第54話 その頃の冒険者たち
人々が行き交い賑わう、ごくありふれた光景の町の中を1人の青年が歩く。
灰色の髪は手入れが十分とは言えずぼさぼさだが、彼はそれに全く頓着した様子もなく放置したままである。
そして特徴的なのはその鋭い目つき。肉食獣を思わせるようなそれは青年が今感じているであろう不機嫌さを如実に表している。
青年の名はティグレ。21という若さですでにBランク冒険者にまで登りつめた凄腕の双剣使いである。
ティグレがBランクに昇格したのはつい先ほどのこと。久しぶりに顔を出した冒険者ギルドでそう告げられたのである。
その決定的な理由となったのは、もう2週間も前のこととなるクイーンホーネットの討伐戦。ティグレの活躍は全体の中でも群を抜いていた。
まず第一にクイーンホーネットを仕留めたという業績。全滅もあり得た戦いを辛くも勝利で納められたのはティグレが指揮官であるクイーンホーネットを倒したからである。
加えて道中で倒したキラーホーネットの数も全体の中で一番多い。これは依頼に参加した冒険者の誰もが認める事実だった。
これらのことからティグレはその実力をギルドマスターに認められ、まだ若いにもかかわらずBランクに昇格することができたのだ。
「……チッ」
それにもかかわらずティグレの気分は全く優れていなかった。
行違う際に舌打ちを耳にした通行人がぎょっとして足早に離れていく。
多大な功績を収めたティグレだったが、その反面最も多くの被害も被っていた。怪我の程度は一番ひどく、ついこの間まで絶対安静の状態が続いていたのだ。
もともと疲労が溜まっていたことに加えて魔力枯渇と高所からの受け身なしの落下。肉体的にも精神的にも限界を超えていて、ティグレは実に5日間も寝入っていた。
幸運なことに致命的な怪我はなく十分に完治の見込みがある。
ただ、ずっと体を動かせなかったせいでストレスが溜まっているのだ。
さらにティグレを苛立たせているのがイオである。
ティグレは自分を使えないと評して前座で使い潰そうとしたイオに恨みにも近い感情を抱いていた。クイーンホーネットを討伐した暁には必ず殴り倒すと決め、それを本人に宣言していたほどにである。
しかし、自分が回復してその姿を探してみるとすでにイオはこの町を出たという。ギルドでその事実を知ったティグレはさらに怒りを募らせた。
ティグレの中では逃げは最も恥ずべき行為である。逃げるという行為は全面的に敗北を認めるということ。誰よりも負けず嫌いで勝ちに貪欲なティグレには理解できない行動である。
イオはそれを躊躇いなくやってのけた。実力で劣るくせに思考まで負け犬ということにティグレはイオへの侮蔑をより深くした。
ちなみにイオは逃げたというよりも付き合う必要性がないと判断しただけである。
殴られると分かっていながらそれを待つ馬鹿がどこにいるのか。たとえ町に残っていたとしてもイオはそれに応じるつもりは全くなかった。
ドゴスに持ち掛けられた護衛依頼はまさしく渡りに船だったのだ。
やり場のない怒りを燻らせながらティグレは当てもなく町を彷徨う。殺気を全く抑えようともしていないので周りを歩く人々は次々と距離を取っていった。
そんな危険な雰囲気を振りまくティグレを無謀にも窘める人物が現れる。
「無差別に周りの人を怖がらせるのは感心しないな」
「あ? ……ッ!」
不機嫌な時に口出しをされて喧嘩腰で応じようとしたティグレだったが、それが誰なのかを認識するとすぐに態度を改めた。
そこにいたのは見知った人物で、なおかつ自身が認める強者だったからだ。
「アンタはたしか……」
「べスティード。元気になったようで何よりだ」
紫色の長髪を揺らせながら微笑むベスティードの仕草は相変わらず芝居がかっていてどこか大袈裟だ。
ティグレとしてはいけ好かない態度ではあるが、あえてそれを口に出したりはしない。
「で、ベスティード……さんは、俺に何か用か?」
「呼び捨てで構わない。私もティグレと呼ばせてもらおう」
取って付けたような敬称に苦笑してベスティードはそう告げた。
ティグレとしても畏まった態度はできないのでありがたい提案だった。
それからベスティードは用向きを伝える。
「探し人をしていたところに、何やら剣呑な空気をまき散らす輩がいると思って来てみれば君だったというだけだ。何があったのかは知らないがそのようなことは止めたまえ」
「……チッ、分かったよ」
これがそこらの有象無象ならばきつく睨まれて一蹴されていただろう。
しかしベスティードは前の依頼中に共闘したこともあってあまり逆らおうという気にはならなかった。
自分の方に非があるということを理解しているというのも理由の1つだろう。
「これでいいか? なら俺は行く」
殺気は抑えたものの不機嫌さ隠さずにそう告げてティグレはその場を立ち去ろうとする。
しかし足を踏み出す前にベスティードから静止の声がかかった。
「待ちたまえ。私は人を探していると言っただろう」
「……なら、さっさと探しに行けばいいだろうが」
呼び止められたことに不快感を感じたティグレの鋭い眼光がベスティードを貫く。今度のは明らかにベスティード個人に向けられた殺気だった。
しかしそこは高ランク冒険者。ティグレの視線をあっさりと受け止めて普通に受け答えをする。
「だから私が探していたのは君だよ、ティグレ」
「俺を……?」
「あ、ティグレ君見つかったんすね!」
ティグレが一体なぜ、と問いかけようとしたところに別の声が割り込んだ。
どこか小物染みたその口調は、これまたティグレの知っているものだった。
ベスティードがその声の主に向かって片手をあげて呼びかける。
「バル、ここにいたよ。私もつい先ほど見つけたところだ」
「いやー、なかなか見つからないからもう街を出たのかと思ったっすよ」
そう言って2人のもとに駆け寄ってきたのはBランク冒険者のバル。クイーンホーネット討伐の際にとどめとなる一手を打った人物である。
バルが現れたことで偶然かはたまた必然か、この場にBランク冒険者が3人も集うことになった。
「で、いい加減なんで俺を探していたのか教えろ」
2人の話に焦れたティグレが苛立たし気に言う。
その発言にバルがきょとんとしてベスティードを見遣って尋ねる。
「あれ、まだ言ってなかったんすね。俺言いましょうか?」
「いや、かまわない。私が言おう」
「だからさっさと……!」
2人だけでやり取りを続けるのを見てついにティグレの怒りが爆発しそうになる。
もともと苛ついていたティグレはいつもに増して堪え性がなかったのだ。
ベスティードはこれ以上ティグレが機嫌を損ねないようにと簡潔に告げた。
「ティグレ、私たちとパーティーを組んでもらえないだろうか」
♢ ♢ ♢
「にしても教会がそんなもんを隠してたとはなあ……」
場所は変わってセントレスタ皇国の中心である皇都ディアハイデ。その巨大な街の中にある冒険者ギルド本部のある一室でのことである。
大陸中に拠点を持つ冒険者ギルドだが、それらすべてを統括する本部はセントレスタ皇国の皇都に置かれてある。
これはまだこの国が未開地だった頃に開拓者として魔物の討伐に参加していた者が後に冒険者を名乗ったからである。つまり、皇都ディアハイデは冒険者発端の地なのだ。
ここに冒険者ギルドが置かれてから約500年。国と共に発展を遂げた冒険者ギルドは今や多くの人にとってなくてはならないものとなっている。
そんな由緒正しき冒険者ギルド本部の中の一室で1人の女性と3人の冒険者が向かい合って話をしていた。
女性は真っ赤な髪を伸ばした若々しい容姿をしておりその美しさは誰もが認めるものである。その女性が口を開く。
「あたしもお上から聞いた時はたまげたわよ。魔女の復活に勇者選定。「嘆きの跡地」に踏み込もうって言うんだから」
女性は呆れを隠そうともせずにやれやれと頭を掻いている。一見がさつな行動ではあるがこの女性がするとそう言った思いは抱かせない。
体面に座る武装した3人組のうち真ん中に座る男も同じように頭を掻きながらぼやいた。
「俺様が倒したあの人魔っていう人みてえな魔物も、魔女の復活を裏付けているってわけか。教会が死体をよこせと言った時におかしいとは思ったが……」
「なーにが俺様が倒した、よ。ヴァナはぼーっとしてやられそうになってたじゃない」
「細けえことはいいんだよ」
真ん中に座る男、ヴァナヘルトの言った言葉に隣のシャーリーが口を挟んだがヴァナヘルトはそれを軽くあしらった。
シャーリーの反対側にはいつものように全身鎧をまとったグロックもいる。
もはや恒例の掛け合いをしている2人を見て体面に座る赤髪の女性がむすっとして声をかける。
「ちょっと、あたしの前でイチャイチャするのは止めてくれる?」
「黙れ年増」
「だ、だぁれが年増ですって……!?」
からかいの意味も込めての言葉だったがすげなく告げられたヴァナヘルトの一言で一転する。触れてはならぬ場所に触れたというように凄みのある笑みを浮かべてプレッシャーを放ち始めた。
心なしか逆立っているように見える彼女の赤い長髪はその怒りを如実に表している。
しかしヴァナヘルトはそれを目の当たりにしても全く堪えた様子も見せずに鼻で笑う。
「アンタ以外に誰がいるっていうんだ。いや、マジで何年その見た目のままでいるつもりだよ」
ヴァナヘルトたちとこの女性は知り合ってからかれこれ8年近くになるが、その間彼女はまったく老いておらず美しさを保ったままである。
今や年下であるはずのヴァナヘルトの方が見た目年齢が上に見える。
ヴァナヘルトの言葉に女性は白々しい微笑を浮かべて答える。
「ふふふ、あたしは永遠に18歳よ?」
「うー、羨ましい! ギルマス、私にもどうかお慈悲を……!」
シャーリーがギルマスと呼んだ女性に拝み倒すと、その姿勢に好感を持ったのかシャーリーの手を取って語り掛けた。
「よろしい。これからあたしのことはドロシアお姉さまと呼びなさい」
「はい、お姉さま!」
美しい女性2人が手を取り合っている姿はなんともいえぬ様相を醸し出していたが、傍らで見ているヴァナヘルトはそれを茶番と視界から切り捨てる。同様にグロックもこのやり取りが見た目ほど美しいものではないと知っているので見とれるようなことはなかった。
「さすがは聖属性様だよ、まったく」
横を向いてそうぼやくヴァナヘルトの声には皮肉が込められていた。
Aランクパーティー「雷光の槍」の3人の前に座すこの女性の名は、ドロシア・ユティシーノ。皇都の冒険者ギルドのギルドマスター、すなわちすべての冒険者ギルドを束ねるトップ中のトップである。
同時に希少な聖属性の適性を持つ国の重要人物でもある。
聖属性は例に漏れず国や教会に欲されることになるのだが、ドロシアはその特異な魔法ゆえにあらゆる権力者に求められている。
それは、いわゆる「老いの抑制」。
永遠の若さは誰もが憧れるものであり、それを実現できるドロシアには多くの人間が金を積み上げて彼女に魔法の施術を頼むのだ。
しかもその魔法は永遠には続かないので同じ人間が繰り返し大金を払い続けることになる。
そうして得た金でドロシアは好き放題に生きていて、現在はこうしてギルドマスターの地位に就いている。と言ってもそれは実力や統率力も込みの地位であって、決してただ権力を乱用したというわけではない。
ちなみにこの魔法は完全に不老になるというものではないので、寿命が尽きればそのまま死ぬことになる。
ドロシアも自分にその魔法をかけ続けているのだろうが、ヴァナヘルトは彼女がそうして何年生きているのかを知らない。
ヴァナヘルトとて永遠の若さにあこがれる気持ちは分からないでもないのだが、それを心から欲するというのは俗物感があり見ていて好ましいとは思えない。
自己の精神衛生を守るために、ヴァナヘルトは脱線した話を戻そうとドロシアに話しかけた。
「で、教会は魔女討伐に協力しろって言ってきたのか?」
その言葉にドロシアとシャーリーもはっとして現実に戻ってくる。元より3人はこの件でドロシアに呼ばれていたのだ。
「そうよ、皇王様伝手にだけどね。といっても魔物が活性化するのはこっちとしても無視できる話じゃないし、断るつもりもないんだけど」
「……他のギルドに通達が必要だな」
「そこはあたしがやっておくから心配いらないわ」
ぼそりと呟いたグロックの言葉にドロシアは軽く返答する。教会と同じく、各ギルドには情報をやり取りできる送音玉が置かれているためそう手間のかかることではない。
今回、皇国を通して教会から伝えられたことは主に3つ。
嘆きの魔女が封印を破って復活することと、その影響で魔物が活性化し人魔という人型の魔物が現れるということ。
そして、魔女を討伐するために勇者が選定され、同じく選ばれた仲間と共にこちらに向かおうとしていることである。
まだ分からない点も多く存在するが、そのあたりはこれから協議していくらしい。
「ま、とにかくあんたたちには働いてもらうことになるから覚悟しておくことね」
あっさりと告げられたドロシアの言葉に、ヴァナヘルトたちは忙しくなるであろう自分たちの未来を憂いて溜め息を吐くのだった。




