第25話 三郎の怒り
「逃げられたのか?」
様子を見ていた三郎が問う。
だが悔しさのあまりアルケーは何も言わない。
「逃げられたのか……」
察した三郎は肩の力を脱力させ、ドッと瓦礫に腰を下ろし兜を脱いだ。
「あー。疲れたぁ~」
思えば昨日から休まず戦い続けていた。ここ一番、ここ一番と身体を酷使していた疲れがドッと押し寄せて来たのだ。
しかしこれだけはケリを付けねば。
「おい笑亜、ちょっとこっち来い」
そう言って笑亜を呼ぶと、その頬を思いっきり叩いた。
「俺がお前さんを殺すと思っただぁ? お前さんには俺がそういう風に見えてたのか!? ずいぶんと怖がられたもんだなぁおい!」
ものすごい剣幕で彼女を怒鳴る。
「ちょっと三郎! さっき許すって言ってたじゃない!」
「許すとは言ってねえ! 人で無しと思われたまんま終わらせて堪るか! おい笑亜! お前さん、俺がお前さんを殺すと本気で思ってたのか?」
三郎は目を大きく見開き問い詰める。
笑亜は頬を押さえながら身を震えさせて答えた。
「ごめんなさい。本気と言うか不安だったんです。私は以前、パーティーを組んでいた仲間に殺された事がありました。その人はこのスキルを利用して、上級モンスターを倒そうと企んでいたらしくて……。それで師匠も同じ事を考えたらどうしようって……」
スキル不死鳥は彼女の死を代償に発動するスキルだ。発動すれば先の戦いのように魔王を圧倒する力を得る事が出来る。
しかしだからと言って死の恐怖が無いわけでは無い。
痛いし、苦しいし、怖いのだ。
「それで何も言わず怯えてたってか? バカが! 言の葉を交わさなきゃ分かんねえだろ!」
「だって師匠、いつも死ぬなんて怖くない。勝つ為なら何でもするって言ってるから!」
「あんなの建前に決まってんだろうが! それくらい言わなくても分かれ!」
「言ってる事が無茶苦茶じゃないですか!」
言葉を交わさなきゃ伝わらないと言った側からこの発言。この男の舌は何枚あるのだろう。
だがそんな笑亜の困惑なんてお構い無しに言葉を続ける。
「確かにあの力がありゃ戦も楽だろうよ。正直、俺だってそいつと同じ事を考えたさ。けどなぁ――!」
そして三郎は訴えるように彼女の肩を掴み、そして――、
「死んじまったら、悲しいだろうがよぉ……!」
厳つい顔を崩し、三郎は髭面をくしゃくしゃにして唾を飛ばしながら思いを訴えた。
その初めて見る武士のそんな顔に笑亜は目を丸くする。
「俺の親父殿や兄弟は戦で死んだ。そりゃあ坂東武者としては立派に死んださ。けどよ、やっぱり悲しいんだよ! 誰だって死にたかねえし、死んで欲しくもねえ! だから俺はお前さんの力がどんなに凄くても頼らん! 分かったか!?」
「……その言葉も建前じゃないですよね?」
「当たり前だ。何なら起請文でも書いてやろうか?」
起請文とは約束事を神仏に誓う文書である。中世日本においては、これが最高位の保証を示す物となった。
歴史が不得意な笑亜にはそれが分からなかったが、初めて見る三郎の泣き顔と、その言葉に偽りは無いと感じた。
「師匠……。ありがとう、ございます。それとごめんなさ――」
バタンッ!
謝ろうとした矢先、その三郎は突然倒れた。
「え!? 師匠!?」
どうしたのかと慌てて身体をゆさぶるが返事が無い。まさかどこかやられて死んでしまったのではと思った時、アルケーが言った。
「……寝てるわ」
クビークビーと心地よい寝息をかく三郎。
どうやら疲れがピークに達したらしい。自分の言いたい事だけ言って寝てしまった。
「私は許してもらえたのでしょうか?」
話が有耶無耶なまま終わってしまい笑亜は不安そうな顔をする。
そんな彼女にアルケーは笑ってフォローした。
「大丈夫。三郎が言いたかったのは、自分は絶対笑亜を裏切ったりしないから安心しろって事よ。だからきっと起きたらいつもみたいにけろりとしてるわ。見なさいこの何にも考えてなさそうな顔を」
高いびきをかいて眠る武者は、一切の怒りや不安の無い清々しい顔をしている。
この人は自分の不安を全て吹き飛ばしてくれた。自分勝手に疑ったのに涙を流して向き合ってくれた。
笑亜の顔に安心が戻る。きっと大丈夫だ。
「ですね。師匠が本気で怒ったら首チョンパされてますもの。まあ私、すぐに復活しますけど」
「フフ、笑亜って意外と図太いわよね」
「そうでなかったら、ここまでやって来れませんから」
長い夜を終え、勝利を祝福する様に陽光が照らしていた。




