第56話 グールの討伐、そして……
コボルトを討伐した日の翌日、イオたちはこの日も冒険者ギルドで依頼を受けて目的地へと向かっていた。
時刻は夕暮れ。普通ならこの時間に討伐依頼を受けようとする冒険者は命知らずでしかないのだが、この依頼は日が暮れてからしかできない事情があった。
「気味が悪いわね……」
両肩を押さえながらカナリアが呟く。その肩が若干震えているように見えるのは決して寒さのせいではないだろう。
なぜなら今4人がいるのは、鉱山付近にある共同墓地なのだから。
鉱山での仕事が過酷だというのは有名な話で、そのため犯罪奴隷が主に危険な役割の大部分を担っている。そのためそれらの奴隷たちがその環境下で死んでしまうことは決して珍しいことではない。
今イオたちがいるのはそうして死んでしまった奴隷たちをまとめて火葬して埋めるための場所なのだ。
今日「不死鳥の翼」が受けたのは、この場所に現れるグールという魔物の討伐である。
グールというのは死んだ人間がアンデッド化したものであり、意志はもたずただ本能的に人に襲い掛かる。そんな魔物がこの共同墓地に現れたのだ。
当然死体のアンデッド化を防ぐために埋める際には火葬するのだが、ここ最近鉱山で魔物が増えたせいで死ぬ奴隷の数が激増しその結果処理が不十分になったとのことである。
アンデッドは共通して夜に活動するのでイオたちはこうして日が暮れてから共同墓地までやって来たということだ。
4人が共同墓地の入り口にたどり着くとルーが不安そうにイオに尋ねた。
「イオ君、グールはもういる……?」
「いや、まだいない」
夜の墓地というものは無条件に恐れを生むのか、イオの声もまた固くいつもよりも警戒の度合いが一段高くなっていた。
といっても戦闘についてはそれほど心配していない。
グールのランクはD。握力が強く一度掴まれると振りほどくのは困難なのだが、足はそれほど速くないのでそう簡単に捕まることはない。
加えてこちらには火属性のアルバ-トがいる。浄化という意味でもグールの討伐にかなり有利に働くだろう。
やがて日は地平線の向こうに完全に沈み切り、空が紺色へと変わり星が瞬き始める頃、地面が盛り上がるような奇妙な音が聞こえた。
「ーー来る」
緊迫した声でアルバートが告げると同時に火の魔法で辺りを照らした。
墓地とは言っても奴隷のものであるから墓標や墓石があるわけではなく、ただ区画ごとに穴が掘られた跡が残っているだけである。
アルバートが生み出した火の玉が照らす下で、ごく新しいと思われる区画の土がいくつも不自然に盛り上がりそこから色白というよりももはや青白い腕が突き出ていた。
「ア゛ァァ……」
およそ人間だったものとは思えない唸り声を上げるその様子から理性と呼べるものは全く感じられない。完全に魔物へとなり下がった人間の姿がそこにはあった。
現れたグールはおよそ十数体。しかしこの瞬間もまだ増え続けている。
アルバートはグールたちが完全に土から体を引き出す前に指示を出した。
「カナリア、ルー、やるぞ!」
「はい!」
「ええ、『風矢』!」
空中に浮かべられた火球を頼りに魔法による一斉放射が始まる。
これはあらかじめ決められていた作戦だ。
動きが遅く遠距離攻撃ができないグールは格好の的でしかない。また知能も低いのでこちらの行動に対処されることもない。
脅威となるのが膂力だけなので無理に接近するのも危険だ。一度掴まれれば他のグールも集まって食い散らかされることになる。
そのため今回イオは戦闘には参加せず「感覚強化」を使って警戒に徹している。
「『火鳥』、『火蛇』」
アルバートが魔法で2匹ずつ蛇と小鳥を生み出して放った。
これらはかつてアルバートが魔石を媒介にして使った魔法である「救世の不死鳥」と「豊穣の炎蛇」の下位互換である。
ルーの得意魔法が防御系なら、アルバートの得意魔法はその圧倒的な制御能力を利用した魔法生物の使役である。
始めて見せたアルバートの本気の魔法にカナリアとルーが目を見開いて驚きを表している。
「行け」
そう言って手を振ると火の鳥と蛇は各々グールへと向かっていった。
火鳥は俊敏に飛び回り突進を繰り出すとグールの体に焦げ穴をあけ、火蛇は滑らかに地を這うとグールに絡みついてその体を燃やしていく。
やはりアンデッドに対して火の魔法は弱点なので、カナリアとルーの攻撃に比べるとよく効いているのが目に見えて分かる。
また昨日から「飛沫の鞭」を実践に取り入れたルーは扱いに慣れてきたのか、グールの足に巻き付けて次々とひっくり返している。自分の攻撃では決定打になりにくいということを理解し仲間をサポートするその姿は、かつてとは比べられないほど自信に満ち溢れている。
3人が15体のグールを倒したところで土の中から現れる新手はなくなった。しかし、まだイオたちへと向かってさらに15体のグールが歩みを進めている。
決して押し負けているわけではないが数が数だけに距離は徐々に詰められ続けていた。怖れを抱かず生者へと向かって手を伸ばす亡者たちの姿は、迎え撃つ側に生理的な嫌悪感を呼び覚まし緊張の波を伝播させる。
ただ1人戦闘に参加せず警戒を担うイオはそんな3人を安心させるように告げた。
「もう追加はいない。今見えている奴らで最後だ」
実際イオの耳はこの場に見える者以外に音の発生源を見つけなかった。湯水のごとく現れていたグールもこれで打ち止めだろう。
イオの言葉に戦いの終わりを見た3人はより一層気合を引き締めてグールを殲滅していく。
アルバートの操る魔法生物が次々と敵を焼く。カナリアの魔法も堅実に敵を切り裂いていく。
ルーはそんな2人を補助しながらも突出したグールを弾き飛ばすなどして全体に目を配っている。
この完璧な布陣は最後まで突破されることなく、やがてアルバートの火鳥が最後のグールを焼き殺した。
「……終わった?」
共同墓地に静けさが戻る中カナリアが誰にともなく尋ねる。
それに答えるのは警戒を担当しているイオだ。
「ああ、終わりだ」
「そっか……疲れた~」
そう言ってカナリアはしゃがみ込んでしまった。もし下が地面でなければ寝転がっているだろう程の勢いだ。
ルーはそこまで大袈裟な行動はしていないが疲れているだろうことは目に見えて分かる。
一方でそんな様子を見せないアルバートが2人を労った。
「お疲れ様。さすがにCランクの依頼は違うね」
「うん、大変だったけど、でも何とかなったわね」
カナリアは満足げにアルバートに返した。
30体にも及ぶグール討伐の難易度はC。イオたちが初めて受けるCランクの討伐依頼がこれだった。
この依頼はかつてイオが倒したファングベアの討伐と同じ難易度である。どちらかといえばファングベア討伐の方が討伐は難しいのだが、それでも数と夜限定であること、そして火属性以外の攻撃が有効になりにくいことからCランクに相当しているのである。
アルバートがいるとはいえCランクの依頼を無傷で達成できたことはカナリアにとってもルーにとっても自身の成長を実感させるものだった。
「疲れたのは分かるが気を抜きすぎだ」
「いいでしょ、別に。警戒はイオがやってるんだから」
「人任せな……」
ついさっきまで戦いが行われていた場所で座り込んでいるカナリアに憮然としてイオが告げるが、カナリアは聞く耳をもたなかった。言葉通りに考えるとイオを信頼しているという意味にとれるが、イオからすればただ楽をしているだけにも思える。
さきほどイオはほとんど何もしていないために強く出れないのが悔やまれる。
そんなやり取りをしている横でルーが恐々としながらアルバートに申し出た。
「あの……そろそろ帰りませんか? 私あまりここにいたくないというか……」
この墓地は街から離れているために明かりは全くといっていいほどなく、今もアルバートが浮かべた火球以外に辺りを照らす物はない。視界の効かない夜の墓地は、ともすればまたグールが現れるかもしれないという恐怖心が煽られる。
アルバートも恐怖は感じずとも不安感は拭えないのでその申し出に頷いた。
「それじゃあ、さっさと討伐証明部位を取っていこう。早く帰らないと寝るのが遅くなるしね」
「うえぇ、あれの?」
「俺がやるから休んどけ」
露骨に嫌そうな顔をするカナリアにイオが告げて、ナイフ片手に死体へと向かっていった。討伐した魔物の剥ぎ取りは今でもイオが一番うまく仕事が早い。加えて一部腐りかけた人間の死体から剥ぎ取りをすることにあまり忌避感を感じないという点でもイオが適任だった。
ちなみにグールの討伐証明部位は亜人型の魔物と同じく左耳で、そのほかにとれる素材はない。元が人間の死体ということで素材がないのは当然である。
剥ぎ取りを終えた後は衛生面を考えて完全に燃やすのが決まりだ。
黙々とグールの左耳を切り取って専用の袋に入れていくうちにイオの脳裏にふと疑問があがった。
(そういえば……リュビオスも人みたいだったがアンデッドなのか? 戦った時はそんな感じはしなかったが)
かつて本当にイオを殺す寸前までいった漆黒の肌を持つ人型の魔物。リュビオスと名乗ったその男は流暢に人の言葉を話し意志を持って行動していた。
実際はリュビオスは「嘆きの魔女」の復活と共に現れた人魔と呼ばれる魔物だということが教会によって各国のトップに伝えられているのだが、当然イオはそのことを知らない。
(アンデッドの中にもリッチという自我を持つAランクの魔物がいるらしいが……いや、調べて分からなかったということは別物か)
それなりに魔物についての知識を持っているイオはリュビオスの正体を推測するが、結局分からないという結論に至った。
アンデッドはいくつかの種類があるが、リッチはその中でも最上位の魔物である。もしリュビオスがリッチなら調べられれば分かるし、あの場に少なくとも2体のリッチがいたということになる。それはさすがに考えにくいのでやはり最初に呼ばれていた通り「未知の魔物」であると思ったのだ。
そんな益体もない思考を重ねている間も手は休めず、「感覚強化」による警戒は怠っていない。背後でアルバートも剥ぎ取りをしていることにも気づいていた。
カナリアとルーは疲れもあるのか休んだままである。
今この場で音を発しているものはイオたち以外にいない。
しかしこのとき4人はそれぞれ油断が生じていた。
それは先ほどカナリアの無警戒さを指摘したイオも同じだった。
彼らはイオの「感覚強化」の有能さのあまり、それに頼り切っていたのだ。
「イオ、こっちは終わったよ」
「こっちもだ」
アルバートも警戒していなかったわけではない。しかし、この分野におけるイオへの信頼度の高さが仇になった。
「ありがとう。帰りましょうか」
「剥ぎ取りを任せてしまってすみません」
イオを含めて4人は失念していた。この世には音を発さず、姿さえも虚ろな魔物がいるということを。
「あ、そうだ……ッイオ!」
「ッ!!」
先頭を行くカナリアが何かを言わんしてと後ろを振り向き、そして顔を強張らせてイオの名を呼ぶ。
遅れてイオもかつての勘、「感覚強化」を習得する前に磨かれてきた危険に対する第六勘が警鐘を鳴らしていることに気づくがもう遅い。
「うっ……あ……」
振り返ったイオは、長い髪を揺らして浮かぶ半透明な亡霊の姿を目に映すのを最後に、その意識を闇に落とした。




