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軍神

「堅貴!」

明羽は、さっさと回廊の向こうへと足を進めて行く、堅貴の背を追いながら呼び止めた。

堅貴は、ハアとため息をついてから、明羽を振り返って目を細めた。

「…何ぞ?我は主の代わりにあちらへ参らねばならぬのだ。聞いておったであろうが。」

明羽は、ずんずんと足を進めて堅貴の前へと立つ。堅貴の体格が良いので大きく見えるが、こうして向かい合うとそう背丈は変わらなかった。明羽は、薄い青い瞳で、堅貴の薄茶色の目を見つめて、言った。

「我は、北へ参る。」

堅貴は、無表情のまま頷く。

「知っておる。あちらの筆頭であるあの義心とやらは、島の北の戦いの折も見たがかなりの軍神であるし、主もあれと共なら面倒は掛けても掛けられる心配は無いし良いでは無いか。」

明羽は、首を振った。

「そういう事では無いのだ。我が行く前に、聞いておきたいのよ。主、妹のことはどうなっておる?笙鈴(しょうりん)は我が居らぬようになったら、たった一人なのだ。だから今、聞いておかねばと。」

堅貴は、明羽に向き直ると、見下ろすような視線で、明羽を見た。

「…笙鈴は我にとっても妹のようなものよ。前にも申したではないか。なのに主は我に我にと。確かに主の両親はもう亡うなって頼る者も主しか居らぬやもしれぬが、主に何かあったら家の者が何とかしよるわ。案じるでない。」

明羽は、それでも追いすがった。

「そのような…笙鈴は主の事を想うておると申しておったのに…。」

堅貴は、またため息をついた。

「何度も申した。すまぬとは思うが、あまりに幼い頃より近くに過ごし過ぎておったのよ。」と、明羽の後ろへと視線を向けた。「義心殿が待っておるぞ。今はそれどころではあるまいが。青龍の王には世を正してもろうて、こちらの民も心安く過ごせるようにしてもらわねばならぬのだ。主も今は、己の務めのことを考えよ。」

明羽は、ハッとして振り返った。そこには、義心が少し離れた位置で、じっと立ってこちらを見ているのが見えた。

「義心…。」

明羽が、言い訳でもしようとしているかのようにそちらへ足を向けると、堅貴がさっさと歩き出した。

「東の島へ行かねばならぬ。ではな、明羽、義心殿。」

明羽は、急いでそちらを振り返ったが、堅貴は浮き上がって飛び去って行ってしまった。

明羽は、それを成す術なく見送って肩を落とす。義心が気遣わし気に明羽を見た。

「堅貴殿とは主の友か?聞かずでおこうと思うたが、聞こえてしもうたのだが。」

明羽は、控えめにそう問う義心に、ため息をついて答えた。

「堅貴は我の幼馴染でこの宮の次席軍神ぞ。我の父とあれの父も友であって、生まれた時も近いので長く共に来たのだ。我は、あれの妹の白鈴(びゃくりん)を妻に迎えておって…主も聞いた通り、我が妹は堅貴に嫁ぎたいと申しておるのだが、まだ誰を相手でもそのような心持にならぬと長く断られ続けて来て。妹もよい歳になって参ったし、そろそろと思うのに、あれはいつもはぐらかしてしまうのだ。」

義心は、そういう事は本人同士なのでは、と思った。自分の前世でも、長く断っても断っても自分に嫁ぎたいと言って来ていた女が居た。だが、義心はそんな気にもなれなくて、断りながら放置している間に、病で亡くなった。他に嫁いでいたのなら、子の一人ぐらいは遺せただろうと考えると、やはりもっとぴしゃりと断ってしまっていた方が良かったのではと思ったものだった。

なので、明羽に言った。

「…気が進まぬのなら、押し付けぬ方が良い。他の縁の方が、妹君も恐らくは幸福になれようしの。我らの方では、そういう男は多いし女はとかく受け身であって、親が持って来る縁を受けることが多い。それで、うまくやっておるしな。主も友なら、もう無理に勧めるのはやめた方が良いのではないか。」

明羽は、キッと義心を見て、何か反論しようとしたのだが、少し考えて思い直したのか、力なく肩を落とした。

「…そうよな。我とて気が進まぬ縁を押し付けられようとしたら、面倒に思うもの。堅貴にはまた、戻ったら謝っておく。」と、振り切ったように、義心と目を合わせた。「参ろうか。我は主ほどの手練れではないが、それでも役には立つはずだと思うておる。維心様が仰っておったのは、リーク王が守るここから北北西に上った所にある王国であろう。我らも、領地に近い城の領地は王に命じられていつも調査しておるから、ある程度のことは知っておるつもりぞ。」

義心は、頷いた。

「案内を頼む。我もある程度は把握しておるが、ここからどのルートで参れば良いのかまでは分からぬから。まずは、気を押さえて隠しながら飛び、近くなったら膜を被って歩いて参ろう。その方が、気を探って来られた時見つからずに済むゆえ。」

明羽は、怪訝か顔をした。

「膜?なんの膜ぞ。」

義心は、回廊の掃き出し窓から外へと足を進めながら、答えた。

「仙術よ。人の仙人が作り出したもの。」

義心が飛び上がると、それを追って来ながら、明羽は言った。

「おお仙人か。こちらにも仙人が住む山があって、我が王が臣下がたまに様子を見に参ることを許しておるな。王は人に面会を許されることは無いが、優遇してやっておられる。そちらの仙人の術と?」

義心は、明羽が飛ぶ方向へと合わせながら軌道を調節して、頷く。

「そう。あちらには仙人は少ないのだが、以前居た仙人たちが残した書があって、そこから神が学んで使っておるものがいくつかある。その中に、気を遮断する膜と申すものがあるのだ…本当に、気を通さぬから、これに包まれておったら目視で探すよりなくての。悪巧みにもよう使われて、あちらでは難儀した過去があるのだ。」

明羽は、ほう、と感心したような顔をした。

「それはまた便利でもあるが面倒でもある術であるな。我にも出来ようか。」

義心は、明羽を見て微笑んだ。

「人が作ったものであるから。難しいものではないのだ。誰にでも出来よう。」

明羽は、嬉し気に微笑み返した。

「新しい術を覚えるのは気が湧くの。楽しみぞ。」

義心は、明羽の横を飛びながら、僅かな時間しか共に居ないが、明羽がとても素直で懐っこい性質であるのが分かった。思ったことがすぐに顔に出て、裏が無い。龍には珍しい気質だと思ったが、しかし白龍はそうでは無いのかもしれない。

明羽は、そんな義心の気持ちには気付かず、いろいろとこちらの地のことを話し、義心の生活のことも聞きたがったりして、北北西の領地境へと向かう間、少しも退屈することが無かったのだった。


東の青龍が住む龍の宮では、維斗が維明から状況を聞いていた。

父が維明に説明し、それを維明が維斗に説明してくれたのだが、東の海岸線は、今は大叔父の明維と晃維、そして亮維の三人が派遣され、守っているらしい。

維明は、何としても自分に任せてもらえないのが不服なようだったが、しかし大叔父達は五代龍王維心の皇子達で、実戦も経験している力のある龍で、維斗は父がそれを決めたのは間違いでは無いと思っていた。

義心が、たった一人で重要な任務を与えられて北西へと向かったのだと聞いた時、そこまで父に信頼される義心が少し、妬ましい気持ちになった。

恐らく維明も同じなのか、あまりいい顔はしなかった。義心が、あの前世の義心の生まれ変わりなのだとは聞いていたが、皇子の維明や維斗を差し置いてまで信じるにたる神なのだろうか。

維斗は、そんなことを思ってしまうのだ。

「…義心は確かに優秀かもしれませぬが…父上が、あれほどにご信頼されるほどのものなのかと言われたら、我はそこまではと思うてしまいまする。兄上、誠ドラゴンが攻めて参ったら、我らはここで待つしかないのでしょうか。皇子が宮で高みの見物など、我は望みませぬ。そんなために毎日精進しておったのではありませぬので。」

維明は、何度も頷いた。

「我もそのように。だが、父上に逆らってまでとは思うておらぬ。義心が戻らぬことも考えられようし、そうなった時は我が参ると申し上げようかと思うておるのだ。」

維斗は、目を見開いた。義心が戻らぬということは、あちらは義心を討ったか捕らえたということで、龍が北西へ来ているのを知っているということになる。そんな所へ、第一皇子である維明が行くなど、許されるはずは無いのだ。

「そのような!兄上はこの宮の後を継ぐ皇子であられるのに、父上がお許しくださいませぬ!ならば我が参る方が、余程…。」

言ってから、維斗は思った。義心には、立ち合いでも勝てた例はない。そんな軍神が敵わないような敵の只中へ、自分が行くなど敵に塩を送る事になるのではないのか。

維明は、言葉に詰まった維斗に、その考えを察して諦めたように、息をついた。

「…そうであるな。主も我も、確かに未熟よ。生きて帰ることなど、義心に出来なかったのなら、我らにも出来ぬだろう。立場も違う…父上は、いざという時切り捨てることが出来るからこそ、軍神である義心を送ったのだ。」

維斗は、ハッとした。言われてみたら、そうなのだ。父に信頼されているというものそうなのだが、父はその中でも、捕らえられても質にならないようなものを選んだ。

軍神は質にはならない。捕らえられたら己のせいで、己で逃れて来なければならず、それが王の足手まといになるとすれば、自ら命を絶つ。

しかし、皇子は背負っているものがあるのでそれが出来ない。あちらも生かして、取引の材料にしようとするだろうし、王も皇子を見捨てることは出来ない。

だからこそ、面倒が無い軍神である義心を送ったのだ。

「…そんなことにも気付かぬで…。」

維斗が、恥ずかし気に下を向くと、維明は自嘲気味に言った。

「我とてそうよ。あれを妬む前に、己がものを知らぬということを恥じねばならなんだのに。考えが浅かったわ。このようであるから…父上も、我らを重用してはくれぬのであろうな。もっと、精進せねば。」

維斗は、頷きながら今頃は、遠い地を敵地へと向かっているであろう、義心を思った。義心は恐らく、それを知っていた。知っていて、単身敵地へと向かったのだ。

軍神の過酷さは知っていたはずだったが、こうして戦時のそれは更に理不尽なものなのだと、維斗は改めて思っていた。


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