第17話 朝焼けの出陣
日が昇り始めた頃、騎士達は馬を並べ村の入口に集結した。
普段は数騎一組程度でパトロールをしていたが、今回の威力偵察は騎士達のほぼ全員が参加している。
その数60騎。
軍としてはそれほど多い数ではないが、それでも整然と隊列を組んだ騎士達は壮観と言うしかない。
その傍らでジュリの監視と村の警備を任されたお留守番の騎士達が、出撃する仲間達を羨ましそうに見ていた。
その騎士隊の端っこの方で、三郎と笑亜も馬上の人となっている。
「アルケー様。振り落とされないよう気を付けて下さい」
「わ、分かってるわ。あまり揺らさないでね?」
笑亜の背にぎゅっと捕まりアルケーは小動物の様に震える。
魔王討伐に意気込んだはいいが、そこへ行く移動方法は馬か自分の脚しかない。今回、騎士達に着いて行くなら乗馬しかなかった。
その情けない姿に三郎は呆れた。
「そんななら留守番してりゃいいのに」
「ば、バカ言ってんじゃないわよ! カラミティは私を狙っているのに、私が行かなくてどうするのよ!」
あくまで意地でも魔王の所へ行く気らしい。
「と言うか師匠。本当にそれで行くのですか?」
「おう、中々の暴れっぷりだ。だがそれでこそ乗り甲斐があるってもんだ」
ニッカリと笑う三郎が乗っているのは先日捕まえたバイコーンだ。
黒の馬体にうねる様な紫電色のたてがみ、雷撃を放つ双角を持つ上級のモンスターである。
その禍々しい怪馬に鎧武者姿の三郎が跨ると、さながらゲームに出てくるボスキャラの様な風格があった。
三郎はこのバイコーンを那古と名付けていた。彼の領地近くにあった寺に由来しているのだとか。と言うか彼は歴とした領主だったらしい。どちらかと言うとそっちの方が驚きだった。
那古は完全に屈伏していないのか、万歳をする様に立ち上がる。立ち上がってダメなら飛び跳ねて、どうにかしてふんぞり返っている三郎を振り落とそうと暴れ回った。まるでロデオだ。
その暴れっぷりに騎士達の馬が怖がって後退りする。
だが馬上の三郎はそのじゃじゃ馬の逆襲を嬉しそうに受けて立っていた。
「ハハハ、良いぞ那古! 落とせるものなら落として見せろ!」
その様子を見た騎士達はドン引きしていた。
「うわぁ……。何だあれ? バイコーンなんて人間が乗るもんじゃないのに」
「わざわざ気性の荒いモンスターに乗るなんて何考えてるんだ?」
皆、凶暴なバイコーンに乗る三郎に変人を見るような視線を送る。
それもそのはず、彼等が乗っている馬は全て去勢された騸馬なのだ。
元々馬は気性の荒い生き物であり、人間が乗りこなすのには相当な訓練が必要だ。だからなるべく気性の穏やかな馬が好まれたし、そうする為に去勢が行われた。
対して日本の武士達は「暴れ馬に乗れる俺スゲェ! カッケェ!」という悪ガキの度胸試し全開で本能100%の馬を好んだ。
馬に乗れぬ武士は武士に非ず。
落馬など以ての外、恥である。
なんなら馬を背負える程の大力となるべし。
だから騎士達から見た三郎はさぞ変人に見えただろう。
三郎が那古とじゃれ合っていると、村長のトビーが朝早いのに見送りに来てくれた。
「アルケー様、笑亜、お気をつけて」
さすがにロデオ状態の三郎には近付けず、トビーはアルケーと笑亜に言葉を送る。
「見送りありがとうございます村長」
「ジュリはまだなの?」
「はい。中々の難産なようで。ですがご安心下さい。うちの妻がしっかりやってくれます」
一晩明けても村に産声が響く事はなかった。
アルケーとしても一度手伝いと言ったのに、カラミティを優先してお産を放っぽりだす事に多少の後ろめたさがあるのだ。
だからせめてもの応援として翡翠色の魔法石をトビーに差し出した。
「これをジュリに渡しておいて。御守りよ。僅かだけど回復付与の効果があるわ」
「なんと⁉ そんな貴重な物を⁉ ありがとうございます。きっと元気な子を産んでくれるでしょう」
そう言うトビーに御守りを渡した時だった。
ギャー!! オギャー!!
「え⁉」
突如、朝焼けに産声が木霊する。
家からお産を手伝っていた娘が飛び出して来て、嬉しそうな声で「産まれたー!! 産まれましたー!!」と吉報を告げた。
「や、やったー!! ジュリさんやったー!!」
嬉しさの余り笑亜は両手を万歳して喜びを表した。
「言ってる側から産まれたんだけど?」
「まあ、赤ん坊なんていつ産まれるか分かりませんから。女神のみぞ知るというやつです」
その女神は目の前に居る。
トビーはたった今渡された御守りに視線を落とし聞いた。
「あの、これどうしましょう?」
「渡しといて。きっと出産で疲れてる筈よ」
出産後も母親の戦いは続く。「肥立ちが悪い」という言葉がある様に、出産で疲れた母体は死のリスクが大きいのだ。
その助けとなるようにとアルケーは回復の魔法石をトビーに託した。
「産まれた? 赤ん坊が産まれたのか?」
集まった騎士達が顔を見合わせて、辺りに響く産声に顔を綻ばせる。例え自分の家族でなくとも新たな命の誕生を祝福しない者はいない。
そんな彼等の前に隊長のシャルディが馬を進めて叫んだ。
「皆よく聞け!! たった今、王国に新たな命が誕生した!! 我等はその命を守る盾であり、脅威を打ち破る剣である!! この産声を行進曲とし我等の使命を果たせ!!」
その言葉に騎士達は気合いの入った鬨を上げた。
「昨日、村に迷惑を掛けてた連中が何言ってんのかしら?」
その様子にアルケーは冷めた視線を送る。略奪まがいの事をして村人からボコボコにされといて、何て面の皮の厚い演説だろうか。
そんな事を思っていると三郎が愛馬とのじゃれ合いから戻って来た。
「良いじゃねえか。ああでもしなきゃ戦なんて出来ねえよ」
「どういう事?」
「戦に臨む時、何よりも大事なのは大義だ。俺達の行いは正しい。天に背きし敵を成敗してやるっていう大義がな」
「それって自分勝手に正当化してるだけじゃない」
「そうかもな。だがそれをでっち上げるのが将たる者の役目だ。例え無理なこじつけでも、大義の無い旗の元には誰も集まらねえ」
アルケーはいまいちピンと来てない顔をする。
三郎が騎士達の心情を理解出来るのは同じ武人であるからだろうか?
「騎士隊、前へ進め!!」
やがて騎士の隊列が動きだした。
いよいよ魔王の居るモンティアルシュタットへ向けて出発である。
笑亜は後ろのアルケーに「行きますよ」と一言入れてから発進したが、それでも運動音痴の女神は間抜けな悲鳴を上げて彼女にしがみついた。
「皆さんお気を付けて! 御武運をお祈り致します!」
トビーは戦いに赴く者達に言葉を送る。
アルケー達は世話になった彼に手を振って返した。
「任せなさい! 魔王を倒して帰って来るわ!」
「帰ったらジュリさんの赤ちゃん抱かせて下さいね!」
「魔王の首取って来るから楽しみにしてろ!」
そんな物を持って帰って来られても困る、とトビーは顔を引き攣らせる。
モンテドルフを後にし、アルケー達はモンティアルシュタットに向けて馬を進めた。
いよいよ魔王カラミティとの戦いが始まろうとしていた。




