よじれ
義心は、志心を訪ねて白虎の宮へと向かった。
緑翠と志心に書状を送っておいた結果、志心の居間へと入って行った時には、そこには白蘭は居なかった。
代わりに、志夕が心配そうに志心の横に立って待っていた。
「志心様、志夕様。我が王の命にて、志心様のご様子を確かめるために参りました。」
志心は、頷いた。
「よう来てくれたの、義心よ。主の祖父にそっくりであるな。もうその歳で、あの維心が筆頭に据えるぐらいであるから、主は優秀なのであろうて。」
見たところ、志心は常と変わらない様子だ。だが、義心の目には、志心の体に物凄い勢いで気が補充され、そうしてまた、抜け去って行くのが見えていた。そして、抜け去って行く気の行く先は、明蓮が言っていた通り、全く見えなかった。
そう、本当に宙でぷっつりと消えてなくなってしまっていたのだ。
義心は、言った。
「我が王からご信頼頂いて、それにお応えせねばと思うばかりでございます。ところで志心様、さっそくではございますが、お体を包む何某かの気配を探らせて頂いてよろしいか。」
志心は、苦笑しながらも、頷く。
「良い。維心が知りたいと申しておるのだろう。我に誰がこのようなことをしておるのか、あれも気になっておろうしな。」
義心は、腕を上げながらそれに答えた。
「は。とはいえ、我が王は、只今の状態で白虎に何かを仕掛けて来るような者は居らぬと思うておられるようでありまする。ですが愚か者も居るので、探って来いとのことで。」
義心は、気を集中させた。どうやら、胸の辺りからの気の消失が激しいようだ。
「確かに我にちょっかいを出して来るようなものは愚かでしかないとは我も思うがな。」
志心は、そう言いながらも義心が探るのを、じっとして見ている。
義心は、その気が消えて行く箇所を探った。確かに、気がこちらに危機感を持たせるほどの勢いで引っ張られ、抜き去ろうという意思を感じる。
…これは…覚えのある。
義心は、思った。つい最近、この気を吸い上げられるような嫌な感覚を経験したのではなかったか。
義心は、まさかと思ったが、念入りに抜け去り消えて行く境目の辺りを、しっかりと調べた。ここには今、十六夜の浄化の光が集中しておりていて、義心も少しぐらい無理をしても大丈夫そうだった。
そうして探り続けてしばらく、義心は腕を下ろした。義心が息をついて目を開くと、そこには期待に満ちた志夕の顔と、興味深そうにみている志心の顔があった。
「…何か分かったか。」
義心は、目を瞬かせた。この感覚は…。
「…考えづらいことではありまするが、志心様にはお加減をお悪くなされたのは、確か我が王と共にこの辺りの次元の歪みを正された時であったと。」
志心は、真剣か表情で頷いた。
「その通りよ。あれから気を補充しても補充しても回復せぬでこのように。あれが何か問題があるか。」
義心は、頷く代わりに志心の目を見つめた。
「分かりませぬ。ですが、この気を吸い上げられる感覚が、我が別次元に落ちた瞬間の感覚によく似ておりまする。全く抗うことの出来ない有無を言わせぬ、何の意思も感じない理不尽な様。」
志心は、ハッと目を見開いた。まさか、次元の歪みが関係しているというのか。
「まさか、主は次元の歪みの関係でこんなことになっておると?」
義心は、眉根を寄せて頷いた。
「我の只今探ったところでは、恐らくはそうではないかと思われまする。ですが、何がどうなってそうなっておるのかも分かりませぬ。しかし、その他にこの感覚に説明がつきませぬゆえ。我は、あの辺りの次元の歪みで生じた亀裂からその次元へと落ちたので、その空間の感覚は肌で覚えておりまする。どうもその気配がするように思えてならぬのでございます。」
志心は、それを聞いて言葉を失った。ということは、もしかして自分だけがその別次元とやらにつながっている状態なのでは。
義心は、深刻な顔をして志心を見た。
「次元を封じるぐらいならば我にも出来まするが、しかし根本的な解決となりますると、我が王以外には対応し切れぬかと思います。もしよろしければ、今ここでとりあえず志心様の胸の辺りからの気の喪失だけでも封じて、少しでも気を失われるのを少なくしようかと思うのですが、よろしいでしょうか。」
志心は、頷いた。
「主に出来るのなら、やってくれぬか。」
義心は、頷いた。
「問題ありませぬ。では、失礼致します。」
義心は、スッと手を上げると、胸の辺りにあるだろう、志心と別次元を繋ぐ辺りに目星をつけて、そこをいつも次元を封じるように、気を放った。
最初はその放った気も吸い込まれるような感じだったが、回りから徐々に封じて行くうちに、とりあえずその周辺だけでも別次元からの影響は収まったようだった。
「…付け焼刃ではありますが…胸からの流出は、しばらくは抑えられるかと。しかしながら我の力ではこれが限界でありまして、いつこれが崩れるか分かりませぬ。やはり我が王にご相談するしか、収める方法はないかと思われまする。」
志心は、スッと楽になった胸の辺りを押え、段々に満ちて行く自分の体の中の気を感じていた。義心が放った別次元を封じる力で楽になったということは、本当に別次元の影響を受けてこうなっているということなのだ。
そして、自分の気がそれで封じられてこうして物凄い勢いで気が戻って来ているということは、それだけの勢いで気を奪われていたということになるのだ。
「維心には、我から頼もうぞ。主が今封じてくれたゆえ、一気に我の体の中の気が元に戻って来ておる。恐らく、もう飛ぶことも出来るはずぞ。我から龍の宮へ向かうゆえと、維心に申してはくれぬか。」
義心は、しかしそれには神妙な顔をした。
「それは危ないのではないかと思われまする。と申しますのも、只今の志心様の状況は、我が別次元からの干渉を封じておるからにほかなりませぬ。もし、その力が崩されたら、一瞬にしてまた志心様には気を失われることになり申す。その時に上空を飛んでいたりしたら、そのまま落下して大変なことになりまする。この上は、我が王にこのことをご報告してご指示を仰ぎまするので、志心様にはしばらくこのままお待ちくださるようにお願い致しまする。」
志心は、地団駄踏みたい心地だった。以前と同じように飛ぶことも出来る量の気が戻ったのに、飛んではならぬと。
しかし、義心が言うのはもっともなことだった。気の喪失がいきなりに起こったら、それほど危険なことはないのだ。
志夕が、志心の代わりに何度も頷いた。
「父上のことは我らがお世話を。主は、すまぬが維心殿に早急に対策を考えてくださるようにお願いしていたと伝えてくれぬか。我が書状を書くゆえ、それを持って参ってもらいたい。」
義心は、志夕に頭を下げた。
「は。では志夕様からの書状を我が王にお渡しし、我は状況を王にご説明いたしまする。志心様にも歯がゆいばかりかと思われまするが、今少しご辛抱頂きますようお願い申し上げまする。」
お見通しか。
志心は、義心がこちらの心情を察してそう言っているのを感じて苦笑した。義心の孫だというこの義心は、どうやら祖父の能力をがっつり継いで生まれたようだ。どこまでも義心にそっくりで、かなり優秀な軍神。祖父の義心は、いつも維心の傍に居て、こちらがあのような部下が欲しいと思っても、なかなかにそんな軍神は育てられずに悔しい思いをしたものだった。それが死んでも、その孫がこのように育つとなれば、維心も安堵していることだろう。
志心は、諦めて頷いた。
「ならばそのように。維心には我がくれぐれも頼むと申しておったと伝えて欲しい。」
義心は、志心に深々と頭を下げた。
「は!それでは、御前失礼致しまする。」
そうして、書状を書くという志夕について、そこを出て行った。
志心は、自分も歳を取った、とその背に思った。本当なら、もうここで命を落としても構わないのかもしれないのに…。




