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冒険の続きは美少女魔王と共に  作者: わさび村おみそ
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第一話 冒険の終わりと始まり

互いに満身創痍。


我の右腕に感覚は既にない。


ぷらぷらと風につられて揺れるだけだ。


目の前の男、勇者も虫の息。


左足は滑稽な角度で曲がっており、脇腹からの出血は止まる様子がない。


ゆっくりと浅い呼吸を繰り返すばかり。


目は虚ろで、次にまばたきをすると二度と開くことはないだろう。


勇者も、我も、全力を出しきったあと。


これ以上など出すことは出来ない。


口角があがる。


そう。全力など、本気などはもう見切った。見切ったはずなのに。


この男、勇者からは底知れぬ何かを感じさせる。


これだけでは終わらぬだろう。


何よりその目が雄弁に語る。


お前を殺せる、と。


ただの買いかぶりかもしれない。だが、数百年、我が身に傷をつけることが出来た者などいない。さらにここまで疲弊させた者など、生まれた時から数えても、絶対にいない。


だからこそ、滾る。夢中になる。自分の理性で押さえようがないほどに。


今にも崩れ落ちそうな魔王城で、我の笑い声が大きく響き渡る。


それにつられたのか、勇者もまた、笑う。


我は確信した。


世界の覇権はここで決まる。


勇者が構える。


なるほど、やはり奥の手があったのか。


笑いが止まらない。


勇者の剣に魔力がたまる。


はらはらと、あたりの瓦礫が剥がれ落ちた。


後ろに下がって助走をつけ、全体重に勢いをのせて地面を蹴り飛ばし、超スピードによる突撃。


剣先は過剰な魔力からか、ぶるぶると震えている。


当たれば死ぬことは確実。


あの足でよく走れるものだ。顔は苦悶の表情に歪み、汗と血は混じり淡い色を描く。


つまり、片足がどうなろうとも、どれだけ苦しくとも良いと。


それだけの代償を払っても良いと。


ならば。


歓喜に顔が歪む。


「なるほど、それほどの力があれば、我を倒せるだろう!しかし、奥の手があるのは我とて同じ!また会おう勇者よ!次こそはその頭蓋、二つに割って杯にしてくれる!ふははは!」


全ては巻き戻る。


ただひとつの、我々という例外を除いて。


そのはずだった。


澄んだ空気、綺麗な星空、あたりに響く虫どもの声。


勢いよく身体を起こすと、視界に赤い髪が交じる。


白い素肌、小さい素足。


「やられたぁっ…………!」


失敗した。


何が?仲間選びか?計画か?


違う、全てだ。全て失敗した。


計画。


勇者たちを一旦泳がし、無事に我が城までたどり着かせて時間遡行魔術を使用し、連中の動きを全て対策。


我々は完璧な布陣を整えて改めて決戦、それどころか掃討戦をする。


否。掃討戦をされたのは我々だった。危うく時間遡行魔術を起動するための人員が枯渇してしまいそうになるほど勇者たちは強く、我々は甘かったと言わざるをえない。


仲間選び。


バッドレニー、ブラムンク、テルゴール、ドルネマ、ビナニーニ。


魔術、肉弾戦、策略、智謀、魔兵器開発に長けるエキスパート。指揮官としても、一兵卒としても、何であっても心強い。


まさに我の幹部としてこれ以上ない人材であった。


否。どいつもこいつも野心家。いつ首を切られるか分からなかったほどだ。


そして、奴らのせいで我はここにいる。裏切った瞬間の奴らの汚い笑みを私は忘れることが出来ないだろう。


時間遡行魔術。


この世の理を全て無視し、結界より外の時間を過去へ巻き戻す。


私の魔術には間違いなど無かったが、奴らの手によってすり替えられていたようだ。


極めて厄介な封印魔術と移動魔術に。


計画も仲間選びも失敗した末路がこれか。


魔核の封印、それは本体を魔力で覆い隠す我らにとってはまさしく最悪の状態異常。


今の我が身は本体がむき出し。刃物でも鈍器でも全て凶器となりうるだろう。


城ならば解除する方法はいくらでもあるが、緑が広がるばかりのただの草原に移動させられたのだ。解除するなど夢のまた夢。


しかしこの封印を解かねば奴らを殺せない。むしろ殺される。


ならば、どうすすか。


いや。どうやら考え事をする暇は無いらしい。


草むらを踏み荒らし、一直線で我に向かってくる正体不明の何か、いや違う。この気配ならば絶対にちがう。


勇者が。来た。


風を切る音が私の首元に近づき、あたりに轟音が鳴り響いた。


間一髪。


するりと避けて冷静に語りかける。


「久しぶりだな勇者よ。元気そうで何より」


冷や汗が垂れる。


もし反応が一瞬でも遅ければ死んでいた。


正真正銘の偶然。


「俺の仲間をどうした!」


「それは我にも分からん。しかし……」


勇者の折れた足に蹴りを食らわせる。


我の足へと痺れがじんわりと襲う。魔王と名乗っているのに虫ケラ一匹を屈服させるのにこのザマとは、なんとも情けないものだ。


相手はただの勇者だ。質問など答える必要はない。


痛みに耐えきれずに伏して私を睨んでいる。無様なものだ。


「しかし、……お前は仲間のことを心配しながらここで死ぬ。分かるのはそれだけだ」


背中を踏みつけ、憎き天敵の生殺与奪権を手に入れてやった。


ここにあっけなく戦いは決着した。


勇者と魔王。激戦の結果は魔王が勝つも世界は魔王のものにはなりませんでしたとさ。


あぁ、残念無念。


首をはねようと体をゆみなりにしならせると。


我は地面を舐めていた。


「がぁ、あぁ?」


訳が分からない。


口の中に泥の味が広がる。まずい。


全身へと全力を込めて立ち上がろうとすると、頭上から声が降った。


「お迎えへに上がりました。勇者様。ユースデルヴォーク騎士団長、サピアルでございます」


「あぁ、ありがとう。ところで、僕の仲間は」


「ご心配なく。勇者様。魔王城からの狼煙を確認しておりますので。さて、この小娘は一体?」


「それが、さっきまで僕を襲っていた、……今は馬に踏まれている魔族の小娘が、魔王だ」


「なっ!?」


「そう焦ることはないさ。どうやら全力を出せないようでね、僕が戦ったときよりもありとあらゆる力が弱まっている。それに、気配は変わらないのに姿が変わっている。おそらく仲間に裏切られて魔力を封印されたんじゃないかな。それに俺も巻き込まれてここにいるんだと思う」


「なるほど。流石は勇者様」


「やめてくれ。サピアルが助けてくれなかったら死んでいたよ。助けてくれて、本当にありがとう」


「いえいえ。貴方は私たちの救世主。その恩義を返すことは当たり前のことでございます。さぁ、私の馬へお乗りになって下さい。急いで都へ向かいましょう。応急処置しかここでは出来ませんし。勇者様には医師による本格的な治療が必要です」


かなり無礼な連中だ。


我は馬に踏みにじられながら怒りに燃えていた。


あいつらさえいなければ。何が仲間だ。何が幹部だ。


何が勇者だ。もう息も絶え絶えだというのに。


何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何がぁ!


叫びたかった。


しかし、ある違和感のせいで、我が脳髄は怒りで燃え盛らない。


なぜこいつらはここに来ることができたのだ?


移動魔術をつかったのは謀反を起こしたクズたち。けっして人間などではない。


ではなぜ、ただの人間が、しかも都合良く、ここにくることができたのか。


魔術?否、人間は魔術を使うことはできない。魔族とは魔術を使いこなすことが出来る、つまり細胞に魔力が満ち、魔核を持つ者のこと。姿かたちは似ていても、細胞単位で別の生き物なのだから。


やはり何かがおかしい。


いっそ、このまま気絶したフリをして捕まってみるのもいい案かもしれない。それに今ここで戦っても勝てる自信は少ないのだから。


我の戦闘能力は鋭い爪と角のみ。あとは小娘程度の非力さしかない。手負いの勇者なら何とかなるが、あの騎士団長はどうにもできない。それに数でも負けている。一騎当千とは絶対にならない。


また、ここで連中は我を殺すことはない。普通ならば勇者を殺そうとした賊は見た目なんぞ関係なく即急に殺すべきだというのに放置されているのだから。


大人しく気絶したフリが得策だ。


この判断に我はそれなりに後悔することになった。なぜなら我は馬から縄をかけられて引き摺られる形で運ばれていたからだ。


人間どもの処刑法のなかには罪人を町中で引きずり回すというものがあるらしいが、それにならったものらしい。


この屈辱的な扱いに、普段なら怒り狂っていたかもしれない。


そう、怒り狂えないほどに我の中で違和感は大きく膨れ上がっていたのだ。


なぜは幹部どもは裏切ったのか。


なぜ人間がここへ来たのか。


点と点が繋がり、疑問ははらりはらりとほどけ、次第に疑惑は予想へ、予想から確信へと変化していく。


魔術が使えない人間が我らのいた場所へと来るためには魔族との内通が必須。


つまり裏切り者どもたち、魔王軍の幹部どもは人間と内通していた。


なるほど、魔核を封印すれば人間だろうがなんだろうが我を殺すことは容易いだろう。


人間は魔王が殺せる。幹部たちは新鮮な肉が手にはいる。


我は奴らを舐めていた。小指で弾けば消え去る程度のゴミだと。


ゴミであっても舐めてはいけないようだ。頭の出来は優秀な場合もあるらしい。


今回の敗北は良い教訓を得ることができた。


あとは逃げて態勢を整えるのみ。


所詮は人間のより集まり、いつでも逃げられる。


「立て、貴様の処刑の準備は万端だ」


どうやら着いたようだ。ユースデルヴォークに。


しかも準備は万端と。推測は大当たりだ。


「親切にありがとう。自分で処刑の準備なんか面倒くさくて100年はかかる」


「減らず口をたたくな。さっさと歩け」


「……その傷で、まだ生きているのか。」


「……勇者とは頭の出来が良くない者のことを指すようだな。魔族は人間と違う。それだけのことだ。空気中に流れる魔力を使えば生命を維持し、傷を癒すことなど容易い。」


「便利なものだな」


「それよりも随分と落ち着いているじゃないか。さっきは仲間、仲間と怒り狂っていたくせに。もう葬式にでる覚悟ができたのか?あれだけ大人数の仲間がいたら葬式にでるだけで1年はかかるだろう、まぁ頑張るといい」


「この無礼者が!勇者様を侮辱する気か!」


髪を掴まれ地面へと顔を叩きつけられた。


ここで大切なのは、また、地面を舐めさせられたという一点。


魔王としてこの上ない屈辱。


騎士団長と名乗るこの男は優先的に殺してやろう。


いや、ただ殺すだけでなく今までの人生全てを後悔させて殺してやる。


「仲間は無事だとさっき聞いたからな。魔王、お前の挑発なんてきかないさ。サピアル、そんなことよりも早く処刑しよう。早く仲間たちと会いたい」


「分かりました。勇者様。あと、魔王の連行が終わり次第、医者をよびますので、暫しの辛抱を。王からの急な命令であの地へ向かったため、救急用具の補充ができなかったものでして。おい!こっちだ!早く歩け!」


首にかけられた縄をひかれ、街のなかを歩く。


広場でそびえ立つ、処刑場を目指して。


自分でも驚くほど冷静だった。


紐を引けば巨大な聖天石が落ちてくるという、単純明快な魔族を殺すための処刑具。


純度にもよるが魔力を通さず、その上魔族が触れば焼けただれる、そんな聖天石を上から落とされれば、しかも聖天石で出来た手枷と足枷をつけられれば、逃げることも出来ずに死ぬしかない。


着々と処刑の準備は順調にすすんでいく。


手と足は爛れて醜い色が広がっていく。


だというのに額には汗ひとつなかった。


もちろんこれは魔王としての誇りを損なわないためというのもあったが、一番の理由は余裕であったからだろう。


ユースデルヴォークの事情。


魔族の事情。


そして勇者たちの事情。


それらから導き出される答えから我は何も焦る必要は無かった。


「最後に言い残すことはあるか、魔王」


「そうだな、光栄と言っておこうか。我の処刑をたくさんの民衆だけでなくユースデルヴォーク王が直々に拝見してくれるというのだから。そして勇者よ、もう少し近くにこい。最後に言い残したいことがある。」


「なんだ?」


「あと2歩」


「近すぎないか?」


「しゃがめ!」


大きな声に驚いて、勇者は足をもつれさせてこけてしまった。いいザマだ。


そして、グサリと矢が勇者の太ももへと突き刺さる。


狙い通りだ。


やはり大きな音には驚くもの。勇者も狙撃手も本能には逆らえない。


「さてさて、勇者よ。これはどういうことかな?勇者様が敵から矢を受けたというのに誰も!何も!言わない!なんとも不自然な光景だ!さぁ、助けを求めたらどうかな?誰も助けにはこないがな」


「……だれ、か」


「おかしいとは思わなかったのか?なぜ王は騎士団に貴様を迎えにこさせたのに医者を呼ばなかったのだ?」


「騎士団は、急だったからと……」


「ンン~?それでもおかしいなぁ、魔王城で戦ったのならば当然怪我をする。しかも医師による治療が必要なほどの怪我をな!ではなぜなのか?しかもなぜお前は矢で打たれている?答えは簡単!貴様らは口減らしのために編成されたからだ!」


「うそを、つくな……」


「ふむふむふむふむ、折れた骨に矢がささって痛そうだな勇者よ、しかし嘘ではない。ユースデルヴォークは聖天石が大量に採れて魔族がよりつかないこと以外はなにも良いところがない。寒冷で乾燥する気候に水はけの良すぎる土地、背の低い木しか生えないので獣は敵が見やすいので狩りをするのも都合が悪い!つまり慢性的な食料不足なわけだ!その証拠に貴様の仲間はどこにいる?この気まずそうに目を伏した人間たちの群れの中に貴様と共に旅をしてきた仲間はどこにいる?」


「仲間は、まだ、魔王城からかえっていないだけだ……」


「いや!途中で離脱したものたちがいただろう!城へと向かう途中で!怪我をしてユースデルヴォークへ帰ったものたちが!どこにいる?いないだろう?」


「それは、ちがう、そんなことは、ない、いないなんてありえない」


「いいや、あるのだよ!しかも!なぜ王は騎士団をあの場所に派遣できた?おかしいだろう!あの場所を知りえる方法なぞあるはずがないのだから!これはつまり魔族とユースデルヴォークは手を組んだということに他ならない!さぁ!答えを教えてもらおうか、ユースデルヴォークの王よ!魔族と契約して民衆を売り飛ばした賢しい王よ!今となっては魔王も勇者もいつでも殺せる羽虫と同じ、冥土の土産に教えても良いだろう?」


我は満面の笑みで王を睨む。


黒い髭を蓄えた老骨は、重々しい表情で真実を打ち明けた。


「……見事な推理であった。同じ王として尊敬に値する。……その通りだ。第一次魔王討伐隊はただの口減らし。……申し訳ありませぬ勇者殿。このユースデルヴォークのために死んで頂きたい」


「じゃあ、なかまは、しんだ?」


この男の絶望はどれほどのものなのだろうか。


信じてきた者たちに裏切られ、自身の心の拠り所はすでに土か獣の腹の中。


しかもこれから死ぬことしかできない。


いい娯楽だった。気に入らない勇者がここまで絶望し、痛みにあえぎ、苦しんでいるのだから。今までの屈辱は水にながしてやろうではないか。


我は良くできた演劇を見た後のような余韻に陶酔していた。


雨が降った。


人々はただ、3日後には忘れている罪悪感を抱えて立ち尽くしている。おそらく誰も雨を気にする余裕がないのだろう。


この中でただ我だけが余裕があるからこそ、雨が少し赤いことに気がついた。


初めて見た。


聖天石にあたると蒸発していることから、魔力が含まれていることは分かるが、なぜだ。


死を忘れた獣が魔王を滅ぼすのです。


ふと、誰かの言葉を思い出した。


「────────────」


黒い棘の鎧をまとった男が叫んだ。


少しキョロキョロし、王と目が合うと走り出した。


少しおくれて愚かな民衆が逃げ出す。


「王をお守りしろ!」


サピアルが剣を振り下ろす。男はその場に倒れ地面を舐める。


騎士団長を名乗るだけある。見事な剣さばきだ。


腕や足から繰り出される攻撃の全てを相手に攻撃を与えることなく重心をずらすことで防いでいる。


正に達人だ。


しかし、殺意にはより強い殺意で臨まなければ喰われるのみ。


結果は見えている。


ただサピアルの気遣いからあの男は勇者だということはよくわかった。


いや、分かってはいたがより強く確信できたというべきか。


そして分かったことはもう1つ。


この事態はだれにも予想できなかったということ。


ならば我にとっては好都合。


うまく使わせてもらおうではないか。


「ユースデルヴォーク王よ!この男、どうおさえるかね!」


「……まさか、貴様ら……!悪魔どもめ!儂をよくも騙しおったな!」


「さぁどうだろう!そんなことよりも、その男を唯一おさえることのできる我と交渉すべきではないのかな?さぁ、よく目をこらして見るがいい!男の方が騎士団長よりも一枚ほど上手だぞ!」


「騙されてはなりません!王よ!この方は勇者様です!姿形はどうであれ、勇者様です!このお方に我々が無礼を、そして残虐非道な行いをしたのは事実!このお方に必要なのは我々の謝罪です!断じて魔王の甘言などではありません!しかも魔術を封印されたそうではありませんか!ただの非力な小娘になにができるというのですか!」


よくも戦いながら口がまわるものだ。


「では騎士団長が死ぬまで、交渉は待とうではないか。見たところ騎士たちの中でそれよりも強いものはいないようだしな」


だが勝負は見えている。サピアルが勝つことはありえない。


しかも勇者に必要なのは謝罪だと?ありえない。やつはずっと仲間のことを案じていた、つまり仲間が死んだからこそ暴れているのだ。


必要なものは裏切った連中の死。


復讐だ。


そんなやつが今さら交渉に応じることは絶対にない。


しかし、言葉とは裏腹にサピアルは冷静だったようで、剣を大きく振り上げ、勇者の足を地面へと縫い付けた。


「王よ!質問をさせて頂きます!なぜ勇者たちを裏切ったのですか?」


「……魔王の死体は状態に関わらず高く売れる。この国で民を養うにはそうするしかなかったのだ。……民を食べさせるには、この地はあまりにも痩せすぎている」


「なるほど、勇者様のお迎えという目的を伝えたくなかったわけですね。それを聞けば私は絶対に医師を同行させると。口減らしに余計な費用はかけたくないと!しかし、民を切り捨てて民を生かすなど矛盾です!矛盾を抱えた国には滅びの道しかない!しかも貴方は民にまで共犯関係を結ばせた……!王ならば貴方一人でその罪を背負うべきだ!」


「……だから議会を通さず内密にすすめたのだ。サピアルには遠征へ行ってもらった上でな。よいかサピアル、理想や綺麗事では国は、民は生きていくことができぬ」


「理想を!綺麗事を!実現させずに何が王か!」


実に愚かな口論だ。


内容は言わずもがな。一番の問題は時や場所を考えていないところか。


グサリと雄弁をふるうサピアルの胸に大きな棘が突き刺さり、まるでゴミのように放り投げられた。


なるほど、魔力の使い方が随分と上手になったものだ。


その場で動けなくとも棘を長くすれば攻撃できる。幼稚な発想だが効果覿面で素晴らしいものだ。


「────────」


獣はまた走り出す。


憎くて憎くてたまらない者のもとへ。


騎士たちは大慌てで貧相な剣をふるう。


「さぁ王よ!もはや一瞬たりとも猶予はない!我を自由にしろ!」


「くっ……!くそ……!誰でもよい!外してやれ!」


苦い顔をして王が命令すると近くの騎士は剣の鞘で手枷と足枷を砕いた。


計画通りとは全く言えないが、これで我は自由の身。


しかし約束は守らねばならない。足に力をこめて飛び上がり、王のもとへ着地する。


「どうも、拘束を解いて頂き恐悦至極。約束を果たしてやろうではないか、王よ」


「早くしろ!やつが迫ってきているではないか!」


「ああ、もちろんだとも、あの獣をおさえてやる。我は嘘が嫌いでな。」


ぽんぽん、とひどく怯えて今にも泣きそうな王の肩を叩き、がしりとつかむ。


「飛んでいけ!」


約束は果たした。


これであの勇者の勢いは止まるだろう。もっとも殺したい奴が降ってきたのだから。


「おい、騎士どもはほうけてないで助けにいくか逃げるかするといい」


さて、裏切り者どもと仲良しの王を苛められてスッキリしたし、もう一人の気に入らない奴をいじめにいこう。


「久しぶりだな、随分といい戦いっぷりだったじゃないか騎士団長殿」


「なんの……用ですか」


「随分と泥を舐めさせてくれたからな、そのお礼に我が傷を治療してやろうというわけだ。もちろん、お前がこの国が滅びるまでをじっくり見届けられるようにな」


「……それは、できないでしょう、あなたに、国を滅ぼすなんて、そんな力はない、傷の治りの遅さを見ればわかります。それに、市民を避難させるようにと部下へ命令したので……彼らは優秀です、おそらく、勇者様も王を殺した後は、……目的を達成できれば、燃え尽きるのが人ですから……皆殺しにはならないでしょう」


「ならば、追って殺すまでだ。お前の目の前で、自身の無力さをじっくりと噛み締められるようにじっくりと殺してやる。お前は何も守れなかったと、後悔しながら死なせてやる」


「それも……できませんね、まず、最初にあなたは、治療すると言ったのに、できていません。それは、私の傷の深さから、出来ないと分かったから。おそらく、治療して私の目の前で殺すというのを、変更して、私が無念の中で死ねるようにと、考えたのでしょう」


「ふん、バレていたところでかまわんよ。それに、お前が勇者たちを守れなかったことには変わりがない、しかも勇者はこの街の人間を、逃げた者は追いかけてでも、皆殺しにするまで終わらないだろうよ」


「ふ、ふふ、そうですね、たしかに勇者様にはただただ、申し訳ない気持ちです、ですが、人は学ぶ、ものです、人を傷つければ、だませば、報いがその身にふりかかる、その考えはこのユースデルヴォークからひろがる。ならば、二度と勇者様たちのような不幸は、起こらない、ならば私達が死ぬことにも意義があるというもの」


「……なにが言いたい」


「少なくとも、私は、意義のある死を受け入れているのですよ、人は敗北から、失敗から学ぶことができる、そして学びを受け継がせて生きていくのです。あなたは私に屈辱をどうにかして与えたいようですが、それは無意味です。私達はこの敗北を、ここで起こる死を、意義あるものとして、とらえているのですから、後世へと、受け継がせていくのですから」


「………だまれ、だまれだまれだまれ!!」


顔を蹴り飛ばす。喉を切り裂く。頭を踏みにじる。


死体へと怒りをぶつけなければならないほどの強い怒りだった。


魔族は子を産めぬ。死ねばそれで終わり。何百年、何千年と生き続け名を刻み続けなければ、生きた証は残せない。


最期までイヤな男だ。


この魔王をここまで侮辱しながら満足そうに死ぬなど。


もういい、死んだのだ。忘れよう。


ため息を一つつき、勇者のもとへ歩み寄る。


「随分と機嫌がよさそうだな、勇者よ」


全身を血に染めて、勇者はたっていた。


王の死体は見当たらない。おそらく見当たらなくなるほど切り刻んだのだろう。


「魔核を持っていたとは驚きだったよ。突然変異というやつか?そういえば魔力を剣に込めていたな、あれはどこかの魔族からくすねたと思っていたが。正義を語る代行者から悪を謳歌する道化になった気分はどうだ?悪くないだろう?」


「殺せ」


「はぁ?殺せと?本気か?」


「もう、いい、疲れた。俺はあいつらがいたから戦えた、身寄りも、素性も、何も分からない俺なんかを。ずっと助けてくれた、ずっと支えてくれた。なのに、俺は守ってもらってばかりで、ずっと、いつか恩返しがしたかった。なのに俺は無知で、こんなやつにだまされて。俺は、ここで死んで償うことしかできない」


どうやら本気のようだ。


無抵抗を証明するように棘は砂のように崩れ落ち、勇者の顔を見せていく。


ただ、涙が止めどなく溢れている。


なるほど、我が自由と悪逆と破壊をひたすらに愛すように、勇者は仲間をひたすらに愛していたということなのだろう。


我もその自由を、生きる意義を奪われては死を望んでしまうのかもしれない。


同情も憐れみもしてやろう。


ただ、死を望むということは相手に魂を明け渡したということ。


勇者よ、お前のことは我の好きに利用させてもらう。


「魔術ならばどうだ?」


「……なんの、話だ?」


「時間を巻き戻す魔術が、死んだ者を甦らせる魔術が、あるとしたらどうする?」


「あるのか……?」


「あるとも!そしてこの世界においてこの我だけが使える魔術でもある。しかし、我の力は封印されている。さぁ勇者よ、この我の完全なる復活に協力するがいい。褒美に貴様の望みを、人を人とも思わぬ外道に殺された仲間を、貴様の望むかたちで甦らせてやろうではないか」


涙が止まる。


勇者はまた新たな生きる希望を見つけることが出来たようだ。


それはまた我も同じ、新たな娯楽を見つけられた。


魂だけを蘇生して現世の定着を適当にして仲間の魂が存在ごと消滅するのを観賞させてやろうか。


時間だけを巻き戻して因果律に関与できなくして、仲間の無惨な死にかたをみせてやろうか。


たのしみだ。


「……わかった。協力する。お前の封印を解くのを手伝うよ」


人は大きなもののためには命を賭けられない。


身近で小さな大切なもののために命を、いや、命どころか他人の犠牲なども厭わなくなる。


それが一度奪われたものならなおさら手段など選んではいられない。


信望の無い魔王と、希望の無い勇者。


彼らの冒険はここから始まる。


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