シャウト・インザ・レストラン
◆
天気は秋晴れ正午過ぎ。涼しげな風が心地いい成海市メインストリート。
昼飯を求め、俺は当てども無く歩を進める。
なに食おうかなぁ。
つらつらと思考に気をとられ、前方からの通行人とぶつかってしまう。
「きゃっ」
「あ、すいません。大丈夫で――――」
「大丈夫です、ごめんなさい。よそ見しちゃってました……好きな人に街中で偶然ばったり会えるおまじないをしてたら……って、キョータさん!?」
「……」
「こんな偶然ってあるんですね! 空前――――いや必然ですね。まさに運命。やはり二人は――――」
俺は回れ右して走り出す。
ちゃらららー。
キョータはにげだした!
「あ、ちょ、キョータさん!? ……逃がしませんよ?」
不適な、いや不敵な笑みを浮かべ、俺の追跡を開始する鳴。
その眼光は既に、ヒロインのそれではなかった。
逃げろ、逃げるんだ俺!
で、一分後。
「…………」
「まぁ、こうなることは分かってた訳で」
「…………」
「何ていうか、お疲れ様です。はい、お水どうぞ」
地面に座り込む俺に、ペットボトルを差し出す鳴。
くっそ!
この結末は予想できてたけどさ!
俺はペットボトルを受け取り、口に含む。
……うまい。
「どんだけ体力無いんですか。さすがにビックリです」
「はぁ……はぁ……階段の上り下りで息切れする二十一才の体力を舐めるなよ……」
ああ、体の節々が泣いている。
明日は筋肉痛かな。
「威張らないでください。まごうことなき運動不足ですね」
「はぁ……はぁ……」
「……キョータさんの荒い呼吸を聞いてたら、何だかムラムラしてきました。ちょうどいいですね、そこのホテルで私と運動不足解消でも」
「黙れ」
「それはそうと、どちらへ行くつもりだったんですか?」
「昼飯でも食おうと思って。そういうお前は? 偶然を装って俺に接触してきやがって。ご都合主義にもほどがあるだろ。GPSで監視でもしてるのかって勢いだ」
「……」
「否定しろよ!」
嘘だろ?
身に覚えが全く無いぞ。
「奇遇ですね。私もお昼まだなんですよ。お供します」
華麗にスルーされた。
そんなこんなで。
俺と鳴がやって来たのは小ぢんまりとしたレストラン。
店長の趣味であろう、何故か店員の制服はメイド服。
そのお陰か否か、この時間でも店内は賑わっている。侮れない集客力だ、メイド服。
「いらっしゃいませ――――む。キョータ殿にメイ」
「やほー、マリア」
「相変わらず似合ってるな、そのメイド服」
このレストラン、マリアのバイト先でもある。
制服が制服だけに、マリアには天職とも言えるのではないだろうか。
やたら体のラインを強調したメイド服なんだよなぁ。
ぶっちゃけエロい。
「キョータさん、見すぎです」
鳴の厳しい突っ込みが入る。
「ふ。持たざる者の嫉妬が聞こえるな」
「オッケー、マリア。その喧嘩買った」
両者の間に火花がちらつく。
面倒くさいから後でやれ。
「マリア、俺たち腹減ってるから速やかに席に案内してほしい訳だが」
「おっと申し訳ない。禁煙席でよろしいか?」
「うん。よろしく」
俺は喫煙者ではあるが、普段はほぼ吸わない。
酒が入った時は無性に喫煙欲に駆られるが、それ以外では数える程度。変則的スモーカーだ。
ボックス席に案内され、俺と鳴は腰を下ろす。
「くっ……マリアめ……あの脂肪の塊、削ぎ落としてくれようか……」
メニューに目を落としながら、恨みのこもった表情でブツブツ呟く鳴。
下手に触れない方が良さそうだ。
俺もメニューに集中しよう。
「あれ。キョータにメイじゃん」
不意に、聞き慣れた声がする。
「誠一か。久しぶり――――つか、何だその顔」
「サークル活動と称して合コンを繰り返していたら、彼女に半殺しにされたでござるの巻」
「何とまあ」
「ある意味では男の勲章だ」
荒川誠一。明るい短髪に整った目鼻立ち、どこと無く日本人離れした容姿だが、顔に刻まれた青痣と引っかき傷が何とも痛ましい。
俺の高校からの友人で、現在大学三年。とにかく女性絡みでのトラブルが耐えない。いつか刺されるんじゃないかと俺は思う。
「ちょっと、誠一さん」
「ん? どうしたメイ」
「何で当然のように私たちのテーブルに着席してるんですか」
「え、ダメなの? いいじゃん、せっかくなんだし一緒に食おうぜ」
「私とキョータさんの二人っきりの食事を邪魔しないでください」
不機嫌オーラ全開でメイは誠一を睨みつける。
「そんな冷たいこと言うなよ。この前、智也と綾奈とは飯食ったんだろ? 一緒じゃん」
「あの二人は別です。誠一さんのことは嫌いですし。よって、お断りします」
「お断りをお断りします。いいじゃん、な。キョータ?」
肩を組みつつ俺に話を振る誠一。
俺は別に構わないけどさ。
「まあ、せっかくだし。いいんじゃね? メイ」
「チッ……キョータさんがそう言うなら」
舌打ちした!
すげぇ顔で舌打ちしましたよこの子!
「お前は何でそこまで誠一を嫌うかね」
「生理的に無理ですね。不快、です。名前もふざけてますよね。『一番』『誠実』? はぁ?」
それは確かに。ちょっと思うけど。
でも、親御さんが付けてくれた大切な名前じゃないか。そこは触れてやるなよ。
「そ、それは俺の責任じゃ……この後輩、怖い」
そう言って、芝居ががった動作で俺の腕にしがみつく誠一。
「……汚い手でキョータさんに触らないでもらえます? どこの馬の骨かも分からない女を触りまくった手で」
流石に可愛そうになってくる。
強く生きろ、誠一。
険悪すぎる空気を打破すべく、俺はボタンを押下し店員を呼ぶ。
「ご注文お決まりでしょうか」
程なくしてマリアがやって来る。
「えっと、おまかせパスタセット二つ。あと、そっちの負傷した性欲猿に残飯盛り合わせ」
「かしこまりました」
「かしこまらないで! 俺も同じの!」
マリアも存外ノリがいい。
つか、俺の注文。
確かに頼むものは決まってたけどさ。お前は俺の心が読めるのか。
「なぁメイ。そりゃ俺は褒められた人間じゃないけどさ、それでも同じ友人グループの一人だし、できればお前とも仲良くしたい訳よ」
「……」
「よし。こうなったら奥の手だ」
「はぁ。奥の手ですか」
「おうよ。この前、智也のアパートで三人で飲んだ時、キョータのビックリ発言が聞けてさ」
「!? え、何それ。俺覚えて無いよ」
焦る。
嫌な汗が背中を伝う。
このタイミングで誠一が切り出してきたということは、鳴の得になる代物。つまり俺の損になる代物。
ついこの前も酒の席のネタで嫌な目に遭ったし……一年近く前のだけど。
酒、控えようかな。
「――――詳しく聞きましょう」
ほら!
ろくでもない光が鳴の両目に宿ってる!
「キョータがベロンベロンになってさ。聞いてもいないのに語りだしたんだ。メイのこと」
「な、なあ誠一、やめない? その話やめない? 俺、嫌な予感しかしない!」
「キョータさん、シャラップ!」
鳴に一喝され、縮こまる俺。
弱ぇ。
「面白そうだったんで、ケータイに音声データが残っております」
ニヤリと笑って、鳴にケータイを差し出す誠一。
それを受け取り、操作する鳴。緊張を隠しきれない表情。
俺の心臓もバクバク。
えぇー。身に覚えが全く無い。
『あー……だからさぁ……俺、普段メイにあんな態度とってるけどさぁ……ホントはさぁ……もっと……』
そこで再生をやめる鳴。
おい。何故だ。
続きが物凄い気になるぞ。
「ちょっと失礼」
バッグからイヤホンを取り出し、装着。
再び再生を開始する鳴。
すると、表情がみるみる内に変わる。
緊張した面持ちから、ニヤけ、照れ、そして赤面。
「な、なるほど。こ、これは確かに、その、あれですね」
動揺を隠し切れないまま、ケータイを誠一に返す鳴。
奪い取ろうとしたが、鳴に睨まれたので引き下がる俺。
「ビックリ発言っしょ? いやー普段あんなにクールなキョータがねぇ」
「全くです……えへへ……」
「この音声データを差し上げようではないか」
「ほ、本当ですか!?」
先ほどまでとは別人のような反応を示す鳴。
それでいいのか。
「しょ、しょうがないですね……受け取りましょう。誠一さんの高感度が少しではありますが上昇しました」
ニヤけを抑えきれない様子で鳴が言う。
嫌な上昇の仕方!
「あざっす。喜んでもらえて幸いだ。後で送っとくわ」
「なぁ、盛り上がってるとこ悪いんだが、俺にも聞かせてくれよ。気になって眠れないぞ、このままじゃ」
「絶対ダメです」
「だそうだ」
即答だった。
何なの、その息のピッタリ具合。
さっきまでの険悪ムードはいずこ。
「後からトリミングして着ボイスにします。それからそれから……あぁ……これで数ヶ月は戦える!」
ヒートアップしてらしゃる鳴さん。
俺、とんでもない事口走ったみたいね☆
「キョータ、そんなに凹むなよ。別に変なこと言った訳じゃないぞ?」
「そ、そうか」
「あぁ。ちなみにこれを聞いた綾奈の反応。『ふーん。ちょっとだけ見直した』だそうです」
他の人にも聞かせてるの!?
やめろよ!
内容知らないけどさ!
でも何となく想像はつくんだよ!
「……安心しました」
「え、何が」
少し頬を染め、照れたような口調で鳴が言う。
「私の気持ちだけ空回ってるんじゃないかって、不安だったんです。まだハッキリした言葉じゃなかったですけど、少しずつでも前進してるって分かって、良かったです」
「そ、そうですか」
「はい。いつか、ちゃんとした言葉で。ちゃんとした意思で。キョータさんの口から言ってくれる時を待ってます」
「……メイ……」
「エンダアアアアアアアア」
「「やかましい!!」」
いきなり歌いだした誠一に二人で突っ込む。
「何だよ、盛り上げようと思ったのに」
そう言っていじける誠一。
お前も結構豆腐メンタルだよね。
「おまかせパスタセットお待ち」
絶妙のタイミングで料理が運ばれてくる。
お。今日はクリームパスタか。
キノコとベーコン、かな? 美味そう。
「む。何だこの空気は」
うなだれる誠一。
妙にしおらしい鳴。
呆ける俺。
第三者が見ればシュール過ぎる光景。
「マリア、気にしないで。さー飯だ飯だ、ほら、鳴、誠一」
「「あい」」
「まぁいいか。ところでキョータ殿」
「どうしたマリア」
「……私が配膳するのをいい事に、こんな濃厚なホワイトソースのパスタを注文し、あまつさえ運ばせるとはつまり、暗に――――」
頬を染めたマリアのトンデモ発言。
つーか、おまかせなんだから今日のパスタの種類までは読めねぇよ!
「何で頬を染めてるの!? 何とは言わないけど、それは曲解だと思う!」
「メイなら分かってくれるだろう?」
「全くその通りだね、マリア」
あれ。
お前もそっちに乗るの?
「白濁したスープパスタ……そして散りばめられたキノコ……もうキョータさんってばっ! これから食事って時に! ……あっ、つまり『これからお前を……』」
「お前ら黙れよ! そろそろマジで病院探そうか!?」
「キョータ……お前もお前でなかなかクレイジーな感じだよな」
誠一に同情された。
こいつに女の子絡みで同情される日が来るとは。
確かに。俺の周り、マトモな奴の方が希少!
笑えねぇ。
こいつは全く笑えねぇ。
うん。俺もマトモだと、胸を張っては言えないしなぁ。