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第4話 武士の髭

 菊子の屋敷はカルカスの山手にある。

 窓からは海と活気ある街並みが一望出来、夜になると宝石の様な夜景が我が物となる絶好の立地だ。

 菊子の屋敷に招かれたアルケーと三郎は、モンテドルフとは全く違う贅沢な生活に口を閉じる暇なく驚く事となった。


 菊子の客人と言う事で使用人達が世話をしてくれる。

 夕食は香辛料がふんだんに使われたビーフステーキと魚のムニエル。

 寝具は藁ではなく綿入り。

 そして神殿の様な大浴場に張られた温泉にまで入れてもらえた。


 特に出された料理なんて至高の一言に尽きる。

 三郎なんて料理の『さしすせそ』が無い時代の人間だから、一口入れた瞬間ひっくり返ったくらいだ。

 この世界にやって来て結構経つが、間違いなく最高の一時と言って良かった。

 そんな1日も終わりかけていた夜、部屋にメイド服姿の笑亜が疲れ切った様子で入って来た。


「ただいま戻りました~……」

「お疲れ様。可愛いわよそのメイド服」


 借金返済の一環で屋敷のメイド仕事を強制させられた笑亜はバタンと床にへたり込む。


「屋敷のメイドさん達に滅茶苦茶扱き使われました……。私、お客さんなのに、お客さんなのに……」


 いや債務者でしょってツッコミはこの際控えておく。


「菊子さんとはどうでした? 仲間になってもらえそうですか?」

「全然ダメ。っていうか何なのあの女。勇者の使命から逃げ出してこんな贅沢三昧な生活してる上に、私と出会っても罪悪感とか後ろめたさとか微塵も感じてなかったんだけど?」

「初めて会った時もそんな感じでしたよ。あの人は勇者の使命に対していつも他人事で、『え? 魔人討伐に行く? へえそう、頑張ってな~』みたいな感じですし」

「あの女ァ……。どれだけ舐め腐れば気が済むのかしら……」


 身勝手で無責任な菊子にアルケーは怒りで身体を震わせる。

 元から逃げた勇者の事は良く思っていなかったが、菊子の態度を見て一層その嫌悪感は高まった。

 それでも、そんな奴の力でも必要としなければならないのが自分達の現状だ。何だかこちらが下手に出ているようで悔しいが仕方ない。


「明日もう一度説得に行くわよ。今度こそ勇者としての使命を分からせてやる!」 


 邪魔な女神としての意地を振り払い、もう一度菊子を説得しようと決意する。が――、


「お前さんじゃあ百遍説得しても無理だよ」


 窓際で夜景を見ながら晩酌をしていた三郎が茶々を入れた。

 せっかくの決意を邪魔されたアルケーは不満な顔を向けた。


「何? 私じゃあ説得出来ないっていうの?」

「そうさ。お前さんの言葉は使命だとか義務だとか耳が痛い事ばかり言いやがる。あれじゃ相手は聞く耳持たねえよ」

「だって本当の事じゃない!」

「バカ野郎。理屈で人が動いたら苦労しねえんだよ。いいか? 説得ってのは相手の心を動かさなきゃいけねえんだ。だから誠意と覚悟を相手にみゅえあやわqうぇrちゅいおp……」

「舌が回ってないじゃない!」


 元から悪い滑舌が酒で痺れて更に悪くなっている。

 三郎は水で酒を薄めるとオヤジ臭い吐息を吐いてもう一度喋り出した。


「要しゅるに明日は俺が菊子と話して来りゅ。おみゃあさんは休んでろ」

「何をどう要約したのか知らないけど貴方が菊子を説得? それこそ無理でしょ」

「んにゃ事ねえよ。お前、俺を誰だと思ってんだ? 侍所別当さぶらいどころべっとう 和田 義盛(わだのよしもり)の子だぞ? にゃにゃこねる奴との交渉はお手の物だ」


 三郎はもう1杯水を飲んで舌の痺れを取る。


「笑亜、和田義盛って誰?」

「分かりません」


 歴史に弱い笑亜が知る筈がない。


「親父殿は凄えんだぞ~。頼朝様が戦に負けて劣勢の時、上総(かずさ)の武士2万を味方に着けたんだからな。あの活躍が無けりゃ頼朝様は終わってたよ」

「頼朝って誰?」

「鎌倉の偉い人です」

「うん。だいたい分かった」


 この手の質問を笑亜に聞いてもダメだと言う事が分かった。

 一向に自分を信用しないアルケーの顔に、三郎も面白くない顔をする。


「まさかお前さん、俺を腕っぷしだけの武者だと思ってるのか?」

「うん」

「はい」


 アルケーだけではなく笑亜にまで肯定されてしまった。


「…………。よーし分かった! じゃあ俺の交渉力を見せてやる! ぜってぇあいつの協力を取り付けてやるからな!」


 火が着いたのか三郎はやる気満々で宣言すると短刀を抜いた。

 

「先ずは髭を剃るか」

「何でよ?」

「相手に誠意を見せるんだよ」

「だからって何で髭?」

「髭は天より与えられた自天然の飾りだ。ここまで蓄えるのに何年と掛かったんだ。そのおとこの宝を剃ればきっと分かってくれる」

「無理ね」

「無理だと思います」


 またしてもあっさり一蹴された。


「何でだよ?」

「私達の時代じゃあ髭なんて生やさないのが普通ですもん。たぶん悪かった印象が普通になるくらいだと思います」

「え……えぇ……」


 その差、約850年のジェネレーションギャップを突き付けられ三郎は絶句する。

 武士にとって髭は相手を(おど)す顔面の装飾であり、童から大人になったおとこの証でもあった。

 彼の父も立派な髭を生やし侍所別当としての威厳を放っていた。

 その常識がぶっ壊されてしまった衝撃で何も言葉が出て来ない。


「そもそも毛むくじゃらの髭って不潔ですもん」

「ふけ……」

「あー、寝起きとか涎がこびり着いてて汚いわよね~」

「きた……」


 レディ達の容赦無い言葉の矢が突き刺さる。


「あーそうッ! んじゃあもう剃っちまうよ! 今ここで!」

「ここでは止めて! ばっちい!」

「ばっちくねぇーよ!!」

「「ばっちい!!」」


 こんな所で汚髭(おひげ)を散らされて堪るかとアルケーと笑亜は短刀を取り上げる。

 結局この後、三郎は髭を剃るのを止めた。

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