第131話「仁義なき雪遊び」
「おーい! メルー! あーそーぼーぜー!」
「メル様ー! 起きてますかー!」
元気な声が窓の外から響いてきた。
僕はコタツに入ったまま、うーんと唸って天板に突っ伏す。
「……元気だなぁ、二人とも」
『ナビ、今の外の気温は?』
《氷点下二度です》
『うわ、絶対に出たくない』
「おーい、聞こえてるだろー!」
「メル様、遊びましょう!」
「あらあら、メルヴィン様。お迎えが来てますよ?」
タンスに服をしまっていたエリスが、くすくすと笑いながら声をかけてきた。
コタツ布団を頭までかぶり、僕はダンゴムシのように丸くなる。
「……きこえない。ぼくはコタツの精霊になるんだ」
「まあ。精霊さんはお友達を無視しちゃうんですか?」
「だってお外は寒いし……」
「あんなに一生懸命呼んでくれているのに? かわいそうですよ」
「う……」
エリスにそう言われると弱い。
観念して、のろのろとコタツから這い出した。
嫌々ながら窓を少しだけ開けると、容赦のない冷気がヒュオッと吹き込んでくる。
「さっむ! ……二人して、どうしたのさ」
「どうしたって雪だぞ! こんなに積もったんだ。遊ぼうぜ!」
「そうですよ! こんな日は外で遊ばなきゃ損です!」
二人は目を輝かせて庭から手招きしている。
けれど首を横に振った。
「パス。僕はここで君たちの健闘を祈ってるよ」
「はあ? なんだよそれ! いいから降りてこいって!」
「えぇー……。メル様と一緒に遊びたいのに……ダメですか?」
リリィが眉を下げ、上目遣いで訴えかけてきた。くっ、その顔はずるい。
それでも決意は揺るがない。
「無理。この温もりを手放すなんて僕にはできない」
パタンと窓を閉めて鍵をかける。
これで平和は守られた。
僕は急いでコタツに戻り、ミノムシのように布団をかぶった。
バンッ!と扉が乱暴に開いた。
ノックも何もない。この開け方はイリ姉しかいない。
「……あんたたち何騒いでるのよ。うるさいわね」
「あ、イリ姉」
入り口に立っていたのは案の定、腕を組んだイリ姉だった。
厚手のコートにブーツ、手袋まで着けている。外で遊ぶ気満々らしい。
「……なにその格好。まさか外に行く気?」
嫌な予感がして尋ねると、イリ姉は好戦的な笑みを浮かべた。
「当たり前でしょ。あんたも行くわよ」
「えー、やだよ。寒いし面倒くさい」
「あんたね。最近コタツにこもりっぱなしじゃない」
イリ姉が呆れたように腰に手を当てる。
「いいじゃん別に。冬はこうやって過ごすのが一番なんだよ」
「子供は風の子、元気な子よ。いつまでもグダグダしてんじゃないわよ」
「えっ、ちょ、まっ……!」
ガシッと襟首を掴まれると抵抗する間もなくコタツから引っこ抜かれた。
「あああ! 僕のぬくもりがぁぁ……!」
「うるさい! 軟弱な弟は雪の中で鍛え直しよ!」
「エ、エリス! 助けて!」
この優しきメイドなら暴走する姉を止めてくれるはずだ。
しかしエリスはいつの間にか分厚いコートとマフラーを手に持ち、ニコニコと微笑んでいた。
「いってらっしゃいませ、メルヴィン様。風邪を引かないように、これを持って行ってくださいね」
「えっ、いつの間に……!?」
「さっすがエリス。話が早いわね!」
イリ姉はニカッと笑ってエリスからコートを受け取ると、それを頭から強引に被せた。
「ほら、着たわね! 行くわよ!」
「う、裏切り者ぉぉぉ……!」
「いってらっしゃいませ」
叫びも虚しく、そのままズルズルと廊下を引きずられていく。
「階段で転げ落ちたくなかったら、さっさと自分で歩きなさい!」
「わかった! 歩く! 歩くから放して!」
遠ざかる視界の隅でエリスがニコニコと手を振っていた。
◇
玄関を出ると冷たい風が吹き付けてくる。
「さっむ……」
「ほら、行くわよ」
外で待っていたルカがニカッと笑って駆け寄ってきた。
「よし、全員揃ったな! 広場のフットサルコートへ行こうぜ!」
「待ちくたびれましたよ。行きましょう、メル様!」
「はいはい、わかったよ」
マフラーを巻き直してから二人の後ろにつき、ざくざくと雪を踏みしめて歩き出した。
風に乗って広場の方から子供たちの楽しげな叫び声や、はしゃぐ声が聞こえてくる。
「……ねえ、なんか向こうが騒がしくない?」
「当たり前だろ! もうみんな始めてるんだよ! 見ろよ、あそこ!」
ルカが指差した先のフットサルコートには、すでに大勢の村の子供たちが集まっていた。
普段はボールを蹴っている場所も今はふかふかの新雪に覆われている。
子供たちは雪の中に飛び込んだり雪玉を作って転がしたりして、寒さを忘れたみたいに大はしゃぎしていた。
「うわぁ、みんなもう遊んでる!」
「急ぎましょう、メル様! 私たちも混ぜてもらうんです!」
リリィとルカは顔を見合わせ、待ちきれない様子で駆け出した。
「おーい! 俺たちも入れてくれー!」
「あ、ルカだ! リリィも来たぞ!」
コートの中にいた子供たちが手を振り返す。
「はぁ……。まあ、ここまで来ちゃったし、しょうがないか」
「ほらメル。あんたも早く行きなさいよ!」
背中をバンと叩かれ、イリ姉に押されるようにして雪の積もったコートへと足を踏み入れた。
「まずは雪だるまを作りましょう!」
リリィの提案で、みんなで雪だるま作りが始まった。
『ねえナビ。どうせ作るなら凄いの作りたいんだけど』
《了解しました。では人間が最も美しいと感じる黄金比を適用した雪だるまの設計図を作成しましょう》
『お、いいね。それお願い』
《承知しました。視界にガイドラインを表示します》
視界に薄い青色のワイヤーフレームが浮かび上がる。
手の中の雪玉を地面に置き、押して転がし始めた。
《正解ルートです。そのまま直進2メートル》
ガイドの通りに転がすと面白いように雪がくっついてくる。
デコボコだった塊は、転がすたびに形が整に綺麗な球体になっていく。
『おお……すごい。めっちゃ丸くなってく』
夢中で下の土台を作り終えると、続いて頭になる部分も同じように転がして、さくさくと作り上げた。
「見てください、メル様! 猫さんだるまです!」
リリィが得意げに見せてきたのは小さな雪だるまだった。猫耳みたいな突起がつけられ、赤い木の実で可愛らしく目が飾られている。
「お、可愛いね。リリィは手先が器用だなぁ」
「えへへ、メル様のはどんなのですか?」
「ふふ、自信作だよ。これを見て」
一歩横に退いて背後の雪だるまを披露した。
そこにあるのはデコボコのない綺麗な丸い玉を二つ重ねたシンプルな雪だるまだ。
「……おおっ! なんか凄いです! すごく……まん丸です!」
「完璧なバランスでしょ?」
足元に落ちていた黒い石を二つ拾い上げ、ナビのガイドに合わせて顔の位置に埋め込む。
最後に木の枝を二本、左右の腕として突き刺す。
飾り気は少ないけれど、形だけはとんでもなく良い雪だるまができた。
「すげー! なんだよこれ。どこから見てもまん丸だ!」
いつの間にか他の子供たちも集まってきて、雪だるまの周りに輪ができた。
「すごいでしょ!」
みんなに褒められて、いい気になっていた。その時だ。
バシッ!
背中に冷たい塊が直撃し、砕けた雪が首筋に散らばった。
「うわっ!」
不意の衝撃と冷たさに慌てて振り返る。
そこにはニシシといたずらっぽく笑うルカが立っていた。手には新しい雪玉が握られている。
「……ルカ君? いきなり不意打ちとは、いい度胸だね?」
背中についた雪をばさばさと払い落としてルカの方へ向き直った。
ルカは悪びれる様子もなく、雪玉を放り投げてはキャッチしてみせる。
「へへっ、雪遊びっつったら、これだろ!」
「なるほど……。宣戦布告と受け取っていいのかな?」
「おうよ! 行くぜ!」
ルカが大きく振りかぶった。
足元の雪をすくい上げ、素早く固める。
やられたらやり返す。それが雪上の礼儀というものだ。
「望むところだ!」
ブンッとルカの雪玉が風を切って飛んでくる。
それをひらりと身を翻してかわし、同時に雪玉を投げ返した。
投げた雪玉は綺麗な放物線を描き、ルカの肩口にポスッと当たった。
「痛っ! やりやがったなー!」
「へへん、当たらないよ!」
お互いに距離を取りながら雪を握っては投げ合う。
パワーはルカが上だけど、コントロール勝負なら負けない。
これなら十分渡り合える。そう思った矢先だった。
「あら、楽しそうじゃない!」
弾んだ声と同時に横合いから強烈な殺気を感じた。
反射的に首を縮めた瞬間、ヒュンッ!と風を切る音が耳元を通り過ぎた。
背後の雪だるまにズボッ!と深々と雪玉がめり込む。
「えっ……」
おずおずと視線を向けると、イリ姉が獰猛な笑みを浮かべて雪玉を構えていた。
「イ、イリ姉!? これ一対一の勝負なんだけど……!」
「うるさいわね! つべこべ言わずに相手しなさい! ルカ、いくわよ!」
「おう!」
一対二。しかも相手はイリ姉とルカ。体力と運動神経の塊みたいな二人だ。
二人は並んで構えると容赦なく雪玉を連射してきた。
「うわっ、ちょ、数が多いって!」
慌てて逃げ惑う。
必死に避けた雪玉が流れ弾になり、近くで遊んでいた子供たちに直撃した。
「痛っ! あ、やったなー!」
「ち、違うよ! 当てたの僕じゃないって!」
「うるさい、反撃だー!」
それが合図だったかのように周りの子供たちのスイッチが入った。
誰が敵で誰が味方かも分からない。
あちこちで「うわー!」「やったな!」と叫び声が飛び交い、コート全体がカオスな乱戦状態へと突入する。
「なんでみんなこっち狙うのさー!」
「あんたが一番トロいからよ! 諦めなさい!」
「へへっ、観念しろよな!」
イリ姉とルカが狩人みたいな目で追いかけてくる。
さらに横合いから可愛らしい掛け声が飛んできた。
「えいっ! メル様、覚悟です!」
「うわっ!? リ、リリィまで!?」
味方だと思っていたリリィまでもが満面の笑みで雪玉を投げてきた。
(くそっ、このままじゃやられる……正面から戦っても勝ち目はない!)
息を切らせながら雪だるまの影に滑り込む。
体力お化けの二人相手に真正面から挑むなんて自殺行為だ。
『ナビ、どうしよう! このままじゃ蜂の巣にされる!』
《土魔法の術式を雪に応用し、遮蔽物を構築することを推奨します》
『それだ! お願い、サポートして!』
《了解しました。術式構成をサポートします》
ズズズ……ッ!
雪がこすれる鈍い音と共に前方の雪が盛り上がり、瞬く間に大人の背丈ほどの雪の壁が形成された。
イリ姉たちが投げた雪玉は壁に当たって砕け散る。
「えっ!?」
「なんだあれ!」
攻撃を防いだのを確認して、壁の端からひょっこりと顔を出した。
「ふふん! ここなら当たらないよ!」
壁を盾にして安全な場所から雪玉を投げる。
これぞ一方的に攻撃できる最強の陣地だ。
「さあ、反撃開始だ!」
「あー! メルだけずるいぞ! 自分だけ隠れやがって!」
「そうよ! 男なら正々堂々と出てきなさい!」
「嫌だね! 雪合戦はルール無用のサバイバルなんだよ!」
「言ったわね! なら、その壁ごと貫通させてやるわ!」
イリ姉が腕を振り抜き剛速球を放った。ヒュンッ!
風を切る音と共に雪玉が目の前の壁に直撃する。
ズボォッ!!
砕けるはずの雪玉が砲弾みたいに壁の奥へめり込んだ。あと少しで貫通しそうだ。
「ひっ……! ねえイリ姉、今の絶対中に石とか入れてない!? 音が重すぎるんだけど!」
「はぁ? 入れてないわよ。ただ固く握っただけ」
「握力どうなってんのさ!?」
「つべこべ言わない! ルカ、畳み掛けるわよ!」
「オラオラオラァ!」
二人の猛攻が再開された。ドスッ! バシッ! ドゴッ!
雪玉が雨みたいに降り注ぎ、壁が容赦なく削られていく。
衝撃で壁が揺れ、頭上から雪の塊がぱらぱらと落ちてきた。
(うわわ。すごい勢いで削られてる!)
壁の裏で縮こまっている間に厚みはみるみる減っていく。
そこへイリ姉がズカズカと歩み寄り、トドメとばかりに岩のように固く握られた巨大な雪玉を構えた。
(ひっ……壁ごと粉砕する気だ!)
『ナビ、これって詰んでない!?』
《はい。壁の耐久値は限界寸前です。包囲網も完成間近です》
『どっどうしよう!?』
《広場一帯の雪を操作し地形を変動させます。遮蔽物を多数配置し、戦場を障害物戦闘へ移行することを推奨します》
『よし、それでいこう!』
《了解。フィールドデータを展開。構築を開始します》
ナビの言葉と共に頭の中に複雑な配置図が青いラインで浮かび上がる。
壁の影から飛び出して大きく手を振りながら叫んだ。
「みんな、ストップ! ちょっとそのまま動かないで!」
「えっ? なんだよ急に」
「降参かー?」
急な声にみんなが動きを止める。
足が止まったのを見て、広場の地面全体へと魔力を流し込んだ。
ボコッ、ボコボコッ!
「うわっ!?」
「な、なんだ!?」
みんなが立っている場所を避けるように何もない空間から雪の壁やブロックが次々と競り上がっていく。
「地面が……盛り上がった?」
「すっげぇ……」
呆然と立ち尽くす子供たちをよそに、平らだった広場は無数の障害物が立ち並ぶ複雑な迷路のような地形へと変貌を遂げていた。
シーンと静まり返る広場で近くの壁の影にサッと身を隠し、顔だけ出してニヤリと笑う。
「へへん! ここまでおいでよ! 当てられるもんならね!」
挑発に呆気に取られていたルカがハッと我に返り、不敵に笑った。
「面白え! 上等だ!」
「きゃあ、こっちにはトンネルもある!」
「すっげえ! なんだこれ。障害物がいっぱいだ!」
「見て見て! こっちの壁、穴が開いてて狙いやすそう!」
「うわー! ここなら隠れながら戦えるぞ!」
いきなり現れた雪のフィールドに誰もが目を輝かせる。
たちまち子供たちは歓声を上げながら、それぞれの障害物へと散らばっていった。
「よし、第二ラウンド開始だ!」




