第51話 訪問
遅くなりました。
ルーが特訓を始め、イオが奇妙な魔道具屋へ連れ込まれた日の夜、宿に戻った4人はイオとアルバートの部屋に集まって話をしていた。その内容はやはり特訓についてだった。
イオは1人特訓を見ていないので真面目な顔であれこれと語る3人の話を聞いているだけである。
話を聞く限りでは劇的に何かが変わったということはないらしい。とは言っても、水魔法を使える師がいるわけでもないのに一日で変化が見られることはありえない。
そのあたりは無属性とそう変わらない。イオも「感覚強化」が使えるようになるまで何度もグロックの世話になった。
「ルーは魔力の制御に問題はない。となるとやっぱり向き不向きの問題だろう」
「私にはやっぱり難しいんでしょうか?」
「いや、そうじゃない。要は考え方の問題だよ」
アルバートが不安そうなルーに分かりやすく説明をしていく。
「ルーは球や矢を飛ばす攻撃は苦手だけど、代わりに壁を生み出したりそれを操作するのは得意だよね。なら得意な方法を応用して攻撃に変えればいい」
「応用、ですか?」
「そう。例えば水で相手を押し流したり、溺れさせたりとかね。カナリアを真似するのはあまり効率がいいとは言えない」
「えっ」
「私の真似?」
ルーが驚きの声をあげ、同時に自分の名前が出たことでカナリアが不思議そうに訊いてきた。ルーは苦笑いで少し恥ずかしそうに話し始める。
「うん……私、カナリアちゃんみたいになれたらなって思ってて。カナリアちゃんをお手本にしてたんだ。アルバートさん、知ってたんですか?」
「まあね。いきなり「水刃」が使えるようになりたいって言われたからピンときたよ」
ルーにとってこれまでカナリアはずっと頼れる姉のような存在だった。どんな時でも前に出て自分を守ってくれたカナリアに、ルーが憧れの念を持つことも不思議ではないだろう。
しかし、アルバートははっきりとそれを否定した。
「それが悪いと言うつもりはないけど、人にはそれぞれ得意不得意がある。属性による違いもね。カナリアはルーみたいに壁を作ったりするのは苦手だろう?」
「そうね。風を一か所にとどめるっていうのはすごく難しい。ルーみたいにはできないと思う」
アルバートの問いにカナリアは首を横に振って答えた。
イオが見た限りでカナリアがこれまで防御に魔法を使ったことはない。それはすぐ近くにルーという防御役がいたからだろうが、おそらく性格も関係している。
先日グレイウルフに接近された時、カナリアは防御よりも攻撃を選んだことからもそれが分かるだろう。
「でも、どんな魔法を練習したらいいんでしょうか。私、他の魔法はよく知りませんし……」
「うーん、クイーンホーネットの討伐に参加していた冒険者の中に凄腕はいたけど……ねえ、イオ?」
1人だけ会話に入れていないことを気にしたのか、アルバートはイオに話を振った。突然のことにイオの回答も疑問形になる。
「ベスティードさんか?」
咄嗟に答えるイオの頭に浮かんだのはBランクの水魔法使いであるベスティードだった。イオの作戦でティグレと共に前座を押し付けられ、見事役割を果たしたことからもその印象は強い。
アルバートも同じ考えだったのかにやりと笑って問いかけた。
「そう。ベスティードさんのあの水を纏わせる魔法。ルーなら使えると思わないかい?」
ベスティードが得意としていた魔法である「水纏」。体の周辺に水を待機させ必要に応じて操作する、応用性の高い高等魔法である。
ルーが「水壁」を半球状に作り変えていたことからイオもルーなら練習次第で習得できると思ったが、
「あれは近接用だろう? 後衛のルーが使っても意味がない」
イオは強い口調で否定してみせた。
ベスティードはレイピアと組み合わせることであれだけの強さを発揮してみせた。無手のルーが使ったところで薄い壁にしかならず、同じようにルーが使えるとは思わなかったのだ。
「もしものために使えるようにしておいてもいいと思うんだけどね……今そんな余裕はない、か」
アルバートはまだ渋っている様子だったが、イオの主張にも一理あるので引き下がった。
ルーが「水纏」を活用するためにはなにか武器の扱いを覚えなければならない。魔法にも苦戦しているのに今からそんなことをしても習熟までどれほどかかるか分からない。
一瞬見えた希望が潰えたことで部屋の中にどんよりとした空気が降りる。イオは切り出すならここだと思い、3人に呼び掛けた。
「魔道具を買うというのはどうだ?」
「魔道具?」
問われたイオは今日起こった出来事と、あの魔道具屋の現状も併せて順に語っていった。コニーテに呼び止められたこと、半ば強制的に店の中に入れられたこと、コニーテの話とお詫びに値引きしてくれることを簡潔に説明する。
「俺は魔道具が使えないが、せっかく安くしてくれるんなら誰か買った方がいいんじゃないかと思ってな」
そう言ってルーの方を見てみるが、彼女は身を引いて恐れ多いとばかりに首を横に振っていた。
「私に魔道具なんて……もったいなさすぎるよ! そういうのはもっと強い人が使わないと」
「そんな考えをなくしたいのが店主の願いなんだ。魔道具は駆け出しの冒険者が使って生存率を伸ばすべきだってな」
イオがそう言うとアルバートが感心したように深く頷いた。
「その人の言うことには共感できる。魔道具が一般的なものになれば冒険者はもっと安全に活動できるようになるだろうね」
「でも……だからって、私お金ありませんし……」
なおも尻込みしている様子のルーにイオは呆れながら言う。
「そのために値引きしてくれるって言っているんだろう。足りなかったらアルバートにでも借りればいい」
「それこそ無理だから……」
あっけらかんと言ってのけるイオにルーはさらに恐縮する。たとえ親しい相手でも金を借りるのはルーにとって気の進むことではなかった。
しかし、カナリアにはそういった遠慮がないのかうずうずした様子で会話に入ってきた。
「ねえ、私も魔道具ほしい! お願い、お金足りなかったら貸してくれない?」
「カナリアちゃん……」
何のためらいもなくアルバートに頼み込むカナリアを見てルーが咎めるように名前を呼ぶがカナリアには堪えていないようである。今もアルバートを期待に満ちた目で見ている。
アルバートは仕方がないと言った風に苦笑してその期待に応えた。
「パーティーの強化は必要なことだからね……金額の一部はパーティー全体の資金から出そう。ルーも遠慮する必要はないから、好きなのを買ってね」
「うぅ……分かりました」
「やった!」
ルーは観念したように、カナリアは拳を握って喜びながらアルバートの決定を受け入れた。
「それじゃあ早速だけど、明日の昼にイオの言う魔道具屋に行ってみようか。朝は今日と同じく特訓にする」
何事も続けることに意義がある。ルーはこれからできるだけ毎日アルバートに魔法の特訓をしてもらうことになっていた。
こうして今日は解散となり、4人はそれぞれの部屋で眠りにつくのだった。
♢ ♢ ♢
そして明くる日の昼。
イオは3人を連れて昨日の魔道具屋を訪れた。
「いらっしゃー、イオ君じゃないか。早速来てくれるとは嬉しい限りだよ」
「今日の客はこっちの3人です。俺のことはお気になさらず」
両手を広げて来店の喜びを表すコニーテにイオはすげなく答える。そしてアルバートたちを紹介するようにコニーテの正面から脇へ移動した。
「俺のパーティーメンバーのアルバート、カナリア、ルーです。今日は特にルーがメインです」
「は、初めまして。よろしくお願いします」
「初めまして。この店を経営しているコニーテだ。こちらこそ、今日は来てくれてありがとう」
魔道具屋はやはり敷居が高いのかやや硬く挨拶をするルーに、コニーテはにこやかに挨拶を返した。。
続いてアルバートとカナリアも初対面の挨拶を終えると、早速とばかりにコニーテは店の奥へと4人を招き入れた。
「それで、何か希望なんかはあるかな? 言ってくれればそれに沿ったものを見せてあげるけど」
「えっと、私、どんな魔道具があるのかよく知らなくて……」
揉み手をしながら尋ねるコニーテだったが、ルーは申し訳なさそうにそう答えた。つい昨晩まで魔道具のことなど微塵も考えていなかったのだから、それも仕方のないことだろう。
しかし、コニーテは気を悪くした様子もなくふんふんと頷いて再び問いかけた。
「それなら、こう訊いてみようか。ルー君がほしい魔道具は攻撃用、防御用、逃走用のどれかな?」
「あ、それなら攻撃用です」
選択肢を出されたことで今度ははっきりと答えることができた。
「分かった。じゃあ、こっちの棚だね」
「私も見ていいですか?」
「もちろん」
店内の一角へと向けて歩き出そうとするコニーテにカナリアが問いかけ、了承をもらう。カナリアとルーはコニーテに連れられて攻撃用の魔道具が集まる場所に行くのだった。
そして取り残されるイオとアルバート。
「イオは……魔道具には興味ないよね」
一瞬イオに行かないのか、と尋ねようとしたアルバートだったが途中で解答にたどり着いて言葉を変えた。
「ああ。使えもしない物を見たってなにも楽しくはないからな」
「……そう、だね」
事も無げに言ってのけるイオに対してかける言葉も見つからずアルバートは複雑そうに返す。
魔道具は魔力を流さなければ使えない。つまり、無属性には使えない。
このことは無属性の欠点の中で、遠距離攻撃ができないということの次にあげられるほど大きなものだろう。
この世は魔力を体外に放出できるという前提のもとに成り立っている。
極少数派である放出できない側の無属性にとって、この社会がどれほど生きにくいものかアルバートには想像もつかない。
無属性は周知こそされているものの、その絶対数の少なさからほぼ存在しないものであるという認識さえ持たれている。
その確率の低さを掻い潜って無属性に生まれてしまった者は、判明した時点で人生の終わりを告げられているに等しい。
力で敵わず、社会からも爪弾きにあう。
これでも過去と比べるとましになってはいる。先人たちは彼らの言う魔法が使えない無属性たちを、それが当然であるかのように奴隷として扱っていたのだ。
それを思うとこの程度で済んでいるという現状は喜ぶべきことなのだろうが、それでもアルバートの中に釈然としない思いが燻り続けている。
そして、同じ少数派であっても無属性とは天と地ほど扱いの違う聖属性。
それを適性属性に持った者は、人生における勝ち組だ。無属性とは対照的に、人々からは神の力を持つ者と崇め称えられる。
聖属性が光を浴び続ける一方で、無属性は日陰から出ることを許されない。
女神教が「人は皆平等」という教義を掲げる中、両者の間に揺るがない差があることにアルバートはやりきれない思いを感じるのだった。
来週にはいろいろ片付いて余裕ができると思います。




