報告
月の宮では、維心が維月と共におっとりと過ごしていた。
十六夜は、数日維月と過ごして気が済んだのか、維心が月の宮で維月と共に存分に過ごしていても、文句を言うことはなく、むしろ気ままなのでそろそろ地上に居るのが面倒だったのか、今は月に帰ってそこに居た。
十六夜はいつもこのようで、維月がひと月戻って来ているとはいえ、十六夜と共に毎日過ごしているわけではない。
十六夜が降りている時は一緒にあちこち遊び回っているのだが、そうでない時は碧黎が維月の相手をし、そうでない時は嘉韻が維月の相手をし、そんな感じで、里帰りと言ってもそこまで十六夜とべったり一緒というわけではない。
維心の場合、龍の宮で共に暮らしているにもかかわらず、常に傍に維月を置いておきたい方で、龍の宮に居る時には政務の他はずっと一緒に居た。
月の宮へ戻っている時でも、こうやって追って来るほど維月を側から離せないので、同じ夫とはいっても、維心と十六夜は明らかに違っていた。
長い年月兄妹で来たので十六夜は維月を妹扱いで、維月からも十六夜は兄扱い、維心は夫なのだろうという様子が、最近は如実に現れていた。
「主はそれで寂しくはないのか。」維心は、他人事ながら案じて維月に言った。「十六夜のことも前世より愛しておるのだろう。あやつの気ままさは、前世よりずっと酷くなっておろうが。主が帰っておるのにほったらかしなど、ならば龍の宮へ帰せと言いたいわ。」
少し憤るような感じで話す維心に、維月は苦笑して首を振った。
「私達は本体は一つでありますので。前世は人から途中で月になったのでそれほどではありませんでしたが、今生は幼い頃から月で共であって、十六夜にしてみれば常傍に居らずともという感覚なのだと思いまするわ。同じ所で同じことを長く出来ない性質ですので…帰って来た数日は共に過ごしておりまするし、私はこれで良いのですわ。父も居りますし、維心様もこうしていらしてくださるし。」
維心は、それでも納得いかないようだった。
「ならば里帰りを二週間ほどに出来ぬのか。毎回ひと月と申して…我は離れておるのがつろうて政務を必死にこなしてこちらへ参るのに…。」
維月は、そんな維心に抱きついて、その背を撫でた。
「維心様…そのように申さないでくださいませ。常はあちらで暮らすことに十六夜は何も申さぬのですから。あまり申したら…また機嫌を損ねてしまいまするし…。」
確かにそうだ。
維心は、言われてそれに気が付いた。また維月を許してやってるのにとか言われて、月の結界の中にガッツリ囲われでもしたら、全く会えなくなってしまうのだ。
「…そうであったの。すまぬな、つい忘れてしもうて。だが、まあ良い。主とあれは兄妹、我と主は夫婦。我とて最近はそんな感覚になって参っておるから。こうして会いに来ても文句も言わぬのだから、我も何も申さぬようにする。」
維心と維月がそうやって話しながら頷き合っていると、扉の向こうから声がした。
「王。ご報告に上がりました。」
義心の声だ。
維心は、答えた。
「入るが良い。」
すると、義心が入って来て維心の前へと膝をつく。維心は、その若い姿にこれが義心だと言われてもまだ、孫の義心だと思い込もうとしていたのもあり、まだ複雑だった。
しかし、義心は頭を下げて、じっと維心の言葉を待っている。
維心は、言った。
「…志心のことか。」
義心は、顔を上げた。
「は。水花と他二人を明蓮に緑翠様と共にあちらへ連れて参るようにと命じ、先ほど宮へと戻って参りました。」
維心は、それに頷いた。
「主は参らなんだか。」
義心は、それには下を向いた。
「は…。緑翠様には、あちらに白蘭様をお待たせしておるようで、我が行くことに困っておいでのようでした。なので、明蓮ならとあれに命じた次第です。」
維月は、袖で口元を押えてそれを聞いていた。そういえば、白蘭は在りし日の義心を慕っていたのだとか聞いている。ということは、緑翠もそれを知っていて、義心そっくりの、しかも同じ名の軍神をあちらへ連れて行くのは、何かと懸念材料になると考えたのだろう。
維心も、顔をしかめながらも、頷く。
「確かにの。良い判断であったわ。余計な懸念は増やさぬ方が良いしの。それで、志心はどうであった。明蓮は何か掴んで参ったか。」
義心は、また顔を上げた。
「は。水花と明蓮の両方の見解では、志心様は気を大変な勢いで何かに奪われており、それをまた、大変な勢いで補充している状態であられるのだとか。少しでも補充の勢いが落ちれば、気が消耗して志心様にはお命も危うい状況であられるそうでございます。ただ、今は月の浄化の気が降り注ぎ、そこ一帯の気が清浄で純粋な気に変化していて、補充も円滑にできており、起き上がって座ったり、少しぐらい歩くぐらいは問題ないまでご回復なさっておるのだと。」
維心は、ぐっと眉を寄せた。
「奪われる?いったい、何に奪われておると申す。術は気取れたか。」
義心は、首を振った。
「いえ。明蓮は何も気取れなかったのだと聞きました。水花も同様に、普通なら神の気が体から出ると周囲に拡散されるような状態になるか、どこかへ吸い込まれておるのならそこへの流れが見えるものなのですが、体から出た直後、どこか宙へといきなりに消える状態で。それを探ろうと気を放つとこちらの気まで吸い込まれて参るような状況で、しかも、そこからは何の術の気配も相手の気の色も見えないとのことです。ぷっつりと消え去るので、いったい何がどうなっているのかも、見つけることは出来なかったと申しておりました。志心様には、誰がこのようなことを策しておるのか、軍神を使って調べさせようとしておるようです。」
維心は、それを聞いてますます厳しい顔になった。白虎に今さら何某か仕掛けるような神は、今の神世には居ない。居るとしたら、愚かでしかないからだ。今の上位の宮の王達の関係は、これまでにないほど良いものだった。志心に何かあったとなると、焔も炎嘉も維心も箔炎も黙ってはいないだろう。もちろん、白蘭を娶って縁続きになっている西の島の翠明もそうだった。
「…何が今さらに白虎の狙うと申すか。今の神世には、そのような気概のある宮など無いわ。とはいえ…愚かな王も居るには居るしな。調べてみるに越したことはあるまい。少し帝羽にも周辺の宮を精査するように伝えよ。主は、一度己の目で志心を見て参れ。我から使者だと申して、しっかりと真実志心にまとわりついておる術とやらがどんなものか、主の目で調べて来るのだ。普通年若い軍神にそんなことは命じぬが、あの義心なのだから主には出来よう。我の代わりに見て参れ。」
義心は、頭を下げた。
「は!では、急ぎ先触れを出しまして参ります。」
維月が、横から慌てて言った。
「ですが維心様、志心様のお隣にはもしかしてまだ白蘭様がいらっしゃるのでは?あの…緑翠様が懸念してらしたことが…。」
維心は、ハッとした。確かにそうだ。
しかし、義心は首を振った。
「いえ、我は緑翠様にも知らせをお送りしまする。さすれば、その間ひと払いをしてくださいましょうし。では、行って参ります。」
維心は、やっぱり義心かとホッと息をついて、頼もしく頷いた。
「頼んだぞ。」
そうして、義心はそこを出て行った。
維心は、その背を見送ってから、維月に言った。
「あれが真実戻って参ったのだと実感して参ることよ。こちらがいちいち細かいことを言わずとも、さっさと良いように回して我に必要な情報を集めて参るのだ。あれが居ったら、何と楽であることか。今度こそ生きておる間に、次をしっかりと育てて欲しいものよ。義心が何人も居ったら、龍軍は安泰であるしの。」
維月は頷きながら、義心が無理をしなければいいのだが、とそれを案じていた。今生、前世のこともあって、力が入っているような気がするのだ。いろいろなことをこなし過ぎて、倒れてしまわないとも限らない。
生き急ぐことが無いように、見ておかなければと維月は思っていた。




