第9話 ソワレ兄弟再び
怪我人の治療にあたっているアルケー達の様子を見に来た三郎達は、教会の門前でアンジェリカとミュンネイを見付けた。
「おうアンジェにミュンネイ。首尾はどうだ?」
「おっつーさぶちん。こっちはミッションコンプ、したんだけどぉ……」
そう言ってアンジェリカは気不味そうに、横にいるミュンネイに目をやる。
「悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい……」
「何? どうした?」
まるで恋人を取られたかの様に何かを睨んで爪を噛んでいる。
その視線の先を追って行くとそこには人々に感謝の眼差しを向けられているアルケーの姿があった。まるで女神を崇めるように。いや女神ではあるのだが。
「ああもう! いいからさっさと寝なさい!」
アルケーは感謝し群がる人々を煩わしそうに怒鳴るも顔がちょっと赤い。そう照れているのだ。
「同じ魔法士としてアルちに負けたのが悔しいらしくてさ」
「アンジェ。人助けに勝ち負けとか無いから!」
「おお今それを言うか!?」
ミュンネイの回復魔法も凄いものだが、女神であるアルケーの魔法の方が更に凄い。
失った指や壊死しかかっている脚も一瞬で完治させて、村に居た怪我人の9割は彼女が治したと言っていい。
なので超上級魔法である筈のミュンネイのアメイジングヒールでさえ完全に霞んでしまった。
その時、アルケーがこっちに気付いた。
「明日には体力も完全回復してるから今日一日は絶対安静よ! いい!?」
「「はい! ありがとうございました!」」
人々が道を開けてアルケーを見送る。その後ろから軍医の男が腰を低くして着いて来た。
「アルケー先生!」
「先生?」
「先生?」
「先生?」
「キィ~!」
まさかの先生呼びだ。
「お願いします! あの魔法を私に教え――」
「貴方じゃ無理」
「そんなぁ~」
まるで相手にせずアルケーはさっさと三郎達と合流する。
フラれた軍医は肩を落としてトボトボと教会に帰って行った。
「冷てえなお前」
「女神の魔法を人間が使えるわけないでしょ。それで菊子は?」
「気を使って暇を与えてくれた。各々好きにしてろってさ」
「ああそう。じゃあ今どんな状況か教えてくれる?」
今まで治療に専念していたアルケー達はユニオンの事や籠城作戦の事も知らない。
さてどれから話したものかと思案した時、ガラの悪そうな声を掛けられた。
「おい、オッサン」
振り向くと若い冒険者2人がこちらを面白く無さそうな目で睨んでいる。
三郎はこの2人の顔に見覚えはあったがどこで出会ったか思い出せない。少し頭の中で考えてようやく答えに辿り着いた。
「あー、前にギルドで絡んで来た奴等か」
冒険者登録の時、自分をオッサン呼ばわりして舐めて掛かって来た何とかいう兄弟だ。
「テメエ、今俺達の事忘れてたな!」
「すまんが名前の方はとんと思い出せん」
「と言うか自己紹介とかしてもらってませんよ」
「そうだっけ? なら忘れちまっててもしょうがねえな」
三郎に悪びれる様子はない。何せ相手は以前、自分に無礼を働いた者達だ。扱いがぞんざいになって何が悪いという感じだ。
「兄のディース・ソワレだ」
「弟のサンク・ソワレ」
2人は舌打ちをしつつも律儀に名乗った。
ディースはガラの悪さが滲み出た鋭い目付きをしており、サンクは兄ほど目付きが悪くないが、その代わり如何にも兄の腰巾着の様な嫌味ったらしい顔付きをしている。
それ以外は装備は同じ、髪もお揃いの金髪と差異がない。いやサンクの方が若干背が高い。
「あー、思い出した思い出した。ソワレ兄弟とか言う新米の冒険者だったか?」
「アンタに言われたかねえよ!」
自分達より冒険者歴の短い三郎に新米とか言われ、兄弟は一層ギッとした目を向ける。
「お前等みたいな新人が何でギルドマスターと一緒に居るんだよ?」
「綾無殿の護衛だよ」
「はあ? 護衛だと?」
ディースは信じられないといった顔で三郎達の顔ぶれを見る。以前出会った時よりパーティーの人数は増えているが、誰か腕の立つ冒険者が増えたという訳ではない。
こんなルーキーの溜まり場みたいな経験不足のパーティーがギルドマスターの護衛だなんて、と思った時、自分達に白い目を向ける笑亜が目に止まった。
「そう言えば1人だけベテランが居たっけ? 死神とか呼ばれてる疫病神が」
「組んだパーティーが次々と全滅してるとか呪われてるんじゃないのか?」
2人の標的は笑亜に向かい、彼女が気にしている「死神」という異名を嘲る様に嗤った。
「止めなさい! アンタ達何なの? 喧嘩売りに来たの?」
アルケーは笑亜を庇い2人を睨む。
彼女がこの異名にどんな苦しみを抱えているのかこいつ等は分かっていない。
女神の力によって自分だけが生き残ってしまい、仲間達の死を一身に受けても心折れず今も魔王討伐に奮闘するのが笑亜だ。
だが仲間の死は確実に彼女の心に後悔として影を落としている。
それをこんな風に抉り返すなんて許せない。
だがソワレ兄弟はまるで悪びれた様子も更に言葉を重ねた。
「勘違いすんなよ。俺達はただこいつの所為でユニオンが全滅しないか心配してんだよ」
「そうそう、疫病神となんか一緒に居たくないじゃん」
これで喧嘩を売ってないなんてどの口が言えるのか。
さすがのアルケーも我慢の限界だ。
だがそれより速く三郎の手が兄弟を掴むや、そのままぶん回して壁に叩き付けた。
まるで犬の様な悲鳴を上げて激突し呆気なく地面に倒れ込む。
「何すんだ!?」
「うるせえ!! 首を捩じ切らなかっただけありがたいと思いやがれ!!」
以前の自分なら迷う事なく斬っていた。いや今でも斬るつもりだった。
だが如何にいけ好かない奴等だとしても、自分が原因で人が死ねば、また笑亜が苦しむだろうと思い壁に叩き付けるだけで勘弁してやったのだ。
「だが次、うちの弟子を貶して見ろ! その首をそこの川に晒してやる!」
次は無い事を無礼者達に知らせ、更にその髭面で威す。
ディースとサンクはその迫力に冷や汗を流し、それでも強がってか三郎を睨み返し、
「ち! 何マジになってんだよ! バーカ!」
「お、覚えてろ!」
絵に描いた様なチンピラの様に退散して行った。
「笑亜、大丈夫? あんなの気にしちゃダメよ」
「アルケー様、ありがとうございます。私……私……」
ショックからか笑亜は声を震わす。
無理もない。彼女にとって「死神」の異名は呪いと言って良い。
今にも泣いてしまいそうな震え声を呑み、笑亜は一言発した。
「石ぶつけて来てもいいですか?」
「う~ん、大丈夫そう」
やっぱり笑亜のメンタルは強かった。
◇
危機は突然やって来る。
三郎達がソワレ兄弟と一悶着起こしている頃、砦の王国軍は荒野に現れた異常を察知していた。
アンキラザシュタットの方角から白い点々がこちらに向かって来ている。茶褐色の大地にその白色はとても目立った。
荒野に吹きすさぶ風に揺られるそれは間違いなく人だ。
「何故あんな目立つ格好をしている?」
「分かりません。ですが街から逃げて来たのなら保護せねば」
王国軍はすぐに兵をやって保護に動いた。
昨夜の惨事を知っている兵士達はよくぞ逃げて来たと嬉しそうに出迎えるが、白い布を被った男は顔を真っ青にして兵士達にこう伝えた。
「魔王軍がやって来る!」




