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第57話 過去の夢

途中から過去話です。久しぶりにフィリアが登場しますよ~。

 崩れゆくイオを目の当たりにしたアルバートの行動は迅速だった。


「イオから離れろッ!」


 憑りつくようにイオの体に両腕を巻き付ける死霊に向かって、アルバートの火蛇(ファイアスネーク)が飛び出した。

 火蛇は死霊に巻きつき実体のないその身をじりじりと焼いていく。


「イオ! アルバート、あれ何!?」


 このような状況においてどう行動したらいいのか分からないカナリアが焦りを募らせながら尋ねた。アルバートに守られて基本的に危険とは無縁だったことが彼女の思考を妨げているのだ。

 問われたアルバートはいつもの優し気な雰囲気を消し、ただただ真剣な表情を浮かべて答える。


「あれはレイス。Cランクのアンデッドだ」


 レイス。死者の残留思念が集まってできた怨霊の魔物である。

 特徴として上げられるのは実体がないこと。宙を浮かんで移動するため足音の類は一切なく、同時に物理的な攻撃は一切効かない。

 また生者の生命力を糧としており、ゆらりと現れてはその者の生命力をかすめ取っていく厄介な魔物でもある。

 存在の感知が難しいこと、魔法しか攻撃を受け付けないこと、そしてその特殊な攻撃方法からCランクに分類されているのだ。


「そ、それなら早く助けないと!」


 これらについて掻い摘んで説明を受けるとルーが切迫した声をあげた。しかし、声をあげただけで彼女もカナリアと同じく行動に移すことはできない。

 新しい力を得て意気揚々としていたルーだったが、一番必要なところで役に立てない。彼女の鞭は手の中で固く握られているだけだ。


「やってる! けどあのレイス、イオから離れやしない!」


 そう苦鳴を漏らすの視線の先では、身を焼かれながらも未だにイオから離れようとしないレイスの姿があった。

 レイスの見た目は髪が長い女性のようで、表情は分からないが愛おしそうにイオの体に腕を巻き付けるその様子は女神の抱擁にも見える。

 しかしその実態は、イオから生命力、すなわち命を搾取する狂愛の化身である。断じて許すことはできない。


 そう思っていはいるもののアルバートもこれ以上の策を取れないでいた。これ以上火力を上げるとイオの身にも危害を加えかねない。

 だからといって接近するとイオの二の舞になるため、こうして遠くからじわじわと焼いていくしかできないのだ。


(レイスがここまで1人に執着するなんて聞いたことがない!)


 通常レイスが生命力を奪うために人間に接触するのはほんの一瞬だ。そして生命力を奪われたからといって今のイオのようにすぐさま気を失うようなことはありえない。もしそうならレイスはもっとランクが高くなっているはずだ。

 それなのにこのレイスは攻撃を受けながらもイオから離れようとする様子がないどころかますますその存在強度を高めているようにも見える。


 そこまで考えたところでアルバートの頭に嫌な考えが浮かんだ。


「まさか……イオの生命力で生き延びているのか……?」


 あくまで予想。そのようなことはこれまで一度も聞いたことがなく、ただ現状を当てはめただけの根拠のない空想である。

 しかし、その考えに思い当たるとアルバートはそれであるとしか思えなくなってしまう。


 アルバートが攻撃を続けるとその分イオの命が吸い取られるかもしれない。だからといって何もしなければそれこそ死ぬまで吸われ続けるだけだろう。


「くそッ!」


 思わず口から出た彼には似合わない汚い言葉は、他でもなく自分自身に向けられたものだった。






 ♢ ♢ ♢






 イオは夢を見ていた。

 そこは懐かしくも忌まわしいよく見慣れた町並み。小さな建物が立ち並びこれといって目を見張るもののない、どこにでもあるような田舎町である。

 イーストノット皇国の中央やや南側に位置する小さな町ハルフンク。イオの生まれ故郷であるその場所に、彼はいた。


 この時点でイオはすでにこれが夢であることに気づいていた。いわゆる明晰夢というものである。

 しかしなぜこの場所に自分がいるのか分からない。直前の出来事は思い出せないのに、自分がこの場所にいるはずがないということだけは分かるという不思議な感覚だった。


 そしてイオの目の前にはさらにあり得ない光景が映っている。


「? イオくん、どうしたの?」


 もう二度と会うことはないだろうと思っていた人間が目の前にいた。いつかと同じで自分を信じ切った瞳を隠すことなく自分へと向けている。


 そう、そこには幼い姿のフィリア、聖属性を身に宿し変わることなくイオを気にかけ続けた黒髪の少女が立っていたのだ。



 ♢ ♢ ♢



 不思議そうに尋ねてきた幼い頃のフィリアに、イオの体は意図せず返答を返した。


「……ん? なにが?」

「なんだかぼーっとしてたから」


 当然のようにやり取りをする自分を感じて、イオはこれが過去の追体験であることを他人事のように察した。まるで演劇を見ているかのように推移していく物語に身を任せる。


「ああ……いや、フィリアともずいぶん仲良くなったなと思って」

「本当? うれしい」


 純粋に喜びを表すフィリアに幼い頃のイオも心が温かくなるのを感じた。

 これはイオが迷子になって泣いていたフィリアを見つけてから一週間後のことである。あのあとフィリアが一世一代の思いでイオを遊びに誘ったことによって、2人は毎日一緒に遊ぶようになっていたのだ。


 この頃のイオは自分が無属性であることを親友のガートたちに話してしまい、その結果避けられるようになったことで小さくないショックを受けていた。


「そういえば、ずっと聞きたかったんだけど、イオくんのお友達はどうしたの?」

「うっ……」


 なんの裏もないただただ純粋な疑問。だからこそ邪険にもできず、いかにも何かありましたとでも言うように言葉を詰まらせてしまう。

 無垢なフィリアは無意識にそこに付け入った。


「けんかしたの? 仲直りしないの?」

「いや……したいんだけど……」

「ならしよう!」


 イオたちが仲良く遊んでいるのをずっと家から見ていたフィリアはただかつてのような光景をもう一度見たかった。そのために彼女にしては珍しく強気になっていたのだった。

 しかし、イオはそんなフィリアに寂し気に首を横に振る。


「無理だよ」

「なんで?」

「ほら……えっと……」


 自分が無属性だから。そんなことを言えばせっかく仲良くなったフィリアまでも自分から離れていくかもしれない。

 ついこの間親友とのきずなが失われたばかりのイオはその事実を告げるのに躊躇せざるを得なかった。

 しかしフィリアは幼いながらもどこまでも優しく--


「だいじょうぶ。悪いことしても、謝ったら仲直りできるから」


 根拠などないただの子供の言葉だ。しかし、イオにはそれが天使の声のようにも思えた。

 親友がいなくなり、実の父に冷たい目を向けられ、頼れる存在が母親しかいなかった当時のイオは人との繋がりに飢えていたのだろう。

 この自分よりも頼りない小さな少女に縋りたい気持ちを抱いたのだ。


「……俺、実は無属性なんだ」


 イオはぽつりぽつりと語り始める。


「ガートやハック、ミリにそれを言ったら、急に避けられるようになって……」


 話すごとに過去が思い出され、胸に痛みが走る。


「かけっこやチャンバラでも、魔法を使ったのかって言われて、俺は使ってないって怒ってけんかになって……」


 とぎれとぎれに語るイオの言葉はだんだんと尻すぼみになってやがては完全に消えてしまった。

 ふとフィリアが何も言わないことに不安を覚えたイオは恐る恐る顔を上げた。やはり嫌われるのではないか。そう言った考えがどうしても頭をよぎって身を震えさせる。

 しかし、フィリアはイオの考えなど余所に難しい顔をしてうんうんと唸ると、ぱっと表情を明るくしてイオに言うのだった。


「なら、みんなが謝ったら仲直りだね!」

「は……?」


 フィリアの反応が予想外なら提示した解決案もおざなりなもので、イオはつい呆けた声を出してしまう。


「けんかしたら、ごめんなさいって言う。お母さんがいつも言ってた」

「いや、それはそうだけど……じゃなくて、フィリアは嫌じゃないのか? 俺、無属性だぞ?」


 震えそうになる声を抑えてイオは尋ねる。イオにとっての本題はどちらかと言うと自分の属性についてであったため、聞き直さずにはいられなかったのだ。

 しかしフィリアはその表情を嫌悪に歪めることなく笑って答える。


「うん! だって私まだ魔法使えないから」


 イオの属性が判明するのも9歳と遅かったがそれよりも後ろがいるとは思わず、イオはフィリアにかける言葉がなかった。

 イオもそうだったからよくわかる。魔法が使えないということは無属性であることと同じくらい辛いことだ。目に見える、事象を変えるような魔法が使えないという意味ではどちらも同じなのだから。

 しかしフィリアはそんな辛さなど微塵も感じさせずに明るく言ってのけた。


「魔法ってかっこいいよね。私も早く使いたいな」


 自分と同じような境遇を持ちながらなおも希望を持ち続けているフィリアを見てイオは胸を揺さぶられた。

 無属性であるということが確定していることと、何の属性か分からないという違いはあるが、それでも彼女はこうして笑って生きている。

 自分も見習うべきなのではないかという思いが、イオの心に湧き上がる。


「……俺、みんなともう一回話してみるよ」


 ふと口から出たその言葉は悩み摩耗した心を復活させるようにイオの胸を軽くさせた。

 先ほどまでと一転して明るい表情をしているイオを見て自然とフィリアも笑顔になった。


「私も一緒にお話ししたい!」

「フィリアも?」

「うん、イオくんの友達と仲良くなりたい」

「そうか、分かった。じゃあ、明日にでも行ってみるか」

「うん!」


 こうしてフィリアから勇気をもらったイオはもう一度ガートたちと向き合うことを決める。

 翌日の待ち合わせ場所を決めて2人は帰路に着くのだった。



 ♢ ♢ ♢



(……この次の日だったな。俺の人生が変わったのは)


 そう内心で呟くイオは、自分のことでありながら何の感情も抱いていなかった。



 ♢ ♢ ♢



 翌日イオがフィリアとの待ち合わせ場所に向かっていると、そこは何やら騒がしい空気が流れていた。


「ほーら、魔女! なんか言ってみろ」

「真っ黒い髪しやがって! この魔女が!」

「いやっ、ひぐっ、やめて……」


 その声を聞いた瞬間イオの血は一瞬で沸き立った。

 彼女の特徴である黒髪、そして何より合間に聞こえた泣き声はイオのよく知るものだった。


 無意識に「身体強化」を使ってイオはすぐに現場へと向かう。

 そこでイオが目にしたのは、2人の少年が泣き喚くフィリアに罵声を浴びせながらそのきれいな髪を引っ張っているところだった。


「やめろ!」


 イオは怒りのままにそう叫ぶ。

 声変わりもしていないやや高めのその声は2人組の耳にもしっかりと届き注意を向けさせることに成功した。


「あ? なんだお前?」

「その子を離せ」


 2人のうちの片割れがイオに問いかけたが、イオはそれを無視してただ命令した。

 いかにも意地の悪そうな2人の少年はその瞬間目に見えて雰囲気を変えた。


「お前、誰に命令しているか分かってるのか?」

「そうだぞ、無礼を知れ!」

「早く離せって言ってんだよ!」


 偉そうな態度の2人に向かってイオは再び叫んだ。

 少年はふんと鼻で笑って手を離し、フィリアをイオの方へと蹴った。


「なんだ、お前魔女の仲間か」

「そうみたいですね。髪も黒っぽいですし」


 よく聞けば偉そうな少年2人組の間でも上下があることが分かるが、イオはそんなことに気をかける余裕はなかった。

 すぐに服を泥で汚し顔をぐちゃぐちゃにしているフィリアに駆け寄る。


「だいじょうぶ……」

「ひっ」

「あっ、おい!」


 イオが声をかけようとすると錯乱しているのかフィリアはイオの手を叩き落として一目散に走り去ってしまった。

 イオは手をフィリアの背に伸ばしたままその後姿を見送る。そして、彼女を追いかけようとしたところで静止の声がかかった。


「そのまま帰れると思うなよ、下民が!」


 幼いながらも威厳に満ちた声でイオにそう言ったのはより偉そうにしている側の少年だった。

 イオは苛立たし気に言い返す。


「なんだよ、悪いのはそっちだろ!」

「黙れ! この俺に指図したことに対する覚悟はできているんだろうな」

「なんだよ……」


 イオはもう一度同じ言葉を返したがそこに勢いは失われていた。少年のあまりにも堂々とした様子に気圧され始めていたのだ。

 そうしているともう片方の少年が馬鹿にしたような笑いを浮かべながら知らしめるように言った。


「どうやら何も知らないようだね……この方はペスター・イデルミンド。この町の領主の跡取りだ。そして僕はフリック・シクトレン。シクトレン商会の次期会長さ」


 ペスターとフリック。この2人と最悪の出会いをしてしまったことがイオの人生を大きく狂わせる。


次話は閑話でフィリア視点にバトンタッチです。お楽しみに。

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