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第46話 野営と襲撃

 商隊の護衛依頼を引き受けたイオたちは、日が暮れる前に余裕をもって野営地に到着することができた。


 ルピニスは街の規模が大きいため、商人たちの出入りも多い。そのため、ルピニスへ向かう途中で商人たちが使うための野営地が一定間隔で存在している。

 つまり、イオたちは野営地から野営地へと向かって毎日移動していたのだ。


 野営地と言ってもそれ専用の設備があるわけではない。馬車が停められるほど広く周囲の警戒がしやすい、ただの開けた土地だ。ただし、近くに水汲み用の川や火おこし場などは存在している。


「よーし、馬を休ませて飯の準備をしろ!」


 商隊を率いる男が周囲に向かって指示を出した。冒険者側も警戒に数人を残してそれを手伝う。

 最初は慣れていなかったイオたちも、今日で5回目なのでさすがに手順が分かってきた。馬車や馬は商隊に任せ、火をおこすために集めておいた枯れ葉などを取り出す。

 この辺りは岩場で薪などがほとんどないため、道中で見つけたら拾っておくようドゴスから言われていたのだ。


 アルバートが魔法で火をつけたところで、水を汲みに行っていた「守護の鋼」のメンバーであるワズリーとアデルが帰ってきた。2人は両方ともBランクの剣士で、クイーンホーネット戦の時もドゴスと共にティグレをバルの元へ送り、勝利を決定づけた冒険者である。

 そのうちのワズリーがイオたちに言う。


「誰か馬車から鍋をとってきてくれないか?」

「俺がとってきます」


 答えたのはイオだった。イオは警戒要員に回されていて手持ち無沙汰だったのだ。周囲に危険がないことは「感覚強化」を使った探知で分かっているので、少し目を離しても問題はない。


 馬車のところまで行ってそこで体を動かしている商隊の男にイオは話しかけた。


「鍋をとってもらえますか?」

「ん? そこの馬車の後ろにあるから持っていってくれ」


 男は手を休めずに顎で鍋の在りかを指し示した。そして、にやりと得意げに笑って言う。


「今日は肉が出るらしいぞ。楽しみにしといてくれ」

「それはいいですね」


 野営食に肉が出ると聞いて自然とイオの表情もほころぶ。

 ドゴスが誘ってきただけあってこの護衛依頼での冒険者たちへの待遇は破格のものだった。まず、毎日の食事は商隊側が用意してくれる。もちろん野営であるから簡易的な食事ではあるが、それでも主食の乾パンと乾燥させた豆などの安い保存食は必ず出された。また、今日のように近くに川がある時はスープが出ることもある。

 そして、商隊側の気分次第では干し肉が出されることもあり、その日の食事の内容は冒険者たちの毎日の楽しみになっているのだ。


 加えて、野営用の道具を持たないイオたちにはなんと簡易テントが貸し出されている。ただの冒険者にここまでする商隊というのは本当に稀で、イオたちはこの依頼に誘ってくれたドゴスにひたすら感謝したのだった。


 鍋と朗報をもってイオはアルバート達の元へと帰還する。


「ああ、イオ。鍋はそこにおいといて」

「分かった。……今日は肉が出るらしい」

「本当!?」


 アルバートと話していたイオの言葉に反応したのは石を並べて(かまど)を作っていたカナリアだった。

 イオは特にその過剰な反応に驚くこともなく振り向いて頷いた。


「鍋をもらう時にそう聞いた」

「久しぶりの肉ね。もう着くまでないのかと思ってたわ」


 カナリアは延々と歩き続けた疲れを忘れたように上機嫌になっていた。


 前回干し肉が出されたのは3日前である。保存食と言っても肉は肉。その価格は当然乾パンなどの他の保存食よりも高い。

 そのため商隊側の気まぐれの一度きりだったとしてもイオたちが文句を言うつもりはなかったのだが、こうして肉が出されると聞くと嬉しいと思わずにはいられない。


 カナリアや周りでそれを聞いた「守護の鋼」のメンバーが喜んでいるのを見て、イオはふと思った。


(もしかして俺たちの状態を見て食事を決めているのか?)


 この依頼も5日が経過し、その間ずっと護衛を任されているイオたちは疲労がたまっている。特にカナリアやルーにはそれが顕著だった。

 それを考えると3日前の時も納得がいく部分がある。初めの2日間は初めての護衛依頼ということでイオたちは緊張していて、あのままでは途中で押し潰れていた可能性もある。食事に干し肉が出されたのはそんな時だった。

 腹が満たされれば単純に力になるだけでなく、心も満たされる。食事にはそれだけの効果がある。


 今日肉を出して英気を養うことで残り少ない旅路も頑張ってもらおう。そういう意図なのではないかとイオは勘ぐった。


(……考えすぎかもしれないが)


 イオは自分が疑り深い人間だということを知っている。悪人だけでなく友好的であろうと努めている相手にまで、その裏の考えを読み取ろうとしてしまうのはイオの悪い癖だった。

 と、そこで神妙な顔をしているイオに語りかける声があった。


「……商人は利に敏い。いつ、どこで手札を晒せば最高の結果を得られるか。ヤツらは常にそれを考え、機を見計らっておる」


 はっとしてイオが隣りを見ると、そこにはいつの間にかドゴスがいた。ドゴスはアルバートたちと自分のパーティーメンバーの様子を眺めている。

 初めイオは何を言われたのか分からなかったが、すぐにその意味を理解した。


「……俺が何を考えているのか、分かったんですか?」

「まあな。お前はなにかと頭を働かせておる。あの様子を見て概ねそんなところだろうと予想がついた」


 その洞察力にイオは舌を巻いた。力押しが得意そうな見た目だが、このような勘の鋭さを持っているのはさすがはBランクパーティーを率いるベテラン冒険者と言ったところか。イオは素直に敵わないと感じた。


「……大したことは考えていないんですけどね」


 商人が利益を追い求める者なら、さしずめイオはあるかどうかも分からない悪意を探す者だろう。危険に備えるという意味ではいいことだが、切り替えができないのであれば無駄に頭を働かせているだけだ。このことを指してイオはそう言った。

 このように常に自分を否定的に考えてしまうこともイオの悪い癖と言えるだろう。


 ドゴスはイオの言葉を謙遜と受け取ったのか、首を横に振って言う。


「それでも何も考えんヤツよりはマシだ。特に新人は無鉄砲なのが多い」

「はあ……」


 どこか愚痴めいたその言葉にイオは曖昧に相槌をうつ。そもそもイオはドゴスとそれほど言葉を交わしたことがない。仲が悪いというわけではないが、例の如くイオは自分から話すことがないためである。

 なぜ突然このようなことを言われているのか、イオは内心で首をひねる。その答えはすぐに得られた。


「お前も冒険者になって長いなら、仲間に目を配っておけ。あいつらはまだ若さが目立つ」

「……俺が一番年下なんですが。そういうことはアルバートが言ってください」


 げんなりとしながらイオは答えた。実質パーティーをまとめているのはアルバートで、イオはそんな役柄でもないので自分が目を配る必要などないと考えている。

 しかし、ドゴスは再び首を横に振った。


「冒険者としてはお前が最年長だろう。それに女2人は見た通り未熟だが、アルバートも冒険者としてはまだ甘い」

「……それは」


 イオも完全には否定できない。剣、魔法、指揮力などあらゆる面で秀でているアルバートだが、冒険者として完璧かというとそうではない。アルバートはたとえ目的のためであっても犠牲を嫌う。


 それが顕著に表れたのがやはりクイーンホーネット戦だろう。

 キラーホーネットが死兵と化した時、イオはアルバートに魔法を解除するように言った。それはつまり、倒れている冒険者を切り捨てるということだ。しかし、アルバートは首を縦に振らず、大規模な魔法で冒険者たちを守り続けた。

 結果としてはよかったのだろう。アルバートが力尽きる前にクイーンホーネットは倒され、同時に多くの命が救われた。


 しかし、もしアルバートが先に力尽きていたらどうなっていただろうか。そうなると守りの消えた冒険者たちは次々と殺され、アルバート本人も抵抗なく殺されていただろう。アルバートの尽力は意味をなさず、キラーホーネットを倒すために使えた魔力を無駄に浪費しただけだ。待っているのは最悪の結末だろう。


「お前たちの中で一番冒険者をやれているのはお前だ、イオ。もしもの時はお前がパーティーの命運を分けることになる」

「……買い被りですよ」


 イオはドゴスの言葉を素直に受け取らなかった。自分の肩にそれほど大きな責任が乗せられているとはどうしても思えなかったのだ。

 しかし、それを聞いたドゴスはイオに辛辣な評価を下す。


「それならお前もそこまでということだ。あくまでわしの目で見れば、の話だがな」


 そう言ってドゴスは去っていった。イオはその後姿を見送りながら思う。


 もしかしなくてもあれはイオたちに対する助言だったのだろう。イオたちはドゴスに依頼の間、主に護衛中の配置の付き方や守りながらの戦い、依頼主との接し方などについて指導を受けていた。その過程でドゴスが感じた「不死鳥(フェニックス)の翼」の総評が今の言葉だ。


 イオはしばらくドゴスの言葉をどう受け止めるか考えるのだった。



 ♢ ♢ ♢



 知らされていた通り夕食には干し肉が出され、冒険者たちはいつもより少し豪華な食事を楽しむことができた。そして片付けを終えると彼らは早々に眠りにつき始めた。

 日の出ている時間帯に最大限移動するために、出発は日の出の時刻と早い。そのためにできるだけ睡眠時間をとって疲れをとらなければならないのだ。


 そして野営ともなれば当然夜は見張りが必要となる。冒険者と商隊から2人ずつ人を出して砂時計で時間を測り、交代で見張りをするのもここ数日で慣れた流れだった。

 商人からも見張りを出すのは冒険者に馬車の中を(あさ)られたりするのを防ぐためである。世の中には眠っている隙に盗みを働く冒険者も存在する。

 たとえ信頼関係があっても商隊と冒険者が一緒に見張りをするのは暗黙の了解だった。



 眠っていたイオが耳障りな鐘の音を聞いて目を覚ましたのは、まだ眠り始めてあまり時間の経っていない真夜中のことである。


「敵襲! 敵襲ー!」


 その言葉を聞いた瞬間、イオは跳ね起きた。見張りの1人が敵の襲撃を知らせる鐘を叩きながら声を張り上げているのだ。


「みんな! 行こう!」


 となりで眠っていたアルバートはすでに剣を持っていた。さすがに胸当てなどをつける余裕はないためいつもより防御に難が出そうである。

 もともと防具など持ち合わせていないイオは手元の剣を抜いて戦闘態勢に入った。同じテントの中で眠っていたカナリアとルーは魔法主体なのでそもそもメインの武器がない。


 連れ立ってテントから出た4人だったが焚き火が消えていて何も見えず、ただ叫び声と剣を打ち合うような音が鳴り響いていた。「感覚強化」を使ったイオの耳にはそれらの情報がさらに明瞭に入ってきており、知った敵の正体を他の3人に伝える。


「盗賊だ! アルバート!」

「ッ! 了解!」


 名前を呼ばれただけでアルバートは何が必要とされているのかを察した。それを行動に移すまでに数秒もかからない。


「『火球(ファイアボール)』」


 魔法の中でも下位にあげられる魔法だが、アルバートが使えばその規模は普通とは比べられない。上空に上げられたいくつもの火の玉は夜の闇を晴らし、周囲を明々と照らした。

 それによって周囲の状況を一目で確認できるようになる。


 さすがと言うべきか「守護の鋼」はすでに全員が交戦状態に入っていて、すんでのところで盗賊たちを押しとどめていた。アルバートによって目が効くようになったため、防戦一方だったところを反撃に転じられるようになっている。

 商隊の面々は邪魔になったり流れ弾に当たらぬよう馬車の中や近くに身を寄せ合っていた。


「アルバート!」


 カナリアが助力しようとアルバートに呼び掛ける。


「カナリアとルーは商隊を頼む。イオ、行けるかい?」

「ああ……ッ!?」


 答えようとしたところでイオの耳にさらなる足音が聞こえてきた。それらは今盗賊がいる場所の反対側からまっすぐこちらへ向かっている。


「アルバート、あっちの方向からも来ている。おそらく挟み撃ちにするつもりだろう」

「なんだって? ……ドゴスさんたちは手が離せそうにないな」


 目が効くようになってから攻勢は明らかにドゴスたちに傾いている。しかし、相手も十数人と数が多いため、殲滅までにまだ時間がかかりそうだ。

 そこまで確認した後のアルバートの判断は早かった。


「イオ、手伝ってくれ。俺が行く。カナリアとルーはこのことを誰かに伝えておいてくれ」

「そんな、私だって……!」

「時間がないんだ。頼む」


 不満を訴えるカナリアを遮ってアルバートは押し切った。時間がないことは分かっているので渋々カナリアも了承する。


 2人と別れたところでイオはアルバートに言った。


「……人殺しはさせたくないか?」


 アルバートの出した指示がカナリアとルーを戦闘から遠ざけるためのものであることは明白である。

 イオの脳内にドゴスの「甘い」という言葉が浮かび上がった。


 アルバートはしばらく何も言わなかったが、走りながら何か言おうと口を開きかけたところで盗賊の分隊が現れた。

 上空に「火球」を浮かべていても遠くまで見ることはできない。2人が盗賊の姿を完全に捉えたのは、両者の距離が20歩ほどまで近づいた時だった。


「止まれ! 今なら命だけは助けてやる」

「うるせえ! 死ねや!」


 アルバートが投降を呼びかけるが盗賊たちは聞く耳を持たない。各々の武器を持って駆け寄って来る。

 人数は6人。しかし、イオの耳は隠れた敵も見逃さない。


「左右前方に1人ずついる。狙撃に気をつけろ」

「分かった」


 そう言った側から空を切りながら矢が飛来して来た。魔法ではなく実態をもった矢だ。警戒していた2人はそれを難なく避ける。


 すると今度は正面の盗賊が魔法を放ってきた。


「くらえ! 『土弾(アースショット)』!」

「『風玉(ウィンドボール)』!」


 盗賊は訓練などをしないのか、魔法の練度はそれほどでもない。カナリアやルーにも劣るレベルだろう。

 しかし、それでも同じように遠距離攻撃ができないイオにとってはやっかいなものだった。魔法で防げるアルバートと違って、イオは射線から外れるために体を大きく横にずらす。


 お返しとばかりにアルバートが魔法を撃ち返した。


「『火矢(フレイムアロー)』」


 現れた6本の矢は速度、狙いともに完璧で、すべての盗賊の肩を射抜いていった。肩を貫かれ身を内側から焼かれる痛みには耐えられないのだろう、盗賊たちは次々と膝をついていった。

 しかし、盗賊たちは戦意を失っているわけではないようで、今もこの状況を何とかしようと目をぎらつかせている。そのうちの1人が武器が使えないならと、魔法を発動する態勢に入る。


「させるか」

「がへっ!?」


 イオは魔法を発動させようとしていた男の顎を「身体強化」を使って容赦なく蹴り上げた。脳を揺さぶられた男は魔法が放つことなく意識を手放す。男は舌を噛んだのか、口からだらだらと血を流している。

 イオは脅すように剣を振り上げて言った。


「妙な真似はするな。少しでも動けば殺す」


 その言葉に嘘は微塵も感じられず、盗賊たちの間に緊張と恐れが漂い始めた。実際イオは直前に人を手加減なく蹴り上げたのだ。

 本当に恐怖を与えるつもりなら剣で派手に殺すべきだったのだろう。しかし、もともと剣術など治めておらずそれどころか利き手が使えないイオは、一振りで確実に息の根を止められる自信がなかったのだ。失敗すれば至近距離から魔法をくらうことになるため、確実な手段をとったのだった。


 イオは視線を盗賊たちから離さずアルバートに言う。


「後ろの2人はもう逃げた。狙撃される心配はないだろう」

「あ、ああ……」


 アルバートはなんとかそれに返事を返した。直前の人を人とも思わない行動にさすがのアルバートもドン引きだった。

 しかし、それもすべてアルバートが初手で相手を仕留められなかったせいで。致命傷を与えずに無力化しようとしたのは考えが甘かったと言わざるを得ない。


 対するイオはこの手の輩がこれくらいの傷で大人しくなるとは思っていなかった。弱気を見せれば付け上がられる。そのことをイオは実体験でよく理解していた。


 制圧に成功した2人は気まずい空気を漂わせながらも、同じく制圧に成功した「守護の鋼」と合流して襲撃の後片付けをするのだった。

最近読んでくださる方が増えてきてとても嬉しいです。このことを励みにしてこれからも頑張っていきます!

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