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第50話 魔道具屋

日が空いてしまい申し訳ございません。

 冒険者ギルドでアルバートたちと別れたイオはそのまま街の散策をしていた。相変わらず街の大通りは耳に響くほど騒がしかったが、その中を進むイオの足取りは心なしかいつもよりも軽かった。


(1人になるのは久しぶりだな)


 イオは内心で呟く。


 思えばここ最近、イオは1人でいる時間がほとんどなかった。護衛依頼中はもちろんのこと、ルピニスに着いた後も宿を同じ場所にしたためアルバートたちと一緒にいることが多かったのだ。

 さらに部屋がアルバートと同じなため、長く一人で寝起きしてきたイオにはその環境が狭苦しく感じられた。別にアルバートを信用していない訳ではないが、睡眠中という無防備な姿を他人に晒すのはイオにとって抵抗感がある。


 したがって、イオはそのことでストレスを蓄積させ続けており、今久しぶりの単独行動ができるということに解放感を感じているのだった。

 ルピニスに着いたその日の情報収集もアルバートがついて来たので、イオがこの街をゆっくりと歩くのは初めてのことになる。


(やっぱり鍛冶屋が多いな……)


 鉱夫たちに埋もれながら歩みを進め、街を観光するイオが思ったのはそのことだった。歩いていると6,7軒ごとに鍛冶屋が見受けられる。高い煙突から白い煙が昇っているので見つけるのはそれほど難しいことではない。

 すぐ近くで鉄がとれるということから鍛冶師が集まっているのだろうとイオは予想する。


 ちなみに宝石加工店などの類は高級店が並ぶ通りに集められている。そちらはほぼ貴族や富豪たち専用の通りであるため、今イオがいるような通りとは違ってそれほど騒がしくはない。もちろんイオには縁のない場所である。


 そんなことを考えながら歩くイオの耳に少し高めの男の声が聞こえた。


「おーい、そこのローブの少年! そう、君! よかったら見ていきなよ!」


 この暑苦しい空気の中でローブを着こんでいる人間はそうはいない。十中八九自分のことだろうとイオがその声の方を見てみると、そこには背の高い細身の男が手招きをしながら立っていた。男の後ろにはこぢんまりとした何かの店がある。

 なんとなく興味を引かれたイオはその男の方へ歩いて行った。


「なにか用ですか?」


 そっけないイオの問いかけに男はごま手を擦りながら胡散臭げな笑みを浮かべて答える。


「いや、うちの商品を見ていかないかと思ってね。君、冒険者でしょ?」


 どうやらただの客引きだったらしい。いつもみすぼらしい格好をしているイオにとっては珍しいことだった。


「ええ、冒険者ですが……」

「やはり! いやー、その隙のない(ただず)まい! お若いながら相当の実力者でしょう?」


 すでに男は売り込みの姿勢に入っているらしくここぞとばかりにイオを褒めちぎり始めた。単純な冒険者ならその言葉に機嫌をよくし、商品の1つや2つでも買っていくかもしれないが、残念ながらイオはそうではない。むしろ自分の程度をよく理解しているイオは男の言葉に不快感さえ覚えた。

 イオの機嫌が害されたことを敏感に察した男は焦った様子ですぐにやり方を切り替える。


「あ、いや、あくまで僕の見立てでは、だから。僕は君の中に光るものを感じている」

「……どうも」


 これほど期待できないお墨付きはない、とイオの不快感はさらに増した。この頃実力者と接する機会の多かったイオは、自分と彼らとの差を目の当たりにして自分がいかに矮小(わいしょう)な存在かを思い知っていた。イオは昔から自分が大成できるとは思っていなかったが、今は諦めの境地にまで達している。

 それでもまだ冒険者をやれているのは金を稼がなければならないという現実以上に、自分にしかできないことがあるからだ。遠距離攻撃や大規模攻撃ができない無属性の唯一といっていい利点である「感覚強化」。他の魔法と比べてこれは得られる恩恵がかなり大きい。これのおかげでイオは斥候としてパーティーの一役を担うことができているのだ。

 かつてグロックが示した「サポートに徹する」という道。イオはこの教えを忠実に守っていた。


 イオはさらに何かを言おうとしている男に向かって不快感を隠さずに言った。


「言いたいことはそれだけですか? もう行きますので」

「ああ! 待って!」


 本気でその場を立ち去ろうとするイオを見て男は泡を食って止めにかかった。イオの前に回り込んで進行方向を塞ぐ。


「ちょっとでいいから、見ていかない?」

「見るといっても何の店かさえも知りませんし」


 事実、イオは男が一体何を売ろうとしているのか知らなかった。すぐそばにある男のものであると思われる店も、外からでは何を取り扱っているのか分からない。冒険者だからという理由でイオを引き留めたことから、武器防具かポーションを売る店だろうと予想しているがそれも定かではない。


「あれ、言ってなかったかい?」


 イオの問いを受けて男は一瞬呆けた顔をしたが、すぐに得心のいった顔になった。そしてもったいつけながらも自信を(うかが)わせる様子で答えた。


「うちは魔道具屋だよ」


 予想を外したイオはローブのフードの陰で目を見開いた。男はイオが反応したのを見逃さず、ここぞとばかりにまくし立てる。


「ね、興味が湧いたでしょ。何なら値引きもするし見ていきなよ。ほら」

「あ、ちょっと」


 イオは背中を押されて店の中へと入っていくのだった。



 ♢ ♢ ♢



 魔道具屋の中はがらんとしていて人は一人もいなかった。しかし、品揃えはそれなりに良いらしく大小さまざまな魔道具が置かれてある。


「さて、自己紹介といこう。僕の名前はコニーテ。君は?」

「……イオ」

「イオ君ね。よろしく」


 半ば強制的に店の中に入れられたイオは迷惑そうな顔でコニーテを見るが、コニーテはどこ吹く風と胡散臭げな笑みを張り付けたままだった。

 無視されたことを気にも留めず辺りを見回してイオに訊く。


「どうかな? 何か気になる物があれば手に取ってみてもいいけど」

「いえ、特には」


 接客時の癖なのか揉み手をしているコニーテにイオはそっけなく答えた。もともと店に入るつもりはなかったのだからこの態度も当然だろう。


 それ以前にイオは魔道具を使えない。そのためたとえ気が向いて魔道具に興味を持つことがあっても買うことはありえない。

 魔道具は魔力を流してはじめてその効果を発揮する。つまり、魔力を体外に放出できなければ使えないのだ。無属性のイオにとって魔道具はただの装飾品であって無用の長物でしかない。


 しかし、コニーテはイオがまさか無属性であるなどとは思っていないようで、マイペースに商品の説明をし始める。


「魔道具として一般的なのはやっぱり指輪か腕輪のタイプだよね。これが風の障壁を生む魔道具で、こっちが閃光を発する魔道具。どっちももしもの時に使えるよ」

「あの……」

「それから我が店の一押しはやっぱり魔剣、魔槍だね。属性を付与した武器ならどんな魔物でも一撃で倒せる。君は剣士みたいだから、この魔剣ブレイバーを……」

「いえ、買えませんから」


 気分が乗ってきたのかとんでもない高級品を出し始めたコニーテにイオは冷静に突っ込んだ。ここまで来ると使える使えないの問題ではなく、買えるか買えないかの問題になってくる。もちろん魔剣はイオの全財産をつぎ込んでも買える物ではない。

 イオに言われて自分が先走っていたことに気づいたコニーテはごまかし笑いを浮かべて弁明する。


「あはは……ごめん、客が来たのは久しぶりだったからね。ついはしゃいでしまったよ」

「客が久しぶり……?」


 イオは話題を変える意味も込めて聞き返してみた。反応が得られたことが嬉しかったのか、コニーテは存外明るく話し始めた。


「うん。魔道具はそれなりに値が張るからこの立地だと客が入らないんだよ。貴族様は高級店の通りに行ってしまってこの店の存在にも気付いてくれない」


 コニーテの話はイオにも納得がいくものだった。最低でも銀貨数十枚はする魔道具を売るには一般人が行き交うこの通りはひどく場違いである。それこそ魔剣など一介の冒険者や平民が買える物ではない。

 そこでイオは疑問に思ったことを訊いてみた。


「それならなぜ看板などを掲げないんですか? 外から見るとこの店が何を売っているのかもわかりませんよ」

「そんなことをすればよからぬ輩を引き付けるだけだよ。うちには護衛どころか従業員もいないんだから」

「……なるほど」


 ため息交じりに得られた答えはまたもやイオを納得させるものだった。

 宝石加工店や魔道具屋がある高級店の通りには盗難を防ぐために兵が置かれてある。そのおかげで買う方も売る方も安全に売買ができるのだ。しかし、この店が位置する通りは兵が見張っているわけでもなく警戒などされていない。そんな場所で大々的に宣伝することで賊に商品を狙われることをコニーテは恐れているのだ。


「できれば移転したいんだけど、どうしてもお金がねぇ……」

「……そうですか、頑張ってください」

「って、出て行かないでよ!」


 隙をついて逃げ出そうとしていたイオだったが、またもコニーテに先回りされて敢無(あえな)く失敗に終わる。思わず舌打ちが漏れそうになるがイオはそれを心の中だけに押しとどめた。深いため息をついてコニーテに告げる。


「そうはいっても俺にはどうしようもありませんよ? 魔道具を買う金なんてありませんし」

「そこをなんとか! 安くするから1つだけでも!」


 店の経営難を打ち明けたことで失うものがなくなったのか、コニーテは始めと比べてかなり下手に出てきた。イオを呼び止めたときの余裕は完全に失われ、今や両手を頭の上に合わせて目の前の少年に頼み込む始末である。イオはだんだんコニーテに対する不快感が薄れ、代わりに憐れみを感じ始めてきた。といっても同情しているわけではないのだが。


「……無理ですね。そもそも最初店を構えるのにこの場所を選ばなければよかった話ですし」

「ぐっ……それを言われると……」


 コニーテが言葉に詰まる。

 イオが指摘した通り、そもそもの原因はコニーテ自身にあるのだから情をかける余地などないのだ。これが他の店から嫌がらせを受けているなどという事情があるのであればイオでも少しくらいは同情したかもしれない。しかし、現実ではコニーテが自分で失敗してその始末に追われているだけなのである。

 反論もできずにコニーテはがっくりと肩を落とす。そしてぽつりぽつりと語り始めた。


「……僕はランクの低い冒険者でも魔道具が使えるようにと思っただけなんだ。普通の人が踏み込みにくい高級店が並ぶ通りではなく、ここに店を出せばもっと魔道具が一般的になって、弱い人でも生き残れる確率が上がるだろうと……」


 コニーテから語られた内容はイオの思った以上に深いものだった。コニーテは自らの利益よりも買う人の命を優先してこの場所を選んだのだ。


 魔道具は高価なため、使える人は稼ぎの多い高ランク冒険者かもともと金を持っていた人間に限られる。生活が苦しくやむを得ず冒険者の多くは自分の実力だけで生き抜くことを余儀なくされ、その過程で多くの人が死ぬ。安くても魔道具があれば助かった冒険者は多いだろう。


 項垂(うなだ)れてどんよりとしているコニーテを見ながらイオはあることを思いついた。その脳裏には、今力を求めて頑張っているだろう少女の姿が映っている。


「コニーテさん。安くするって話、持ち越すことはできますか?」

「え……? ああ、それはいいけど……」


 突然の問いかけに驚きつつもコニーテははっきりとイオに頷いた。それを見てイオはあまり期待を持たせすぎないように落ち着いた声で話す。


「この店のことを知り合いに言ってみます。もしその人が買う時は代わりに安くしてあげてください」

「イオ君……!」

「期待はしないでください。その人も手持ちに余裕はないはずなので」


 イオを見上げるコニーテの表情に歓喜の色が広がるのを見てイオは念を押す。ただの冒険者の言葉をこれほど簡単に信じるコニーテを、イオは商人には向いていないと思ったが不思議と嫌な感じはしなかった。これも一種の人徳だろうと結論づける。


 こうしてイオはやっとのことで魔道具屋から出ることができたのだった。

告知はしておりますがこうして投稿が遅くなると申し訳ない気持ちでいっぱいになります。来週も余裕がないので遅くなると思います。気長にお待ちください。……12月は頑張りますので。

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