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第77話 罪

「……ということで、俺たちはこれから皇都に行かなきゃならなくなった」


 領主の館へ行っていたアルバートと合流したイオ、カナリア、ルーの3人は彼から事の顛末を聞いていた。

 場所は今夜泊まる宿の一室。4人はすでに夕食をとり終えた後で、落ち着いた場所で話したいというアルバートの要望に従ってここまで聞くのを控えていた。


「皇都ってあの皇都よね? 私は一度行ってみたいと思っていたし賛成よ」

「私も行ってみたいです。皇都ディアハイデは村にいる誰もが憧れる大都会ですからね」


 カナリアとルーは特に問題もなく賛同の意を示した。彼女たちにとって皇都行きは観光のために都合が良いのだろう。


「ありがとう。あ、ちなみにイオは確定だから」

「……まあそうだろうな」


 イオについては何かを言うまでもなく皇都行きが決定していたのだが、それは予想していたことだった。

 何しろ人魔と直に接触し、姿を見て会話を交わした者はイオ以外にいないのだ。畢竟(ひっきょう)、国のお偉い方たちも誰よりイオの証言を聞きたがるだろう。


 とはいえそのことを悲観しているかと言われればそうではない。イオにとってこの町はそれほど居心地のいい場所ではないのでさっさと出たいというのが本音なのだ。


「それじゃあ次の目的地は皇都ディアハイデだね。俺も住んでたことがあるし案内するよ」

「いいですね。すごく楽しみです」

「お金もたくさん手に入ったことだし色々見て回れるわね」


 Aランク級の魔物討伐という大きな仕事が終わりアルバートの件も解決したことで緊張はすっかり緩んでいた。

 加えて大量の討伐報酬も出たことで彼らはちょっとどころではない大金持ちになっている。本来なら最低10人で挑むのが適当な依頼をたった4人、公にはアルバート1人でこなしたことになっているのだ。しばらくは働かずに暮らすこともできる。


 そしてその中には当然イオも入っていた。控えめに言っても彼はあの討伐でなくてはならない存在であり、毒ナイフを作る過程でかなり懐も寂しくなっていたので素直に受け取っている。

 金貨15枚、それにルーからの借金も加えて金貨16枚が今イオの荷袋の中に厳重に仕舞われていた。


「俺の事情ですごく迷惑はかけたけど、これですべて解決したよ。父……エイデン男爵にも感謝と別れの言葉を伝えることができた」

「よかったですね、アルバートさん」

「今の結果を見ればそこまで悪い出来事だとも思っていないわ。……これで残る問題はあと1つね」


 そのカナリアの言葉と共に3人の視線が一気にイオに集中した。皆言わんとすることは同じようだ。

 代表して口を開いたのはアルバートだった。


「なんだ」

「約束通り、イオの話を聞かせてほしい」

「……」


 イオはついに来たか、という心境で3人の顔を見返していた。


 今回イオが単独行動をとったことで様々な疑問をアルバートたちに持たせることになった。その代表が、イオが生成して使った毒である。

 これまで半年以上の間、共に時間を過ごしておりながらイオが毒を扱う素振りなど一切見せていなかったのだ。何かと秘密を抱えていそうな彼だったが今回のことでそれが爆発したようで、説明を求められるようになった。


 本来なら3人とも、特にカナリアは討伐が終わったすぐ後にでも問い詰めたかったのだが、拠点としていた岩場でのやり取りによってここまで先延ばしになっていた。




『こんな気の抜けない場所でそんな話をするつもりはない。それにアルバートが怪我で戦えない以上、いつもに増して警戒が必要だ』

『大丈夫よ。つい昨日同じようにアルバートの話を聞いたけど、どうもなかったんだから』

『はぁ……なぜそう危機感が……。とにかく俺は安心できない』

『なら帰ってからはどうかな? 例えば町の宿とかならイオ君も警戒する必要はないし』

『それよ、ルー! ほら、アルバートも聞きたそうにしているし!』

『おい、大きな声を出すな。分かったからやめろ』

『約束よ。言質はとったからね』




 このようにイオは言質をもぎ取られてこの状況に陥っているのだった。

 とはいえその前にアルバートには事情を話すと言ってあったので、そこまで必死にならずとも表面的なことに限り話す準備はあったのだが。


 だがその前にイオから確認せねばならないことがある。


「聞いてどうする。俺はパーティーを抜けた身だ」


 人魔と遭遇した関係でもうしばらくはなし崩し的に共に行動することになっているイオだが、対外的にはどこのパーティーにも所属していないソロの冒険者ということになっている。

 こうして無事にイクアシスまで戻り冒険者ギルドと依頼主に依頼の完了を認めてもらうまで、このことも毒などの説明と共に先延ばしになっていた。


「そんなこと誰も気にしてないよ。それにイオ君はアルバートさんを助けに来てくれたんだから」

「今更関係ないだなんて言わせないわよ」

「……たとえパーティーメンバーじゃなくても、俺はイオを仲間だと思っている。仲間として、イオのことを知りたいんだ」


 想像以上に温かい言葉が返ってきたことにイオは些か面食らってしまう。

 パーティーを抜けた件については根に持たれていないだろうと思っていたが、ここまで言われるほどのことをしてきた記憶がイオにはない。

 イオは改めて彼らの情の深さを実感するのだった。


 そしてアルバートの言葉はさらに続いていた。


「それから……できればまた俺たちとパーティーを組んでほしい」


 誰よりも優しい冒険者である彼らが仲間を放っておくはずがない。これもある程度予測できた事態だった。

 だがその冒険者の中で誰よりも現実に則するイオにはその心理に共感できない。欠陥だらけのイオをそこまで求める心情を、理解はできても共感できないのだ。


「……先に話をさせてくれ。その後で答える」


 故にこう答えるのが精いっぱいだった。それに自分の話を聞けば心変わりをするのではないか、という怖れもある。

 いや、心のどこかではそれを望んですらいた。これから告げることは、イオの犯した罪の一端なのだから。


「分かった。それじゃあお願いするよ」


 そうしてアルバート、カナリア、ルーの3人は聞く姿勢に入った。

 彼らの表情を見る限り面白半分な者は1人もいない。イオにつらい過去があったことは全員話されずとも察しがついているからだ。


「……何を聞きたい?」


 いざその時となると何から話すべきなのかよく分からないため、逆にイオは尋ねてみた。

 これは自分1人で語るよりもその方が3人の疑問に答えられると思ってのことでもある。


「……じゃあ、まずは出身地から。できれば簡単な経歴も教えてほしい」


 初めに問いを投げかけたのはアルバートだった。明かされようとするイオの過去に心なしか声が強張っている。


「生まれはイーストノット王国の小都市ハルフンク。12歳で冒険者になり15歳の時に町を出た」

「イースト……! イオ君はこの国の人じゃなかったの?」

「そうだ、が……特に思い入れがあるわけでもない。お前たちに会ったのはそれから半年後だ」


 まず一度目の驚愕はイオの出身国だった。

 出会いの場が国境付近の町ということから予想はできたはずだが、3人とも思いもよらなかったようである。


 淡々と自分について語るイオにカナリアが言葉を挟んだ。


「なんでこの国に来たの?」

「目的があったわけではない。強いて言えば隣国で行きやすかったから、だな」


 イオはとりあえず国を出られればそれでよかったため、セントレスタ皇国に来たのは距離が近かったからという以外に大した理由はなかった。


「イオは、なぜ旅を始めたんだ?」


 当然浮かび上がってくる疑問。それを訊いてきたのはアルバートだった。

 火傷を覆うように顔に貼られた白い布を感情を持て余すようにいじる様子は、彼がこの問いがイオの過去に深く踏み込むものであると理解していることを示していた。


「……故郷で嫌なことがあった。それで町を出たくなっただけだ」

「その嫌なことって……」

「その内容を言うつもりはない。ただろくでもないってことだけは確かだ」


 さらに深くに踏み込もうとするアルバートをイオはぴしゃりと制した。いくらアルバートたち相手でも過去のことを事細かに説明するつもりは一切ない。

 むしろそれを記憶の彼方に押しやるために彼は故郷を出たのだ。

 イオにとってハルフンクでの出来事はすべて終わったものであり、下手に話して同情されたくなかったという理由もある。


「えっと……毒、はどこで?」


 空気が悪くなったのを読み取ってルーが別の質問をする。だがこれも3人の思考を埋める疑問の1つだった。

 買ったにせよ作ったにせよイオに後ろ暗いイメージがつきまとうのは必須だが、彼はあっさりと答えを述べた。


「母親が薬師(くすし)だったんだ。その時の経験を生かして自分で調合した」

「なるほどね……その、お母さんは?」

「俺が12の頃に死んだ」

「あ……ごめん」


 地雷を踏んだのはカナリアだった。

 だが人の過去を聞くということはそういうことなのだ。イオも特に気にした様子はなかった。


 話の流れができたイオは自発的に語り始める。


「俺が冒険者になったきっかけが母親の死だ。だが12歳が冒険者として生きていくなんて普通のやり方では不可能。ましてやそれが無属性ならなおさら、な」

「……まさか」

「気づいたか? 俺は随分前から毒に手を染めていた。下法を使ってCランクになった卑怯な人間なんだよ」


 そう言ってイオは卑屈に笑った。彼の笑った顔をまともに見たのはアルバートたちにとって初めてのことだった。

 だがその笑みは暗く、心の奥に潜む闇が顔を覗かせている。

 初めて見る笑顔がこれでは喜ぶことなど到底できない。


 だがそうする間にもイオはその笑みを深くして、3人の意識を大きく揺さぶる新事実を述べていく。


「知ってたか? お前たちといる間も俺は常に毒ナイフを腰に忍ばせていた。皆が寝静まっている間にそれを取り出して整備していたんだ」


 すでに質疑応答の体裁は崩れ去っている。今この場で行われているのは、罪の告白だ。


「その材料はキラーホーネットの毒だ。俺はパーティーで倒したキラーホーネットから得た毒袋を売りに行くと言って、その実一部を着服していた」


 当然その分の金額は支払っていたので、売る前にイオが買ったという言い方もできないことはない。

 しかしここでそれを告げるのは言い逃れしようとしているように感じられたため、口にすることはなかった。


 そして追い打ちをかけるようにイオはアルバートたちの目の前にいくつかの容器やナイフを並べる。


「今も俺はこれだけの毒物を持っている。どれも人に使えば死ぬ類のものだ」


 容器の中身は液体や乾燥した草など実に多様だ。つい先日、多種多様な毒が必要となったためイオの手元にはかつてないほど多くの毒が揃っていた。


 驚愕に驚愕を重ねられ何も言えなくなっている3人に、イオはとどめを刺すように告げる。


「俺はお前たちが思っているほどできた人間じゃない。むしろ真逆に位置すると言っていい。散々パーティーメンバーをだまし続けた俺に「不死鳥(フェニックス)の翼」にいる資格はないんだ」


 これほどまでにイオが自分について語ったのはこれが初めてだった。

 偶然の出会いから紆余曲折(うよきょくせつ)あってパーティーを組むことになったが、その日々は決して悪いものではなかった。


 自分が不愛想で人に好かれるような性格をしていないことは知っている。

 そんなイオを、彼らは対等な仲間として扱ってくれた。実力に差ができてからも必要としてくれた。

 だからこそ何も告げず当然のように仲間面をすることなど不可能だった。


 最後にイオは穏やかな声で言うのだった。


「俺はパーティーには戻ら……」

「言わないで!」


 決定的な決別の言葉は、形を成す前に遮られて消えてしまう。


 眼前にはカナリアを代表して目を潤ませる元パーティーメンバーたち。


 イオの行いは決して褒められたものではない。ともすれば、パーティーの中で余計な不信を抱かせる可能性もある。

 ここまで言った。言ったにも関わらず、それでも底抜けに優しい彼らは決してイオを見放すことをしなかった。




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