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忠直失脚

大坂の陣から越前に帰った忠直は、早速大御所様の話のように、3男直政に所領を与えることにした。本多富正と相談して、とりあえず1万石を与えるとして、大野盆地の木本地区をあてがう事にした。大広間で直政に対して

「直政、お前には木本領1万石を与える。」と告げると直政は

「兄上、有難きお言葉。私などには身に余る領地でございます。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。」と感謝を述べた。そんな直政に忠直は

「ところで直政、将軍様のことはどう思っておる。」と聞いた。すると直政は

「父秀康とひとつ違いの弟で、将軍家を継いだ素晴らしい方だと思っております。」と当り障りのない言葉を述べた。すると忠直は

「父秀康は羽柴家と徳川家の和睦のために人質交換の道具として、羽柴家に養子に出された。関ケ原では東北の守りのため宇都宮で睨みを聞かせ、天下第一の功績をあげた。秀忠様は関ケ原の戦いに信州松代で真田に足止めされて、戦いに遅刻してしまったのだ。しかも父上は秀忠様よりも年上だ。先日の大阪での戦いの時に、古くからの徳川家の家臣である大久保様よりお聞きしたが、家督を譲る話の時には、秀忠か秀康かで、家臣団も意見が分かれたらしい。大御所様の一言で決まったらしいが、我らの家系こそが江戸城の主になっているべきではなかったのかな・」と声を潜めながら話した。

 直政がまだ13歳でもこの話が江戸幕府に知られたら、お家断絶になるかもしれないことは分かった。しかも2人の家老両本多は江戸から派遣された付家老で、幕府の目であり耳であることは、越前騒動の時に思い知らされたのだ。聞かれたら切腹もあると感じた直政は口元に手をやり、兄忠直に口外を控えるように、合図した。

 しかし兄忠昌が幕府に対して不満を持っていることを聞いた直政は、これからの言動に気を付けようと心に決めた。次男忠昌は秀忠と一緒に江戸へ戻って行っていた。


 1615年11月29日、北の庄城で忠直の正室勝姫が嫡男仙千代(後の光長)を生んだ。大変おめでたい話だった。この時は武家諸法度はあったが、参勤交代はまだ制定されていなかったので、勝姫はまだ北の庄にいたようだ。

 世継ぎが生まれると言う藩主にとって、大きな務めを果たせた慶事であるのに、忠直の気持ちはあまり晴れなかった・大坂の陣で褒美として頂いたのは、初花の茶壺と高木貞宗作の脇差、そして秀忠からが牧谿作の落雁の絵だった。弟の忠昌が加増されたことと比べると、不満が日を追うごとに膨らんでいった。


 翌年から秀忠の忠直に対する対応が、あからさまに変わっていった。正月の年賀式典でも、忠直にとって年下の叔父である義直・頼宜・頼房の末席になり、家康が危篤になって秀忠が見舞う時も3人は同席させたが、忠直は許されなかった。1619年には伏見城で猿楽が模様された時も3人は貴族と同席したが、忠直は諸大名と同じ席に入れられた。越前藩が江戸幕府において特別な存在だったものが、御三家につぐ存在になり、遂には一般大名と同格になってしまったのだ。この扱いの変化は秀忠の考えなのか、秀忠の側近の考えなのか定かではないが、忠直が受けた衝撃は想像に値する。忠直は幕府に対する不満をさらに増幅させていった。

 北の庄に戻った忠直は、嫡男が生まれてめでたいはずだったが、酒色におぼれていった。城の中で朝から飲んでいると仙千代の世話をする勝姫が嫌そうな顔をしている。

家老の本多成重が様子を見に来て

「殿、今日も朝からお酒ですか。ほどほどにして、仙千代様と遊んであげてはどうですか。」とたしなめる言い方をすると勝姫も

「殿のお体を心配して申しております。大阪からお帰りになって以来、お機嫌がすぐれないようですが。」と聞くと酔った忠直は

「お主は幕府の手先か。将軍の娘だからのう。将軍様には何と言われて越前に来たのだ?」と直球を投げかけた。気の強い勝姫は怯むことなく

「父上は特に何も言っておりません。私は松平家の嫁ですから、松平のために尽くします。殿は何が気に食わなかったのですか?」と逆に強い口調で聞き返した。

酔った勢いで忠直は口にしてはいけない言葉まで吐き出してしまった。

「天下一の働きと言われたわしが、お茶道具と脇差で、他の大名は加増だ。忠昌まで加増されている。お前の父上はわしに恨みでもあるのかのう。やはりわが父秀康の関ケ原での活躍が気に食わなかったのか。」と大声を発してしまった。勝姫は凛として

「“初花”は天下の名品でございます。68万石の大大名にこそふさわしい持ち物です。わが父は領地の加増などよりもはるかに高価な名品を出してきたのです。殿にはその気持ちがご理解できませぬか?」と声をあげると忠直も畳みかけて

「家康様が徳川家の相続を秀忠様に決めた時、家臣たちの中にはわが父康様を推す者も多かったとか。もし秀康様が2代将軍になっていたら、今頃私が3代将軍だったはずじゃ。義直や頼宜などの末席に座らされることもなかったはずなのだ。」と怒りをぶちまけてしまった。勝姫は酔った人間にこれ以上話しても無駄だと思い、その場を離れ、仙千代のもとへ行ってしまった。


 勝姫と言い争いをした忠直は、飲みなおすためにわずかな家来を連れて街に出た。城の内堀には回廊橋があり、藩主が誰にも見られることなく外に出る事ができる。幼いころからいっしょに育ってきた同じ年の家臣2人は、人に言えないような秘密をお互いに知り合っている仲だ。回廊橋をくぐり、内堀を抜けると頭巾をかぶって人目を避けた。大手門を抜けるといよいよ城外に出られた。片町には多くの飲み屋が乱立する歓楽街だ。

 赤ちょうちんの一杯飲み屋で粗末な魚で酒を飲んだが、城の方がはるかにうまいと思った。軽く3人で2合の酒を飲み終えると、今度は片町の裏通りに入っていった。そこは花町で女郎屋が並んでいる。店の格子戸の向こうには、男客から声がかかるのを待っている美しい女たちが座っている。忠直と2人の家臣は一通り店の飾り窓を見て回ると、一番気になった女の店に戻った。忠直はその女の前で立ち止まって動かなくなった。看板には『お国』と書かれていた。

 忠直は側近の耳元で

「どうすればいいのだ。」と言うと側近の男は中に入って交渉すると、忠直を手招きした。言われるままに中に入った忠直は座敷に上がって待っていると、酒と粗末な料理が出されて、さきほどのお国が入ってきた。粗末な着物に顔から首に掛けて白塗りをしていて、表情はよくわからない。しかし目鼻立ちはくっきりとして、年は20歳前後だろうか。忠直の隣の席に着くと、何も言わずに酒をお酌してきた。猪口を手に取り、ぬるい酒を受け取り、一気に飲むと、安酒は喉に痛かった。

「名は何と申し。」と忠直が聞くと

「お国と申します。」と言ってその後は何も話さなかっt。忠直がお国の肩を抱き寄せると抵抗もせず、忠直の胸の内にもたれかかってきた。着物の裾がはだけて、足が膝まであらわになると、少し恥ずかしがって、足元の裾を直そうとした。忠直は片方の手を膝からその上にあてた。お国はそのまま忠直のされるままに身をゆだねた。

 しばらくして店の待合室で待っていた側近の所に忠直が来て

「あの女、連れて帰ろう。」と言うので、慌てた側近は

「あの女は女郎でございます。一晩だけ遊ぶなら殿の御自由ですが、連れて行くのは、いくらお殿様でもなりません。それに身請けとなれば大金がかかります。」と言うと

「わしの父上は京都でお役目があった時に、二条で女郎を身請けした。それが直政の母、月照院だ。わしが女を身請けしても悪くはないだろう。いくらかかるか店の物に聞いてまいれ。」と側近に命令した。側近の家臣は観念して店の主人と話し合い、後日金を持ってくることを約束して、その女『お国:』を連れて城に帰って行った。


 得体のしれない女を連れて帰ったものだから、城は大騒ぎになった。すぐに女のことは勝姫の耳にも入り、勝姫は忠直を訪ねた。

「得体のしれない女郎を身請けして連れてきたと聞いたのですが、本当ですか。側室として迎え入れるには私の許しがいるはずですが」と怒りを殺して問いかけると

「側室ではない。妾じゃ。」と言って悪ぶれる様子もなかった。

「妾をお持ちになることくらいはしかたがありませんが、私は哀しいです。」と勝姫が言うと間髪入れずに忠直が

「父上に連絡でもするか。将軍の娘はやっぱり幕府の隠密だったか。」と皮肉っぽく言った。2人の間に大きな溝が入った瞬間だった。

 その時、勝姫の側近として江戸からついて来ていた遠藤という女人が

「お殿様、お言葉が過ぎますですよ。勝姫様は将軍様の娘で、江戸城育ちのお嬢様です。お嬢様が江戸の将軍様にご連絡されたら、こちらの藩もただではすみません。」と言って忠直を叱責した。江戸から将軍の命で勝姫についてきた側用人とは言え、藩主に対して一介の女官が、藩主の名誉を傷つけるようなことを進言することは、大きな問題を起こすことになる。

 話し合いが決裂して勝姫が女官を連れて部屋を出て、廊下に出た時、酔った忠直が立ち上がり、床の間に飾ってある太刀を抜いて、女官の首から背中に掛けて、斜めに切りつけた。女官の首からは激しく血が飛び散り、忠直は顔まで返り血が飛び、障子にも真っ赤な血で激しく染まった。女官は大きな声をあげて、その場に倒れ、庭まで転げ落ちた。

 勝姫は声をあげて足袋のままで庭に降り、遠藤の身体に縋りつき、大声で

「遠藤、遠藤」と女官の名前を呼んだ。女官は死の間際に

「姫様、お父様にご連絡を。」と一言残して息を引き取った。

 しばらくして刃傷沙汰の現場に本多富正と本多成重の2人の家老が集まった。現場には血の滴る太刀を握って立ち尽くす忠直と倒れた侍女に寄り添う勝姫が泣き崩れていた。

富正が顔色を変えて

「殿、何という事を。この侍女が何かご無礼を働きましたか?」と問うと

「このものは私を愚弄した。手討ちにした。」と忠直は冷ややかな声で説明した。

「このものは当たり前のことを言っただけです。殿が連れてきた得体の知れない女についてご指摘したにすぎません。それなのに・・・・。」と勝姫は涙ながらに話した。

成重は冷静を装いながら

「事を大きくせず、内々に処理しませんと、松平家の存続にかかわる事態に発展しかねません。ここは私たちにお任せください。」と言って忠直を奥の自室に導いた。

 勝姫は部屋に戻り呆然として立ち尽くしていた。江戸城にいた子供の時から、侍女として勝姫に仕えてくれていた大切な人だった。悲しんでいるところに、家老の本多富正が入ってきた。富正は結城秀康が越前藩に入封した時に、家康が大きな藩だから家臣が足りないだろうと、家臣団のトップとして送り込まれた人物だ。その富正が勝姫のもとを訪れて

「姫、殿は少しおかしくなられているようですね。これ以上おかしな行動が続くようなら江戸の将軍様にご報告したらどうでしょうか。」と問いかけた。

 勝姫は涙を拭きながら忠直のことを考えた。そして

「あんな女を身請けしてきたり、私の侍女を手討ちにしたり、気が狂ったとしか思えません。江戸の父上に連絡してみようかな。」とつぶやいた。


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