第12話 オーガ達の決起
三郎にとって尊敬する人物は2人居た。
1人は父であり侍所別当として御家人達の頂点に立つ『鎌倉殿の侍』――和田義盛。
もう1人は自分を鍛えてくれた育ての母。かつては旭将軍と呼ばれた木曽義仲と共に戦場を駆けた女武者、巴だ。
そんな2人を見て育った三郎は自然と父のように偉く、母のように強くなると思うようになった。
だがそれも一族が滅びた今となっては叶わない。
今でもたまに目を閉じると父と母の姿が瞼裏に浮かんだ。
「おい、起きろ!」
心地よくなっていた所でシャルディの平手が三郎の頬を打った。
「やりやがったなこの野郎!!」
すぐさま三郎もシャルディの頬をどつく。やられたらやり返す、これが坂東武者だ。
一方で強烈な一撃をもらったシャルディは納得いかない顔で文句を言う。
「寝そうだからもし寝たら叩き起こせと言ったのは、君だろー!!」
言われてようやく三郎はそんな事を言ったのを思い出した。
三郎の言葉で決起したオーガ達は今、戦いの準備をしている。
まずは街の外に置いてきた那古をオーガ達に連れて来てもらった。ここでオーガ達は三郎の愛馬が数日前に送り出したデュラハンのバイコーンだと知り、デュラハンを討ち取ったのが彼だと知るとますます三郎の実力を信頼したのだ。
シャルディが言っていた通り、確かにオーガ達は荒々しい性格をしているが、それ故に強さに対して畏怖や敬意を抱いているようだ。
だからか人間であるはずの三郎やシャルディを客人の様に接してくれている。
しばらくすると三郎とシャルディは兵舎の一室に通され、そこでモンティアルシュタットの地図を見せられた。
「今、儂等が居る場所がここ。魔王が居る屋敷はここだ」
先程、いの一番に決起した壮年のオーガが状況を説明してくれる。
彼の名前はチョウソ。ここに居る仁ノ里のオーガ達を纏める頭領だ。
「屋敷に守りは居るのか?」
「ああ居る。しかも今は魔王を盲信する波ノ里の奴等が屋敷を守っている。あいつ等、同胞達があんな目に会ったってのにまだ魔王に媚を売ってるからな。儂等が攻め込めば必ず抵抗してくるだろう」
「荒事は最初から覚悟してる。何人来ようが俺がぶっ飛ばしてやるよ」
「ははは! 三郎は豪気だな! 人間なのが勿体ないわい!」
すっかり三郎の事を気に入ったのかチョウソは口を大きく開けて豪快に笑った。
「君達は同族と戦う事に抵抗は無いのか?」
シャルディは疑う様な目で問う。
これからオーガ同士の戦いが始まると言うのに、彼等は少しも気にしていない様子だ。それが気になった。
だが聞かれたチョウソは不思議な顔をして返した。
「おかしな事聞くな。人間だって同じ人間同士でたくさん殺し合って来たではないか」
それを言われるとシャルディもぐうの音も出ない。
「それにあいつ等の事は前から気に食わなかったんだ。デカい里だからって威張りやがって。これを機に仁ノ里の恐ろしさを思い知らしてやる!」
この街に居るオーガ達はそれぞれの里ごとからやって来た者達だ。要は寄せ集めだ。一昔前なんて里同士での争いが絶えなかったという。
そんな彼等の里々を纏め上げたのが魔王に殺されたアラッシュだったのだ。
その圧倒的なカリスマと力を持ったリーダーを失った今、さっそくオーガ達の連合は瓦解しかかっていた。
「で、屋敷を守る兵の数はいくらだ?」
「ざっと100人くらいの筈だ」
「こっちは僕と三郎を入れても47人だぞ!? 倍の差があるじゃないか!」
多少の誤差はあれど、倍近い敵に挑むのは無謀過ぎる。
しかも敵は屋敷と言う守りの中に居るのだ。
基本、戦いとは守りの側に地形のアドバンテージがある。
それはチョウソも承知の事だった。
「だから細い路地を通って屋敷を奇襲しようと思う。兵力差を埋めるにはこれしかないだろう」
街を蜘蛛の巣の糸の様に通る小道。ここに来る時もゲンベが見つかりにくいからと言って通った道だ。
確かにあの道は暗く細く人通りも少ない。こちらの兵数が少ないのもあってきっと奇襲の役に立つだろう。
だがそれを聞いた三郎は首を振った。
「いや、せっかく仇討ちの兵を上げたんだ。こそこそしてちゃ、まるで悪い事をしてるみたいで格好がつかねえ。ここは堂々と大路を行こうぜ」
「貴様は馬鹿なのか……?」
何故わざわざリスクのある方を選ぶのかとシャルディは反対する。
だが三郎はその意見を突っぱねた。
「頼朝公だって平家打倒の兵を挙げた時、堂々と大路を通って出陣されたんだ。こういうのは最初の見てくれが大事なんだよ。それにこいつ等みたくカラミチに恨みを持ってるオーガも居るんだろ? そういう奴等を引き込むんだよ。大義は我等にありってな」
「なるほど確かにそうなれば50くらいの兵力差なんて一気に埋まる! いや、上手く行けば奴等の倍は集まりそうだ!」
これならイケるとチョウソはもう勝利が決まった様に顔を明るくする。どうも彼と三郎は気が合うようだ。
そんな単純な彼等をシャルディは先が思いやられると天井を見上げた。
「おい、あの立派な弓は何だ?」
三郎は部屋にある1張だけ明らかに特別扱いで備えてある弓を指差す。
とても立派な弓だ。武人の心を惹き付ける朱色をしており、太く大きく力強い作りをしている。正直欲しい。
「あれは殺された族長、アラッシュ様の弓だ」
「じゃああの弓を掲げて行こうぜ。仇討ちってのが一目で分かるだろ」
「おお良い考えだ!」
三郎の提案にチョウソは感心してまた相槌を打つ。
その時、部屋にゲンベが入って来た。
「頭領。全員の準備が出来ました」
いよいよ魔王討伐へ出発の時である。
三郎は気合いを入れて兜を被り緒を締めた。
外に出ると仁ノ里のオーガ達が武装して集まっていた。
彼等の赤髪が松明の灯りに照らされ猛々しく闇に浮かび上がっている。身に纏う鎧は要所のみに金属板を縫い付けたレザーアーマーで、様々な動物の毛皮が何とも鮮やかだった。
頭領のチョウソが彼等の前に出て、あの朱弓を掲げた。
「これよりアラッシュ様と同胞達の仇を討つ! 儂等の意地と誇りを示せ!」
「応!!」
オーガ達は松明を煌々と灯し、堂々と大路を行く。
何事かと飛び出た者達は彼等が掲げる朱弓を見ると全てを察した。
ある者は頑張れと声援を送り、またある者はこうしちゃいられないと家に駆け込んで武具を取った。
三郎の思惑通り、誰もこの決起隊を止めようとする者はいない。むしろやってやれとの応援の声がそこかしこから聞こえた。
それだけカラミティの虐殺が彼等を怒らせていたのである。
「これで兵がドンと増えるな」
那古に跨る三郎はずっと不服そうにしているシャルディに、どうだとばかりにドヤ顔をする。
「オーガ共を味方にしたところで、魔王に勝てると思っているのか?」
「知らん」
三郎はきっぱりと言ってのけた。
「戦に絶対勝てるなんて事はねえし逆も然りだ。だから勝つためにあらゆる事を尽くすんだよ。少なくとも2人よりかは勝つ見込みが出来ただろ?」
だからと言って無茶苦茶過ぎる。
もしオーガ達が仇討ちに乗って来なかったら、今頃袋叩きにあっていただろう。裏道を通って行けば安全なのに、この大通りを行くのもリスクがあり過ぎる。
それでも事態は彼の思惑通りに進んでいる。まるで戦の駆け引きの答えを知っている様に。
「さあ戦だ戦だ! あいつ等の仇を取る為にも頑張ろうぜ!」
三郎は威勢良く、辛気臭い顔をしているシャルディの肩をばしばし叩いて喝を入れた。
「貴様。この状況を楽しんでないか?」
「そうか? そう見えるか?」
そう言う三郎の顔は目の前に迫った決戦に、高揚を抑えられないようだ。
そうやっていると周りのオーガ達が2人に気付いた。
「おい、あれ人間じゃないか?」
何でここに人間がと怪しまれる。
だが問題はない。チョウソが気を使って2人の側面にはオーガの歩兵を配置してくれたので襲われる事はない筈だ。
「ホントだ。人間だ。何で仁ノ里の奴等と一緒に?」
「あれじゃないか? 魔王に連れて来られてた女の仲間とか」
その会話が耳に入った三郎はハッとして隊列を抜けると、そのオーガ達に寄って行った。
「おい、そりゃあどんな奴だった!?」
「え!? ええっと、すすき色の髪に黄色い大袖の衣を着た人間だった」
「……アルケーだ。あいつ死んでなかったのか」
あの戦場で姿が見えず、騎士達の様に跡形も無く消し飛ばされたのかと思っていたが、カラミティに攫われていたらしい。
そこへ三郎を追ってゲンベがやって来た。
「その人、魔王に踏まれた俺の兄さんを魔法で助けようとしてくれたんだ。あっちから見たら俺達は敵だろうに」
「はっ、何やってんだよあいつ。普段はツンケンしてるくせに、お人好しな事しやがって。でもそうか。生きてたかぁ……」
噛み締める様に天を仰ぐ。
笑亜が死んで、あの状況からてっきり彼女も死んでしまったと思っていた。
だが生きていた。ならばやる事は決まっている。
「よおし! カラミチの首取って、そんでアルケーも助けてやる!」
三郎は馬首を返し、気合いを入れて隊列に戻って行った。
決戦はすぐそこに迫っている。




