第53話 ルーの武器
「外の空気を吸ってくる」
話をしていたアルバートとコニーテの視線の先で、壁にもたれかかっていたイオは前触れもなくそう言うと返事も聞かずに店の外へと出て行った。
直前に当人の話をしていたこともあって、2人の間に少し気まずい空気が流れる。
「……まあ、寝てるはずないよね」
アルバートがぽつりと独白する。
イオという人間は人に心を許せる範囲が非常に狭く、滅多なことでは無防備な姿をさらさない。そのイオがいくら退屈だからと言って人の目のある場所で寝てしまうことをアルバートは想像できなかった。
自分の話が出た途端に席を外したのはアルバートに気を使ったのか、それとも単に居心地が悪くなっただけか。いずれにせよせっかく気兼ねする必要がなくなったのだから、とアルバートはコニーテに話しかけた。
「コニーテさん、イオはあの通り少々達観したところがあります」
「? まあそうだね」
突然何の話かと疑問に思うコニーテだったが、イオが年相応の性格をしていないという意見には賛成なのでとりあえず肯定した。
「そのためかイオは人を見る目が厳しくて、見限られてしまうとどこまでも関わらないように徹しようとするんです」
「……へえ」
「それを考えると、コニーテさんはイオのお眼鏡に適ったということになりますね。イオがあんな冗談を言うのは本当に珍しいんです」
「え? 冗談?」
それが何を指しているのかはもともとイオとの会話自体が少なかったこともあって容易に想像できた。すなわち、商品の値段を半額にしろという要求ことだろう。
アルバートは笑いをこらえながら言った。
「いくらなんでもそんな無茶は言いませんよ、イオは。だからそれほど気に病む必要もないと思います」
「はは……そうなんだ」
労わるようなアルバートの言葉にコニーテはほっと息をついた。
迷惑をかけたことも恩があることも事実であるためコニーテはできる限りイオの要求に応えようとは思っていたが、それでも法外な売値を求められることはないと知って安心したのだ。
アルバートは結論づけるように続けた。
「つまり、会って2日目で冗談を言ってもらえるようになるほどコニーテさんはイオに気に入られたということですね」
「いや、それこそ冗談にならないから」
あんな質の悪い冗談を言われるくらいなら気に入られたくない、とコニーテは内心で思う。
実際イオは表情の変化が乏しいので、冗談を言ったとしても妙に真実味を帯びてしまうのだ。
付け加えるならイオに気に入られるということがどれほど難しいのかをコニーテは知らないため、アルバートと比べてそこに価値観を見いだせないという理由もある。
そのことを感じ取ったのか、アルバートは補足を入れた。
「イオが同じように対応するのは「雷光の槍」の3人くらいですかね」
「へえ、あの!」
「ご存知でしたか」
「雷光の槍」の名前を出したときにコニーテが大きく反応したのを見てアルバートはそう訊いた。
コニーテは一転して興奮したように語り始めた。
「あの3人を知らない人なんてそうそういないよ。あの若さですでにAランク! 特にリーダーの「風雷坊」ヴァナヘルトはSランク昇格もありえる期待の冒険者だからね!」
「「風雷坊」、ですか……」
初めて聞くヴァナヘルトの異名にアルバートは顔が引きつった。
自分の異名ということになっている「蛇使い」は幸いなことにまだどこにも広まっていないが、どうして異名というものはこう不名誉なことを連想させるものが多いのかとアルバートは頭を抱えたくなった。
気分任せな性格で行動の予測がつかないヴァナヘルトに似合っているというのがまた始末に負えない。
「そうか……アルバート君たちはあのお三方と知り合いなんだね。僕は遠くから見たことしかないのに」
「この街に来たことがあるんですか?」
羨ましがるように言ったコニーテの言葉にアルバートは疑問が生じる。
その問いに答えるコニーテはどこか自慢げだった。
「ああ。なんたってヴァナヘルト氏の魔槍とグロック氏の鎧や盾はこの街の特注品だからね」
「なるほど。さすがは鉱山都市と言ったところですか」
「冒険者以外にも騎士団の剣なんかもこの街で作られている。僕も下積み時代に何度か皇都まで届けに行ったな」
騎士団という言葉にアルバートがピクリと反応するが、意気揚々と語るコニーテはそのことに気づかない。
すると、突然コニーテが何かに気づいたかのように目を見開いてアルバートに詰め寄った。その勢いに思わずアルバートは後ずさるが、あっさりと距離を詰められてしまう。
「そうだ、アルバート君! 魔剣はほしくないかい? 剣士の君にぴったりの魔剣があるんだ」
「え、ええ、コニーテさん!?」
「そうだね、君なら魔剣イグニシアがよさそうだ。安くするからさ、どうかな?」
いい売り手が見つかったとばかりにコニーテは鼻息荒く畳みかける。在庫を大量に抱えている貧乏商人はこの機を逃すまいと必死である。
育ちの良さが見て分かるアルバートはやはり商人から見て懐が温かいと思えるらしい。イオの時と比べてコニーテの本気度が違う。
しかしアルバートはそんなコニーテを押し返しながら申し訳なさそうに言った。
「すみません、剣はもう間に合ってまして……」
「ぐう……まあそうだよね」
もともと勝算が低いことを知っていたのかコニーテは思いのほかあっさりと引き下がる。
がっくりと肩を落として目が下を向くと、ちょうどアルバートが腰に差した剣が目に入った。アルバートが魔剣をいらないと言い切れるほどの剣だと思うとどうしても興味がそそられてしまいついまじまじと見てしまう。
そこらの剣とは明らかに物が違う、凝った意匠。しかしそれは見た目だけの物ではなく、きちんと実用性に富んだかなりの業物である。
この剣と他の一般的な剣がまったくの別物であることは素人でも分かるだろう。
「……ん?」
そこまで判断したところでコニーテは奇妙な違和感を覚えた。なんとなく懐かしい感じがしたのだ。
コニーテが自分の剣をずっと見ていることに気づいたアルバートはさりげなく身を引いてコニーテの視線から剣を引き離した。
その動きにコニーテも現実に引き戻される。しかし先ほど感じた違和感は解消されず、その正体を探ろうとさらに剣を探り見ようとしたところで店の扉が開いた。
「イオ、おかえり」
「ああ」
アルバートは帰ってきたイオに声をかけるとさっさとそちらへ行ってしまった。
さすがにこれ以上の詮索もできずコニーテは感じた違和感を頭の隅に追いやる。
「まだ決まってないのか?」
「うん、色々迷っているみたいだね」
あまりにも時間がかかっているので進捗を問うイオの声には呆れが含まれていた。
全く関係のないイオはすでに少なくない時間を待たせられていてうんざりしているのだ。
と、そこにちょうどイオを悩ませている原因ともいえるルーがコニーテに声をかけた。
「あの、コニーテさん。少しいいですか?」
「うん? なんだい?」
呼ばれたコニーテは足早にルーとカナリアの元へと駆け寄った。イオとアルバートもそれに続いて2人の元へと向かう。
「この魔道具ってなんですか?」
そう言ってルーが指差すのは黒色の短い棒だった。その棒の表面には滑り止めのためか凹凸が施されていた。
問われたコニーテは特に悩む素振もなく答える。
「ああ、それは「飛沫の鞭」だよ。ちょっと貸してごらん」
コニーテはルーから棒を受け取ると慣れた手つきで魔力を流した。
すると棒の片側の先端から水色の細い縄のようなものが伸びて床に垂れた。水はその形のままで固定されていて崩れ落ちる気配はない。
コニーテが手首を曲げると水もそれにつられて動く。
「見ての通り、鞭のボディの部分を流した属性の魔力で代用することで機能性と利便性を追求したものだね。消耗がなくて持ち運びしやすいんだけど、属性が水の人にしか使えないから使い手がすごく限られるんだ」
「水属性の人しか使えないんですか?」
「いや、使おうと思えば使えるんだけど他の属性は鞭としての形を保てないんだよ。だから実質水属性の人しか使えない」
ちなみに僕は水属性だよ、と付け加えてからコニーテは鞭に魔力を流すのを止めた。水は空気に融けるようにしてなくなり、手に持ったグリップのみが残る。
コニーテは元の状態に戻った鞭をルーに返した。
何かを考え込んでいる様子のルーを余所目にコニーテは愚痴るように語る。
「水属性の鞭使いなんてそうそういるわけないのに、珍しさに惹かれてつい仕入れてしまったんだ。今では少し後悔しているよ」
使い手が限られるというのは傍らで聞いているイオたちにも容易に想像できた。そもそもメインの武器に鞭を使う人間自体かなりの少数派なのだ。
水属性しか使えないことも加えると対象となる人物はさらに激減する。
イオもアルバートも、カナリアでさえもルーは当てを外してこの魔道具を元の場所に戻すと信じて疑わなかった。
しかし、ずっと考え込んでいたルーは顔を上げると決意を込めた目で言った。
「私、これにします!」
一拍置いて、驚愕の声が上がる。
「ええ!? ルー、それにするって……!」
「ルー……まさか……!」
アルバートは珍しく混乱を露わにしており、一方でカナリアはなにか思い当たることがあるような様子をしている。
コニーテはもちろんのこと、イオさえも予想外のことに表情を変えていた。
ルーは4人の視線を浴びながら語り始める。
「こうするとパーティーのバランスがよくなるんです。私は攻撃に参加できるようになって、必要以上にイオ君が私たちを守る必要もなくなりますから」
「そうかもしれないけど……!」
そう答えながらもアルバートはどこか焦燥を募らせていた。ルーの予想外の決定に一番動揺しているのはアルバートのようである。
たしかにルーの言う通り今のイオたちはバランスが些か悪く、ルーに中近距離の攻撃手段ができるとかなり幅が広がる。
しかし、それを理由にルーがスタイルを決めるのはアルバートにとって許容できることではなかったのだ。
だからこそ指摘する。
「ルーには鞭の扱いなんてわからないだろう? 適性があるかも分からないし、今から習得するとなるとかなりの時間がかかる」
「私、鞭の扱いは心得ていますよ?」
「え?」
衝撃の告白にアルバートが呆けた声を出す。
心優しいルーと、鞭。どう考えても似合う組み合わせではない。
アルバートが何も言えずに困っていると、それを見ていたカナリアが横から補足を入れた。
「ルーの家、牛飼いだったのよ。だから鞭が使えるというのは本当よ」
「……そうなのかい?」
「はい、カナリアちゃんの言う通りです」
ルーはさも当然かのように答える。
牛飼いと言えばたしかに鞭を使うし別にいかがわしいことでもないのだが、アルバートは心の中で何かが崩壊するのを感じた。
そんなアルバートの心情を余所にルーは自信を窺わせながら述べる。
「今まで鞭を武器にするなんて発想はありませんでしたけど、これならみんなの役に立てそうです」
「……そう、それはよかった」
「アルバート、いい加減認めろ」
尚もショックを受け続けているアルバートにイオは声をかけた。
イオはすでにその事実を受け入れていて反対する様子もない。カナリアも同じようである。
アルバートは誰も反対していないのを見て腹をくくった。
「分かった。ルーがそう言うのならそれにしよう」
「はい! ……それで、お値段なんですけど……」
ここでルーは今まで話に着いていけていなかったコニーテを恐る恐る見た。
ルーが買おうとしているのは、指輪や腕はなどの補助用ではなく完全な武器となる魔道具である。魔剣や魔槍が高価なことを考えるとそれなりに値が張ることは想像できる。
コニーテが聞かれた通りに「飛沫の鞭」の値段を言おうとしたその時、イオが口を開いた。
「買い手のいない不良在庫を買うんですから、当然その分安くなりますよね?」
思い出されるのはつい先ほどコニーテが自分で言っていた愚痴。使い手が少ないため仕入れたことを後悔していると自分で言ったことである。
コニーテはもはや泣きそうな思いになりながらアルバートを見て、問いかけた。
「アルバート君、これってもちろん冗談なんだよね……?」
「ええと……すみません」
「やっぱり僕嫌われてるでしょ!?」
結局ルーはアルバートとイオにお金を借りて原価の半額の金貨2枚で「飛沫の鞭」を購入したのだった。
ルーが鞭を買うと誰が予想していたでしょうか……私も予想しておりませんでした(笑)
それはともかく、何とかリアルの方が落ち着きましたのでこれからはできるだけ更新速度を上げていきたいと思います。




