第45話 勇者誕生と次なる街
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「勇者選定の儀」。それは文字通り勇者となる者を決めるための儀式である。
選定といっても勇者となるべきものがはっきりと分かるわけではない。あくまで勇者になってよい者と、そうでない者を見分けるための儀式である。
その方法は至極単純。ただ教会側が見染めた人物に、500年前の勇者が使った剣、すなわち「魔断の聖剣」を握らせて剣を鞘から抜くことができるか試すだけである。
だが、方法が単純だからと言ってもそれが簡単というわけではない。事実、これまで聖剣を抜けた人間は数える程度しかいないのだ。
その一握りの人間を探すために、「女神教」教会本部は各地に散らばる教会にそれに値する人物を探すよう指示を出した。
そしてその判定基準もまた厳しい。強さはもちろんのこと、性格や人柄まであらゆる項目において一定以上の評価が必要なのだ。一言で表すならば「清く正しい強者」と言ったところである。加えて「魔断の聖剣」を扱えなければならないことから剣の素養も必要となる。
この段階で冒険者の大半は脱落する。冒険者には粗野な者が多く、いくら強くても行動基準が個人の価値観に大きく依存しているのだ。例えば、たとえ人が魔物に襲われていようと自らの利益にならなければ、半数以上の冒険者はその人間をそのまま見捨てるのである。
また、信用の置けない人間に聖剣を貸し与えようものなら、そのまま持ち出されてしまう可能性もある。
500年前に当時の「勇者」がその身を犠牲にして「嘆きの魔女」を封印したことは、おとぎ話で誰もが知っている。つまり、人々にとって「勇者」とは自分たちの窮地を無条件で救ってくれる救世主のようなものなのだ。
そのイメージを崩さぬためにも、「勇者」は正しい心の持ち主でなければならない。
もちろん、これらすべての条件を満たす者などそうはおらず。
「ふぅむ……」
部屋の一室で妙齢の女性が思案するような声をあげた。その部屋は大きな机と椅子、そして本棚が置かれた執務室だったのだが、その広さはこの女性がかなりの地位に就いていることを感じさせるほどのものだった。
この女性こそ、「女神教」トップの教皇にして、実質ノルス教国を治める人物である。名前はメルフィス・リーンハート。
椅子に座る彼女の前には水晶玉のようなものが置かれていた。
「やはりそう簡単に勇者の器は見つからぬか」
メルフィスの前にある水晶玉は通信の魔道具、「送音玉」だった。メルフィスはこれを使って各教会と情報を交換していたのだ。
それによると、条件を満たす勇者候補の捜索の成果は芳しくないとのことだった。
にもかかわらず、メルフィスの声に焦りや不安は含まれていない。
「となると、勇者選定の儀を受けるのは1人だけということになるのか。……まあ、あやつなら心配はいらぬだろう」
メルフィスの言う通り、それらの条件をすべて満たした人物がただ1人だけ存在した。そして彼女はその人物が儀式で失敗することなどまったく想像できないのだ。
メルフィスは手元のベルを鳴らし、使用人を呼んで告げた。
「明日、勇者選定の儀を執り行う。ただちにリアンを呼びつけよ」
「かしこまりました」
使用人が出て行くのを見送り、メルフィスはリアンという勇者候補が来るのを待った。
♢ ♢ ♢
執務室にいるメルフィスに扉の前から入室を請う声が聞こえるまでに、それほど時間はかからなかった。
「神殿騎士・第1部隊所属、リアン・エストレッチェ。ただいま参上しました」
「うむ、入れ」
メルフィスがそう言うと扉が開き、騎士鎧を身に纏った20歳前後の男が入ってきた。背は高く細身ながらもよく引き締まっており、氷のような艶やかな白髪を短く刈りそろえている、
男は部屋の中ほどで立ち止まり、メルフィスに向かって膝をつき頭を垂れた。
「顔を上げよ」
「はっ」
話を聞く姿勢に入ったリアンへとメルフィスは告げる。
「急なことだが、明日勇者選定の儀を執り行うこととなった」
「まだ他の候補者が来ておりませんが」
「ああ、お主には悪いが、儀式を受けられるのはお主1人だけだ」
常人でその重圧に耐えられる者がどれだけいるだろうか。救世主たる勇者への人々の期待を一身に背負わなければならないのだ。失敗すればもちろん、その期待を裏切ることとなる。
しかし、リアンはこれっぽっちも萎縮していなかった。
「かしこまりました。必ずや、成功させてみせます」
その堂々とした振る舞いにメルフィスは内心で賞賛のため息をつく。
リアン・エストレッチェ。神殿騎士団の一員であり、20歳の若さで最強へと登りつめた傑物である。人々と教義を守る者として内面も申し分なく、まさに勇者となるべき者の素質をすべて持っていると言える。
初め、メルフィスは早々にリアンだけに儀式を行わせるつもりだった。メルフィスを含め、多くの人の中では勇者といえばリアン以外に考えが及ばなかったのである。
しかし、リアンはそれをきっぱりと断った。その時に言った言葉がこれである。
『多分なご期待、痛み入ります。しかし、世には私以上に素質を持つ者がいるかもしれません。儀式を行うのはそれを探してからでも遅くないでしょう』
勇者となることができれば、その名は後世まで語り継がれることとなる。その誘惑を断ち切って、リアンはこう言ってのけたのだ。
この謙虚さは逆にメルフィスたちのリアンに対する期待をさらに大きなものにさせた。
そして、重要となる実力の方も心配はいらない。
「Sランク冒険者を父にもつお主なら何も問題はなかろう。頼んだぞ」
「はっ」
メルフィスが口にした言葉の通りリアンの父は冒険者で、ランクは最高のSランクである。リアンは、「荒波」の異名を持つ父の力を受け継ぎ、この若さにしてそれを使いこなしていた。
リアンは教皇直々に言葉をかけてもらいながらも、何ら気負うことなく翌日を迎えるのだった。
そして、勇者選定の儀においても大方の予想や期待を裏切らず、見事「魔断の聖剣」を抜くことができた。それは今世に「聖剣の勇者」が復活した瞬間であった。
♢ ♢ ♢
北の国で新たな勇者が誕生したことなど当然知らず、イオたち「不死鳥の翼」は今日も冒険者として活動していた。と言ってもその内容はいつもとは異なる。
「イオ、周囲に魔物はいない?」
「……ああ、問題ない」
街道を歩くアルバートが隣のイオに問いかけた。イオは少し耳を澄ませた後、それに答える。2人の後ろにはカナリアとルーもいた。
そして、4人の横ではがたがたと車体を揺らしながら5台の馬車が走っていたのだ。
その馬車のうちの1つを操る御者にアルバートは呼び掛けた。
「今この道は安全そうです! 周りを気にせず進みましょう!」
「おう、了解した! てめぇら、少し急ぐぞ!」
「へい!」
御者は軽快に返事を返し、他の御者に指示を出して走るスピードを速めた。歩きのイオたちも問題なくそれに付いていく。
そして、別の方向から4人に声がかけられた。
「悪いな。警戒を任せきりにして」
それは頭髪がない代わりに口髭を生やし、斧を担いだ巨体の男だった。人によっては山賊と見間違えそうな見た目のその人物に、アルバートは笑みを浮かべて首を横に振る。
「いえ、これはイオの得意分野ですし、俺たちはドゴスさんたちと同じ依頼を受けていますから。これくらい当然です」
「そうか。まあ、戦闘はわしらが引き受けよう」
そう言って巨体の男、ドゴスは4人から離れていった。
この状況から分かる通り、イオたちが今受けている依頼は護衛依頼だった。馬車に荷物や商品を積んだ商隊を、魔物や盗賊などから守り無事に目的地まで送り届ける依頼である。
この依頼のランクはC。小隊の規模や移動距離からこのランクになっているのだが、Dランクになったばかりのパーティー「不死鳥の翼」には少し荷が重い。そもそもイオたちはこれまで誰一人として護衛依頼を受けたことがなかった。
そんなイオたちがなぜこの依頼を受けることになったかというと、今ちょうどアルバートと話していたドゴスが持ち掛けてきたからだ。
Bランクパーティー「守護の鋼」。冒険者歴20年以上の猛者であるBランク冒険者ドゴスをリーダーとしており、他のメンバーもBランク2人、Cランク2人と全体的にレベルが高い。受ける依頼はそのほとんどが護衛依頼で、商人たちにとって一番信頼できる護衛のエキスパートである。
そんな有名なパーティーとイオたちが知り合うきっかけとなったのが、およそ3週間前に行われたクイーンホーネットの討伐である。あの討伐依頼に参加していた「守護の鋼」の5人と、同じく参加していたイオとアルバートはともに死線を潜り抜けた仲間として交友をもったのである。
そんな折、冒険者ギルドでイオたちにドゴスが話しかけてきた。
『わしらと共に依頼を受けんか?』
『依頼ですか? どのような依頼でしょう?』
『護衛依頼だ。護衛対象が少し多く、わし等だけでは人手が足りんのだ』
『護衛依頼ですか……俺たちはまだDランクで、経験がないのですが』
『かまわん。実力はすでに認めておる。経験がなければわしらが教えてやろう。どうだ?』
と、このようなやり取りを経て4人は「守護の鋼」に教えを乞う形でこの依頼を受けたのだった。といっても実質言葉を交わしたのはアルバートだけで、イオはそれを静観し、カナリアとルーは突然話しかけてきた格上冒険者に驚いて身を縮めていたのだが。
相談の末に4人はこの依頼を受けることに決めた。理由はいくつかあるが、最も大きな理由はそろそろ活動拠点を移したいと思ったからだった。
パーティーを結成し、様々なことが起こったアビタシオンだったが、さすがに森で虫の魔物を討伐し続ける毎日に嫌気がさしたのだ。イオ以外の3人のランクが1つ上がり経験も積めたということで、イオたちはアビタシオンを後にすることを決めたのだった。
「出発からもう3日ね。そろそろ着かないのかしら」
「明後日には着くらしいよ」
カナリアのうんざりしたような声にアルバートが答える。旅慣れていないカナリアとルーは、5日間野営だったことによって疲れがたまっていた。
そこにカナリアの隣を歩くルーが呟いた。
「鉱山都市ルピニス……どんな街なんだろう」
「鉱山っていうからには山の中なんでしょうね」
カナリアが推測を述べる。しかし、それもあながち間違ってはいないだろう。なぜなら今馬車が走っているのは岩肌がむき出しの荒れ地なのだ。草や木の緑色はほとんどなく、景観的に寂しい風景が広がっている。
そこにアルバートが確かな情報を伝える。
「ルピニスはすぐ近くに鉱山があるけど、山の中って程ではないよ。鉄の他に宝石なんかも取れるらしいから、鍛冶屋と宝石加工人がたくさんいる」
「へー、詳しいのね」
カナリアが感心したような声をあげた。
鉱山都市ルピニス。アビタシオンの南西に位置し、セントレスタ皇国内では中央のやや南に当たる。真北に進めば皇都があるため、中央の貴族たちはよくいい剣や宝飾品を求めてこの街にやってくる。街の規模で言えば、交易品が入ってくるアビタシオンよりも大きい。
イオたちが商隊と共に向かっているのはそんな街だった。そこに着いた後はしばらくとどまり、また冒険者ギルドで討伐や採集の依頼を受ける予定である。
イオはずっと黙っているが、鉱山都市というまだ見ぬ街に対して少なからず心躍らせていた。関心のない振りをしながらもアルバートの話にしっかりと耳を傾けているのである。
次なる目的地に向けて、イオたちは着々と進んでいる。
結局イオたちはフィリアと逆方向に進んでしまいました。そう簡単には再会できません。




