にすることをしなかった。

 カナリアの苦い表情から、彼女もそのことを理解しているようだったからだ。


(俺がいなかった間に苦労したんだろう)


 アルバートはともかく、カナリアとルーの警戒能力が低い理由の一端は間違いなくイオにある。

 そのため彼女にその自覚が生まれたことをイオは少し嬉しく思うのだった。


 と、そこで静観していたアルバートが言葉を挟む。


「イオ、俺たちは損得で言っているわけじゃない。それに資格はリーダーである俺が決めるものだ」

「アルバート……さっきの話を聞いて、まだそんなことを言っているのか?」

「ああ。それに、さっきの話もあれですべてではないんだろう?」


 にやりと心得たように笑うアルバートを見てイオは顔をしかめる。


「どういうことですか?」

「簡単なことだよ。イオはわざと印象が悪くなるように言葉を選んだんだ。例えば……」


 イオがカナリアと問答している間に彼は真実に気づいたようで、1つずつ解説を始めた。


「昇格のことはイオが望んでそうなったわけではない」

「どうしてよ?」

「あのイオだよ? そんな目立つ真似を自分からするはずがない。偶然大物を毒で倒してしまって、その結果昇格せざるを得なかったと言ったところだろう」

「そうなの?」


 イオは何も言わなかった。だがその様子が肯定であると雄弁に語っている。

 カナリアの目が少し細められる。


「あと着服していたのは事実だろうけど、多分イオはその分お金を払っていた」

「そうなんですか?」

「うん。相場は知らないけど、イオからもらった毒袋分の金額は十分な量だったからね」

「なんでそんなことを覚えている?」

「それは俺がリーダーだから。お金の管理はきちんとやっているよ」


 普通のリーダーはそんなことはしない。イオは彼の生真面目さを侮っていた。


「……で、本当に払っていたの?」


 カナリアに再び問われ、今度もイオは無言を通した。だが閉じられた目は何かを隠しているようにも見える。

 ますます剣呑な雰囲気になり始めた。


 そしてついでとばかりにルーが語り始めた。


「そういえば前にイオ君に言われたっけ。『強くなりたいなら形振り構うな。使える物はすべて使え』って。あれって毒のことだったんだね」


 それは鉱山都市ルピニスでのこと。

 高価な魔道具の購入を渋るルーに、イオは珍しく教訓めいたことを言った。


 今だとその意味がよく分かる。毒はイオが強くなるための苦肉の選択だったのだ。

 もし遠距離攻撃としての魔法が使えるなら、こんな扱いの難しいものを使う必要はない。

 イオがここまで生きてこれたのは、形振り構わずできることをすべてやった結果なのだと3人は理解した。すなわち、ここまで精錬された自作の毒は努力の結晶なのだ、と。


「私は間違ってないと思うよ。だって今、頑張っててよかったって思ってるから」

「そうだね。しかもそれを使って俺たちを助けに来てくれたんだ。責めるなんてとんでもない。賞賛すべきだ」

「いや、あれは義理を返しに行っただけで……」


 つい先ほどまでとは一転して、彼らはイオが並べた毒の数々を温かな目で見ていた。

 突然称賛されて居心地の悪さを感じているイオの言葉は聞き入れてもらえない。


「イオ」

「……なんだ」


 やけに落ち着いた声でカナリアに名前を呼ばれ、イオはぶっきらぼうに返事をする。

 途端にカナリアの怒りが爆発した。


「あのねぇ、ややこしい言い方しないでよ! こっちは色々考えるのに大変だったんだから!」

「結果がすべてだ。俺が毒を持ち歩いて素材を着服していたことは事実だろう」

「それでもよ! まったく……」


 やりきれないというようにカナリアがため息をつく。

 そして一度場が落ち着いたところでアルバートが口を開いた。


「それで、イオはパーティーに戻ってきてくれるかい? 別に被害が出たわけでもないし、やって来たことはすべて許された。パーティーメンバーになる資格も俺が与えるけど」

「……」


 結局振り出しに戻ってきてしまったことでイオは再び思考を巡らせた。


 イオが先の件を打ち明けたのは謝罪の意味も込めていたが、それだけでもない。

 自分がこうしてパーティーの一員であることにいまだに違和感が抜けないのだ。このままでいいのか、という思いはいつもイオの胸の内に巣くっている。


 もちろん1人で生きていけるほど冒険者という職業は甘くないということも分かっている。

 人魔が現れ魔物の活動が活性化している今、ソロでいるというのはこれまで以上に危険が伴うだろう。パーティーに所属していた方が賢明なのはよくわかっている。


 それでもこうしていつもいつも他の3人と比べて2,3歩引き続けている状況で、一緒にいてもいいのかとどうしても思ってしまう。

 アルバートたちが3人で盛り上がっている間、そこに自分が入り込めないことで余計な気を遣わせていないかと心配にもなってくる。


 このままこの場所にいてもいいのか、不安が晴れることはない。


「……なぁ」

「ん?」

「どうして、俺をパーティーに求めるんだ?」


 気がつけば自然とそう問いかけていた。友達に接するように、親友に対するように、自然な声で。


 アルバート、カナリア、ルーの3人はそれぞれ分かり切っているというばかりに、明瞭な答えを返すのだった。


「仲間だから」

「仲間だからよ」

「だね」


(ああ……)


 イオはふと懐かしい感覚を思い出した。


 まだガート、ハック、ミリといった幼馴染と仲が良かった頃、イオは無条件で彼らを求めていたし許していた。


 そこに理由など存在しない。ただ彼らであるというだけで、自分の傍にいることが当たり前だったのだ。


 長い孤独に乾ききった心が、一滴の雫を得て少しだけ潤いを取り戻す。

 忘れていた感覚を、少しだけ思い出す。


 久方ぶりに感じるその感覚に戸惑いつつも、イオはそこからわずかな時間だけ安らぎを得たのだった。



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