第5話 三郎の贈り物
菊子の豪邸に広がる庭園は彼女のお気に入りの場所だ。
緑と水が調和し、空からは暖かな日差しが降り注ぐ。それらを眺めながらテラスで静かにお茶をするのが彼女の日課だ。
メイド達が焼いたドライフルーツ入りの揚げ菓子を口に運ぶ。持ち上げると蜂蜜の大雫がゆっくりと皿に落ちた。
「菊子様。王都からモンティアル方面へのワープ輸送の依頼が来ております」
彼女に仕える初老の執事が報告する。
菊子はフィンガーボウルで指を洗うと執事から依頼書を受取り、その内容を確認した。
「ふうん、モンティアルなあ。魔王軍を追い払ったから、早う拠点化したいって所やろうか?」
菊子は既にモンティアルシュタットとその周辺を王国軍が占領した情報を掴んでいる。
彼女のギルドは彼女自身のワープスキルを使い、各地に冒険者を派遣し情報収集を行っていた。
昨日わざとらしく笑亜に心配してたなどと言っては居たが、本当はどこに居てどんな生活をしているのか全て把握済みでもあったのだ。笑亜の反応が面白くてちょっと意地悪したのだ。
そしてこのワープスキルは大量の物資を運ぶのにも適している。各地にあるギルド支部をワープステーションとして、この世界、いや地球でもあり得なかったワープ輸送で莫大な利益を得ていた。
「これで話しして来い」
菊子はさらさらと紙にワープ輸送代を書いて執事に渡す。
「2万テイラーですか。少々安いのでは?」
「ええんや。クライアントの足元見て吹っ掛けようなんて商売は長続きせえへん。丁度ええ恩を売ってモンティアルに新しいギルド支部を作れるよう根ぇ回してもらい」
「なるほどかしこまりました」
これから彼の地の復興の為に大量の資材と人員が必要だ。その輸送や護衛をギルドで行えば莫大な利益を生むことが出来る。
菊子は目先の利益よりそちらを取ったのだ。
舞い込んできた仕事を秒殺した菊子は紅茶を飲み一息ついた。
「はぁ~、ええわぁ。やっぱり自分の能力を活かして稼ぐのが一番楽しいわ」
今の依頼を足掛かりに100通りのビジネスパターンを想定する。目の前に積み上がって行く黄金の壁を想像し笑みを浮かべるが、それを昨日のアルケーの台詞が砕いた。
『勇者としての使命を果たしなさい!』
菊子の顔に冷たさが宿る。
(アホらし。人間の事なんも知らん女神が偉そうに)
生と引き換えに魔王討伐の使命を課すなど、横暴にも程がある。元の世界で不条理な死を前にして召喚された人間が断れるはずがないではないか。
だから菊子はこの世界に来て即、魔王討伐から逃げた。元の世界で1人で苦しんでいる時、何も助けてくれなかった神共に従うつもりはない。
勿論アルケーは地球の女神ではないが、それでも菊子の神仏に対する不信は強かった。
「やあやあ綾無殿! ここに居たか!」
そんな陰鬱な気分にカラスの様な空気の読めない声が響く。
見れば荷車を引いた三郎が手をぶんぶんと振っている。
菊子は一瞬で接待用の顔を作ると珍妙な来訪者を迎えた。
「まあまあ、どないしはりました?」
「いや何、少し話でもと思ってな。お、これは何だ? いい匂いだなあ!」
そう言って三郎は揚げ菓子を興味津々に見詰める。
「どうぞ召し上がって下さい」
「良いのか?」
「ええどうぞ」
「ありがてえ!」
三郎は嬉しそうに揚げ菓子を口に運ぶ。
菊子は彼の分のカップと紅茶を持って来るように指示を出した。
「笑亜ちゃんから聞きましたで。貴方、ホンマもんの武士なんやてなあ」
「ああ、朝比奈三郎義秀だ」
「まあかっこええお名前。ただ生憎とうち、鎌倉時代には疎うてねえ。朝比奈様の事はよう知らんのですわ」
「気にするな。笑亜もそうだ」
もう自分の名が後世に残ってないと分かっている三郎は、特にショックを受ける事なく揚げ菓子を頬張る。
「あの荷車はなんですの?」
ふと気になった荷車について聞く。
荷車にはシートが掛けられているのだが、膨らみからそこそこ大きい物である事が分かった。
「ああ、手ぶらで来るのも何だと思って土産を持って来たんだ」
「まあそんな気ぃ使わんでええのに」
「なあに大したもんじゃねえよ」
三郎の言う話しとは恐らく昨日の話の続きだろう。
菊子的には絶対に仲間になってやるつもりは無いが、それはそうと交渉相手に手土産を持って来るのは好感が持てる。
三郎は勿体振った顔をして荷車に掛けられたシートを捲った。
そこには黒い瞳に赤い大口を持った見るからに人を喰らいそうなサメがドデーンと横たわっていた。
「ジョーズやん!」
「おう、お褒めに預かり光栄!」
「いや、そうやない」
上手ではなくジョーズだ。
いやしかしホント、何故お土産がサメなのだろうか。あまりの常識外れな行いに流石の菊子も口が塞がらない。
「これ、どないしはったんです?」
「何か良い物はないかと市場に行ったら、港にサメが出てるって漁師共が困ってたんだ。で、ちょっくら退治して来た。シメたばかりだから生でもイケるぞ」
ドン引きしている菊子なんて気にせず、三郎はこの大きな獲物を誇らしげに見せ付ける。
これは本当に、ただ純粋に良い贈り物をしたと思ってる顔だ。
「…………。おおきに。あとでよばれますわ」
お得意の作り笑いでお礼を言いつつ、執事にさっさと運ぶように命ずる。
執事達も「え? サメ……?」と、ドン引きしながらも、荷車を3人掛かりで運んで行った。
「で、話って何でっしゃろ?」
「昨日の話の続きだ。お前さん、どうやっても魔王討伐に行く気はないか?」
やっぱりだ。予想通り魔王討伐の話が出て来る。何度来たって答えは変わらない。
「ありませんな。薄情もんと思うかもしれませんけど、やっぱりうちは戦いには向かんので、ここでギルドマスターとして平穏に暮らしますわ」
「そうか。まあそう言うんなら仕方ねえな」
しかし三郎は意外なほどあっさりと退く。
「あら? えらいあっさりしてはりますなあ?」
「俺は女が戦に出るのが好きじゃねえんだ。まあ笑亜みたいな奴は別として、お前さんに戦う気が無いなら無理にとは言わねえ。俺がお前さんの分まで戦ってやる! 任せろ!」
三郎はニッと笑って自信を示す。
その偽りの無い目と宣言に菊子は何か言い表せない温かみを感じて一瞬、目を丸くした。
思えばこの世界に来て対等な立場で「任せろ」と言われた事は無かった。成り上がる為にひたすら奔走して来た菊子にとって、頼れるのは自分だけだったのだ。
「そ、それはありがとうございます。これでうちも心置き無く。ギルド運営に取り組む事が出来ますわ」
内に一瞬走った感情を隠すように、菊子は綺麗なお辞儀をして誤魔化した。
「ただなあ、アルケーの言い分も分かるんだ。お前さんも女神の力を授かったなら、せめてそれ相応の対価を払おうぜ」
「はあ、対価でっか?」
「そうだ。例えばな、あのワープとか言うスキルで俺達を他の土地に一瞬で送り届ける事とか出来るんじゃねえのか?」
「まあ、出来ますなあ」
「本当か!? ならその力で俺達を助けてくれ!」
突然驚愕した顔で三郎は菊子に詰め寄った。
「へぇ!? 何なん!?」
「アルケーの奴が鈍臭過ぎて話になんねえんだよ! もう倍の日数掛けての旅なんて懲り懲りなんだ! なあ、そんな便利な力があるなら手を貸してくれよ!」
アルケーの鈍臭さは筋金入りだ。
毎度毎度の移動で倍近くの日数が掛かっていては魔王討伐なんて出来っこない。あと普通に疲れる。
だから三郎は何としてでも菊子の協力を得ようと必死だ。頼むよ頼むよぉと彼女の手を握って懇願した。
「え、ああ、分かりました! う、うちもこのスキルで儲けさしてもろとる身ですからなあ。そのくらいでええなら協力しましょ」
「本当か!? ありがてえ!」
協力を取り付けて喜ぶ三郎。
それに対していきなり手を握られた菊子は心臓バクバクだった。平静を装ってはいるが顔がわずかに赤い。
「ただし、部外者をワープ輸送させるにはお金がいりましてなあ。手間やけどうちのギルドに入ってもらえますか? 上位の冒険者ならタダでワープさせる事が出来ますさかい」
「そこお前さんの力で何とか出来ねえのか? ギルドの長なんだろ?」
「うちのギルドはクリーンな組織を目指してましてなあ。ギルドマスターとは言え勝手は出来んのです」
ギルドの運営規則は菊子によってガチガチに固められていた。
おかげでギルド情報の流出、他ギルドとの不正な取引や関係、ギルド職員や冒険者に対する待遇の良さ等、この世界では類を見ないホワイトギルドなのだが、それ故ギルドマスターであっても規則に従わなければならないのだ。コンプライアンス大事。超大事。
しかし説明された三郎の頭にはハテナが浮かんでいた。鎌倉武士にとって現代のマネジメントシステムは難しかったようだ。
「まあ良いや。とにかくお前さんのギルドに入れば、手を貸してくれるんだな?」
「左様です」
「分かった! アルケーに話して来る!」
やったーとでも言いそうなテンションで三郎は嵐の如く去って行った。
「はあ、元気のええこと」
せっかくの心休む一時だったのにむしろ疲れてしまった。
椅子に座り紅茶をカップに注ぐ。
すると向こうの方から野太い響く声が轟いた。
「ああ、それと!! 菓子美味かったぜ!!」
菊子は一礼して返す。
「まあ悪うない人や」
そう微笑んで紅茶を飲んだ。




