第11話 どうも、やると決めたらすごくできる子です。
久しぶりの投稿のため、リハビリです。
ログアウトした俺と向日葵をリビングで待っていたのは、ニコニコ笑顔の両親だった。
逆に怖いな……。
母さんこと黒野美咲は、俺たちにわざとらしい困り顔を向けた。
「これから夏休みだし、瑛太も向日葵もテストで赤点は無いみたいだし、問題は無いのだけれど……」
父さんこと黒野恵太も、それに続けてあはは、と爽やか笑顔で言葉を投げた。
「パパたちが仕事に行ってる間に、家事は済ませて欲しいかなぁ、なんて」
それに対して俺たちは、完全土下座の姿勢で謝罪の意を示すことにしたのだった。
「ゲームに夢中になってました。大変申し訳なく思っております……」
「おりますぅ……」
MWSのパッケージ版を持ってきて母さんに提出する。
向日葵はゲーム内容について軽く説明し、その後俺はこのゲームをやるに至った経緯と19時までリビングへ降りて来なかった理由の説明をした。
あとはひたすら謝り倒した。
俺と向日葵の謝罪に両親は腕を組み、うんうんと頷く。
この兄妹には、何の言い訳も逃げ道も残されていない。
何しろ俺たちは黒野家の約束事を破ってしまったのだから。
というのも、黒野家は両親共働きなので、平日は負担を減らそうと家族全員で分担して家事を行っている。
朝は母さんが洗濯物を干して朝ごはんを作る。
昼過ぎに俺と向日葵は学校から帰ってきたら洗濯物の取り込み、お風呂掃除、夕飯の支度と皿洗いをこなす。
休日は洗濯物、家の掃除、花壇の手入れ等を父さんが担当し、料理を母さんが担当する。
つまり、夏休みが始まる前の今日は、普通に平日。
俺たちが午前授業により学校から早く帰ってくることがあっても、黒野家家事担当ルールは適用されるのだ。
明日からは夏休み用の特別ルールが適用される。
午前中に掃除洗濯を終わらせて、19時までに1日分の宿題が終わっていれば何もしても良いという天国が始まる。
このルールは向日葵が中学生に上がった頃からずっと行われているので、習慣着けられていたはずだったのだが、久しぶりのVRMMOであるMWSが楽しくて、ついつい強制ログアウトギリギリまで遊んでしまった。
これは反省せねば。
土下寝をしながら、明日以降の過ごし方について計画を練っていると、父さんが手を叩き、注目を集めた。
「よし、2人とも反省している事だしこの件は終わりにしよう。次やったら、パパの当番も代わって貰おうかな、なんて」
基本的に俺たちに甘々な父さんは、同じミスをさせないように、軽めの罰を課す程度で許してくれそうなスタンスだった。
しかし、その刑罰は許すまいと母さんの鋭いツッコミが入る。
「あなたは休日しか当番ないのに何言ってるの。週末はしっかり家族サービスしてもらいますからね!」
「じょ、冗談に決まっているだろう、美咲」
「果たしてどうかしらね」
そんな他愛もないやり取りでゆっくりとした時間は終わり、現在は急いで夕飯の支度中である。
向日葵には取り込んだ洗濯物をたたんでもらい、父さんには一番風呂を譲る取引をしてお風呂を洗って頂いた。
俺は母さんと一緒に夕飯の支度だ。
「ねえ、瑛太。あなたと向日葵の成績はどうだったのかしら」
「あ、えーと。向日葵はオール5だったそうだよ」
「へえ、流石私の娘ね。で、瑛太は?」
どうやら言い逃れは無理そうだ。
「お、オール3ですが……」
「ふーん、そう……良くも悪くもほどほどね」
母さんはこちらを煽るようにニヤついた笑みを浮かべた。
目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだ。
こういう時、母さんは多くを語らないが、ひたすらに弄ってくる。
これが多分1週間くらいは続くからタチが悪い。
スープ担当である俺は、母さんの視線から逃げるように、野菜スープの鍋に勢い良くおたまを入れてぐるぐるとかき混ぜた。
母さんも向日葵と同じく天才型だ。
学生時代は成績表に5以外が記載されたことはなく、有名な大学を卒業して一流企業に就職したそうだ。
しかし、父さんと結婚して俺たちが生まれたあたりで、子供達を完璧に着飾りたい!との理由で育児休暇をたっぷりとった後に退職。
そのまま専門学校で美容師免許を最速取得。
ファッションやメイクの流行は常に最先端を勉強。
そして現在、完全予約制1年待ちの超人気美容院でご指名最多の美容師としてバリバリ働いている。
そのおかげで俺と向日葵は学校で見た目に関して悪い噂が流れたことは一切ない。
なんなら向日葵に至っては、ファンクラブが存在する程の人気を誇っていた。
やろうと思った瞬間、物事に無類なき才能と努力を惜しまない。
それが黒野美咲こと、俺の母さんだ。
母さんは生暖かい目を止めて少し黙った。
短い沈黙。
換気扇とスープの煮える音だけが聞こえる。
俺は思わず母さんの方を向いた。
すると母さんは再び口を開けた。
「瑛太、よく聞いて。……いや、軽く聞いて。ふとした時に思い出す程度には聞いて」
「ん? え、お? え、えーと……はい」
「あなたは向日葵と違って、やればできる子の強化版『やると決めたらすごくできる子』よ」
「お、おう。」
「向日葵はやると決めなくてもなんでも完璧にできる最上位種よ」
「それはそう」
向日葵のことは一旦置いといて。
『やると決めたらすごくできる子』か。
少し不思議なニュアンスだな。
でもまあ、褒められてはいるのかな。
「何か目標を立てなさい。勉強でもいいし、部活……はやってないからバイトを始めてみたり、あとはそうね──」
と言って、母さんは出来上がった料理を両手に持ち、食卓の方へ向かう。
キッチンからリビングを見ることができる間取りなので、俺は母さんの行く先を目で追った。
母さんは綺麗にセッティングされた食卓に料理を並べていく。
そして空になった手で、唯一この食卓に不釣り合いなものを取り上げる。
「このゲームとかどうかしら?」
その手に取られたものは、先程事情聴取の際に提出したMWSのパッケージ。
「目標にゲームって良いの?」
「別になんでも良いのよ」
そう言いながら、母さんはキッチンの方へ戻って来る。
「何かに夢中になって、それを好きになる。そしてその何かをより知ろうとする」
母さんは俺の目の前まで近付いて来た。
「それは努力の一種よ。努力の積み重ねが人を成長させるわ。私はね、瑛太。あなたに成長して欲しいのよ」
母さんは俺の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
「あなたの飽きっぽい性格はもちろん知っているわ。だってあなたの母だし」
だから、と母さんは俺より少し高めの身長をやや屈めて目線を合わせた。
「あなたが『ゲームに夢中になってた』なんて言った時は少し驚いたの」
母さんに言われて気付いた。
そういえば今まで生きてきて、夢中になって別の事を忘れるくらい、何かに没頭したことはあっただろうか。
小、中、高、と学校では他人に意見を合わせ、家では妹に振り回される。
そんな生活をし続けてきた。
自己主張をしたいと思える何かがあるわけでもない。
長い物には巻かれろ精神でこれまでやってこれてしまったのだ。
「夢中になれるものを見つけたのなら、次は努力の仕方を学びましょう。そうね……まずはひたすらにやってみなさい。そして経験して見つけた難点や問題点の解決策を考えるの。ゲームだからって適当じゃダメよ? 本気でね」
母さんに言われたことを、頭の中で反芻させる。
「瑛太には『夢中になって努力して成長して結果を出した』という成功体験がまだ無いの、どうせ明日から夏休みだし受験生ではないし暇でしょう? 」
「まあ、確かに暇ではあるな」
「なら決まりね! まず最初の目標は……このゲームで向日葵を超えてみなさい」
「……はぁ!? いやいや、βテスター且つほぼトッププレイヤーの向日葵を?」
今、母さんは鬼ゲーマーの向日葵を超えてみろと仰ったのか。
更に母さんはとぼけた表情で次々と爆弾を投下してきた。
「あらあら、妹に負けるのが怖いのかしら?」
「いや、母さんも知ってるだろ!向日葵が廃ゲーマーな事」
「もちろん、母ですから。でもMWSってまだ発売されてあまり時間経ってないのでしょう? 向日葵がコツを掴む前に瑛太がマスターしちゃいなさい」
「いやいや、このゲームは発売される前にβ版があってだな──」
向日葵から聞いたMWSの情報と今日起こったヒマワリとの出来事を一言一句素早く伝えていく。
ヒマワリのためにヒト族の鍛冶師になったこと、レベルアップを最速で行うためにボス部屋で戦い続けたこと。
そんなことをしていく内に。
なんでか分からないが、自然と口角が上がっているのを自覚した。
立てられた目標は、唐突で、無理難題だけれど。
このワクワクする気持ちがなんなのか、まだ分からないけれど。
なんだか、明日からの夏休みが楽しくなるような、そんな予感がした。
「こうしちゃいられない。早速ログイン制限が解除されるまでにレベルアップと強いスキルを獲得するまでのロードマップ作成を──」
「何言ってんの、これから夕飯よ。早く向日葵とパパを連れて来なさい」
いつの間にテーブルメイキングを終わらせて、彩り豊かな食卓を完成させた母からツッコミが入った。
もちろんそれはそうだ。
現実世界に引き戻された俺は、軽い伸びをして、軽い足取りで二人を呼びに行くのだった。
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