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それから、神世ではしばらく、次元全体がおかしくないか精査することに時を取られ、やっと全てが今のところ大丈夫だと最後の報告が上がって来た時には、もう一年経っていた。

維心は、義心からその報告を受けて、下がらせてホッと息をついていた。なんやかんや言っても、神世は広い。面倒だが、全てを調べたとしたら、一年で終えたのは早い方だと思えた。

するとそこへ、維月が裏から入って来て、維心に頭を下げた。

「維心様。」

維心は、維月に手を差し出しながら微笑んだ。

「戻ったか。どこへ参っておった、我は政務を終えて参ったのに。」

維月は、申し訳なさそうに維心を見ながら、その横へと座った。

「申し訳ありませぬ。千夜殿と弓維の手習いを見ておりましたの。高晶様からお任せ頂いておるのですし、私が時に見なければと思いましてございます。」

維心は、それを聞いて息をついた。確かに、あれから維月が、落ち着いた頃にと詩織宛に文を出し、千夜と弓維が同じ年ごろと聞いたので、是非茶会にでもと誘ったのだ。

そうしたら、あちらとしては三番目に入った妃が、他の妃もまだ会った事の無い龍王妃に先に目通りするなど、と出過ぎる訳にも行かないということで、もう成人間近の別の妃が産んだ皇女二人と千夜の三人で、茶会へ来る事になった。

それでも、いきなりに龍王妃に会うなど無理だと皇女達を案じた高晶がついて来ることになり、維心まで出て行かねばならぬようになって、結構大事になってしまった。

あちらもそれなりの大きさの宮で、そう礼儀を教わっていないというわけでもないのだが、緊張も手伝って、維心まで出て来ているのもあって、皇女達はすっかり萎縮して、身動きできないほどになってしまったのだ。

唯一、青い顔をしながらも茶会の席に座ることが出来たのは、千夜だけだった。

それも、千夜には維心に助けられた記憶があったので、維心に会うのは二度目で、慣れもあってのことだった。

高晶は、自分の宮の不甲斐なさに恥ずかしいと、見所がある千夜だけは、龍の宮で礼儀を教えてやってはくれないか、と頼み込んで来たのだ。

そんなわけで、千夜は弓維と歳が近かったこともあり、しばらくは維月が面倒を見ることになったのだ。

もう、それから半年は経っていた。

「あれはそろそろそれなりになったのではないのか。あれからもう半年であろう?」

維月は、それには微笑んで答えた。

「はい。始めは大変に緊張しておるようでしたが、やはりまだ幼いので慣れるのが早く、弓維とも仲が良うて穏やかに過ごしておりますわ。元々素直なお子なので、何事もすぐに学んで。維斗が弓維の面倒を良う見てくれるので、千夜殿も維斗には懐いておるようですの。」

維心は意外だったので片眉を上げた。

「ほう?維斗が。あれは訓練場にばかり居る印象であったがの。」

維月は、首を振った。

「いいえ。あの子はいつなり妹を気にかけておって、女神はどういう男に気を付けた方が良いのか、宴なども影から共に眺めて教えておったりしておりますの。ですので千夜殿も共に。そういうところは私にもよく分かりませぬので、大変に助かっておりますわ。」

維心は、意外だったが良いことだと満足げに頷いた。

「良いことよ。維明はそんなことにはからきしであるから、意外だったがの。」

維月は、微笑んで頷いた。

「はい。誠に。」

そうして、その日は次の七夕のことなど話して過ごしたのだった。


維斗は、最初はあまり幼い妹には興味はなかった。

しかし、駿の宮で時々会う椿や駿から、実は緑翠が白蘭の事を長く世話していたこと、志心も志夕もお手上げだったことなどを聞き、上位の宮の皇女でも、しっかり幼い頃からしつけて教えておかないと、親も兄弟ですら大変なのだと知り、弓維が心配になった。

常々兄も父も、宮の威信にかけておかしな行動は慎まねばならぬと言っていたのもあり、末の妹が甘やかされてもしやと思ったのだ。

それでよく訪ねるようになったのだが、弓維はとても出来た皇女だった。

さすがに龍王のお膝元とあって、弓維は瑠維と同じで淑やかで完璧に躾けられた皇女だった。

ここまで箱入りとなると、今度は変な男に騙されるようなことはあってはならないと、維斗は気になって自分がやる事では無いのかと思いながらも、弓維を連れて宴の席をそっと覗かせては、あっちのあんな仕草をする男は危ないとか、こっちの控えめな様子は男にしては大らかそうなので良さそうだとか、そんなことを教えて、見る目を養ってやっていた。

最近では、千夜という高晶の第三皇女が行儀見習いに来ていて、弓維とまるで姉妹のように仲良く一緒に居るので、ついでに千夜にも弓維と一緒にそういう事を教えていた。

千夜は、龍王妃である母の維月を大変に尊敬していて、いつも維月のようにと一生懸命なのが、維斗には微笑ましく映った。千夜の顔立ちは弓維ほどに絶世の美女になりそうな感じでは無かったが、それでも愛らしく可愛らしい雰囲気だった。それは素直で、維斗は二人にいろいろと教えていると、じっと見上げる二人の瞳が、まるで雛鳥のように見えた。

こうして見ると、案外に子供の世話など面倒では無いのかもしれない、と維斗は思っていた。

しかし、維明は違った。

子供を嫌いでは無いようだったが、そもそもが維明は姿どころか性質までも維心に似ているようで、宮に居る女は妹でもあまり興味はないようで、困っていたら助けてはやるのだが、それだけだった。

維斗は、兄と自分は姿はそっくりだとよく言われるのだが、性質は違うのだなとしみじみ思っていた。

維斗が、いつものように立ち合いを終えて奥宮へと帰って来ると、弓維が控えめに出て来て、頭を下げた。

「弓維。どうしたのだ。」

弓維は、顔を上げてニコと笑った。

「お兄様。本日、お母様が我らの書を見てくださいましたの。人世の歌をお教え頂いて、それを書き写しておりました。とてもお褒め頂いて、千夜殿とお兄様にも見て頂こうと。」

維斗は、これまた父にそっくりのそれは美しい顔で見上げる弓維に、苦笑した。

「ならば見に参るが、我は今訓練場から戻ったばかりであるし、湯を使って着替えて参るゆえ。しばし待たぬか。」

弓維は、ハッとして慌てて頭を下げた。

「申し訳ありませぬ。お兄様がお戻りになるのをお待ちしておりましたので、このように…。」

いつもは完璧に振る舞っている妹の、子供らしい様子に微笑みながら、バツが悪そうにしているその頭を優しく撫でた。

「良い。別に兄に少しぐらい我がままを申しても咎められる事など無いのだ。とはいえ、今も申したがしばし待て。家族の居間で待っておったら参るから。良いか?」

弓維は、嬉しそうに頷いた。

「はい、お兄様。では、居間で千夜殿とお待ちしております。」

維斗は頷いて、奥宮の湯殿へと向かった。弓維は、ウキウキとした足取りで、同じ奥宮にある、王の居間とは違う、家族で使う居間の方へと向かって行った。


湯殿へと向かう道で、維斗は父母の維心と維月に偶然行き会った。慌てて頭を下げると、維心がそれに気付いて言った。

「維斗。訓練場から今戻ったのか。」

維斗は、顔を上げて答えた。

「はい。父上には、湯殿でございまするか。」

だとしたら、自分は遠慮しなければ。

そう思っていると、維心は首を振った。

「いや。我らは露天風呂がある内宮の風呂へ参るのだ。母はあちらの方を好むゆえな。主が湯を使うならここの湯殿を使えば良いぞ。」

維月は頷いた。

「侍女達に申してあちらはこの時間、誰も入れぬようにしておるから。父上とご一緒に参るの。ところで、弓維があなたにお話があると申しておったけれど、出会いましたか。」

維斗は、頷いた。

「はい、母上。書が上手く出来たとかで、見せたいと申しておりました。家族の居間で、後程見てやろうと思うております。」

維心が、薄っすら微笑んで頷いた。

「よう妹を見てやっておるようで、心強いものよ。皇女は宮の恥にならぬように育てねばならぬから、主がそのようなのは我も安堵するわ。頼んだぞ。」

維斗は、恐縮した様子で頭を下げた。

「は。我に出来ることはやろうと思うておりまする。」

維心は、そんな維斗に頷いて維月の手を取ると、二人仲良くそこを出て歩いて行った。

維斗は、両親がいつまで経ってもそれは仲睦まじく、何人でも妃を娶れるにも関わらず、絶対に母以外には見向きもしない父に、自分もあのようなら幸福なのだろうか、と思って見送っていた。

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