第1話 わがままな女神
大きな湖のほとりを通る道を3人の男女と1頭のバイコーンが歩いている。
それぞれ和装の男、軽武装の少女、そして今にも倒れそうな美女と言った面子だ。
「ねえ……。そろそろ休憩にしましょう」
アルケーはどこで拾ったか分からない木の杖を支えに膝から崩れた。
その情けない様子に三郎は呆れた顔をする。
「またかよ。これで今日何度目だ?」
相変わらずこの女神様の体力は雀の涙より少ない。歩けば数十分で音を上げる。
他の荷物と一緒にこのお荷物女神をバイコーンに乗せてやろうかとも思ったがそれも出来ない。間違いなく落馬するからだ。
「良いから! 疲れたから休憩するの!」
仕方なしに休憩を取る。
アルケーは全身の疲れを絞り出すように座り込むと、皮水筒の水をぐいっと飲んで聞いた。
「カルカスまであとどれくらいなの? 全然着かないじゃない」
「お前さんの所為だよ。本当なら3日で着くはずだったのにもう4日目だ。このまま行くと到着は明日だな」
モンテドルフからカルカスまで普通ならその程度で到着する。ただしそれは普通の人間が歩いた場合であり、運動音痴、体力皆無のアルケーの脚は論外であった。
何せ休憩の頻度と休憩タイムが長い。これではどんなに急いだって時間が掛かる。
そんな指摘にアルケーはムッとした。
「水無くなった。三郎汲んで来て」
「自分で行けよ」
「貴方は私の侍でしょ? 早く汲んで来て。ほらはーやーくー」
子供じみたわがままに三郎は呆れた様子で皮水筒を受け取ると、仕方なさそうに湖の方に向かった。
3人が出会ってかなりの日が過ぎた。そうして互いに打ち解けて遠慮が無くなって来ると、アルケーは次第にわがままな性格を見せ始めた。
特に三郎に対しては女神の侍と言うことで、やたら使いっ走りにしている。
三郎も自分から侍にしてくれと言った手前、逆らう事が出来ず渋々従っている感じだ。
「アルケー様、大丈夫ですか?」
「脚がもうパンパンよ。笑亜、また揉みほぐしてくれる」
そして笑亜はマッサージ係とでも言ったところだろうか。ただしこちらはアルケーに褒められるので結構ノリノリでやっている。
「はぁ~気持ちいい~。笑亜って本当にマッサージ上手いわよね」
「えへへ~、元の世界でいつもお父さんにしてあげてましたから」
女神から蕩けた声が出る。
こんな感じでアルケーは2人をこき使っているのだ。
「おい汲んで来たぞ」
「あー、ありがとうぅ~」
野っぱらに寝転んで、だらしない顔でマッサージを受ける女神を三郎はジト目で見詰める。そこに居るのは女神の威厳も風格も何もないただのぐーたら女だった。
(俺、さぶらう相手間違えたかぁ……?)
そう後悔した時、草むらが大きく揺れた。
瞬時に戦闘モードに入った三郎は太刀に手を掛ける。笑亜もバッと反応するが、アルケーは起き上がり損ねて顎を打った。
飛び出して来たのは数匹のゴブリン。
「またこいつらか」
「最近多いですね。カラミティが暴れた影響でしょうか?」
モンテドルフを出発してから、こういうモンスターの襲撃は何度かあった。
今回現れたゴブリンの数はそう多くない。
この数ならいつもみたく追っ払ってやると思った矢先、背後の草むらからもゴブリンが現れた。
「囲まれてます!」
ゴブリンは力が弱く冒険者の中では雑魚扱いとされる。ただし知恵が回るため油断しているとこうやって囲まれて酷い目にあう冒険者は多い。
「ふん。でも所詮はゴブリンよ。三郎。私の前と後ろと左右を守りなさい」
「全方位じゃねえか!」
「貴方は私の侍なんでしょ? なら必死になって私を守りなさいな」
アルケーはアーリーライフルを召喚し銃口でクイクイと「早く行け」と急かす。
元からそのつもりだが、お高く止まっているアルケーの態度が妙に鼻に付いた。
「おい、最近のあいつちょーと調子に乗ってねえか?」
「抑えて下さい師匠。私が半分受け持ちますから」
三郎は底無袋から金砕棒を出すと雄叫びを上げて吶喊し、憂さ晴らしとばかりにゴブリンを薙ぎ倒す。
小賢しいゴブリンが石を投げるが無駄な事。一度火の付いた坂東武者は敵する者全てを討つまで止まらない。
笑亜も剣を振るい、盾で打ってゴブリンを倒した。
この間アルケーは戦闘を頼もしい侍と勇者に任せて、悠々と高みの見物している。
「うんうん! 良いわよ2人共! その調子!」
「あ、1人だけ怠けてんじゃねえ!」
「この程度のモンスターなら貴方達で十分でしょ。私は女神なんだからこういう事はやら――」
その時、上空からやって来た何かがふんぞり返っていたアルケーを攫った。
三郎達が空を見上げると、人の倍はあるかと思われる大鷲が文字通り彼女を鷲掴みにしている。
何かワーワーとアルケーが叫んでいるが聞き取れない。
「まあ、頭の上を守れとは言われてなかったしなぁ」
「言ってる場合ですか! 早く助けて下さい!」
笑亜に急かされて三郎はオーガの朱弓に矢を番える。
オーガ族の長たる魔人が使っていた弓は普通の物より遥かに強い。上空を飛ぶ大鷲にだって届くだろう。
何人張りだろう鉄線の様に強い弦を引き矢を放つ。
一瞬の間を置いて大鷲はバランスを崩し、アルケーは真下の湖に落っこちた。
「いよーし! 今夜は鳥鍋だ!」
大物を射止めた事に三郎はガッツポーズして喜ぶ。
その横で笑亜が指差して慌てた様子で叫んだ。
「師匠! アルケー様が溺れてます!」
見れば落ちたアルケーが手をバタつかせて浮き沈みを繰り返している。
「あー。やっぱり泳げなかったかぁ」
「は、早く助けに行かないと!」
「しょうがねえなぁ。俺が行って来るよ」
三郎は直垂を脱ぐと褌姿で飛び込む。
そのまま物凄い速さで溺れるアルケーの所まで行ってしまった。
「お~い大丈夫か?」
「qうぇrちゅいおp!! たじゅけで三郎ろろろろ!!」
必死に藻掻くアルケーはやって来た三郎を天の救いとばかりにしがみつく。普段なら絶対こんな事しないが沈みたくない一心で身体を密着させ、がっしりとホールドした。その時――、
「むんッ!」
ドカッ!!
三郎の拳がアルケーの脳天を直撃した。
(ハァ……!?)
何が起こったのか分からない彼女にまた一撃二撃と三郎の剛腕が振り降ろされる。遂にアルケーは意識を手放して水面に力なく漂った。
三郎はそんな彼女を抱きかかえて岸に戻る。
一部始終を見ていた笑亜が慌ててやって来た。
「ちょっと何やってるんですか!?」
助けに行ったのに要救助者をタコ殴りとは意味がわからない。
すると三郎は濡れた顔を拭いながら言った。
「壇ノ浦に行った親父殿が言ってたんだよ。『溺れた奴は半殺しにして大人しくなったところを引き上げろ。でないと必死にしがみついて来るから助けに行った奴まで溺れちまう』ってな」
三郎が助けに来た時、アルケーは必死に彼にしがみついた。それがこの理由だ。
美女に抱き着かれて良いじゃないかだと? いやいや時と場所を考えろって話だ。
「ぐぅ~、このバカ三郎〜」
「おっ、大丈夫そうだな」
恨みの籠もった呻き声を漏らした後、回復魔法によって一瞬でアルケーは全快した。
「大丈夫じゃないわよ! 貴方は私の侍でしょ!? なのに主の顔をボコボコと殴ってこの不忠者!」
「酷え言いぐさだなあ。俺はお前さんを助ける為に涙を呑んで拳を振るったんだぜ? うん。別に最近のお前さんの態度が気に食わなくて、『いい機会だ。やっちまおう』なんて思いは全然、これっぽっちも、絶対に、無かったからな」
「信じられるかー!!」
「まあまあアルケー様。とりあえずモンスターは片付きましたし、先を急ぎましょう」
笑亜が仲裁に入る。彼女も最初はびっくりしたが三郎の言い分もある程度は理解出来るのだ。
「……そうね。これ以上野宿なんてしたくないし、さっさとカルカスに向かいましょう」
何とか気を収めてくれたアルケーに笑亜はホッと胸を撫で下ろす。
「ちょっと待ってくれ」
だがそこで三郎の待ったが入った。
「褌、乾かしてからで良い? めっちゃ気持ち悪いんだよ」
「〜ッ!! ノーフンでいなさい!!」




