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第20話 女神の侍

 騎士の一閃がヴァナリウスの拘束を破壊し、女神は再び自由を手に入れる。

 剣を失ったシャルディはアルケーを受け止め華麗に着地するが、そこをカラミティが見逃す筈がなかった。


「アルケーに触れるなァ!!」


 激昂したカラミティがアームクローを伸ばす。


「余所見してんじゃねえよ!!」

「ッ!?」


 そこへ三郎が砲身金砕棒を叩き込んだ。

 元はヴァナリウスの装備だった物だ。その威力は彼の怪力と合わさり機神の巨体を軽々と弾き飛ばす。

 ヴァナリウスは家に倒れ込んで、その瓦礫の下敷きとなった。


「大丈夫か!?」

「三郎……。貴方どれだけしぶといのよ」


 二度も死んだと思ったのに全然ぴんぴんしている三郎に、アルケーは嬉しさと呆れが混じった笑みを見せる。

 そんな彼女に三郎は底無袋からある物を取り出した。


「お前さんのだ。返す」


 それは山で拾ったアーリーライフルだ。

 アルケーはそれを受け取ると銃口を自らに向けて魔弾を発射した。


「おい!?」


 驚く周囲にアルケーは笑みを浮かべて無事を伝える。見れば彼女には傷一つ付いてない。


「このドレスの魔法を破壊しただけよ。こんな趣味の悪いの着てられないもの」


 そう言うと血に染まったドレスが光り、いつもの黄色の神衣に変わる。変わると言うより別次元に仕舞ってた神衣と交換したと言った方が良いかもしれない。


「それより早く逃げるぞ!」


 シャルディが焦り混じりに急かした。

 というのも、もうカラミティに対抗する策が無いのだ。

 三郎がカラミティを引き付けている間に、仁ノ里のオーガ達が避難誘導し、誘き出したカラミティの動きを止めてアルケーを救出する。それが成功した以上このまま戦って戦果を悪くさせる事はない。

 三郎は首を取るとか息巻いてたがそんな余裕は無いのだ。


「待って!」


 だがそれをアルケーは止めた。


「朝日よ。日の出まで持ち堪えればあいつに勝てる。……かもしれないわ」

「日の出?」


 そう言われて東の空を見る。長かった闇空に光が差し始めている。あと十分、二十分もすれば太陽が顔を出すだろう。しかし――、


「無理だ。こちらはもう万策尽きた。あんな化け物とこれ以上は戦えない」

「じゃあ貴方達だけで逃げなさい。私はカラミティとの決着をつけるわ」

「はあ!? 何を!?」


 何の為に君を助けたのかとシャルディは無理矢理にでも連れて行こうとするが、その手を三郎に制される。


「あとは任せろ。俺もまだ逃げたくねえ」


 元よりやる気満々だった三郎はアルケーの横に並び立った。


「死ぬ気なのか!?」

「バーカ。端から死にに行く奴が居るかよ。死ぬ時は死ぬ時、それまでは必死に戦ってやるよ」


 そんな当たり前の事も分からないのかとバカにする様に三郎は言う。

 確かに元の世界での死に方に悔いはあった。

 魔王討伐に協力したのもその屈辱を晴らすためだ。

 一度は終わった命と思い、いつでも死ぬ覚悟は出来ている。だが――、


「ただで死んでやる気は毛頭ねえ!」


 死を前提に戦うなど坂東武者の――、否、人のする事ではない。

 死とは戦いの果てに、懸命に生きた果てに辿り着くものなのだ。

 だから彼は死が訪れるその時まで必死に生き続けるだろう。


「ゲンベ! その弓をくれ!」


 三郎はオーガ達の族長が使っていた朱弓を所望する。

 度重なる激戦により彼の弓の弦がだいぶへたってしまっていた。

 戸惑うゲンベから朱弓を受け取り弦の張りを見る。思った通りとんでもない剛弓だ。

 その時、目の前の瓦礫山が土煙を上げて崩れた。

 いよいよここからが正念場だ。


「お前さん等は逃げろ。殿(しんがり)は任せな」

「クソッ! 死ぬなよ!」

「旦那、御武運を!」


 後を託しシャルディ達は戦線離脱した。

 カラミティを前に2人きりとなったアルケーはモゾモゾっと三郎に口を開く。


「ありがとう三郎。一緒に戦ってくれて」

「気にすんな。俺は坂東武者に恥じない戦いをしたいだけだ」

「……ほんっと野蛮ね」


 相変わらずの戦闘バカ発言に呆れて笑みが溢れる。

 すると三郎は急にアルケーの前に片膝を着いてかしずいた。


「アルケー! こんな時に何だが!」


 いきなりの奇行にアルケーはびっくりして戸惑う。


「この戦に勝った暁には、俺をお前さんの侍大将にしてくれ!」


 その突拍子も無い願いに目が点になった。


「は? 何よいきなり? 侍大将?」

「ああ、そうだ。お前さんは上から目線でどんくさくて調子乗りだ。正直全然女神っぽくねえし、どんくさいし頼りねえ」

「ちょっと今どんくさい2回言わなかった?」

「だが人を慈しむ心と、自ら先陣を切る勇気も度胸を持った勇ましい女神だ! そんな御方になら、さぶらうのも悪かねえ!」


 三郎の父、和田義盛もかつて主君である頼朝に、自分を侍大将にしてくれと頼んだ。

 だが何も頼朝という男が単に高貴な身分だったから言ったのではない。

 ただ存在が上なだけでは人は従わない。

 例え神仏であろうと信じたいと思える存在でなければ、祝詞もお経も唱える気にならないと言うもの。


 坂東武者は武を尊ぶ。


 だが何も全てを力尽くで解決して来た訳ではない。

 時には宿敵同士であっても手を取り合い、人の情を持って協力し、未開の坂東を切り拓いて来た者達でもあるのだ。

 だから三郎はアルケーを認めた。

 こいつなら自分の武を任せて良いと。


「どうだ!? この朝比奈三郎をお前さんの(さぶらい)にしてくれねえか!?」


 いきなりの告白にアルケーは目を丸くするが、三郎の思いを受け取ると、すぐにいつもの勝ち気な笑みを見せた。


「良いわ! 朝比奈三郎義秀! この際、大将でも四天王でも好きなのにして上げる!」

「よし来たぁ!」


 三郎は鎧を叩いて気合いよく立ち上がる。

 後は自らの働きによってその心意気に報いるのみ。疲弊している身体に力が漲って来た。

 その時、目の前の瓦礫が一層大きく崩れる。


「低次の生命ごときが生意気な!! 殺す!! 惨めに絶望と苦痛を与えながら嬲り殺してやる!!」


 邪魔な瓦礫を薙ぎ払い遂にヴァナリウスはその姿を現した。

 低次の存在と完全に見下していた者達からの一撃は、カラミティの傲慢な神としてのプライドに泥を付けるには十分。

 怒り狂って2人の前に立ちはだかった。


「何とかして日の出まで時間を稼いで。そうすれば勝機が生まれるわ」


 アルケーは簡潔にやるべき事を言う。いろいろ説明したいが時間がない。とにかく日の出まで奴を食い止めろと指示を出す。

 そんな女神の命令に三郎は不敵な笑みを浮かべた。


「別に倒しちまっても良いんだろ? やるからには当然、奴の首を頂くぜ」


 そう言うと前に進み出て、自分を見下ろす魔王に向けて高々に大音声を発した。


「やあやあ悪鬼魔王よ、我が名をしかと聞け!!」


 その大気を震わす轟音にヴァナリウスさえも動きを止める。


「我こそは桓武天皇(かんむてんのう)が第六の皇子(みこ)葛原親王(かずらわらしんのう)御子(おこ)たる高望王(たかもちおう)より10代の後胤こういんにして、鎌倉は侍所別当さぶらいどころべっとう和田左衛門尉義盛わだのさえもんのじょうよしもりが三男、安房国(あわのくに)朝夷(あさひな)武士(もののふ)!! そしてーー!!」


 武者は更に続けた。


「女神アルケーが(さぶらい)!! 朝比奈三郎義秀あさひなのさぶろうよしひでなり!!」


 朝比奈三郎義秀――。

 今ここに新たな伝説が生まれようとしていた。

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