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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編
36/61

幕間の八・防衛隊の日常──隊長の始まりと色褪せた笑い

>前書き

みなさん、こんーーおはよう。


今回の幕間では、ガサンが隊長になったばかりの状況を描いてみました。


まだ肩に力が入っているような、でも仲間たちの笑い声に少しずつほぐされていくような──そんな空気を感じてもらえたら嬉しいです。


防衛動員たちも、新しい隊長を前にして「どうなるんだろう?」という不安と期待を抱えています。


未来はまだ見えないけれど、彼らのやり取りの中に、ちょっとした希望や温かさを見つけてもらえたらと思います。


肩を叩く音や笑い声って、不思議と場面を明るくしてくれるんですよね。

書いている私自身も、少し笑ってしまいました。


(*´ω`*)

この頃、防衛隊員の中で繰り返し話題に上がっていたのは――


それは、ガサンが新しく隊長に就任したことだった。



「まったく、あのガキは腹立たしい。」


タリスは椅子を乱暴に後ろへ倒し、木の床に脚が擦れて耳障りな音を立てた。両腕を組み、口元に嘲るような笑みを浮かべる。


「若造のくせに隊長の椅子に座って、やけに真面目ぶってやがる。まるで俺たちが従わなきゃならないみたいにさ。」



「いい加減にしなさい、タリス。」


サラはすぐに眉をひそめ、鋭い視線を突きつけた。声は冷静だが、明らかに怒りを押し殺している。


「今は彼が隊長なの。少なくとも責任感はあるわ。そうでなければ選ばれるはずがない。」


彼女はタリスの性格を知らないわけではない。心の底で彼が本当に敬重しているのは、任務に出て消息を絶ち、今も戻らない前任隊長だった。


そして、副隊長エドリックこそが、タリスが隊長として認めている人物だった。


そのエドリックは学院からの指令で、現在ミサン諸国のドレイカ港都へ赴き、前隊長の失踪を調査していた。



「おい!サ――」


言い終える前に、分厚い手がタリスの肩を軽く叩いた。


「行こうぜ、行こうぜ!」


ハブは豪快に笑い、声も乾いた調子で歯切れがいい。


「一杯やろう。今日は俺の奢りだ!」


その大笑いは空気をかき混ぜ、張り詰めていた雰囲気を一気に緩めた。

タリスは一瞬呆気に取られ、すぐに鼻を鳴らして肩を落とす。


「おい、ハブ。じゃあムジュランに行こうぜ!ライカマンがミサンの甘辛果酒を仕入れたって聞いた。」



「本当か?行くぞ行くぞ、ハハハハ!」


二人は笑いながら休憩室を出て行った。残った者たちはただ苦笑し、それぞれ元の話題に戻る。


「ねぇ、チャド。」


「訓練の後はまず水を飲めって言っただろ?」


「分かってるよ。ただ剣を先に手入れしたかっただけだ。」


「ロレン、また歌ってるの?」


「歌えば気分が良くなるだろ?仲間にだけ聞かせる歌さ。」


「マンス、地図を何度も広げていて疲れないの?」


「そんなことないさ。安全な道を一つでも多く考えれば、怪我人は減るんだ。」



ミラは会話に加わらなかった。

ただ俯き、盾の表面を黙々と磨いていた。細かな氷片が灯りに反射して冷たい白光を放ち、指先が繰り返し擦るたびにかすかな音を立てる。


彼女の沈黙は、どんな言葉よりも重かった。


笑い声、言い争い、冗談、そして仲間を思う気持ちが交錯する。

呼ばれる名前と、それぞれの声や癖が、少しずつ互いの心に刻まれていった。



「ふう……」


ガサンは少し離れた場所に立ち、背筋をまっすぐ伸ばしていた。だがその姿勢の硬さでは、内心の緊張を隠しきれない。


休憩室へ入ろうとしていたが、タリスの言葉を耳にした瞬間、足を止めて警備室へと向かった。

指先はわずかに強張り、呼吸は速まる。視線は仲間たちの間を行き来し――


強がりの奥に、不安が滲んでいた。


その時、外から落ち着いた、聞き慣れた足音が近づいてきた。


ガサンは入口へ目を向け、思わず口元に淡い笑みを浮かべる。

隊の中で、唯一心から安堵できる存在だった。



「隊長。」


ハロが扉を押し開けて入ってきた。制服にはまだ埃が残り、顔には巡回を終えた疲れが見える。だがその目はすぐにガサンへと向けられ、声はいつも通り率直で誠実だった。


「外周は異常なし。」


彼は一拍置き、眉をわずかに寄せる。室内の空気を察したのだろう。


「……さっきの、聞こえていた。」


「分かっている。」


ガサンは目を逸らさず、低く答えた。


「これは俺が背負うべきものだ。」


「隊長、一人で抱え込む必要はありません。」


ハロは一歩踏み出し、少年らしい切迫感を帯びた声を放つ。


「口ではどう言おうと、みんな本当はあなたが証明するのを待ってるんです。あなたが立ち続ければ、必ずついていきます。」


「……ありがとう、ハロ。」


ガサンはわずかに顔を上げ、彼の視線を受け止めた。

その瞬間、胸の張り詰めたものが少し解け、呼吸もようやく落ち着いていく。


「俺は必ず示す。任命されたからじゃない。」


「俺には――やれる力があるからだ。」



「へへっ、それなら俺は見届けますよ、隊長。」


ハロは口元を吊り上げ、抑えきれない笑みを浮かべた。その笑顔には信頼と、揺るぎない期待が込められていた。


防衛隊の日常は、こうした喧騒と温もりの中で進んでいく。


そして、ガサンの「隊長としての道」は、今まさに始まろうとしていた。



そして、ある日の訓練の真最中――


訓練場の大門が勢いよく開き、若い隊員が息を切らして駆け込んできた。



「た、隊長!」


声は焦りに震えていた。


「民間から支援要請です!飛行獣ーー『ミルバ』が食事中に邪魔され、男を足で押さえつけています!」



一般の隊員なら誰でも知っている――


ミルバが食事中に決して邪魔してはならないことを。


若い隊員の報告が終わると同時に、室内の空気はさらに重く張り詰めた。誰もがその危険性を理解していたからだ。


ガサンは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った。そして、迷いなく口を開く。


「……行くしかない。」



低く落ち着いた声が響き、仲間たちの視線が再び彼に集まて、誰を指名するのか注視した。



「俺が行く。」


いきなり、ガサンは迷うことなく立ち上がり、低くはっきりと告げた。


「ただし、一人同行を指名する。他は訓練を続けろ。」



「こんな些細なことで隊長が出る必要はないでしょう?」


サラが眉をひそめ、不満を隠さず言う。



「いや。」


ガサンの返答は短く、しかし揺るがない。


「よせ。」


短い沈黙の後、ハロが顔を上げた。



「じゃあ……抽選にしようか。」


彼の声は自然で、場を丸く収めるための提案のようだった。


仲間たちは互いに目を合わせ、異論は出ない。

ハロは一歩前に出て簡単な籤を用意し、皆に示した。



「それじゃ、抽選だ。」


「防衛隊の印が出た者が、勇気を持って引き受けるんだ!」


そう言って、わざとらしくタリスへ視線を向ける。


「じゃあ……タリス、お前からやってみなあ。」



「ちっ、面倒だな――」


タリスは舌打ちし、口ではぶつぶつ文句を言いながらも、結局は手を伸ばして一枚を引いた――


ハロがすぐに覗き込み、目を輝かせる。


「うわっ、めちゃくちゃ運いいじゃん!タリス!」



「マジかよ?」


「見せろって!」


「ははは、運命に選ばれたな!」


囃し立てる声と笑いが次々に飛び交い、張り詰めていた空気は一気に和らいでいく。

タリスは籤を見下ろし、口元をわずかに歪めた。



「……ちっ。」


籤を机に投げ置き、立ち上がる。


「はい、はいーー分かったよ、俺が行く。」


ハブが豪快に肩を叩き、笑い声を響かせた。


「それでこそだ!運も実力のうちだ!」


タリスは舌打ちをもう一度したが、それ以上は何も言わず、装備を手に取りガサンの後を追った。


笑い声は背後に遠ざかっていく――


だがその時、誰も予想していなかった。


それはただの出動ではない。

彼らの想定を超える任務の始まりだった。



その夕暮れーー


隊員たちは訓練を終え、それぞれの任務や日常へと散っていったが、空気の中にはまだ先ほどの抽選の笑い声が残っていた。



「隊長、聞いてくれよ……アハハハ!」


タリスは酔いの笑みを浮かべ、ガサンを見つめる。


「タリス、お前……重いな……うっ。」


ガサンは苦労しながらタリスを背負い、防衛隊の休憩室へ戻った。

仲間たちはこの信じられない光景を見て、驚きの眼差しを向ける。


「隊長、どうしてタリスがこんなに酔ってるんです?ミルバは抑えられたんですか?」

「そうだよ、いつからそんなに仲良くなったんだ?」


サラとロレンが次々に近づき、ガサンを手伝いながらタリスを支え、不思議そうに見つめる。



「民間人はもう無事だ。タリスは……いや、何でもない。」


ガサンがそれ以上語ろうとしないのを見て、他の者も追及はしなかった。

彼らの心に残ったのはただ一つの疑問ーー


いったいこの任務で何が起きたのか?


その日以来、タリスは時折文句を言うこともあったが……ガサンとの関係は妙に親密になっていった。


その夕暮れの出来事は、すでに過去となったーー



「それはもちろん、いいことだろ!」


ハロとブレン、ハブら隊員は空港区のカイモル食堂横の酒場に集まり、ガサンとタリスの気まずい時期を笑い話にしていた。果実酒を飲み、豪華な料理を頬張りながら、あの日々を思い返す。


「でも、どうしてタリスはあんなに運がいいんだ?げっ……」


ロレンは酔いを帯びた顔で杯を掲げ、ハロを見やる。


「それはきっと……ふふっ」


サラは思わず吹き出し、意味深な眼差しをハロに向けた。


「もちろん理由はあるさ……耳を貸せよ。」


皆が身を寄せると、ハロは声を潜めて囁いた。


「なるほど、そういうことか!」

「ハロ、お前ずるいな!ハハハハ!」

「見事な策だ!」


「ハハハハーー」


笑い声が酒場に響き渡り、隊員たちは酒と料理に酔いしれた。

その時、ハロの伝音水晶が鳴り響く。


『ハロ、聞こえるか?緊急任務だ、すぐ戻れ!残っているのはお前たちだけだ!』


『りょ、了解!』


『カッーー』


ハロは慌てて応答し、深く息を吸って通信の切断を待った。


「この声……隊長じゃないか?」


モンスは耳を澄まし、酒気が一気に冷めた。


「ハロ、もう終わりか?」


「今日は百年祭だ。これを飲み干したらすぐに戻ろう!乾杯!」


「乾杯ーー!」


ハロ、サラ、そして仲間たちは酔いを帯びたまま杯を掲げた。

杯を置くと、ブニッサは頬を叩き、ハブは魔導斧を担ぎ、ロレンは魔導ハーブを背負い、防衛隊員たちは再び気を引き締める。


彼らは大股で酒場を後にした。


街の風は次第に強まり、彼らは歩調を合わせて防衛隊へと急ぎ戻る。

装備を整えた彼らの姿は、再び街へと踏み出していったーー


今や街に残るのは、歓迎されぬ訪問者である異獣だけ。


それは静かに彼らの幸福を奪っていく……


もう二度と、共に笑い、酒を酌み交わし、冗談を言い合うことはできない。



あの夜の笑い声は、百年祭の風とともに消え去った。

後に思い返す時、残るのは白黒の記憶だけ。彼らに告げるのはただ一つーー



それが、最後に肩を並べて笑えた夜だった。




>さて、この話に登場した隊員たちの中には、すでに本編で犠牲になってしまった仲間もいます。


読んでいて「あれ?」と気づいた方もいるかもしれません。


彼らが確かに存在していた証を残したい──そんな思いで、この場面に登場させました。


物語の中で彼らの呼吸を感じてもらえたら、それだけで十分だと思っています。


笑い声の中に、過去の仲間の影がふっと重なる瞬間。そういう場面を書けるのは、作者としても特別な時間です。


みなさんと一緒に、その温度を共有できたら嬉しいです。


(´◡‿ゝ◡`)

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