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第132話「冬限定の特設アリーナ」

 ルカの叫びと共に平穏な雪原が戦場に変わった。

 あちこちで子供たちが雪壁に飛び込み障害物の隙間から雪玉が飛び交う。


「そこよっ!」


 イリ姉が剛速球を放つ。

 狙われた子供は「ヒャッ!」と悲鳴を上げて壁の裏に縮こまった。

 ドスッという音とともに雪玉が壁に突き刺さり白い粉が舞う。


「あーもう! ちょこまかと!」


 声を荒げたところへ横合いから飛んできた雪玉がバフッと顔面にめり込んだ。


「ブベッ!?」


「やった! 当たったー!」


「逃げろー!」


「ちょっとあんたたち! 待ちなさーい!」


 イリ姉が顔についた雪を払うのも忘れ鬼の形相で子供たちを追いかけ回し始める。

 チャンスだ。その隙を突き低い姿勢で雪のブロック沿いに素早く移動する。


 ザッ、ザッ、ザッと雪を踏みしめる音が近づいてくる。ルカだ。

 壁の向こうで息を潜めている気配がする。どうやらこちらが右側にいると思い込んでいるらしい。

 足音を殺し、そっと左側の通路へ回り込んだ。


 ダンッと勢いよく壁の右側へルカが飛び出す。


「もらったー! ……あれっ!?」


 誰もいない空間に目を白黒させている。

 その無防備な背中へ左側から狙いを定めた。よし、もらった。


「へへっ、後ろがお留守だよ!」


 バシッと雪玉がルカの背中に命中した。


「……え? ウワッ、冷たっ!? ちくしょー! メル、待てこらぁ!」


「当たらないよーだ!」


 すぐさま踵を返して障害物の裏へ一目散に駆け込む。

 ドスッ。身を隠した壁の角に雪玉が突き刺さった。


「うわっ! あぶなっ!」


「逃げるなー!」


「そりゃ逃げるって!」


 そのまま止まらず、さらに奥の通路へと駆け込むと、横目には別の子供を追い回すイリ姉や、キャーキャー言いながら雪玉を投げるリリィの姿が見えた。

 あちこちで雪が舞い誰もが顔を真っ赤にして大はしゃぎしていた。


「……おい、なんだありゃあ?」


「すげえな、雪の壁か?」


「おい見ろよ、坊ちゃまたちが走り回ってるぞ」


「仕事帰りに妙なもんがあると思ったら……」


 薪を運び終えた木こりたちが足を止め雪に埋もれたフットサルコートを指差している。


「雪合戦……にしては随分と本格的じゃねえか」


 視線の先でルカが壁を蹴って大きく飛び出す。


「おおっ! 今の見たか?」


「へへっ、やるじゃねえか」


「……面白そうだな」



 息が切れるまで走り回った僕らは次々と雪の上に座り込んだ。


「はぁ、はぁ……あー、熱い……!」


「でも……楽しいですね……」


 リリィが赤くなった頬を両手で包み込む。


「少し休憩したら、またやろうぜ!」


「賛成! まだ遊び足りないわ!」


『ナビ、何かもっと盛り上がる遊びある?』


《今のままだと、ただ雪を投げ合うだけで終わってしまいます。もっとハラハラするルールにしましょう》


『どんなルール?』


《はい。まず一度でも雪玉が当たったら退場。その上で互いの陣地に標的を立て、それを先に倒した側を勝利とします》


『なるほど、簡単なルールでいいね!』


 この迷路みたいな場所でそれをやったら絶対に面白いにきまってる。


「ねえ、せっかくだから次はチームに分かれて戦わない?」


「チーム戦?」


「そう。敵陣の奥に雪だるまを作って、その頭に木の棒を立てるんだ。その棒を先に倒した方の勝ちってことにすれば、わかりやすいでしょ?」


 それを聞いたルカたちが「それ、やろうぜ!」と目を輝かせた。

 ただ雪玉を当てるだけじゃなくて明確なゴールがある。

 これなら守る役と攻める役に分かれるようなちょっとした作戦も必要になる。


「いいぜ! やってやろうじゃねえか!」


「やりましょうメル様! 私、棒を守るの頑張ります!」


 リリィもやる気満々だ。

 簡単なルールが決まり、さあやろうと立ち上がった時だった。


「へえ……なるほどな。面白そうな遊びだ」


 木こりの親方が雪をザクザク踏みながら近づいてきた。


「よお、坊ちゃま。随分と楽しそうなことやってるじゃねえですか」


「親方?」


「子供達が駆け回ってるのを見てたら俺たちも体がうずうずしてきましてね。俺たちも一回混ぜてくれませんか?」


「ええっ、大人が?」


「突っ立ってるだけじゃ凍えちまいそうで。体を動かして温まりたいんですよ」


「それに人数が多いほうが面白いでしょう?」


「うーん……。みんなどうする?」


「いいぜ! 人数が多いほうが燃えるしな!」


 ルカが鼻をこすって笑った。

 みんなも異論はないようだ。


「よし、決まりだね! じゃあチーム分けをしよう!」


「望むところよ! 手加減なんかしたら許さないんだから!」


「へっ、言ってくれるじゃねえか! 負けて泣くんじゃねえぞ!」


 大人たちも袖をまくり上げ、すっかりやる気になっている。


「チーム分けはこれでいいかな。イリ姉とルカ、そっちのみんなは親方たちと一緒。僕とリリィ、残りのみんなはこっちの大人たちと組むよ」


「「「はーーい!!」」」


「よーし、負けないぞー!」


「おー!」


 元気よく拳を突き上げ、それぞれの陣地へ散らばっていく。

 こうして村の大人たちを巻き込んだ手加減なしの大雪合戦が始まった。


「行くわよルカ! 正面突破で蹴散らすわよ!」


「おう! 誰にも止められねえぜ!」


 イリ姉たちの気迫に隣に立つ村の若者が苦笑いした。


「……坊ちゃま。あっちは正面から潰しに来る気だ。俺たちが前で食い止めますから、その隙にリリィ嬢ちゃんと一緒に横から敵陣に向かってください」


「うん、わかった! みんな、お願いね! リリィは僕からはぐれないでね」


「は、はいっ! メル様、絶対についていきますから!」


 ピィッ!

 開始の指笛が鳴り響いた瞬間、雪原が一気に騒がしくなる。


「うおおおおぉぉぉ! 突撃ぃぃぃ!」


 木こりの親方を先頭に大人たちが地響きを立てて突っ込んでくる。

 ドスッ! バシッ!

 壁に当たった雪玉が弾け白い塊がパッと飛び散った。


「うわっ、はっや!?」


「隠れろ隠れろ!」


「へへっ、ビビってるな! 今のうちに……ぬおっ!?」


 調子に乗って飛び出した若者が雪に足を取られてつんのめった。


「隙あり!」


 バフッ。


「ぐはっ……」


「よくもやったわね!」


 味方をやられたイリ姉が雪壁の裏から猛然と飛び出してくる。


「リリィ、今だ!」


「はいっ!」


 物陰に潜んでいたリリィが狙い澄まして雪玉を放つ。

 イリ姉が投げるよりも早く雪玉がボスッとその横腹を捉えた。


「当たった! イリスお嬢様撃破!」


「あーあ、やられちゃった」


「ナイスだリリィ! 道が開いたぞ、走れ!」


 開いたルートへすぐさま飛び込み敵陣の奥を目指して雪を蹴り上げる。

 前線が崩れた今、奥にいるのは残った子供たちだけだ。


「あっ、メル様が来た!」


「止めろ止めろー!」


 必死に雪玉を投げてくる敵チームの子供たち。

 けれどイリ姉の剛速球に比べれば可愛いものだ。

 飛んでくる雪玉をひらりとかわし敵陣の最深部に鎮座する雪だるまの前へと躍り出る。


 狙うは、その頭に刺さった一本の木の棒。僕は手にした雪玉を全力で投げつける。


 バシッ!


 綺麗な音がして雪だるまの頭から棒が弾き飛ばされた。


「やったあああ! 僕たちの勝ちだ!」


「くっそー! あと少しで攻め込めたのに!」


 悔しがるルカたちの声を背に駆け寄ってきたリリィとハイタッチを交わした。


「まだだ、勝負はこれからだぞ! もう一回だ!」


「望むところです!」


 それからは攻守を入れ替え飽きもせずに再戦を繰り返した。



 日が暮れて、あたりが薄暗くなってきた頃。

 僕たちは遊び疲れた体で、そのまま雪の上に大の字になって転がっていた。


「はぁ……もう、一歩も動きたくない……」


 雪の冷たさが火照った体に心地いい。

 隣では男たちが豪快に笑いながら空を見上げている。


「ガハハ! いやあ、いい汗かいた! こんなに本気で遊んだのは何十年ぶりだ!」


「俺、明日は筋肉痛で仕事にならねえかも……」


「メル様、最後は勝ちましたね!」


 リリィが嬉しそうにVサインを作ってみせる。

 一進一退の攻防が続いたが最後の試合はこちらのチームが制したが、負けた相手チームの面々もその表情は晴れやかだった。

 僕はゆっくりと起き上がり服についた雪を払う。


「さて……暗くなる前に片付けないとね」


 そう言って魔法で作り出した壁を消そうとした時だった。


「待ってください、坊ちゃま!」


 大人たちが焦った声で制止してきた。


「こんないい遊び場、壊しちまうのはもったいねえですよ!」


「そうです! まだ冬は始まったばかりだし明日もやりましょうよ!」


 子供たちも目を輝かせて頷く。


「でも、邪魔じゃない? ここ、フットサルコートとして作った場所だし……」


「どのみち、こんだけ雪が積もってちゃフットサルなんてできねえですよ」


「違いねえ。ボールが転がらねえから最近体がなまっててしょうがなかったんだ。ちょうどいい運動になりますよ」


 なるほど、そういうことか。

 雪で閉鎖されていたコートが別の遊び場として活用できるなら文句はないはずだ。


「じゃあ、このままにしておこうか」


「やったー! さすが坊ちゃま、話が分かる!」


「よーし、明日こそは勝つぞ!」


 みんなの歓声が夜の村に響く。

 薄暗がりの中、雪で作った壁がぼんやりと白く浮かび上がっていた。

 本来はフットサルコートのはずだったこの場所は冬の間だけ雪合戦の会場になった。

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