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忠昌出生

 勇壮な黒い大阪城は秀吉が信長の死後、摂津を領地にして石山本願寺跡に建設した天下一の大きさを誇る城だ。秀吉が天下を取って信長の支配の象徴だった安土城を焼き払ったのは、天下人が変わったことを天下に知らしめるためだったのだろう。だから秀吉はもっと大きな城を作る必要があっただ。。

 その大阪城を中心に大阪の町は武家の屋敷や、町人たちの大きな町が作られていった。大阪城にほど近い、武家屋敷の中でも、城に近い大きな屋敷が結城家の逢坂屋敷だった。城の主である結城秀康は徳川家康の次男だが、小牧長久手の戦いの後、徳川家から豊臣家に養子と言う名の人質に出された過去があり、さらに豊臣家から関東の結城家に養子に出された過去を持っていた。つまり一時期とは言え、結城秀康は豊臣秀吉の後継者だったのだ。

 豊臣政権で徳川家康も五大老の筆頭として大きな力を持っていた慶長2年、12月にこの結城家の屋敷では朝から奥方で慌ただしく女中たちが走り回っている。結城秀康の正室である岡山が朝から産気づいている。奥の部屋は襖が閉められ、男子禁制だがお湯や産着などを運び込む女中たちが入っていく。産婆が部屋から出て来て廊下に控えていた藩主付きの家臣に近づいて耳打ちした。

「半時もすれば産まれるでしょう。殿にご連絡を」と小さな声でつぶやくと、その家臣は立ち上がって別棟の秀康の所へ連絡に行った。

 産婆は再び産室になっている部屋に戻ると、中からは女中たちが声を合わせて正室岡山の呼吸を助けるようにふーふーと声を出している。半時ほどすると姫の物と思われる叫び声の後に、か弱い赤子の鳴き声がした。すると中から女中が慌てて出て来て、控えていた武士に

「おめでとうございます。若でございます。」と連絡するとその話を聞いた武士は、隣の棟で待つ殿に伝えるために廊下を走った。

 すぐに廊下を大股で大きな音を立てて、大男が走って来た。城の主、結城秀康である。家康の息子で秀吉の息子でもあった秀康は、勇猛果敢な性格で、初陣の九州征伐で大活躍して秀吉の信頼も厚かった。結城家に養子に出されたのは、秀吉に鶴丸という実子が淀君から生まれたからだった。秀康は産室に入って岡山の隣に座ると

「岡山、よく頑張った。大儀じゃ。よく休まれよ。」と言って妻をねぎらうと産湯につかってきれいになった赤児を女中衆から受け取って抱いた。秀康は大きな体の背中を丸めて

「大きな声で泣く元気な子じゃ。真っ赤な顔で力んで怒っている。元気に育てよ。」と言って笑顔を見せた。越前宰相とあだ名され、その勇猛果敢で気性の荒い武者体質を、周りの家臣たちはいつも怖れていたが、今日ばかりは気を許して良さそうだった。

 しばらくすると障子が開いて乳母に手を引かれた3歳くらいの男の子が入ってきた。結城秀康の長男仙千代、後の忠直である。仙千代は母の岡山が 産室に入る前から離れていたので寂しかったのか、寝ている母に近寄り布団の上から抱き着いた。その様子を見た父秀康は赤児を抱きながら

「仙千代、今日からお兄ちゃんだぞ。弟を可愛がってくれよ。」と言って仙千代の頭を撫でた。仙千代は母の布団に乗って母に抱き着きながら、父の腕の中に抱きかかえられた弟を見つめた。

 秀康は自分の腕の中の息子を長男仙千代がどんな思いで見つめていたのかも知らず

「この子の名前はどんなのが良いかな。」と母岡山や長男仙千代に話題を振った。岡山は布団の中でまだ何も考えられなかったので

「殿がお決めください。殿のお考えに従います。」と言って秀康に目線を送った。秀康の後にいた筆頭家老の久世但馬が白髪の頭に手をやりながら

「殿、今年は寅年でございます。虎という字を使った幼名はいかがでしょう。きっと力強い武士に育つに違いありません。」と意見を述べた。秀康は笑顔で膝を叩いて

「虎か。虎松はどうだ。」と言うと一同が納得した。

 自室に戻った仙千代と乳母のあけぼのは部屋に入るなり座り込んで、あけぼのが仙千代の手を取って目を見つめながら話し始めた。

「若様、よろしいですか。今日は弟君のお誕生おめでとうございます。しかし良いですか。この結城家の跡取りは御長男である仙千代様です。釜戸の底の灰まですべてを引き継ぐのです。この藩で相続権のない弟君とは、はっきりと一線を引いて区別されなければいけません。若君、良いですか。弟君と仲良くしなくてはいけませんが、常に上の立場に立たなければいけません。立場をしっかりと分らせてください。」と強い口調で語った。仙千代は目を大きく開けてあけぼのの話に耳を傾けた、

 そんなことが話されていたことも露知らない虎松は乳母の手に抱かれて、静かに眠っている、幼名虎松、後の松平忠昌の誕生である。慶長2(1597)年12月4日。関ケ原の戦いまで2年9か月にせまっていた。


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