第5話 笑亜死す
矮小な人間の小娘に剣を向けられたカラミティは怒るでもなく、ただただ無関心な視線をやった。
「ふむ。人間1人では面白味がないが……。だがそうだな」
勇者の後ろで守られるアルケーに目をやる。銃口をこちらに向けて勇者と共に自分を倒そうと怒りの籠もった目がとても美しい。
その美しき女神と自分の間に立つ小娘は、絶景に入り込んだ無粋で邪魔な木同然だった。
ヴァナリウスのハッチを閉じ、自身と機体をリンクさせる。そして立ちはだかる女神の勇者に対してぽつりとぼやいた。
「仕方ない。面倒だが殺すか」
ヴァナリウスの胴から巨大なアームクローが現れ腕に装着される。
そしてそのまま勢いよく笑亜に向かって振り下ろされた。
笑亜はすぐさま強化魔法を発動し、それを真っ向から受け止める。ズゥンと足元の地面が割れる程の衝撃が彼女の細腕にのしかかった。
(強化魔法を使ってもこの衝撃!?)
少しでも気を抜けば押し負けそうになりながらも力一杯にアームクローを押し返す。そして今度は私のターンだとばかりにヴァナリウスの懐に飛び込んだ。
「今ここで貴方を倒す! 絶対に!」
剣の魔法で強化した剣を振るい、跳躍一気にコックピットを狙う。
「たぁぁー!」
しかし返って来たアームクローに阻まれ、笑亜は空中で回転しながら着地した。
その着地のタイミングに合わせる様にアルケーがアーリーライフルで牽制射撃を行う。
ヴァナリウスは一旦距離を取ってガトリングを放つが、笑亜は盾の魔法を展開しこれを防いだ。
「やあぁぁぁー!」
魔弾の雨を防ぎつつ雄叫びを上げながら突っ込む。
それを援護すべくアルケーの援護射撃も一層激しくなった。
(諦めない諦めない諦めない!)
今までどれほど強力な魔人を倒しても魔王に辿り着く事は出来なかった。
そして戦いに耐えられなくなった勇者達は去り、自分と共に戦ってくれた冒険者達は後を託して死んで行ったのだ。
(けど今、目の前にはカラミティがいる! ここで私が終わらせてやるんだ! 皆の為に!)
笑亜は一歩一歩躍進し、手に持つ剣へと魔力を流す。
剣の刀身が赤く輝き、彗星の様な一閃が煌めいた。
「爆炎葬!!」
一瞬の空気の震えと共に紅蓮の炎がヴァナリウスを飲み込む。それは謂わば全てを焼き尽くす炎の濁流だ。
0コンマ何秒の間にいくつもの爆裂が起こり、目標を周囲一帯ごと焼き払う。その威力に先ほどまで猛威を振るっていたガトリング砲が粉砕されバラバラと地に落ちた。
「はあはあ、やった?」
渦巻く炎を前に笑亜は呟く。
手に持つ剣は爆炎葬の反動で融解しており、全魔力をぶち込んだ為に満身創痍といった状態だ。
爆炎葬は大量の魔力を剣に集中させる事で放つ彼女最大の攻撃魔法である。放てば剣を失う諸刃の剣だがその威力はエンシェントドラゴンすら倒す。これがダメなら後は――、
「さすが女神の力と言ったところか。だが――」
炎の中からヴァナリウスの巨体が悠然と現れ、胴の収束砲が笑亜に狙いを定める。
「低次の存在が調子に乗るな!」
カッと閃光が走った瞬間、爆炎と共に笑亜の小さな身体は弾き飛ばされていた。
盾でガードはしたものの至近距離で撃ち込まれ衝撃を殺し切れず、地面を跳ねる様に転がり岩に叩き付けられる。
「笑亜!! こいつーッ!!」
アルケーは追撃させまいとヴァナリウスに魔弾を撃ち込む。だが今の彼女の魔法ではあの装甲を貫く事は出来ない。
その他愛のない銃撃を行うアルケーにカラミティは勝ち誇った様に呼び掛ける。
「無駄な事は止めろアルケー。今のお前では我に勝つ事は出来ん」
「うっさい! アンタを倒して私は世界を取り戻す!」
「仕方ないな。ならば無理矢理にでも大人しくさせる!」
蜘蛛の胴部分からCの字型の物体が飛び立つ。それは燕が滑空するようにアルケーに向かって飛んで行った。
アルケーは近寄らせないと空に向けて魔弾を放つ。一つまた一つと飛翔体を撃墜していくが、群れになってやってくる為、さすがの彼女でも捌ききれない。
遂に飛翔体がアルケーに体当たりして、彼女の身体に巻き付く。それだけではない。続いてやって来た拘束具が幾重にも女神の身体に巻き付いて動きを封じた。
「アルケー様!」
女神のピンチに笑亜は駆け出す。だが一瞬でも魔王から目を外したのは不味かった。
ヴァナリウスはその巨体を跳躍させ、笑亜の頭上から収束砲を撃ち込み彼女の動きを封じる。
そして怯んだ所を機体の重量をプラスしたアームクローを彼女に振り下ろした。
笑亜の視界いっぱいに大きな鋼鉄の手が太陽を遮って迫る。
これは避けられない。
笑亜はアルケーの方を向く。
女神様は必死になってこちらを叫んでいた。
やがてヴァナリウスのアームクローが笑亜の身体を圧倒し、そして――、
バーン!!
大地諸共、彼女の身体を砕いた。
「あ……笑亜……?」
ヴァナリウスがその血塗れた手を上げる。そしてそれを水切りの様に、まるで手に着いた汚れを払うが如く飛ばした。
「アルケーお前の負けだ」
カラミティの冷淡な声が響く。
アルケーは奥歯を噛み締め、呻きながらも必死にアーリーライフルへ手を伸ばすが、身体に巻き付いた拘束具は固く全く身動きが取れない。
そんな彼女にヴァナリウスの巨大な影が落ちる。ハッチが開き、中から再び姿を現したカラミティは横たわる女神の姿に口角を上げた。
「ああ、無様だ! 無様だ! 無様だ! 我はお前のそんな姿を見たかったのだ! あっはっはっはっはっ!」
「カラミティー!!」
アルケーは喉が焼ける様な絶叫を響かせる。
だがそんなものでカラミティをどうする事は出来ない。
その巨大なアームクローでアルケーの身体を圧迫し、悲鳴を上げる彼女の姿を愛でる様に笑みを浮かべた。
「さあ来いアルケー。もうお前は我に逆らえないのだ」
その勝ち誇った魔王の顔を忌々しく睨み付ける。
そんな顔も可愛らしいとでも言うように、カラミティは笑みを浮かべながら、ヴァナリウスを反転させ炎と砂塵の荒野を去って行った。




