第13話 菊子の勇者情報
菊子のスマホを見付けたのはアルケーだった。
だが長い間放置されていたのかメッキは剥がれ、画面はひび割れボロボロの状態だ。
「綺麗な板だなあ」
そんな状態でもメッキという物を初めて見た三郎は、光沢のあるボディに魅せられ物珍しそうに感想を言った。
「これ点くんですか?」
「さあ。もう何年もここに放ったらかしやったから分からんなぁ。少なくともバッテリーは切れとる」
スマホ横の電源スイッチを長押しするが、画面は何も移さない。苦労して見付けたのにこれでは菊子もさぞ残念だろう。
「まあ、直せるアテはあるけどな~」
別にそんな事はなかった。
だがこの世界にスマホを直せる程の人物が居ただろうか? いや居るわけがない。技術レベルが違い過ぎる。
彼女が何を言っているのか分からず、アルケーと笑亜は頭にハテナを浮かべた。
「せや。笑亜ちゃん等にその人連れて来てもらおか」
そんな2人に菊子はにっこり笑って提案する。
人使いが荒いとアルケーは不満そうに返した。
「また特別クエストぉ? 一体いくつやらせるつもりよ?」
「そない悪い話やないと思うで。あんたら逃げた勇者を探しとるんやろ? そのアテがそうや。笑亜ちゃんもよう知っとる人やで」
「私が知ってる……? あ、もしかしてアンジェリカさんですか?」
「正解。創造の力を持った元勇者。三浦アンジェリカちゃんや」
ここに来て逃げた勇者の情報が舞い込んで来た。
どうやら笑亜とその元勇者は知り合いのようで、彼女も旧友の便りを聞いた様に顔を綻ばせた。
「あ? 三浦?」
しかし1人眉間にシワを寄せる者がいる。三郎だ。
「あ、そう言えば師匠のおじいさんも三浦でしたっけ? もしかしたら子孫かもしれませんね!」
「もしそうなら首を刎ねてやる」
「なんでぇ!?」
いきなり出た物騒なワードに耳を疑う。
だがそれが聞き間違い出ない事を証明する様に、三郎はムスッとした感じで言った。
「あの《《義村》》の血を引く奴だったら生かしちゃおけねえ! 一族を裏切りやがってあの野郎絶対許さねえ! 末代まで呪ってやる!」
「義村って誰!? いや駄目ですよ殺しちゃ! もしかしたら仲間になってくれるかもしれないじゃないですか!」
「義村の血なんか信用出来るか!」
三郎がこれほどまでに怒り心頭になるのは、彼が最後に参加した和田合戦が原因だ。
打倒北条に立ち上がった和田勢には、三浦義村が率いる三浦勢も味方して起請文まで書いていた。それが土壇場になって北条方に寝返り、こちらの情報を漏らしたのだ。
結果、和田勢は予定より早く戦に踏み切る事になり、準備不足も祟って敗北した。
三郎は知らないが後年、三浦義村は和田合戦の裏切りを指して「三浦犬、友を食らうなり」と非難されたと言う。
「まあまあ、三浦姓なんかゴロゴロ居るし、その義村? その子孫と決まった訳やないで」
「三郎、何があったか知らないけど軽はずみな事はしないでちょうだい」
このまま行くとアンジェリカと出会った瞬間、斬り掛かりそうだと思いアルケーと菊子も何とか宥めようとする。
とは言え三浦義村への恨みを捨て切れない三郎は口をへの字にしたままだ。
「……水飲んでくる」
そう言って一足先に戻って行った。
「さすが鎌倉武士。勇ましいな~」
「貴方、絶対そんな事思ってないでしょ」
「そんな事あらへんよ~。アルケー様もさっきの戦い格好良かったわ~。せや、うちも女神教会に入信しよか~?」
「絶対微塵も思ってない!」
菊子の言葉はどこか本心を隠した様で本気に出来ない。しかも上手く隠す訳でもなく微妙にわざとらしい物言いなのですぐに分かる。
のだが、ここで菊子は改まってアルケーに向かい合った。
「でも感謝はしとります。うちにとってこのスマホはあっちの世界の唯一の思い出やったから。ホンマありがとうございました」
菊子は恭しく綺麗なお辞儀をする。
その言葉は先程のとは打って変わって胡散臭さのない真っ直ぐなものだ。これが彼女の本心から来ているものだろう事はすぐ分かった。
アルケーは気不味そうに目線を逸らす。いきなりのお礼と、過去に自分がやった勇者召喚に対する後ろめたさが少しあったからだ。
「お礼なんていいのよ。むしろ私の方こそ勇者になってくれた貴方にお礼を言ってなかったし……」
女神なのだから人間をどう使おうが当たり前、むしろ死の運命から救って上げるのだから何も悪い事ではないだろうと思っていた。
それが菊子に怒りをぶつけられ必ずしもそうでない事を気付かされたのだ。
(こういう時、何を言ったら良いのかしら? お礼? いや今更過ぎない? じゃあ謝罪? いやいや何か違う!)
言葉に困ったアルケーは次の句が出て来ず口をもごもごさせる。
そんな様子に菊子の表情がまた意地悪くなった。
「おや~? 御自分の否を認めるん~? せやったら勇者になった謝礼でも請求したろか~?」
「なっ!? 調子に乗るな!」
「ふふふ、まあこのワープスキルで十分ええ思いさせてもらっとるからな~。ギブ&テイクっちゅう事でこれからはアルケー様らの後方支援を頑張らせてもらいますわ」
どこか女神で遊ぶように菊子は笑う。根っこから女神という存在を崇める事はしない。が、アルケーという存在に対して面白味を感じた菊子は、彼女への協力を約束した。
一行はそれからダンジョンを出口に向かって歩いていた。菊子のスキルで脱出する事は出来たのだが、三郎を置いて行く訳にもいかない。
その三郎はダンジョンに流れる水路の側で黄昏ていた。
「頭は冷えた?」
「ああ、とりあえず首を刎ねるのは一旦止めたよ」
「一旦って事はまだ諦めてないんですね……」
とりあえず三浦アンジェリカがどういった人物なのか様子を見るという事なのだろう。
もし本当に義村とか言う人物の末裔だったらどうなる事やら。アルケーと笑亜は2人して溜め息を吐いた。
「ところでここの水不味くねえか? 何か匂うぞ」
そう言いながら三郎は水筒の水を顔をしかめながら口に含む。
さっき水を汲んでいた菊子は気になって自分の水筒の水を確認するが、特に変な匂いも味もしない。
その時、笑亜が絶句しながら水路の上流を指差した。
「あ、師匠あれ……」
そこにはゴブリンが行水をしながら用を足していたのだった。
それを見た三郎はブフッと口に残ってた水を吐き出す。
「あの腐れ餓鬼ィッ!!」
その怒りのままにゴブリンへ石をぶつけた。
ぷかぷかと流れて行くゴブリンを忌々しく睨みながら、三郎は真っ青になってえづく。
「気持ち悪りぃ……吐いて来る」
そう言って近くにあった宝箱へ向かう。
「いやどこに吐く気ですか!?」
「汚え小便を飲まされたんだ! なら俺は奴らの宝箱に吐いてやる!」
「なんて嫌なテロ!? いやゲロ!」
そんなの関係ねえと三郎はゴブリンへの嫌がらせの為に、奴らの収集物を穢そうと宝箱に近付く。
その時、アルケーが叫んだ。
「待って! それミミック!」
だが時既に遅し。既に蓋に手を掛けていた三郎は勢いのままミミックの口を開けそして、
バクッ!!
「「「食われたー!!」」」
「ウボロロロロッーーーー!!」
「「「吐いたー!!」」」
限界を迎えた三郎の胃がひっくり返り内容物がマウス・トウ・マウスいや、マウス・イン・マウスでミミックに放流される。
「キエェェェ~!!」
「うわぁ、ミミックが悲鳴を上げてる……。あんな鳴き声だったんだ初めて聞いた」
汚物を流し込まれたミミックは身を震わせ、お前は要らないと三郎を引き剥がそうとするが、三郎はガッチリとミミックを掴み動かない。
とうとう限界を迎えたミミックはゲロで倒されてしまった。




