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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編
66/66

第53話 ― 風穴の出口――倒れた求援者

>今回は、


地下導風路の最上層へたどり着いた一行が、

風穴の出口で思わぬ遭遇をする場面です。


狭い穴を抜けた先に広がる強風と霧、


そして聞こえてくる金属音と怒号ーー


閉ざされた空間から一気に緊迫した外へ出る、その空気の変化を楽しんでもらえたら嬉しいですw


仲間を探す旅路の中で、また新たな「誰かの危機」と向き合う瞬間が描かれます



時刻:3670シヴン年12月25日 AM 04:28

場所:ビゴトラス島・地下導風路上層 風穴出口付近


 時刻:3670シヴン年12月25日 AM 04:28

場所:ビゴトラス島・地下導風路上層 風穴出口付近


 風はまだ止まらなかった。


 細穴の奥から吹き込む風圧に、ハロは岩肌へ身体を押しつけながら、胸元のジパを庇って進んだ。


 ジパの晶羽は、狭い穴の中で小さく震えている。


 その小さな頭が、ふとハロを見上げた。


 「……やっぱり、誰かいるんだな」


 ハロは息を詰めながら呟いた。


 タレンも同じ方向を見上げる。


 赤い瞳に、風穴の奥から漏れる青白い光が映っていた。


 「警戒しながら進むぞ」


 その声は短かった。


 だが、迷いはなかった。


 「ああ」


 ハロはうなずき、痛む指に力を込めた。



 その時、上方の岩肌が細かく震えた。


 ぱらぱらと乾いた音を立てて、天井から塵と砂粒が落ちてくる。


 「っ……!」


 ハロは反射的に顔を背け、目を固く閉じた。


 落ちてきた塵が頬と髪をかすめ、肩口に細かく積もる。胸元のジパを庇うように腕を寄せると、ジパは小さく身を縮め、晶羽の光を一瞬だけ強く震わせた。


 ハロは数秒だけ息を止め、ゆっくりと片目を開く。


 上方の青白い光は、まだ消えていなかった。


 むしろ先ほどよりも強く、狭い岩穴の奥を照らしている。


 ハロは喉の奥で息を整え、痛む指にもう一度力を込めた。


 「……行くぞ、ジパ」


 ジパは小さく鳴いた。


 「ルル……イール……」


 その声は、怯えではなく、確かに彼を上へ導いていた。


 タレンが先に身体を押し上げ、上方の岩縁へ手をかけた。


 狭い穴の先は、低い洞窟のようになっているらしい。風がそこから吹き込み、時折、細かな砂と霧を一緒に吐き出していた。


 「手を伸ばせ」


 タレンの声が上から落ちてくる。


 ハロは片腕でジパを抱え直し、もう片方の手を伸ばした。


 タレンの大きな手が、彼の手首を掴む。


 次の瞬間、強い力で引き上げられた。


 「っ……!」


 肩の傷が痛み、思わず息が詰まる。


 だが、ハロはジパだけは離さなかった。


 身体が岩縁を越え、低い洞窟の床へ転がるように上がった。


 そこは、風穴の出口に近い場所だった。


 天井は低く、岩肌は白く削れている。壁には風が長い年月をかけて磨いたような筋が何本も走っていた。奥の裂け目からは、青白い光と冷たい風が漏れている。


 そして、その向こうから――


 金属が砕けるような音がした。


 「……戦闘音だ」


 ハロはすぐに身体を起こした。


 ジパが胸元で鋭く鳴く。


 「ルル――イ!」


 タレンは炎棒を手に取り、低く構えた。


 後ろからヤガガ、マイノノ、スワワも順に這い上がってくる。


 「何だよ、今度は何が出るんだ」


 スワワが息を切らしながらぼやいた。


 マイノノはすでに前方を見ていた。


 「声がする。人の声だ」


 その言葉が終わるより早く、洞窟の奥で怒号が響いた。


 「下がるな!ここを抜かれたら終わりだ!」


 ハロの目が鋭くなった。


 「防衛隊員か?」


 彼は雷槍を握り直し、風穴出口へ向かって駆け出した。


 低い洞窟の先は、外側の岩棚へ続いていた。


 雨はほとんど届かない。だが、風は強く、霧が横に流れている。岩棚の端には崩れた石が積もり、その向こうには暗い谷が口を開けていた。


 そして、その岩棚の中央で、数人の防衛隊員が異獣に囲まれていた。


 先頭に立っている男の肩口は裂け、腕から血が流れている。片膝をつきながらも、短剣を握りしめ、倒れた仲間の前に身体を張っていた。


 ジニアだった。


 「くそ……まだ来るのかよ……!」


 彼の前には、灰黒い小型異獣が四匹。


 さらに岩の裂け目の奥から、細長い影が二つ這い出してくる。


 ジニアの背後では、同行していた隊員の一人が負傷者を庇い、もう一人は壁に背を預けて荒い息を吐いていた。


 求援に向かったはずの一団は、すでに限界に近かった。


 「ジニア!」


 ハロが叫ぶ。


 ジニアは一瞬だけ顔を上げた。


 「……ハロ!?」


 驚きがその目に浮かぶ。


 だが、返事をする余裕はなかった。


 異獣の一匹がジニアの横腹へ飛びかかった。


 ハロは地面を蹴った。


 「伏せろ!」


 雷槍の穂先が雨霧を裂く。


 青白い雷光が一閃し、飛びかかった異獣の胴を横から弾き飛ばした。


 獣は岩壁へ叩きつけられ、黒い煙を上げて転がる。


 その直後、タレンが前へ出た。


 洞窟の低い天井から外へ抜けた瞬間、その巨躯は岩棚の上で一気に存在感を増した。


 赤い熔紋が胸と腕で脈打ち、炎棒の先端に熔光が集まる。


 「退け」


 低い声が落ちた。


 その一言だけで、異獣たちの動きが鈍る。


 タレンは炎棒を横に振るった。


 赤紅の熱波が岩棚を薙ぎ、正面の二匹をまとめて押し返す。異獣の外殻が焦げ、湿った風の中に白い蒸気が立ち昇った。


 「ヤガガ、左。マイノノ、負傷者を下げろ。スワワ、右を潰せ」


 「了解」


 ヤガガは短く応じ、細い熔符槍を構えた。


 槍の先端から赤い符紋が伸び、左側の岩陰へ逃げようとした異獣を正確に貫く。


 マイノノは無言で負傷者のもとへ滑り込み、肩を貸して岩壁側へ移動させた。


 スワワは重い熔晶槌を肩に担ぎ、舌打ちしながら前へ出る。


 「狭い穴を登った後にこれかよ!」


 そう言いながらも、振り下ろした一撃は重かった。


 熔晶槌が地面を叩き、赤い衝撃が岩棚を走る。足を取られた異獣が跳ね上がったところへ、ハロの雷槍が突き込まれた。


 「はあっ!」


 雷光が爆ぜる。


 残った異獣が悲鳴を上げ、霧の中へ弾き飛ばされた。


 だが、最後の一匹が死角からジニアへ迫る。


 ジニアは気づいていた。


 しかし、身体が動かなかった。


 「っ……!」


 その瞬間、ジパがハロの胸元から飛び出すように身を乗り出した。


 晶羽が鋭く光る。


 「ルル――!」


 ハロはその声に反応し、振り向きざまに雷槍を投げるように突き出した。


 穂先から放たれた雷弧が、異獣の爪を弾いた。


 タレンの炎棒が続けて振り下ろされる。


 赤い熔光が異獣を飲み込み、黒い残骸だけが岩棚に転がった。


 戦闘は、そこで途切れた。


 風穴の唸りだけが残った。


 ジニアは短剣を握ったまま、しばらく動かなかった。


 やがて、限界が来たように膝から崩れ落ちる。


 「ジニア!」


 ハロが駆け寄る。


 ジニアは肩で息をしながら、苦笑した。


 「……助かった。まさか、こんな所で会うとはな」


 「喋るな。傷が開く」


 ハロはジパを抱え直しながら、ジニアの肩口を見た。


 防衛服は裂け、血が泥と混じっている。深い傷ではあるが、すぐに命を落とすほどではない。


 だが、消耗が激しい。


 ヤガガが近づき、傷口を確認した。


 「止血を先にする。動かすな」


 ジニアは抵抗しなかった。


 というより、抵抗する力が残っていなかった。


 ハロたちは岩棚の奥、風の当たりにくい低い洞窟へ移動した。


 そこは完全に安全ではない。


 だが、外よりはましだった。


 岩壁が風を遮り、天井も低い。奥には乾いた石床がわずかにあり、負傷者を座らせることができた。


 マイノノが見張りに立ち、スワワが入口付近で槌を構えた。


 タレンは洞窟の中央に立ち、炎棒の光を弱く保って周囲を照らしている。


 ジニアは壁にもたれたまま、荒い呼吸を少しずつ整えていた。


 額には血と泥が混じり、肩口の防衛服は裂けている。それでも意識ははっきりしていた。


 彼はハロの顔を見て、かすれた声で問いかけた。


 「……ハロ、だったな。お前、どうしてガサン隊長と一緒じゃない」


 ハロは一瞬だけ答えに詰まった。


 ジパを抱く腕に、少しだけ力が入る。


 「俺には、別の任務がある」


 ジニアの目がわずかに細くなる。


 「別の任務?」


 ハロはうなずいた。


 「ガサン隊長に頼まれた。はぐれた少年を探している」


 ジパの晶羽が、胸元で淡く瞬いた。


 ハロはその光を見下ろし、低く続ける。


 「イランという少年だ」


 その名を口にした瞬間、ハロの声は少しだけ重くなった。


 「隊長のためでもある。けど、それだけじゃない」


 ジニアは黙って続きを待った。


 ハロはジパの背をそっと撫でる。


 「俺にとっても、必ず守らなきゃいけない相手なんだ」


 低い洞窟の中に、風の音がかすかに流れた。


 ジニアはしばらくハロを見つめ、それから小さく息を吐いた。


 「……そうか。なら、簡単に死ぬなよ」


 ハロは短く笑った。



 そのやり取りを、タレンは少し離れた場所から黙って見ていた。


 やがて、ジニアの処置が一段落した頃。


 ハロはジパを膝の上に下ろし、懐から小さな木製の盾を取り出した。


 それは、戦場で使うにはあまりにも小さかった。


 丸みを帯びた古い木片を削って作られたもので、表面には薄い傷がいくつも走っている。縁の一部には小さな裂け目があり、何度も手入れされた痕が残っていた。


 けれど、粗末なものではなかった。


 中央には細い線で簡単な守護紋が刻まれ、裏側には柔らかな紐が通されている。誰かを守るために、拙くも丁寧に作られたものだと分かる形だった。


 ハロはその小盾を、ジパの首元にそっと掛けた。


 ジパは少しくすぐったそうに首を縮めたが、嫌がることはなかった。小盾は白い毛並みの上に落ち着き、晶羽の淡い青光を受けて、古い木目を静かに浮かび上がらせた。


 タレンはその様子を黙って見ていた。


 やがて、低い声で言う。


 「その晶羽獣と、その小盾……お前にとって、よほど大事なものらしいな」


 ハロの手が、ほんの少しだけ止まった。


 彼はすぐには答えなかった。


 小盾の紐がきつすぎないか確かめ、ジパの毛並みを軽く整える。それから、視線を落としたまま、かすかに息を吐いた。


 「……ああ」


 短い返事だった。


 だが、その声には、戦闘中の怒気とも焦りとも違う、静かな痛みが滲んでいた。


 「これは……一人の人が残していったものだ」


 タレンは何も言わず、続きを待った。


 ハロは小盾に指先で触れる。


 「俺が、昔その人のために作った。小さすぎて、本当の盾にはならない。出来もよくない。今見ると、傷だらけで、ひびも入ってる」


 彼は少しだけ笑おうとした。


 けれど、その笑みは途中で崩れた。


 「でも、その人は……ずっと持っていてくれた」


 ジパが小さく鳴いた。


 「ルル……」


 ハロはその声に目を細め、ジパの頭を撫でる。


 「会いたいんだ」


 言葉は、思っていたよりも簡単にこぼれた。


 「会って、言いたいことがある。謝りたいこともある。礼も言いたい。なのに……もう、会えない」


 低い洞窟に、風の音だけが残った。


 タレンは視線を逸らさなかった。


 ハロは小盾を見つめたまま、さらに小さく呟く。


 「だから、せめて守る。彼女が大事にしていたものを。彼女が守ろうとしたものを」


 ジパの晶羽が、淡く震えた。


 ハロはその光を見つめ、声を低くした。


 「ジパも、イランも……今度こそ、俺が守る」


 タレンはしばらく沈黙していた。


 やがて、炎棒を握る手をわずかに下ろし、静かに言った。


 「失った者の名を背負う者は、強くなる」


 ハロは顔を上げる。


 タレンの赤い瞳は、暗い岩穴の中でも揺らがなかった。


 「だが、強くあろうとして潰れる者もいる」


 その言葉に、ハロは何も返せなかった。


 タレンは続ける。


 「守ると言ったなら、生きて守れ。死んで誓いを飾るな」


 低く、重い声だった。


 ハロは小さく息を呑み、それからゆっくりとうなずいた。


 「……分かった」


 ジパが小盾を揺らしながら、一歩だけハロに近づいた。


 ハロはその小さな体を抱き上げる。


 古い木製の小盾が、彼の胸元でかすかに鳴った。


 それは頼りない音だった。


 けれどハロには、誰かの声の残響のように聞こえた。


 その時、壁にもたれていたジニアが、ぽつりと声を漏らした。


 「……マンダコ隊長たちは」


 ハロの手が止まる。


 ジニアは顔を上げ、かすれた声で続けた。


 「ミコノパン副隊長たちは……無事なのか」


 ハロは答えられなかった。


 知らない。


 まだ、何も知らない。


 ジニアはその沈黙だけで、何かを察しかけたように目を伏せた。


 だが、すぐに首を振る。


 「……いや。今はいい」


 彼は痛む肩を押さえながら、息を整える。


 「俺は求援に出た。なら、まだ戻らなきゃならない」


 「そっちこそ。求援に出て、ここで倒れてたら洒落にならないだろ」


 ジニアは痛みに顔をしかめながらも、わずかに口元を動かした。


 「言うようになったな」


 ハロは小さく含み笑いを浮かべ、ジニアを見た。


 タレンもまた、静かに視線を向ける。


 風穴の奥で、低い唸りが再び響いた。


 この先に、まだ道がある。


 そしてその先で、誰かがまだ戦っているかもしれなかった。


>ここまで読んでくださりありがとうございます。


第53話では、風穴の出口での遭遇と、そこで交わされる言葉を通して、


ハロの「守りたいもの」がより深く描かれる回になりましたーー


閉鎖空間の緊張、外の風の荒れ、そして再会と決意ーー


物語はさらに大きな流れへ向かって動き始めていますよ!


次回も、ぜひ楽しみにしていてくださいねーー


(^∇^)ノ♪


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