先生
カクタスはチラリと横目でシアンを見やる。相変わらず料理に集中しているように見えるが、顔は少し歪んでいる。彼女を無視したいのだろう。
自分にしかわからないように小さく息を吐いたカクタスは、おかえりー! と元気にドラジェを歓迎ムードで出迎える。
彼は勇者パーティのリーダーだ。彼女の態度に思うところがあっても、パーティ内の揉め事は起こさせないようにしなくてはならないし、自分が暖和材にもならなくてはならない。苦労で禿げなきゃ良いけど、なんて妖精人種であるカクタスには無縁そうな悩みをポツリと呟いた。
「あら? リーダー、帰っていたのね」
「今日は午後から勇者君の特訓しなきゃならないからねー」
「大変ね」
どこか他人事のように述べたドラジェは、ドアを閉めて英二が座る場所へと歩きだした。カクタスもすることが無いので、それについていくことに。
椅子を引き、優雅に腰を掛ける。その一連の動作には乱れがなく、慣れたように長い脚を組んだ。
その仕草は様になっていて、何処か貴族であったかのような振る舞いだと、横目で見ていた英二は思う。目の前にカクタスが座ったので直ぐに問題へと視線を移したが。
英二の思っている事もあながち間違いではない。彼女は貴族の出であり、カメリア帝国では一目置かれている家の次女なのだ。宮廷儀礼など一通りに難なくこなせるが、今は目上の者などいないため脚を組んでいる。
何処と無く下に見られてるな、と英二は漠然と考えながらペンを動かした。
「勇者様はお勉強なのね。毎日大変でしょう? 少しくらいお休みになさったら?」
チラリと英二の手元を見たドラジェは身体を前に傾けさせ、そう提案した。
顔を上げた英二は目の前にある豊富な胸に目を白黒させるが、いつもの事なので平静を装う。正直、思春期には辛い。
英二が思っている事を感じ取ったカクタスがドラジェの肩を掴み、元の位置に戻させる。
「はいはーい、邪魔しない邪魔しない。これ終わらなかったら勇者君、昼ご飯抜きなんだよ?」
ふぅと英二が小さく息を吐いたのがわかった。カクタスは苦笑いを浮かべ、ドラジェを宥める。邪魔はさせない。明らかな取り入りをさせてたまるかとカクタスは思った。
カクタスの言葉を聞いたドラジェは、まあ! と目を見開いて驚いた様な表情を浮かべる。
「それは意地悪なこと。ねぇ、勇者様? あんな魔法使いとじゃなくて、私とお勉強なさらない? つきっきりで、わからないことは教えてあげる」
なんなら、と少し胸を強調するドラジェ。
言わんとしている事は、カクタスにも英二にもわかった。けれど、それを容認する事は出来ない。衛生上良くないのもあるが、仲間の内でそんな事されれば、気不味くなることこの上ない。
リーダーとしてもやめて欲しいカクタスは止めに入ろうと動くが、それよりも出来た料理を持ってきたシアンと視線が合う。任せておけという事なのだろう。
「英二」
「あ、せ、先生……」
カクタス、英二、ドラジェの順に皿とスプーンを置いたシアンは、水をコップに注ぎ同じ順に置いていく。
最後に自分の分を置いたところでシアンが英二の隣に立ち、椅子に手をかけた。
「問題は解き終わったか?」
「あと一問だけ終わってない……けど」
怒られると思った英二はシアンと目を合わせずにいるが、頭に乗った手の感触で彼の方へと振り向いた。
「昨日と比べりゃ充分だな。早く解けよ、飯が冷める」
わしゃわしゃと少し乱暴に撫でたシアンは、椅子を引いて座った。
いつもは厳しい彼が褒めた。最後までやれとは言われたが、頭を撫でられ褒められたのは初めてだと英二は片手で頭を抑えながら微笑む。
嬉しい。単純にそう思った。
「良かったね、勇者君。褒められて」
「はい! けど先生が褒めてくれるなんて、明日槍でも降りそう……」
「馬鹿言ってないで手を動かせ」
「あいた!」
小突かれた英二はペンを握りしめ、最後の問題へと取り組む。これが終われば昼ご飯、そして普段褒めない彼が褒めてくれたのだ。頑張るしかない。
そう考える英二の中からはドラジェの事などすっかりと抜け落ちていた。だからか、彼女が凍てつくような視線をシアンに向けていた事など知りもしなかった。
ましてや彼らが犬猿の仲、などと。
〝大事な生徒を取られそうになってやけになったのかしら? 珍しい事もあるものね、貴方が褒めるなんて〟
念話の魔法を使って嫌味を言うドラジェにシアンは一瞥だけして、無視した。応える気はさらさらなく、彼女の言葉に乗れば何を言ってくるかわからない。
年上でしかも社会経験がある相手だ、負ける気はなくとも言い負かされる可能性があるならば避けた方が良いだろう。
相手にしない。それが最善の方法である。
シアン自体、彼女と話したくないのも理由に含まれるが。
〝……つれないわねぇ〟
何とでも言え、と念話が切れた後で思う。繋がっている最中は相手に聞こえてしまうからだ。
英二が解き終わるのを待つ気がないシアンは両手を合わせて、いただきますと呟く。日本式の作法だが、英二が日本出身故にこのパーティではこれを取り入れている。彼が少しでも、日本が恋しくなるように。
シアンと伴い、カクタスとドラジェも食事を始める。カチャリとスプーンが食器に当たる音がした。
今日の昼食はカレーだ。日本式の一般家庭で出されるようなものだが、この世界ではあまり認識がない代物である。
そもそもスパイスなどの香辛料が高価で出回っておらず、カレーという手の込んだ煮込み料理はこの世界の一般家庭には荷が重い。その日暮らしな者たちにとっては、食卓に出ないようなものである。それに白米も高価なものだ。普通は雑穀米などで代用するが、シアンの作ったものは白米であった。
「うん、美味しいね。ところでシアン、君さっき作り出したばかりだったのにできるの早くない?そんな早くできるようなものじゃないと思うんだけど」
「時短した」
「なるほどね!」
時空間魔法が使えるシアンにとって、煮込む時間を早くするのはどうってことない事だ。その鍋の時間軸だけ先の未来にして仕舞えばいい。言うならばショートカットというものである。
だが、時空間魔法の使い手だからと言って料理に使うような変人は後にも先にもシアンだけだろう。彼が思うに、魔法イコール戦法という考え方がこの世界に浸透し過ぎている。元はと言えば、楽しようとして編み出されたものなのにだ。
「いやー、シアンがいてくれて良かったよ! 美味しいものが食べられるからね」
「はふっ。俺もそう思います」
隣から聞こえてきた声にシアンは振り向く。そこには英二が美味しそうにカレーを食べていた。熱いのか、ふぅと息を吐いている。
「あれ、勇者君。終わったの?」
「はい。目の前から良い匂いがするんです、早くしないと持ちませんてば」
「ははっ、確かに」
横に置かれた紙を引き寄せて、白米とカレーを頬張りながら見やる。上から下に目を通すと確かに全て解いていた。間違っているのはともかく、これでは文句は言えない。
虚空にそれを消し去り、口の中のものを歯で噛み裂く。これを食べ終わり片付けた後で採点しなくてはな、とぼんやり考えた。
「それ、便利だよな」
英二がふと呟く。“それ”というのは今し方シアンがして見せた事だろう。
「本当に。僕も使いたいね」
二人同時に頷く。確かに便利なのは認める。しかしこれは予想以上に魔力を使うので、おいそれと教えることは出来ない。
それに、時空間魔法は使い手のセンスに左右される魔法だ。使うのが下手ならば大事故になりかねない物ばかりなため、使い手が少ないのに一因している。
シアンがしたのは、所謂“収納箱”という魔法だ。人によってはマジックボックスなどと呼ぶ。
魔力でできている亜空間に繋ぎ、そこにアイテムを入れることができる。時間は存在しないそこは、凡ゆるものの時が止まっている。例えば、出来立ての料理を入れたとするが、それは“収納箱”の中ならば何時間経とうともずっと出来立てのままになる。
つまりはまぁ、それ程便利なものであり、便利すぎる故に魔力消費が多く使える者が少ないわけだ。シアンの場合、魔力量で言えばプラム国王を越えるため、悠々と使える。
「カクタスは無理だろうな。魔力が少ない」
「だよね。自分でもエルフなのに何で少ないんだろうなぁとは思うけど、本職に言われちゃ凹むなー」
カクタスはエルフにしては魔力量が少ない。その量は魔法師と呼ばれるクラス程であるけれど、他のエルフは魔術師程だ。人種では十年に一人程しかいないはずの魔力量なのだが、妖精人種だけ全員がそのクラス。エルフがどれだけ化け物なのかわかるだろう。
カクタスはその中で落ちこぼれと呼ばれる程しか魔力がない。しかし魔法使いになれる程はある。だが、高等魔法である“収納箱”を使える程ではなかった。
「英二はいけるだろうが……」
「本当か!? 教えてくれ!」
「駄目だ」
「何で!?」
理由も告げられずに断られた英二は凹んだ。重い空気を放ちながら、カレーを口に運ぶ。無駄に美味しいのがなんだか虚しい。
「あらあら。意地悪ねぇ? 魔法使い様は」
ニヤニヤと人を馬鹿にするような笑みを浮かべながらドラジェは水を飲む。コップから口を離す時に小さくリップ音が鳴るが、勿論わざとである。英二はそっと目を逸らした。
「私も少しは使えるから、教えれるわ。どう? 勇者様。そこの魔法使い様から私にしませんこと? この魔法技師に」
ことりとコップを置いた。
「なんなら、使えるようになるまで“収納箱”を込めた魔法道具を渡すけれど」
「そんな事できるの?」
意外そうな表情を浮かべたカクタスはドラジェにそう訊くが、本人は余裕そうな笑みを浮かべる。つまりはできるという意味なのだろう。
“収納箱”は亜空間を作り出し、そこから物を出し入れする魔法。他の魔法とは一線を凌駕する高等魔法。亜空間を作り出すだけで人知を超えているのに、そこへ繋げるゲートを作り出すのも技術と魔力がいる。
魔力は初めに発動する時に途轍もなく量がいる。空間を作り出すのだから当たり前なのだが、発動する分の魔力がなければ気絶する可能性があるため危険だ。おいそれと教えるわけにもいかない。例え大丈夫だろうと思っても念には念をだ。
しかし一回発動すれば、最初程魔力を消費しない利点もあるのだが、ドラジェが言う魔法道具にするには初めて発動した時のように魔力を持っていかれる可能性があるのだ。カクタスが意外に思うのは当然であった。
「当たり前でしょう。じゃなければ、勇者様の仲間になんて選ばれないわ」
「流石、稀代の天才と言われる程はあるね」
「それ程でもあるわね」
謙遜はしない。ドラジェらしい返答にカクタスは苦笑いを浮かべる。
「それで、どうしますの?」
はっきりと答えろよと視線が語っていた。英二は食事の手を止めて、視線を逸らして考える。
“収納箱”は確かに便利だ。前の世界にいた時、異世界に行くならば使ってみたい魔法だった。憧れはある、使ってみたい欲望もある……けれど。
ちらりとシアンを見る。当事者のはずなのに我関せずとした態度をしていたシアンは此方に気づいたのか、目があった。彼の目は勝手にしろと語っている気がする。
それがなんだか拗ねているように思えて、少し面白く感じてしまい笑みが零れる。シアンには睨まれたが。
「(うん。俺の先生はシアンだ……だから)」
視線を戻してドラジェと合わせ、間も置かずに口を開いた。
「別に良いや」
あっけらかんとした態度で述べる。その態度が予想外だったのか、三人共驚いた様に英二を見た。その後の態度はまるで違ったが。
ドラジェは驚いたまま、何故? と問うてくる。断られるとは思ってなかったのだろう、他の二人とは違って戸惑う様子が窺えた。
「だって、俺は先生に教わっているし。先生が駄目だと言うんだから、生徒はそれを信じないと」
世間一般の先生達と違って、先生は良い先生だしね。
笑う英二とは対照的に悔しそうな表情を浮かべるドラジェ。面と向かって、お前には習わないと言われたのだ。同じ魔法使いとして悔しくないわけがなかった。
ただドラジェの場合、他の理由もあるのだが。
そんなドラジェを見て、シアンは鼻を鳴らしてしてやったりという顔をしていた。機嫌が良さそうだ。ドラジェが本当に嫌いなのがわかる。
「(まぁ、してやったのは君じゃないんだけどね……)」
心の中でツッコミながら、カクタスはカレーを口に運ぶ。はふり、あったかいご飯がとても美味しい。
「(さて、この後どうしようか……)」
ご機嫌斜めなドラジェを、どうやって直そうか考えるカクタスであった。
先生呼びだけど、タメ口な勇者君。




