第79話 約束
遅くなってしまい申し訳ありません。
「それで、結局どうするの?」
様々な真実が明かされ疑問が解消された後、結局カナリアのこの問いに帰結した。
イオが毒を使うということはこの先も隠し続けなければならないが、それに付随した彼の行いについてはほぼ解決している。
この先もパーティーとしてやっていくかどうかはイオの答え1つで決まるのだ。
「……少し考えさせてほしい」
そして彼の返した答えはこれだった。
「保留、か。ちなみに理由は?」
アルバートの問いかけにイオは一言ずつ自分の言葉を確かめるように言った。
「まだ、決心がつかない。頭を整理して、きちんと考えた上で判断したいんだ」
「なるほど……。まあ、これから皇都まで一緒なんだからゆっくり考えるといいよ」
「悪い。それにこの町のギルドでは再加入の申請をしたくないんだ」
この町の冒険者ギルドはイオが「不死鳥の翼」から脱退を申し出て受理された場所である。
もしそれで間も置かずに再加入を申し出れば些か風聞が悪くなってしまうのだ。
アルバートは公的にはAランク相当の魔物を討伐する依頼を1人でこなしたことになっている。このタイミングで再加入するとなれば、イオがアルバートの強さや実績にあやかろうとして態度を変えた冒険者だと思われかねない。
末端の受付嬢などは、人魔が現れたことは知っていてもその場にイオがいたことまでは関知していないのだ。
「分かった。じゃあ、この話は皇都まで持ち越しだね」
「はぁー、なんだかすっごく疲れたわ」
ようやく話もひと段落付き、皆リラックスした表情で居住まいを崩した。
そのままの状態でルーがアルバートに問いかけた。
「いつ皇都に出発しますか?」
「うーん、事情を考えるとできるだけ早めに行った方がいいね。明日は無理として、明後日くらいとか?」
「ダメよ、アルバート。まだ体も本調子じゃないんだから」
カナリアの言葉を裏付けるように、アルバートは重傷者と一目でわかるほど全身に包帯を巻いていた。
なにしろ全身を高温で炙られ続けたのだ。大きな怪我はなくても火傷を数え出すと切りがない。
特に外気に晒されていた顔は被害がひどく、今は布で隠しているがその下には消えない火傷の痕が残っていた。
元々の容姿が優れていただけにその痕はより一層人の目を引く。
顔の右側の大半、左頬の一部、両手全体に体の隅々。これらの部位に負った火傷の痕が、アルバートが勝利の代償に支払ったものだった。
その中で目が無事だったのは幸運と言わざるを得ない。これでもイオが精一杯の応急処置をした結果なのだ。
「そうはいってもこれは休んで治るものじゃないし」
「それでも悪化したら困るでしょう。ルーもそう思うわよね?」
「うん。アルバートさんはしっかり休むべきです」
「困ったな……」
そう苦笑してちらりとイオの方を見るアルバート。
助けを求められているのは分かるが、直接傷を診た彼としても同意することはできない。
「まだ安静にしておけ。人魔もそれほどは動いていないらしいし、急ぐ必要はないだろう」
「うっ、イオもか……」
「それに俺も少し用がある。明後日というのは急すぎだ」
味方がいないと知って肩を落とすアルバートだったが、その後に続く言葉を聞いて顔を上げた。
「用事って、なんの?」
「大したものじゃない。少し約束があるだけだ」
首を傾げる3人に向かって、イオは肩を竦めた。
♢ ♢ ♢
「あ、おにーさん!」
そこはイオがかつて毒の調合を行った廃墟。
その入り口の壁にもたれかかる少女はイオの姿を見つけると元気よく駆け寄ってきた。そしてイオの目の前に立つと花が咲くような笑顔を浮かべ口を開いた。
「おかえりなさい!」
「ああ」
「ふふっ」
イオの短い返事にもかかわらず少女はご機嫌な様子だった。
「探しても見つからないと思ったらこんなところにいたのか、エナ」
少女、エナは橙色の髪を揺らしながら何が嬉しいのかイオの周りをくるくると回っている。
そしてぴたっと正面で立ち止まると自慢げに言うのだった。
「うん! 私、おにーさんが帰ってくるまで待ってた!」
「帰ってって……ああ、そういうことか」
イオは得心がいって少し呆れてしまった。
要するに、エナにとってはこの廃墟がイオの帰ってくる場所ということになっていたのだろう。そしてこの少女はおそらくこの場所でイオの帰りを待ち続けていたのだ。
いつ帰ってくるか、それどころか帰ってくるかどうかすらも分からないのにこうした行動をとれるのはエナの純心ゆえだろう。
そのある意味子供らしい健気さにイオは少し心が温まった。
「雨も降っていたはずだ。まさかずっといたなんてことはないだろうな?」
「えーとね、雨の日は……知らない!」
「おい……」
思わずイオは額を手で押さえた。
雨の日も欠かさずやってきていたということは態度でばればれだった。
「お前のおばあちゃんが心配するんじゃないのか? そんなことして」
「大丈夫! おばあちゃんいつもにこにこだから!」
「おいおい……」
それでいいのか、と問い詰めたくなってしまうイオだった。
(いや、その祖母あってのエナなのか……)
エナの祖母が少し緩んだ性格をしているのならこの少女の純粋さにも納得がいく。とはいえあまりいいこととは思えないのだが。
「まあ、それよりもだ。エナ、買い物は今日行けるか?」
「うん!」
「そうか、それなら行きたい店に案内してくれ」
「わかったー」
こうしてイオは依頼主として約束を果たすべく、ご機嫌なエナの先導に従って町を歩くのだった。
そしてたどり着いた場所はというと。
「ここだよ!」
「雑貨屋か」
日用品が揃う普通の雑貨屋だった。特に意外性もなくイオの予想の範疇である。
「行かないのか?」
「う、うん……」
イオが促すもエナはなかなか店の中に入ろうとしない。それどころかローブを掴んで背中に隠れるようにしている。
理由は分からないが何かあったのだろうと思い、イオは気を利かせて自分から店に入った。
「いらっしゃ……また来たのか、嬢ちゃんよ」
店の奥に座っていた男から声がかけられる。隠れているとはいえイオは細身で人を完全に背に隠すことは不可能なため、エナは入った瞬間に男に見つかってしまった。
どうやら2人は互いに面識があるらしいが、欲しいものの目星がついている以上それもそうなのだろう。
店主と思われる男はいかつい顔をしており、子供には少し刺激的な威圧感を放っていた。
「こ、こんにちわー」
「何度来ても同じだ……と言いたいところだが、アンタは?」
控えめに挨拶をするエナに男はそっけない態度をとり、そのままイオに水を向けた。
「こいつの付き添い人だ」
「へぇ? 金はあるんだろうな?」
「ああ」
「ならいい。好きに見ていけ」
短いやり取りを終えると男は途端に興味をなくしたようにそのいかつい顔をイオたちから逸らした。
イオとしても特に話すことはないので放置してエナに声をかけた。
「ほら、どれがほしい?」
「え、えっと……これ」
イオに金を出してもらうことに今更ながら気後れを感じたらしいエナは、遠慮がちな手つきであるカップを指さした。
シンプルだがよく見ると薄く綺麗な模様が施されており、一般人が買うにはそこそこ良い物だと思われる。
「これでいいんだな?」
「うん」
「そうか……分かった」
「え、おにーさん?」
疑問の声をあげるエナに答えずイオは2つのカップを手に取って店主の男の方へと持って行った。
「これをくれ」
「あいよ……銀貨4枚だ。……毎度あり」
「どうも。エナ、ほら」
イオは清算を済ませるとそのままエナにカップを渡す。
「あ、ありがと。なんで2つ?」
「1つだと報酬には足りないからだ。自分用に使ってくれ」
そして不愛想な店主に背を向けて店を出る。エナは慌てた様子でその背中に着いて行った。
その背中を店主は鼻を鳴らして見送ったのだった。
「あの店主とは何かあったのか?」
町を歩きながらイオは訊ねてみた。
見たところあの男はエナに対してあまりよくない感情を抱いていたようだが、それは無属性と蔑むような者のそれとは違っていたのだ。
エナは手に持ったカップに目を向け、その問いに言い難そうに答える。
「えっとね……ずっとこれ見てたら、怒られちゃったの。すっごい怖かったー」
「ああ……なるほど」
かつてエナはあの店で長い時間商品の前に張り付いていたらしい。それも、買う金がなかったために何度も繰り返していたそうだ。
店主からすれば迷惑以外の名にでもないわけで怒られて当然のことである。店主のいかつい容姿も重なってエナも苦手意識を持ってしまったのだろう。
「それで済んでよかったと思うべきだ。これからは止めた方がいい」
「はーい。それと、おにーさん」
「なんだ」
しぶしぶと言った風に返事をするエナが、不意にイオの名前を呼んだ。そして顔に満開の花を咲かせて言うのだった。
「これ、ありがとう! おばあちゃんも喜ぶと思う!」
「それはよかった。もう一つの方も大事に使ってくれ」
「うん! ふふふー」
目的が叶ったことでまた機嫌がよくなったらしいエナは鼻歌を歌いなら町を歩く。すれ違う人はその様子にどうしたのかと視線を向けられていたのだが、彼女がそれを気にすることはない。
イオもあえて水を差すことはせず、楽し気なエナのなすがままにさせていたのだった。
そして2人はやがて1つの小さな家の前に辿り着く。そこはエナが祖母と共に暮らす家である。
「これで依頼はすべて完了だ。これからはあの廃墟で俺を待つ必要はないからな」
「えー、また遊びたいよ。いいでしょー?」
唇を尖らせるエナを見てイオは眉根を寄せる。
仕事の関係が終われば2人はまた無関係に戻る。冒険者にとっては当たり前でもこの幼い少女にはやはりそのことを理解できていない。
明日からもイオがいて当たり前と思っているのだ。
そんな彼女にイオはこう告げねばならない。
「悪い。また町を出ることになった。今度はもう帰ってこない」
「え、おにーさん、行っちゃうの?」
「ああ」
「帰ってこないの?」
「そうだ。もう会えない」
何も知らない彼女に1つずつ真実を教えるように、イオははっきりとした言葉で肯定する。
するとエナはみるみるうちに目に涙を溜め始めた。
「なんでぇ……ひぐっ」
目の前に泣いている少女がいるにもかかわらず、イオは別のことを考えていた。
(なぜこんなにも違うのか……)
笑顔、涙。エナの表情は感情に応じて目まぐるしく変わる。
そしてそれはイオが失ったものだった。同じ境遇にいながらこの2人は正反対の道を歩んでいるのだ。
イオはもう随分と心の底から笑えたことがない。何を食べても誰と話してもそのような表情を浮かばせるような感情が起きないのだ。
イオはフィリアを突き放して以降、涙を流したことがない。重なる苦痛で心が摩耗してしまい、涙はとうに枯れてしまったのだ。
不幸な境遇においてなお感情を強く持って生きるエナと、苦痛に耐えかねて感情を捨てたイオ。
それはどちらが正しいとも言えない問いなのだろう。人間としてはエナの方が正常である一方で、イオも無属性ながらこの厳しい世界で生きてこれた。
しかしこうしてこの少女を見ていると自分にはないものを感じて、イオは自身に空しさを感じるのだった。
「エナ、この町は好きか?」
その問いにエナは泣き顔のまましっかりと頷いた。
「う゛ん、好き! やざしい人が、だぐさんいるがら!」
(結局、その差か……)
この小さな少女は虐げられてさえこの町のことを愛しているのだ。
たしかに味方は少ないのだろう。それでも彼女の祖母を始め、エナのことを嫌っていない人間はある程度いるのだ。すれ違う人のエナを見る微笑まし気な表情からそれは明らかだった。
早々に自分の住む町を、そこに住む人間ごと嫌いになり、そこから出ることだけを願っていたイオとの差は大きい。
そしてイオがエナのように生きるのが不可能なように、その差は永遠に埋められないだろう。
そこまで考えてイオは腰をかがめ、エナと目線を合わせて口を開いた。
「悪いが、俺が町を出るのはもう決定している」
「うぅ……」
「だが、またこの町を訪れることがあれば、またエナに会いに来ると約束する」
エナがはっと顔を上げた。そして恐る恐る聞き返す。
「約束……?」
「そう、約束だ。いつになるかは分からないが、ここにまた来よう」
「ぐすっ、うん、わかった」
鼻をすすり笑顔を作るエナ。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが、それでも少しの翳りもない心からの笑顔だった。
例えるなら野に咲く花。踏まれて土に押し付けられても、また起き上がりその顔を天に向ける力強い野花である。
2、3回念を押された後、イオとエナは別れた。
家に帰ったエナの元気な声と、それに応える祖母のものであろう声がかすかな音となってイオの耳を通り過ぎる。
そして。
「盗み見聞きとはいい趣味ではないな」
「……偶然よ。たまたまイオを見つけたから、何してるのかと思って」
背後で気まずげに立ち尽くすカナリアに向かって、イオはいつものように淡々とした声を発するのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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