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北西の城へ

その頃、義心と明羽は、北西の領地境へと来ていた。

正確にはこの辺りは匡儀の領地ではないが、匡儀が世話をし統治する神達が治める領地が、この辺りまでということで、ここから先は、ドラゴンの王が統治している神達が治める、領地が始まるという事らしい。

明羽は、その土地へと降り立って言った。

「ここからが、入るには我が王の許可が要るという境になるのだ。」明羽は、何の変哲もない森の、背が高いものと低いものが立ち並ぶ木々を指した。「ここからこっちが我が王が管理なさっておられる土地の木、ここからがあちらの管轄。木々でさえ、世話をする神によって育ちは変わる。我が王は、大変に力をお持ちであるからこのように木々もよう繁るが、あちらはそうそうここらの木々まで面倒を見ぬので、同じ時期に芽吹いてもこの有様ぞ。それでも向こうでは、気にもしないらしい。これらも生きておるというに。」

義心は、それを見てただ頷いた。明羽が言うように、あちらでも同じだったからだ。

維心が世話をする土地の中では、木々も動物もよく育つ。維心が結界内の気を調整し、生きて行きやすいようにしているからで、木々からの感謝の気はいつも宮を満たしていた。

とはいえ、匡儀は自分の結界内だけではなく、他の神が管轄している領地の中まで世話をしているようだ。

何しろ、ここは匡儀の結界からは遠く離れていて、明羽に案内されて飛んでいる間にも、いくつも神の宮を眼下に見て通り過ぎたものだった。

そんな上を飛んでいるのに咎められることが無かったのは、恐らく明羽が匡儀の軍神であるからなのだろうが、それだけの神が、完全に匡儀の下についているのは驚きだった。

その上、他の宮の領地内の木々の世話までしているとなると、匡儀の力が及ぶ範囲は、あちらの維心の比では無いほど広いという事になりそうだった。

「…我が王は、ご領地の中だけを見ておられて、基本他の宮の王達の指導はなされるが、このように直接に世話をしたりなさらないので、驚いておる。」

明羽は、その境目に立って、少し困ったように笑った。

「いや、我が王だとて直接にお手を出しておられるのではなくて、こんな細かい所まで指示してきちんとしておると言いたかっただけで。」

義心は、それを聞いて少し、眉を寄せた。ということは、匡儀の圧力を受けて、この辺りを領地にしている王が必死に整えてこれを保っているということになる。

ここまできちんとやっているということは、匡儀の影響力の強さも知ることが出来るが、それよりも義心には、匡儀に対する反発も、少なからず抑えられている王達の間で、育っているのではないかと思った。

以前、維心が匡儀と会った時、匡儀はやっとこちらを平定したばかりだと言っていた。

匡儀は、まだ維心のように平定して時が経っておらず、まだまだガッツリと他の王達を抑え付けておかねばならないからこそ、細かい所にまで目を配ってうるさくしているのではないかと義心は思った。

それでもそれは匡儀のやり方なので、義心が口を出す事でもないし、義心はそれには何も言わずにふと、明羽の甲冑を見た。

「…ところで、これから主と我には気を遮断する膜を掛けるゆえ気を探られることには問題ないのだが、目視では見つかる恐れがあるのだ。その、白に金粉が振られているような甲冑の色では、太陽に下ばかりか月明かりの下ですら反射して見つかりやすいのではないのかと案じられる。主らには、潜伏用の機能は着いておらぬか?」

明羽は、自分の甲冑を見て、腹当てに手を当てた。

「潜伏用の機能?甲冑は甲冑のままなのだが。」

義心は、自分の深い青色の甲冑の肩当て辺りをポンと叩いた。すると、その肩当ての色が深い青い色から、黒い色になった。

「お!」

明羽が、驚いたように目を丸くする。義心は、その目の前でもう一度、同じ肩当てをポンと叩いた。

すると、肩当ては今度は草色のようなまだらな色へと変化した。人世で言う所の、迷彩柄という感じだ。

「なんと凄いではないか。」明羽は、それは目をキラキラとさせて、それを眺めた。「主らの方の甲冑は皆、こんな機能を付けておるのか?」

義心は、首を振った。

「皆ではないが、偵察に行くような任務の時はこのような機能があるものを身に着けて参るのだ。術を施して作るので、時が掛かるからの。ということは、主はその甲冑では目立って仕方がないのではないか?せめて、色だけでも何とかせねば。そうであるな…泥で汚すか…。」

義心が、回りに何か無いかとキョロキョロと見回す。明羽は、それを見て苦笑して首を振った。

「ああ、泥など落ちるやもしれぬしな。良い、ここの関留(かんる)という王の宮が近いし、ここの甲冑を借りて来るわ。なに、我が王の命だと申せば、何でも差し出すゆえ。主はこちらで待っておってくれ。」

義心は、それを聞いて少し、眉を寄せた。軍神がそのように横柄な様子でも、許さねばならないような統治の仕方をされておるのだな、こちらの王は。

「…術で貼り付けたら泥とて馬鹿にならぬぞ?何より早う行かねばならぬのだし、我が細工するゆえ。いきなりにこのような時間に押し掛けて、甲冑を貸せなど乱暴ではないか。」

明羽は、もう飛んで行こうとしながら、首を振った。

「そんな気遣いなどせずとも良い宮であるから。すぐに戻るゆえ!」

「明羽!」

明羽は、義心が止めるのも聞かず、さっさとその関留という王の宮の方角らしき方へと、さっさと飛んで行ってしまったのだった。

…だから一人が良いと申したのに。

義心は、そんな明羽が飛んで行くのを見ながら、イライラしていた。

そして、そんな自分に驚いた…前世の自分では、絶対にこんなことでイライラしたりしなかったのに。

つまりは、やはり若くなっているので、気が短くなっているのだ。

そんな自分にもため息をついたが、しかし知らない土地の軍神と共に知らない土地へと向かうことに、気が滅入る気持ちだった。


次の日の朝、維月は美加と話していた。

今は甲冑から着物に着替え、落ち着いた佇まいでいる。

ミハイルは維心と朝早くから応接間で話していて、そこには他の宮の王達も入れ替わり立ち替わり来ているようだ。

この宮は穏やかだが、確かに戦が始まり、何が起こるかわからない状態なのはそれで分かった。

維月は、その落ち着いた美加に、聞いておかねばと口を開いた。

「ところで…気になったのだけど」維月は、言いにくそうに美加を見る。「あなたとヴァシリーの間には、ミハイルの他にあと、二人の皇子が居たわね?二人は、どうしたの?」

美加は、体を固くする。

維月は、聞いてはいけないことだったかもしれない、とは思ったが、ずっと気にしていたことだったので、気遣うような気を発したものの、そのまま黙って美加の言葉を待った。

美加は、暗い顔をしながらも、項垂れることなく、答えた。

「…はい。生まれた時には祝いも戴きましたものを。お気になさるのも道理。お祖母様…実は、一人は宮での立ち合いの際に受けた傷がもとで死に、もう一人は見回りに行かせた先での事故で失いました。あれらはもとよりミハイルほどの気を継いでおらなんだ。恐らく他のドラゴンに間引かれたのではないかと。」

維月は、驚いた顔をした。間引く?間引くって何?

「え…間引くとは?」

美加は、苦悶の表情を浮かべた。そして涙ぐんだ目で維月を見上げて、言った。

「あちらはこちらのように、穏やかには暮らせませぬ。王は世襲ではなく、誠力の強い認められた者がなる。こちらの皇子は回りに守られて過ごしますが、あちらではかえって皇子は危険なのですわ。なぜなら、次の王座を狙う輩が隙をついては消そうと画策するから。それを退けられる者だけが残り、最後の王座をかけた戦いに参加できる。ヴァシリーもそれに勝利して王座に就いておりました。ミハイルとて、何度も狙われ相手を返り討ちにして生き残って来たのです。あちらでは、ミハイルには敵はない。ですが、我という母のために臣下達の心は二分されておりました。そこをつかれて、此度はヴィランなどに王座を奪われることになってしまったのです。」

維月は、さすがに息を飲んで絶句した。

あちらが、世襲制でないのは知っていた。だが、想像以上に過酷な王位争奪の戦いがあるのだ。しかも、強いだけではなく臣下に信頼され、その心を掴んで確かに仕えるべき神だと認めさせねばならない。

皇子だからといって、安穏とはしていられない。むしろ、皇子であるからこそ普段から気を抜かず回りを警戒しておかねばならないのだ。

美加は、そんな中でヴァシリーと共に戦い、王座に就けた後も、ミハイルと共に戦い、そうして生き残って来たのだろう。

幸せになったのだとばかり思っていたが、その幸せはそんな厳しい環境の中で必死に守っていたものだったのだ。

「まあ…それは…知らなかったわ。」

維月は、やっと言って美加の手を握った。心根が悪いというだけで、そんな中で必死に生きていた美加を、せめてこれからは穏やかに生活させてやりたいと心から思ったのだ。

美加は、維月の心情を感じ取って、涙目のまま無理に笑顔を作った。

「そのように案じずで居てくださいませ。それでも我は、あのようなことをしでかしたのにも関わらず、ヴァシリーに出逢い幸せだったのですわ。なので、こちらと勝手が違っても頑張れましたしつらいとは思いませんでした。あちらには、あちらの常識がございますもの。みんなそんな中で生きておりますの。我は間違いなく幸福でした。」

維月は、ついに涙を流している美加を、黙って抱きしめた。

この戦を早く終わらせて、ミハイルの命だけは守り切ってやらねば、と、維月は心の底から思っていた。

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